風の石空の夢   作:さびる

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『通い路』1~10
佐為とヒカルが出会い、中学囲碁大会に出るまで
(主な登場人物…佐為・ヒカル・導師・あかり・白川先生・塔矢アキラ・磯部秀樹・筒井・加賀)


通い路3

ヒカルが気が付いたのは、救急車へ運ばれるためストレッチャーに乗せられる時だった。

「あっ。ヒカルが目を開けたよ。」

あかりが、そう叫んだのが聞こえた。

特にどこも悪くないということで、ヒカルは、数時間後には病院から家に戻ったが、薬が効いていたらしく、家に戻ってすぐ寝てしまった。

まる一晩寝入って、翌朝目が覚めると、ひどくお腹が空いていた。

 

「それだけ食べられれば大丈夫そうね。でも今日はお休みしなさい。学校には連絡したから。」

母親はほっとしたようにそう言った。

午後になるとあかりがやってきた。

「ヒカル、元気になってよかったね。本当に驚いたんだよ。急にばたっと倒れて。救急車が来るまで、ヒカルったら10分くらいは気絶してたもんね。」

その後あかりは学校であったことを色々話していたが、ヒカルはそれを殆ど聞いていなかった。

 

一人になった時ヒカルは考えた。

たった10分なのか。俺、変な夢みたな。でも本当に夢なのかなあ。

夢だと思ってはいても、心のどこかでは、実際に起きたことのような気がしていた。

 

すっきりしない気分でずっとぼんやりしていたヒカルは、急に気が付いた。

そうだ。石。石だ。石があれば本当に起きたことだ。

ポケットに手を突っ込んで、ヒカルは、まずったと思った。

母親は毎日、前の日にヒカルが着ていたものを洗濯していたのだ。ヒカルは急いで、母親のところに行った。

「お母さん。昨日着ていた服は?」 「あそこよ。もう乾いたから。明日、学校に着ていけるわよ。」

「あのさあ、ポケットに何かなかった?」

「ポケット? なかったわよ。いつもちゃんと調べてるから確かよ。」

幼稚園の頃一度、ティッシュに包んだ団子虫を一緒に洗濯して以来、母親は用心深くなっていた。ヒカルが6年生になっても、それは変わらなかった。

 

 

石はなかったんだ。少し残念な気持を抱きながら、ヒカルは服を受け取ると、部屋に戻った。

「あーあ、あれはやっぱ夢だったんだ。」

そう言いながらも、一応、ズボンをさかさまにして振ってみた。すると、ぽとりと石が落ちて床に転がった。ヒカルはその石をじっと眺めた。

やっぱ、夢じゃなかったんだ。本当のことなんだ。そういや、あかりはこれが見えなかったんだし、 お母さんも見えないんだ、きっと。

 

ヒカルは思い切って石を手に持ってみた。だが、何も起こらなかった。 窓から入る日の光にかざしてみたが、やはり変わりはない。赤っぽい石はただ鈍い光を放っているだけだった。

石じゃなくてあの碁盤が怪しいのかな。この石は一体何なのだろう。

ヒカルはしばらく手のひらで石を転がしていたが、それから石を机の引き出しにそっとしまった。

 

 

翌日学校へ行くと、クラスでは、ヒカルが救急車に乗ったという噂で持ちきりだった。

「いいなあ。」

「俺、救急車はないけど、パトカーに乗った事あるぞ。」

「なんだ。お前、何か悪いことしたのか。」

わーという笑い声がした。いつもならヒカルは真っ先にその輪に入っているのだが、今日は、うっとおしかった。

 

 

ヒカルの頭には夢のようなあの出来事があった。

やっぱ夢かもしんない。そういや、夢に出てきた導師さんが夢か現実か答えられないって言ってたよな。

そう思った時、佐為の顔が浮かんだ。何故かヒカルにはその顔が勝ち誇ったように見えた。

くそー。あいつ。あいつを何とかへこましたいぞ。

ヒカルの心は何故か佐為に対する対抗心でいっぱいになった。

夢か現実か、また会えるのか分からなかったが、そんなことはどうでも良かった。

とにかく、あの佐為をぎゃふんと言わせたい。でもそれには碁ができないと駄目そうだしな。

ああ、碁かぁ。祖父ちゃんに頭を下げて教えてもらうしかないか。

碁かぁ。退屈そうだな。

 

祖父に教えてもらうというのにも踏ん切りがつかないまま、学校から帰ると、母親は留守だった。

「何か面白いことないかなあ。」そう言って、ヒカルはテレビの番組表を見ようとした。

新聞を 取り上げると、折込広告がどさっと床に落ちてちらばった。

面どくせえなあと、それを片付けていると、社会保険センターの文化教室のちらしが ヒカルの目に入った。

「へえ、囲碁教室だって。初心者毎週土曜? 土曜日って明日だよな。」

 

 

翌日の午後、ヒカルは囲碁教室の後ろの方にすわり、あくびをしていた。

囲碁教室って思ったとおりだな。退屈じゃんか。先生は、何言ってるかさっぱり、分かんねえし。それにおじさん、おばさんばっかじゃん。 祖父ちゃんに教わった方がましだったかもな。

ヒカルがそこに来た事を後悔をし始めた時、講師の男が言った。

「では、講義はここまでにして、対局に入りましょう。」

講師は、みんなが対局の準備を始めると、にこやかにヒカルのところに来た。

「キミは進藤君だったね。碁は初めて?」

「はい。全然何も知りません。」

「そう分かりました。で、どうして碁に興味を持ったの?」

「祖父ちゃんの相手をするため。」

「お祖父さんには教えてもらってないの?」

「うん。全然。内緒で、驚かせたいから。」

「そうですか。」

講師はちょっと笑った。

 

「では石取りゲームをしてみようか。」

「いいかい。こうやって……」

講師は碁盤の隅に石を置きながら説明した。

「それでね。で、僕がこう打つと、ホラ、僕が石を取って僕の勝ち。」

「そうかあ。」

これって結構面白くないか。ヒカルは思った。

2、3度ヒカルの相手をすると、講師は言った。

「後は、見学していてくれるかな。」

ヒカルは、ゆっくり、対局している人たちの間を回ってみた。

どれもあんまり面白いとも思えなかった。佐為と導師さんの碁とは大違いだ。

そう思うと、ヒカルの頭には、二人が打った碁盤の模様がばあっと浮かんできた。

 

 

家に戻ってから、ヒカルはごろっと、ベッドに転がった。

石取りゲームは面白かったけどさ、何かもっと手軽に、ちょちょいと打てるようになる方法はないのかなあ。ぱぱっとさ。 碁ってやっぱ、しち面倒くさいわ。

 

翌週、ヒカルは、囲碁教室の講習が終わった後、ため息をついた。

「あら、どうしたの? ヒカル君。」

先週、知り合ったおばさんが声をかけた。

「うん。あのさ、ここって毎週1回だろ。上手くなるのに時間かかりそうだなって思ってさ。」

「そうねえ。ここだけじゃだめねえ。私たちはお仲間で打ち合ってるけど。」

もう一人のおばさんが言った。

「強い人たちは、碁会所に行ったりしてるけれど、私たちの腕じゃあね。」

「碁会所って?」

「ああ、駅前にあるけれど、私たちの腕じゃ打てないわよ。あ、ヒカル君、1回500円はかかるわよ。」

 

ヒカルはそれを背中で聞いていた。碁会所があるという駅の方へ向かった。

碁会所ってなんだ? 祖父ちゃんは行ってるのかな? 

 

駅前のビルの4階に、ヒカルは囲碁サロンという文字を見つけた。

500円、持ってねえけど、どんなところか、覗くだけならタダだろ。強い奴って、佐為みたいな奴がいるのかなあ。

 

恐る恐るドアを開けて覗くと、受付の女の人がヒカルを見た。

「あら、こんにちは。どうぞ。」

「ここって誰でも碁が打てるの?」

「打てるわよ。棋力を教えてくれれば、適当な相手を紹介できるし。」

あ、やべ、棋力だってさ。

ヒカルは棋力という言葉に敏感に反応した。

「ううん。俺碁を始めてまだ1週間だから。ちょっと、見るだけだけど、いい?」

受け付けの人は笑った。

「そう。見学ね。いいわよ。ゆっくりどうぞ。」

ヒカルは、煙をくゆらせながら、打ち合っている人たちの間を回った。

やっぱ、おじさんばっかだな。それに強いって言ってたけど、あんまり面白そうじゃないなあ。

 

その時、ヒカルは隅の方で一人で黙々と石を並べている男の子に気が付いた。

小学生だな。俺と同じくらいの年だ。

ヒカルは、その子の方へ歩み寄った。

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