風の石空の夢   作:さびる

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『大幣』31~40
アキラと生身の佐為の初顔合わせ、ネット碁
(主な登場人物…佐為、ヒカル、導師、筒井、三谷の姉、市川、和谷、フク、アキラ、緒方、sai、zelda)


大幣35

アキラは、自分の部屋で悶々としていた。

何度今日の棋譜を置いたことだろう。

痺れるような体験だった。

彼の打つ手に引きずりこまれるような。

僕が油断してたから、やられた。いや、そうじゃなくてあの人は強い。

最初は確かに僕にも油断があった。でも二度目は…。

 

こうやって並べてみると、攻める手が浮かんでくる。この次は今日のようにはいかない。いや、いかせない。もう一度打ちたい。

あの人は「いつか、また」って言った。その日は来るのだろうか。

あの人は別に隠れるつもりはなさそうだけれど。

アキラはのんびりと楽しんでいるような佐為の様子を思い浮かべた。

 

もしかしたら、二度と会えないんじゃないか。

アキラはそんな予感がした。それから、それを打ち消すように頭を振った。

絶対、もう一度だけでもあの人と打ちたい。何で名前を聞いておかなかったんだろう。

 

それから、アキラは机に置いたハンカチを見た。

唯一の手がかり。進藤ヒカル。

あの人は進藤の知り合いなのだろうか?ハンカチを持っているということは。

いや、そういうことと関係なく、間違いなく進藤はあの人を知っている。

だってあの棋譜は間違いなくあの人のだ。

アキラは、ヒカルが以前、置いた棋譜を思い浮かべた。

 

前は何故か腹立たしかったけど、今はヒカルが棋譜並べをした気持が分かる気がした。

進藤は自分が打ったのではない棋譜を並べてたけど、きっとあんな碁を打ちたいと思ったに違いない…。 あの人が対局をしているのを見たに違いない。

あの人と進藤はどういう知り合いなのだろうか。

少なくも進藤はどこに行けばあの人に会えるか知っている筈だ。

明日、進藤に会いに行こう。

アキラは、そう決心して、やっと布団にもぐりこんだ。

 

 

翌日、アキラは海王中へは行かず、まっすぐ葉瀬中へ急いだ。

葉瀬中の門の前に来てアキラは戸惑った。校庭では、野球部の練習が行われているようだが、校舎にはひと気が感じられなかった のだ。

 

その時、ちょうど校舎から人がでてきた。その人は目ざとくアキラをみつけた。

「海王中の生徒さんかしら?何かご用。」

アキラはほっとしたように言った。

「あの一年生の進藤ヒカル君に会いたいんですが。囲碁部の。」

「囲碁部?進藤君?今日から夏休みなのよ。実質的には昨日の日曜からだけど。で?急用かしら?」

「あ、いえ。違います。でももし進藤君の家が分かれば教えて頂けないでしょうか。」

先生らしき人は申し訳なさそうに言った。

「残念だけど、それは無理かな。君は海王の囲碁部なの?だったら顧問の先生に伺えば分かるんじゃないの。」

「あ、ええ、その…。」

「そうね、急ぎでなければ9月にいらっしゃい。部活のことだったら二学期でも構わないんじゃないの。」

アキラはしかたなく頷いた。

 

その晩アキラはまた佐為との対局を並べながら思った。

そもそもあの碁サロンで偶然出会えたのが奇跡なんだ。とにかく9月まで待とう。

 

 

 

 

 

海王中も翌日から夏休みに入り、間もなくアキラのプロ試験予選が始まった。

休憩時間、知り合いのいないアキラは一人隅で詰碁集を読んでいた。

試験会場は院生も多く、彼らの話し声が聞こえた。

「和谷君てば、どうしたの。何考えてんのさ。前半にポカでもやったの?」

「やってないよ。うるせえな。」

「和谷君、カリカリし過ぎだよ。本当に何かあったの。」

「昨日ネット碁やってたら、やたら強いのにやられたんだ。」

今日の試験を前にいっちょ勝って景気づけしようと思ったのに負けたんだ。ったく。縁起悪いぜ。

それに、あの書き込み。ああ、ちくしょう、腹が立つ。何なんだよ。まったく。

「へえ。ネット碁にも強い人いるんだ。和谷君が負けるなんて。」

「いるよ。プロだっているんだから。」

「だったら和谷君、その人にまた鍛えてもらったら。」

「フクは自分の心配でもしてろ。」

そんな会話が耳に飛び込んできたが、アキラは全く関心がなかった。

プロ試験そのものがアキラには生ぬるいものだった。ましてや予選は、さらに。

これはプロになるための単なる手順に過ぎないから、それを淡々とこなすだけだ。

そっとため息をついた。

僕はプロになること以上にやりたいことがあるのに。

 

 

予選は何事もなく過ぎ、プロ試験を1週間後に控えた日、アキラは緒方に誘われて、国際アマ棋戦の会場に来ていた。普段なら来ない 場所だ。

でももしかしてあの人が来ているかもしれないから。 いや、あの人は対局をしないようなことを言ってたな。

   …外の人ともたまには打ってみた くて…

あれってどういう意味なんだろう。

 

もしかしてと、微かな希望を抱きつつ、アキラは会場を見回した。それから落胆したように呟いた。

やっぱりいない。

それにしても妙に会場がざわついている。何だろう。

 

「だから、強いんです。強い棋士がいるんです。」

「私も今日ここへ来たら、何か分かるんじゃないかと思っていました。」

そんな声が耳に飛び込んだ。

 

「どうかしたのですか。」

緒方が会場係りに尋ねた。

「いや、ネットに強い棋士がいるそうなんです。それで、その噂で持ちきりで。」

「私は彼と打って中押しで負けました。」

 

「もしかしたらプロじゃないですか。その人は。」緒方はそう言った。

「いや、プロではないでしょう。saiはよく現れるし、相手を選ばない。プロがそんな暇なことをしますか。」

「あの、私はsaiと打ったことはないのですが、友人、韓国のプロ棋士愈七段に頼まれてきました。彼はsaiと打ったのです。それで日本に行ったらsaiは誰か聞いてきて欲しいと。」

「一体saiはどのくらい強いのですか?」

「sai?そういう名前なんですか?」

 

「あの、saiの話しですか。俺、彼はプロじゃないと思いますけど。」

和谷がその話に割って入った。

「それはもう聞いた。そいつはどんな奴だった?」

「ええっと…どういう奴って、その、打ってみると手筋はなんだか秀策みたいだなと、ふっと思ったんですが。俺、よく秀策の棋譜並べるんで。」

「本因坊秀策?」

「っていうか、それ位強い感じがあって。それから何度も見るんですけど、アイツ。」

「で?」

「アイツ。強くなっているんです。どんどん。秀策が現代の定石を学んだみたいに。」

 

緒方はアキラの方に振り向いた。

「秀策が現代の定石を学んだそうだ。そいつは神か、或いは化け物かな」

 

アキラはその言葉に眩暈がした。

緒方さんは知らないから信じていないけど。でも僕には分かる。あの人に違いない。きっと。

そう、あの人は現在のルールは知っていた。でも、打ち方は少々古いような。だからおじいさんか誰かに教わったのじゃないかと。でもそれでも強かった。ものすごく強かった。あの人がさらに強くなったというのか?

sai …  きっとあの人だ。

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