中学の大会、佐為が自由にヒカルの時代で過ごせるようになるまで
(主な登場人物…佐為、ヒカル、導師、三谷、筒井、広瀬、北島、アキラ、あかり、津田、日高、美津子、平八の妻、術師、正夫)
どんなに闘志に燃えていようとも実力の差は埋まらない。それが現実だった。
一回戦は三人とも乗り切った。そして海王との二回戦を迎えた。
筒井は力を出し切って負けた。今回はまぐれはなし。でもやれるだけのことはやった。
アキラの自分を無視した様子が、そして何より筒井の言った言葉が、三谷を鼓舞していた。
元院生が何だっていうんだ。だが、そう気負って、大将の岸本に向かった三谷も負けた。
ヒカルは海王の副将と向き合った時、佐為の笛の音を思い出した。あの平安の野原で打った時を。皆勝ちたいと思っている。 そして出発点は同じだ。俺は勝ちに行くぞ。圧倒的な強さで勝ってやる。ヒカルにとって、それは気負いではなく、確信だった。
結果、葉瀬中は、一対二で海王に負けた。 勝負には負けたけど、それ以上のものがあった。それにすごく楽しかった。清清しい満足感が三人には、流れていた。
筒井は帰り際に言った。
「このオーダーは正しかったよね。進藤君が一矢報いてくれて嬉しいよ。だけど僕もやれるだけのことはやったよ。 三谷君も頑張ってくれて、本当にありがとう。」
帰り道、二人になった時、あかりは言った。
「ねえ。ヒカル。勝ててよかったね。ヒカル、本当に強くなったね。もし、ヒカルが大将で三谷君 が副将だったら、二人とも勝てて決勝にいけたかも。」
ヒカルは首を横に振った。
「それはねえ。あの海王の大将は桁が違うって気がした。何たって元院生だけの事はあるよな。」
「そうかあ。そんなに強いんだ。海王は今年も男子も女子も優勝したね。」
あかりの言葉を聞き流しながら、ヒカルはふと思った。
塔矢って、あの岸本っていう大将よりもずっと強いわけか。だって、プロ並に強いんだろ。 岸本ってプロをあきらめたんだろ。俺もそこまで強くなって見たいな。三谷に勝てたと喜んで、海王の副将に勝てたといって喜んで…。
それも確かに嬉しいけど、俺はもっと強くならなければいけないんだもの。佐為をこっちの世界に旅させるために。 でも一体どれくらい強ければいいのだろう?
夕食が済んだ後、ヒカルはベッドに寝転んで思っていた。
そろそろ、佐為のところへ報告に行こうかな。今回は、とりあえず、自慢しても大丈夫だよな。
何たって海王に勝てたのは俺一人だもんね。
その時だった。
「えっ?」
ヒカルは思わずそう声を上げた。それから跳ね起きた。
眩しい光が飛び込んだかと思うと、そこに佐為が居たのだ。
平安の時と変わりない実体を持った佐為が自分の部屋にいるのだ。
佐為は苦しそうに息を継ぎ言った。
「何とか来れた。思い通りではないが、とにかく力で時を旅をしたわけだ…。私は。」
「力で時の旅?」
ヒカルには訳がわからなかった。そんなヒカルに構わず、佐為は聞いてきた。
「ヒカル。例の大会はまだか?」
「例の大会?中学の大会?もう終わった。今日だけど、さっき帰ってきて、今夕飯が済んだところだよ。」
佐為はがっかりしたように言った。
「残念だ。それに間に合わせたくて、努力してみたのに。」
「努力?佐為。なんだか分からないけど、とにかく時の旅ができるようになったんだ。佐為も。」
佐為は首を横に振った。
「まだ自分の力を制御できぬ。 この前の時のように、突然思いもせずというのではないが。今回は私に意志があったのだから。だが、思い通りにできない 点では同じだ。ヒカルは行こうと思った時に、私のところへ来れるのであろう?」
「うん。佐為が邸にいる時にって願って、そのように辿り着けるよ。」
佐為がため息をついた。
「私は駄目だ。その域に達していないのだ。それに、このように実体を持って旅するのは、そもそも初めてなのだ…。 少々体にこたえる。」
「初めて?」
ヒカルは驚いた。
「じゃあ。虎次郎の時はどうしたの?」
「あの時は、実は魂だけが旅をした。私は虎次郎が江戸へ戻る時に、いつも魂を虎次郎に託したのだ。」
それがどのような状態かヒカルには理解できなかった。敢えて聞こうとも思わなかった。
それよりも心で思ったものだ。
俺、やだぜ。佐為の魂を持ってこっちへ戻ってくるなんて。どうやって持ってくるんだ。魂なんて。
ヒカルは何となく身震いした。とにかくだ。
「佐為が自力で時の旅ができるようになって、俺、嬉しいぜ。」
「私はとりあえず、今のこの状態を受け入れている。実体を伴うというのは素晴らしいものだな。」
佐為は、にっこりして言った。そして、部屋の中を見回した。
「ここがヒカルの部屋か。」
「うん。」
佐為は、窓際により、カーテンを 手にとった。
「中々趣味の良い柄の布だ。ほう、こうやって吊るしてあるのか。面白いものだな。簾とは違った趣がある。 む?これは何か。」
「窓ガラスだ。外が透けて見えるだろ。昼間は光が入って明るいんだよ。でも風も雨も通さない。」
佐為はしばらくガラスをそっとなでていた。それから窓の外を覗いた。
「ここは上の階なのだな。」
「うん、2階なんだ。俺んちは佐為の邸と違って小さなうちだから、ドアを開けるとすぐ階段だよ。」
佐為は珍しそうに、ヒカルの部屋にあるものを次々と触ったり、手にとったりした。
「これは?」
「それは灯のスイッチ。ホラこうすれば蛍光灯が消えて、こっちにすれば付くんだ。」
「なるほど、灯明よりも明るく便利なものだな。すすが出ないというのはいいものだ。」
それからやっと、床の隅に布をかけてきちんと置かれている碁盤を見た。
「これがヒカルの碁盤か。碁石はきれいな形をしているな。ふむ。だが、随分と軽い。」
「これ、プラスチック製なんだ。」
佐為は言った。
「どうだろう。私の旅の記念にこれから一局打とうではないか。」
「うん。」
ヒカルは嬉しそうに碁盤を部屋の真ん中に持ってきた。それから椅子に置いていたクッションを佐為のために床に置いた。それは平安で習い覚えたヒカルなりの礼儀だった。
だって、佐為は、師匠で、でもって今は俺の客人だもんな。
しばらくしてヒカルは言った。
「ねえ。佐為。もしかして遊んでる?」
「分かるか?」
「分かるかって、俺もう負けてるじゃないか。」
「ヒカルにも形勢を見極める目が付いてきたのだな。頼もしいことだ。」
佐為は可笑しそうに言った。
「ひどいよ。佐為。記念すべき一局って言ったのに。」
「だから思い切り打って見たかったのだ。ここはヒカルの部屋だし、ヒカルが腹を立てて帰ってしまうこともない。何しろ、私がこっちに来たのだから。いろいろ好き勝手ができそうで。私はわくわくしている。」
佐為はくすくすと笑って言った。
「ひでぇよ。佐為。そんなの。それってまるっきし子どもじゃねえか。佐為は雅な大人の筈だろ。いつもそう言ってるじゃないか。」
ヒカルは思わず大きな声で言った。
その時、階下から声がした。
「ヒカル?一人で何を騒いでいるの?そんな大声を出して。夜なのよ。ご近所迷惑でしょ。」
母の声に、ヒカルは慌てて口をつぐんだ。
しかし、とんとんと階段を上がってくる音が聞こえた。
そして、「ヒカル。誰かいるの?」そういう声とともに、ヒカルの部屋のドアが開けられ、美津子が部屋を覗いた。