アキラと生身の佐為の初顔合わせ、ネット碁
(主な登場人物…佐為、ヒカル、導師、筒井、三谷の姉、市川、和谷、フク、アキラ、緒方、sai、zelda)
佐為は平安に戻った。
あの日、碁サロンから慌ててヒカルの家に戻った。
まだ誰も帰っていないようだった。良かったと思いながら、佐為はジョギングシューズをいつものように靴箱にしまうと、ヒカルの部屋に向かった。
少し考え、ヒカルの机の紙切れに鉛筆でメモ書きし、千円と一緒に引き出しにしまった。
<ヒカル。海は楽しかったですか。私は今日、ちょっといい体験をしたのですよ。 いえ、すごくいい体験と申すべきか。まあ、今度ヒカルが私のところへ来た時、ゆっくりその話しましょう。 佐為>
千円使わなくて良かったですよ。
やっぱり、ヒカルと一緒に行かなくては。ヒカルの好意なんですからね。碁会所に行こうというのは。
それを思い出しながら、いろいろゆっくり考えようと、佐為は目を閉じた。
静かだ。ヒカルの家がうるさいという訳ではないが、やはり私にはこの邸が一番安らぐ。
いや、この平安の御世が一番安らぐというべきか…。
このところ、移動が激しすぎた気がする。導師ではないが、石が磨り減らないか心配にもなろう。
それからいたずらっぽく笑った。
ヒカルは今頃、メモを見ているんじゃないですか。慌ててくるでしょうかね。
きっと来ますよ。なぜなら、私はそのようにメモを書いておいたのですからね。
しかし、その日、いくら待ってもヒカルは来なかった。
佐為の顔はだんだん険しくなってきた。
まったく、ヒカルはなにをしているのでしょう。私が行った方がいいのでしょうか?
いえ、とんでもない。ヒカルが来るのが筋というものです。
そのうち、佐為には別のことが浮かんできた。
これはもしかして時間が変わってきたのではないか?
初めてヒカルがこの平安の御世に来た時言っていたが。 ヒカルの時代とここでは時間の進み具合が違うと。もしそうなら一体どのように変わったのだろう。
佐為が悶々と二晩をすごした後、ヒカルが元気よく現れた。
佐為はほっとした。それと同時にひどく腹を立てていた。それでも腹立ちを見せないように、皮肉混じりでやっと言った。
「ヒカル。もう私のことを忘れたんじゃないかと思ってましたよ。」
しかしヒカルに皮肉は通じない。
「何言ってんだよ。佐為が帰ってから、まだ二日しかたってないんだぜ。そんなことよりさ。俺、ビッグニュース持ってきたんだぞ。」
佐為はヒカルを眺め回した。
「ヒカルは何も持ってきてないではないか。そのビッグニュースとやらはどこにあるのか。」
ヒカルは口をあんぐりあけ、それから笑い出した。
佐為が現代人じゃないってこと時々忘れるんだ。俺って。
「あのさ、持ってきたのは話だよ。すごくいいことがあるんだよ。そういや、佐為もメモに書いてたよな。すごくいい体験をしましたって。それってなんだ?ああ、俺 の話を先にする?どっちがいい?」
今私が塔矢アキラの話をしたって、ヒカルは自分のことに気をとられて、ろくに聞かないに違いない。
「ヒカルの話を先に聞きましょう。」
ヒカルは頷いた。それから佐為が何となくツンツンしていることに気がついた。
そうか。佐為のやつ、俺がすぐに話を聞きに来なかったから怒ってるんだな。きっと。厄介だな。
ヒカルは、佐為のご機嫌を取るように話し始めた。
「あのさ、俺が海から戻ったら、佐為いなかっただろ。で、来なかったのかと思ったら、引き出しにメモがあった。いい経験て何か 、すごく気になってさ。すぐ聞きに佐為のところへ行こうと思ったんだぜ。でもその時ちょうど、お父さんが帰ってきてさ。
お父さんが言うにはさ。知り合いの人が、夏の間中、東京のマンションを留守にするんだって。そのマンションがさ、俺んちから自転車で30分くらいなんだって。でもって、その 家にパソコンがあってさ、好きに使っていいって言われたんだよ。」
佐為には話しがよく飲み込めなかった。
「それが私とどういう関係があるんです?」
ヒカルはネット碁の話を佐為にしてなかったのを思い出した。
そうだ、でもどうやって佐為に説明する?
ヒカルには佐為にうまく説明する自信はなかった。
「ええっと、要するに、そのパソコンて機械があったら、それでいろいろな人と碁が打てるんだよ。タダで。明日でも一緒に行ってやり方をみせるよ。碁会所に行かなくても。碁が打てるんだよ。なっ。ビッグニュース、あっ、いい話だろ。」
佐為にはイマイチよく分からなかった。でも要するに。
「その人のお蔭で碁が打てるのですね。」
ヒカルは頷いた。
「そう。それで昨日その家に行って来たんだ。それで、忙しくってさ。ここに来れなかったんだ。」
ヒカルは佐為の顔をうかがった。
「それでさ。佐為のすごくいい体験て何さ。」
「ヒカル、気にしてますか?」
佐為は満足そうにたずねた。
「当たり前だろ。」
何かとんでもないことしたんじゃないかって、気になってしょうがないんだよ。
ヒカルは心の中でそう呟いた。
「実は私一昨日碁会所に行ったんですよ。塔矢名人の碁会所に。そうしたら誰に会ったと思います?」
「まさか、塔矢名人?」
ヒカルはぎょっとして聞いた。
「会えればよかったんですが、あの者はいませんでした。その代わり塔矢アキラに会いました。それで彼と打ったのですよ。」
やっぱ佐為の奴、一人にしとけないよ。ったく。でもまあ、塔矢は強いって言ってもプロじゃないんだしな。まあ、いいか。
「それでどっちが勝ったの?」
佐為はその言葉に傷ついたように言った。
「私が負けるわけないでしょう。」
「じょ、冗談だよ。冗談に決まってるだろ。あいつどうだった。」
「ええ、とても充実した対局でしたよ。ああいう碁を打ったのは久々でした。」
そう言うと、佐為は何故、塔矢アキラと打つようになったのかを詳しく話し始めた。
「ふーん。そうか。だって千円はそのままだったもんな。ラッキーじゃん。」
「そういえば、私、名前を登録するとかしてませんでしたし。塔矢アキラに名乗ってきませんでした。」
「いいんだよ。」
名前が分かったら、何か厄介なことにならないか?いや、塔矢の奴は、碁のことしか頭にないから、佐為がどういう人かなんて気にしないかな。
まあ、どっちにしても俺の名前もでてないんだし。佐為が楽しかったって喜んでるんだし、良かったんじゃないかな。
ヒカルは気楽にそう思った。