アキラと生身の佐為の初顔合わせ、ネット碁
(主な登場人物…佐為、ヒカル、導師、筒井、三谷の姉、市川、和谷、フク、アキラ、緒方、sai、zelda)
マンションの住人は一人暮らしで、パソコンはその部屋の主のようにでんと置いてあった。
ヒカルはその部屋で佐為に使い方を説明した。
佐為はすでに現代のいろいろな家電に慣れていたので、案ずるほどのこともなく、やり方を飲み込んだ。
「とりあえず、手順をしたためておきましょうか。」と、佐為は電源を入れるところから、紙に細かく書き込み始めた。
「そうだ、登録名だけどsaiでいいよね。」
「saiで佐為と読むのですね。」
「うん。最初は誰にする?って、誰もしらないから、適当に、こいつにしてみよう。BELだってさ。どこの国かな。」
ヒカルは対戦を申し込むところまでやると、席を入れ替わって佐為にマウスを渡した。
佐為が画面に向き合い、スムーズに対局が始まった。
「わあ。これは楽しいですね。」
「楽勝じゃないか。」
「ええ、この人はヒカルより弱いみたいですよ。」
「それは余計だ。」
「あっ、でも…。」
佐為が手を止めた。
「どうしたの?」
「石を置く場所を間違えてしまいました。うっかりクリックしちゃって…。」
「じゃあ、負け?」
「いえ、相手は全然分かってないみたいですね。勝っちゃいましたよ。」
「じゃあ、次はこれにしよう。RUSだ。」
しばらくして佐為が言った。
「ねえ、ヒカル。それでも私は理解できませんよ。なぜ遠くにいる者たちと打てるのか。」
「佐為。俺に説明を求めるなよ。できるものはできるんだから。」
それからヒカルは、ぽつっと言った。
「考えてみたら。本当に不思議なのは、俺と佐為じゃないのかな。遠くにいるのに石一個でこうやって会えるんだものな。」
最初の二日は、 佐為はヒカルの部屋で服を着替え、マンションに向かった。しかし5時までにはまた戻らなければならない。
「なんか時間がもったいないな。」
「これがヒカルの部屋にあればいいのですけどね。そうしたらいつでも打てるのに。」
佐為の言葉にヒカルが言った。
「ねえ、佐為。一度ここに石を置いてみよう。佐為がまっすぐここに来れれば、楽だもん。試してみる価値はあるよな。 」
翌日早く、ヒカルは石をパソコンの傍に置いてどきどきしながら待った。
佐為は何なくヒカルの前に現れた。
「これでOKだな。着替えはいらないだろ。」
「ええ、狩衣姿のほうが落ち着きますから。私はやっぱり石に呼ばれているのでしょうね。」
翌日ヒカルがマンションに着いてみると、佐為はすでにパソコンの前にいた。
ヒカルは言った。
「いつ来たの?」
「ここに着いたのは空が白み始める前でした。平安では日の出とともに仕事をするのですよ。それに夏は特に早い。」
昼になるとヒカルは持ってきた弁当を出した。
「母さんに二人分作ってもらってるんだ。囲碁部の友達と一緒ってことにしてさ。 別に学校の囲碁部って言ってないから嘘ついてないもんな。佐為と俺と二人だけの囲碁部だもん。あっ、導師さんがいたら入れてあげれるけどね。」
佐為はちょっと微笑んだ。
「団体戦をするとしたら、さしずめ、私が大将、導師が副将、ヒカルが三将というところですか。」
そう言ってから佐為は美味しそうに弁当をぱくついた。
「ヒカルのお母様は料理が上手い。ヒカル。ご両親に感謝しなくてはなりませんね。」
ヒカルは口を尖らせた。
「今そんな話し聞きたくないね。それに弁当と引換に約束してるんだから。」
「何をです?」
「宿題をきちんと終わらせることだよ。」
「それって、当たり前のことじゃありませんか?それで宿題を持ってきたのですか。私はお手伝いできませんよ。ネット碁で忙しい から。」
「誰が佐為に頼むかよ。俺だってここに来た時は碁だけさ。勉強なんかするか。」
ヒカルは佐為の打つ碁を見るのが好きだった。佐為の方ものんびりと楽しんでいるようだった。
「あれ、佐為。そこさあ。俺だったらこっちに打ちたいな。」
「ヒカル。そこはないですよ。ほらこっちの方が大きいのですよ。」
佐為は打ちながら、いつも余裕で説明してくれた。
その様子を見ながらヒカルは思った。
もしかしたらどの相手も佐為には不足なのかもしれないな。 でもこの中にもきっと強い奴がいると思う。佐為みたいに。どうやったらそいつを見つけられるんだろう。
saiへの対局の申込が途切れた時、ヒカルは言った。
「今度はJPNにしてみよう。あれ。こいつ。zeldaだ。こいつにしてみようよ。」
「ヒカル。知ってるのですか?zeldaを。」
「知らないけど。ネット碁を教えてもらった時に見たんだよ。こいつの名前。子どもかもしれないって。」
「子ども?もしかして塔矢アキラとか?」
「まさか、こんな名前付けるわけないよ。あいつが。絶対違う。」
佐為はzeldaと打ちながら言った。
「塔矢アキラとまた打ってみたいですよ。」
「じゃあ、夏休み終わったら、碁会所行ってみようぜ。
あれっ?こいつ、まだこんだけしか打ってないのに、中押しの表示をしてきたぜ。」
「 この者は今までの誰よりも強いです。強いから形成判断が早く正確なのです。私の力量を知り、これ以上は無理と思ったのでしょう。力のない者ほどそういう判断ができず、もう勝てない碁を打ち続けるのです。昔のヒカルみたいにね。」
「一言多いよ。それよりさ、こいつに何か言ってやりたいな。チャットするんだ。」
「言う?チャット?ヒカル、できるのですか?」
「ローマ字苦手だけど、短いのならできるさ。何て書く?」
「えっ?そうですね。この子は幾つぐらいなのでしょう。もし小さい子どもだったら<ヨク ガンバリマシタ>ですか。いえ、それは絶対ダメですね。まずいです。
そうですね、<アナタノ ゴハ トテモ スジガ ヨクテ スバラシイ。 タノシメマシタ>はどうでしょう。」
「ええっ、長過ぎ。最初のでいいよ。だって小学校でも頑張りましたってハンコウもらうんだぜ。子どもなんだからさ。ええと、< ヨク ガンバッタ> うーん。 そうだ、<ナ>を付けてやれ。これでどう?」
「<ヨク ガンバッタナ>? ちょっと、ヒカル。いくらなんでもそれはどうでしょう。怒っちゃいませんか。かなり強かったですよ。zeldaは。 ヒカルの何倍も強いのですよ。そんなこと言われたらヒカルだって怒るでしょう。絶対ダメです。何も書かない方がましですよ。」
「いいよ。だってもう打っちゃったもん。」
「ああ、私はもう知りませんよ。」
「俺じゃなくて、saiだもん。俺、関係ないもん。」
「ああ、もうヒカルったら。私はもう二度とチャットなんてしませんよ。全く。あれ、もう返事が。」
「どれどれ、<オマエハ ダレダ! コノ オレハ “インセイ”ダゾ!>だって。院生なんだ。こいつ。」
「そういえば、前にヒカル言ってましたよね。プロになるために勉強している子どもたちのことだって。」
「うん。zeldaってそうなんだ。プロ目指してる奴なんだ。」
ヒカルはごろっと傍のソファに転がった。
「それにしてもさ。これって強さが分かるようになってればいいのにね。そしたら佐為も強い相手とだけ打てるのにさ。」
佐為はちょっと笑った。
「これって勉強になりますね。私にもですけど、ヒカルにも。自分で打つのが一番の勉強でしょうけど、こうやって 私が打つのを見るのも勉強になる筈です。」
「佐為の解説つきだしね。」
夏の間毎日ヒカルはマンションに通った。
佐為はいつもヒカルが着くともうパソコンに向かっていた。そしてヒカルが家に戻る時、平安に戻っていった。
ひと月はあっという間だった。
間もなく夏休みが終わろうとしていた。
「佐為。来週この部屋の人が戻ってくるんだって。それで、明後日お母さんが掃除に来るんだ。明日でここも終わり だね。」
「残念です。ネットの中には強い者も何人かいて、打ち甲斐がありましたし。」
「本当?zeldaみたいに強いのが?」
「いえ、zeldaよりもっとずっと強い者たちです。虎次郎の頃と同じくらいの手応えのある碁を打てましたよ。」
「でも佐為は負けなかったね。」
「勿論です。」
「そうだ、zeldaと塔矢とどっちが強い?」
「塔矢アキラでしょう。」佐為はあっさりと答えた。
「そうなんだ。だったら塔矢はプロになれるね、きっと。塔矢の奴、ネット碁やってたらいいのにね。」
ヒカルは対戦者のリストを眺めた。
「あっ、Akiraだって。これアキラって読むんだよ。」
「もしかして塔矢アキラでしょうか。」
「違うかも。アキラなんてよくある名前だぜ。でもためしに相手してみたら。もし塔矢だったらラッキーだな。」