アキラと生身の佐為の初顔合わせ、ネット碁
(主な登場人物…佐為、ヒカル、導師、筒井、三谷の姉、市川、和谷、フク、アキラ、緒方、sai、zelda)
佐為と父親との奇妙な邂逅で、一安心したヒカルはすぐに別のことで気を揉むことになった。
佐為が連日のようにヒカルの部屋に現れるのだ。 佐為は2、3日あけているというけど、時の旅をコントロールするのは難しい。
ヒカルが登校しようという折に佐為が現れた時はヒカルはぎょっとした。戻ってくれと何度も頼んだのに、佐為は折角 来たんだから絶対戻らないと言い張った。ヒカルは仕方なく、だが、念を押し たものだった。
「お母さんは、11時過ぎないと出かけないから、それまで音を立てないでじっとしていてよ。 いいか。音を立てるなよ。」
佐為は母親に見つからないように振舞うと約束した。
不思議なことに最近お母さんは勝手に掃除をしなくなったけど。それでも、もしかして 部屋を覗かないとも限らないよな。
学校に居ても気もそぞろなヒカルが家に戻ると、佐為は居なかった。玄関の鍵が開い たままだった。ジョギングシューズも無かった。
泥棒が入らなくて良かったと思いつつも、ヒカルは心配で居ても立っても居られなかった。 佐為がどこに行ったか分からないので探しに行きようもなかったし、ヒカルが鍵をかけて出かけたら、佐為が戻って来た時家に入れない だろう。
ヒカルがやきもきして疲れ切った頃、佐為は澄まして戻ってきた。
「お腹が空いたので、戻りました。何か食すものはないですか。」
その言葉にヒカルは、がくっと来た。腹を立てる暇も無く、母親が用意していた昼ごはんを佐為と分け合って食べたが、ヒカルの悩みは深かった。
母親が 佐為のことを知らないというのは面倒くさいことだった。
佐為は幸せそうにテーブルに向かって食事をしていた。
「ヒカル、オムライスって美味しいですよ。お母上は料理がお上手ですね。ところで、この上にかかっている赤いものは何でしょう?」
「それはケチャップだよ。トマトで作るんだ。」
ヒカルはうるさそうに答えた。
「トマト?知りませんね。」
「これ、これだよ。」
ヒカルは食べていたサラダからトマトをつまみあげながら、頭ではまったく別のことを考えていた。
仮にお母さんに佐為のことを話したらどうなるか。
お父さんはOKだったけど、お母さんはちょっと違うよ。絶対だめだ。言えそうもない。
お父さんもお母さんには黙っていろみたいなこと言ったけど。お母さんに話すと、 おおごとになりそうな予感がする。 お母さんは初めは一人でいろいろ考えるだろうけど。そのうち絶対誰かに相談するだろう。相談相手は取りあえず、じいちゃんとばあちゃん かな。そうすると、ばあちゃんは面白がって…。いろいろな人に 佐為のことがばれてしまいそうだ。ああ、だめだ。絶対だめだ。
ヒカルはため息をついた。
食事を終えた佐為は教えてもらったコントローラーを器用に使って、楽しげにテレビを見ている。
佐為はこれからも毎日来そうな気がする。たぶんどんなに止めたってお母さんが出かけた後、佐為はすぐに街を探検に出かけるだろう。佐為は好奇心が旺盛だし な。止められないし…。
ヒカルは佐為に声をかけた。
「佐為。これから、鍵を作りに行こう。」
「鍵?」
「うん。すぐ合鍵を作ってくれるところがあるんだ。そうすれば佐為も出かけられるだろう。」
ヒカルは貯金箱からお金を取り出した。
いくらするんだろう?500円もあればいいのかな?すげえ、出費だよ。まったく。
佐為は上機嫌でヒカルと並んで、通りを歩いた。
「あっ、ここ。さっき通りましたよ。そうだ。ねえ。ヒカル。碁会所へ行ってみたいですね。」
ヒカルはじろっと、佐為を見た。
「鍵を作ったら、もう金がねえよ。来月の小遣いもらうまで無理。」
それに小遣いっていっても、碁会所って子どもだって500円だろ。 大人だったら1000円じゃんか。
それから思った。
もし佐為がじゃんじゃん勝っちゃったら、何となくまずいんじゃないか?
ヒカルは確信を持って呟いた。
「うん。絶対まずいよ。まずい。だめだ。」
佐為が不審そうに聞いた。
「ヒカル?一体、何がまずいんですか?
それにしても、お金が無くても碁が打てるところは無いんですかね。」
そう言ってから佐為が急に気がついた。
「そうだ。ヒカルの学校はどうです?囲碁部があるじゃないですか。」
ヒカルはぎょっとした。思わずどもった。
「さ、佐為。それはだめだよ。学校は生徒しかだめなんだよ。佐為は生徒じゃないし、大人だろ。」
それから思いついて付け加えた。
「それに、学校だってちゃんと金払って行ってんだぞ。親が払ってくれてるんだからな。」
佐為はため息をついた。
「平安でも江戸でも同じですが、お金が無いというのは、不自由なものですね。本当に、賭け碁をやりたくなる気持がよーく分かりますね。」
ヒカルは慌てて言った。
「賭け碁は禁止なんだぞ。いいか。絶対だめなんだからな。」
街中を一通り探検しつくし、たまたま図書館に行き、碁の本を見つけたのがきっかけで、佐為はヒカルの家にじっとしているようになった。
今のところは一安心だけど、夏休みは気が重いな。碁会所に行くったって、二人で行ったら1500円だぞ。どうすんだよ。
佐為は読み終えた本を閉じると、言った。
「ヒカル、夜もふけたことですし、私はこれで帰りますよ。」
にこやかに手を振り、佐為は時空に消えた。
それを見送ると、ヒカルは、ごろっとベッドに転がり、呻いた。
「佐為が来るんじゃなくて、俺が行くのが正しい時の旅だ。最近まともに碁を打ってない気がする。疲れた。」
金が無くても碁が打てる場所ってあるのかな。
登校途中に、そんなことを考えながら歩いていたら、「進藤君。」そう声をかけられた。振り向くと筒井が居た。
「筒井さんか。おはようございます。」
「何、深刻そうに考えてたの?」
「ううん。別に。ちょっとさ、囲碁部じゃなくて、ただで碁を打てるところって、あるかなあと思って。だって碁会所は高いじゃないか。そんなに行けないし。」
「へえ。進藤君。おじいさんと囲碁部じゃあ物足りない?そうだね。無料で打てるっていうと、たとえば囲碁祭りみたいなイベントだったら、できるかもね。そうだ。」
そう言うと、筒井はリュックから紙を取り出した。
「今日、部室で渡そうと思ったんだけど、進藤君、ここに行ってみない?碁は打てないけど、観戦はできるよ。」
ヒカルはビラを見た。
第14回NCCトーナメント杯。
「なーに?これ。」
ヒカルは聞いた。
「うん。棋戦を観戦できるんだよ。プロが打つ対局を見れるんだ。説明もあるよ。」
ちょっと面白そうかな。佐為も誘ってみようか? いや 、やめよう。佐為は喜ぶかもしれないけど、やっぱやめよう。
ヒカルは次の日曜日に筒井とNCCトーナメント杯の観戦に出かけた。大盤解説をしていたが、ヒカルは何となく集中できず、筒井を置いて、ふらふらとロビーへ向かった。
ロビーの一角では、子どもが一人パソコンの前に座っていた。会場の係員がその傍で、いろいろ説明していた。
画面には碁盤があった。
へえ、囲碁ゲームってあるんだ。
ヒカルはその傍に寄った。
係りの人が振り向いた。
「君はお父さんか誰かと来たの?」
「ううん。友達と。」
「へえ。珍しいね。」
「俺、囲碁部なんだ。」
「そうか。君のうちにはパソコンあるかな。」
「ない。」
「じゃあ、インターネットとか興味ないかな。」
「インターネット?」
「今この子インターネットで対局しているんだよ。この子が黒。でほら今相手が白石打ったろ。次にこの子が黒石を打つ。」
「おいおいそんなところに置いたら、石とられちまうぜ。…ほらな。」ヒカルは呟いた。
パソコンの前に座っていた子は腹を立てて、キーボードをバンと叩き、ゲームを中断して行ってしまった。
係りの人は叫んだ。
「ああっ、これはテレビゲームじゃないんだよ!相手がちゃんと居るんだぞ!!」
それから慌ててホローしようとキーボードに向かった。
「すぐ謝らなきゃ。ええと、すみません。ゲームを勝手に中断して」
―zelda>テメ――ッ!オオイシトラレタカラッテキルナ!バカヤロ――!!
「ああ、先に書かれちゃったか。」
「うわーっ、オモシロ―。」
「向こうの人は子どもかな?」
「子ども?コイツ子どもなの?」
「いや、わからない。このセリフといい、登録名といい、子どもじゃないかなと思っただけだよ。」
「登録名って?」
「インターネットの中で使う名前のことだよ。ほら、このzeldaっていうのがそう。インターネットはカオも年齢も本名も表に出ないから分からないんだよ。もちろん子どもも利用するけど、子どもだけじゃないよ。外国の人だって、ほら…。」
ヒカルは熱心に説明を聞いた。