風の石空の夢   作:さびる

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『大幣』31~40
アキラと生身の佐為の初顔合わせ、ネット碁
(主な登場人物…佐為、ヒカル、導師、筒井、三谷の姉、市川、和谷、フク、アキラ、緒方、sai、zelda)


大幣(おおぬさ)31

佐為は、碁盤から顔を上げた。

 

♪竹河の 橋の端(つめ)なるや 橋の端なるや 花園に はれ

 花園に 我をば放てや 我をば放てや めざし(少女)たぐえて♪

                            (催馬楽:竹河)

気分よさそうに鼻歌を口ずさみながら、 庭の近くに歩み寄った。導師はずっと庭に佇んでいた。というより、佐為の様子を伺っていたのだ。

 

「佐為。随分と気色の良い様子だな。歌など歌って。」

「これは、導師。ご無沙汰申し上げておりました。私はこのところ大変気分がいいのでございます。新しい世界が開けた思い で。奥へどうぞ。あれをご覧頂きたい。」

導師が庭から部屋に入るのを待ちかねるように佐為は言った。

「この盤面をご覧ください。これは実に面白い。実に興味深い対局です。それに秀逸です。そう、たとえて言えば私が秀策として打ったものと同じくすばらしいもの といえるでしょう。」

佐為は導師には今更必要もないのに自分の腕を自慢した。

導師はその様子に眉をひそめた。

鼻歌といい、その自慢癖といい、明らかに佐為は浮かれておる。尋常ではない。

 

「これはヒカル殿の世界のものか。だがこれでは黒が…」

導師が盤面を見て言いかけた言葉を押しとどめるように佐為は言った。

「導師には前にもお話しましたが、ヒカルの時代には、コミという決まりごとがあります。これは5目半のコミです。 碁は先手有利は必定。対局を対等にするというのは難しいことです。コミは必ずしも5目半がが妥当なのか測りかねますが。それでも ですよ。 ヒカルの時代とは、なんと明朗な世界でありましょうか。面白い世界です。」

佐為は興奮し過ぎではないか?導師は思った。

「佐為は江戸の碁にもだいぶ興奮しておったではないか。」

 

「もちろん。あの頃も番碁で先手後手の有利不利をはかっておりました。棋士の力量、対局の深さという点では、ヒカルの時代と虎次郎の頃と、どちらも遜色はございません。それぞれの決まりごとに慣れれば、優れた打ち手ならば、 どちらでも、どのようにもやっていけましょう。それでも対局の対等性とかいうものへの執着は、ヒカルの時代 の方が強いような気が致します。」

導師はその言葉に声を潜めるようにたしなめた。

「佐為。それは虎次郎殿の、あるいはヒカル殿の時代のことぞ。よいか。ここでは、この御世ではよもや口にすまいな。 そのような考え方を。」

「当たり前でございます。ご心配は無用でございます。」

佐為は当たり前といった口調で答えた。

導師はその返事の仕方に何となく危ういと思った。 普段の佐為ならばまあ、心配はあるまいが。でもここのところ佐為は浮かれている。今日も鼻歌など口ずさみおって。このような状態で帝の元に侍った折に何かとんでもないこと が起きないとも限らぬ。

 

「佐為。そなた、連日のようにヒカル殿のところへ参っているようだが。大丈夫なのか。」

「大丈夫とはどういう? 石のことでしたら、今のところ何もございませぬ。私の体もいたって軽やかで心配はございませぬ。」

そう言ってややため息をつくように続けた。

「もちろん懸案は幾つかございますよ。それでも何とか乗り切っておりますから。

そう、もしヒカルがお母上にも紹介してくれたら、よっぽど楽なのですが、それだけが、なかなかやりにくきこと。 しかしヒカルがお母上はお父上とは違うと申しますから。

正直のところ、私もお母上には説明しきれないのではと弱気に思うこともあり。 そうですね。もちろん。ヒカルのお母上であるのですから、よき人であることは間違いないのですが…。」

佐為は言葉を濁した。

 

導師は言った。

「ヒカル殿のお父上は 、考えてみれば見るほどに特別なお人のようだな。お父上と佐為が出会った時の話には思わず笑ってしまったが、それでも穏やかに自然にそなたを受け入れるとは。私には信じられぬことよ。」

「ヒカルと似ておりますね。親子だというだけではなくです。時の旅を奇異の目で見るのは、ヒカルの時代もこの平安の世も きっと同じでございます。同じ志を持つものを見極めるのは 本当に難しい。ヒカルとヒカルのお父上に会えたというのは、石の力、奇跡でございましょう。

私はヒカルの世界では、その世界の人と同じに振舞うことを気をつけております。 本当でございますよ。自分が時の旅人であるなどとは絶対に漏らしませぬ。素振りさえも見せておりませぬ。それはヒカルとの約束事です。」

 

この佐為がそれほど器用に振舞うとは思えぬが…。いや絶対にありえぬ。ヒカル殿はさぞ気をもんでいることであろうな。 困っているのではあるまいか。

 

導師はひそかに思った。そのようなことを導師が思っていると知ってか知らぬか、佐為は話を続けた。

「ヒカルのお父上に出会った翌日、ヒカルの元へ赴くと早朝で した。時間を操ることはなかなかにできないことです。ヒカルは学校へ行くところでございました。お父上はすでに仕事に赴かれた後で した。」

佐為は不満そうに言った。

「ヒカルはなんと私に平安に戻れと言ったのですよ。当然のことですが私は断りましたよ。

お母上が出かけられるまで、私はヒカルの部屋にじっとしておりました。お母上が出かけられた後は、ヒカルが戻るまで、ひとりでヒカルの家を見て回りました。

それはもう、実に驚くべきものばかりで、珍しいことばかり。水道。風呂。樋箱のかわりに、トイレなる場所があり 、ほんとうに実に快適で。一番面白かったのはテレビなるもの。

導師殿にはゆっくりご説明しなければ何のことやら分からないかと思われますが、おいおいに。

ヒカルが学校から戻りましてからは、あちこち通りを巡り歩きました。今はもう通りの詳細な地図の見方も分かりました。 それに家の戸締りの仕方も教わり、ヒカルが居ない時でも、一人で出かけられるようになりましたし。

このところは、図書館と申す書庫に足繁く通っております。

虎次郎の時に印刷の技術に驚きましたが。導師はヒカルの持ってきた詰碁集をご覧になっているからお分かりでしょうが、ヒカルの時代のそれは驚くべきものです。

ヒカルの時代には、七日毎に囲碁の瓦版のようなものが出されているのです。それで例のプロ棋士とやらが打った棋譜が見れるのです よ。ここに並べたのはそのひとつ、ヒカルの時代の本因坊の対局だそうです。」

 

碁盤を見つめながら導師は聞いた。

「本因坊家は変わりなく続いているのか?」

佐為は少し首をかしげた。

「さあ、そのあたりは今ひとつ分かりませんが。いつか調べてみましょう。

とにかく図書館ではカードなるもの、そうですね。身元を示す手形のようなものですが、それを出せば、書物が借りだせるのです。ヒカルの父上のカードを拝借して、いろいろ読み進めております。 時についての書物もございますが、何分にも難しゅうございます。もし私でなく、術師が時の石を操れてそこにいたら、理解できるのかもしれませんが。」

そう言って佐為は碁石をひとつつまみあげた。

「術師が知りたがっていたこと。ヒカルには無理でしょうから。私がそのうちに探してみようと思います。何か書物があるのではと思うのですよ。じっくり調べてみたいと思います。」

 

導師は心配そうに聞いた。

「そのような振る舞いをして、大丈夫なのか?疑われたりせぬか?危険はないのか?」

佐為はにっこりした。

「ヒカルの時代はその点では安全に思えますよ。たぶんですが。

何しろその図書館なるところには、こういった内容の書物を探したいと頼むと教えてくれる人が待機しているのですから。私は最初、囲碁の書物がないか聞きましたよ。いろいろ説明をしてくれた後、丁寧にその書棚に案内をしてもらいました。

最近は、お母上が家におられる間はじっくりと読書に励んでおります。ヒカルも安心するので。

ヒカルは私がひとりであちこち歩き回るのにひどく反対するのですよ。私はしっかりしておりますから、迷子などになるはずは無いのですけれどね。まったく、 ヒカルときたら、私を子ども扱いするのですから。」

佐為は少しすねたような物言いをした。導師は心の中で苦笑した。 

ヒカル殿は佐為が迷子になるのを心配しているのではあるまい。佐為は唯我独尊の気があるから、それが心配なのに違いない。何か起きたら、ヒカル殿もヒカル殿のお父上も 大変な迷惑をこうむることになるであろうに。

 

「私は今度、一度碁会所に足を運ぼうと考えております。訳あってすぐには行けないものですから。 ヒカルの時代の人々と碁を打つには、とにかくそこへ行くしかないようです。

何しろいろいろな興味を掻き立てるものが溢れている世界ですから、碁を打つ人が少ないというのも頷けなくはないですよ。ですが、やはり碁 が一番。それが証拠にヒカルは 、碁の楽しさに目覚めたのですからね。 そういえば、先日はテレビなるもので碁の対局をやっておりました。途中で終わってしまいましたが、続きが楽しみなことですよ。」

 

「その話を聞くと、佐為はそのうち、ヒカルの時代に行ったきり戻ってこないのではと心配になるが。」

導師のその言葉に佐為は笑った。

「さあ、どうでしょう。先のことは分かりませんが。時の旅は戻ることが基本なのではないかと。そう感じているのです。 私がヒカルの時代で生きていくのはヒカルやお父上の助けがなければ、まだまだ難しい。 平安の御世に戻ると、私の居場所はここだと感じます。

それに私が時を旅をする目的は、何よりもすばらしき打ち手と巡り会うためです。」

佐為はきっぱりと言った。導師は安心したようだった。

「そうか。それを聞いてほっとした。ところで佐為。ヒカル殿も時々はこちらへ来てくれるのであろう。そなたが行くばかりで、ヒカル殿の顔をしばらく見ていない。寂しいことだぞ。」

「ええ、参りますよ。ヒカルも導師にお会いしたいと申しております。」

佐為は答えた。

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