アキラと生身の佐為の初顔合わせ、ネット碁
(主な登場人物…佐為、ヒカル、導師、筒井、三谷の姉、市川、和谷、フク、アキラ、緒方、sai、zelda)
ヒカルは、夏休みが終わってから、やっと佐為を訪ねることができた。
「ヒカル。何をしてたんです?」
「何って、宿題が終わらなくってさ。お母さんが宿題終わるまで見張ってたし。掃除もばっちり手伝わされたんだ。」
佐為はやっぱりという顔をしたが何も言わなかった。
ヒカルは、それに気付かず、嬉しそうに言った。
「ああ、もうそんなことは忘れて、今日はばっちり打ちまくるぞ。」
碁盤の前に座ると、ヒカルは言った。
「俺、どのくらい強くなれたのかなあ。佐為を負かせられるかな。」
まったくヒカルはお調子者ですよと佐為はため息をついて、諭すように言った。
「ヒカル。聞いてなかったのですか。私も強くなったといったのを。
それに大体ヒカルがいくら強くなっても私にはかないませんよ。何しろ、私は神の一手を極める人間なんですから。ヒカルとは違いますからね。」
「分かってるよ。神の一手、一手って。俺だって極めてやる。」
ヒカルは一局佐為に指導碁を受けた後、がっくりしたように言った。
「ああーあ。やっぱ、佐為には追いつかねえのか。俺、本当に強くなったの? 実感わかないよ。全然。」
「だから、言ったでしょ。私と比べることが間違ってるのですよ。 いくらヒカルがこの夏強くなったといっても、導師ともまだまだですよ。その腕では。」
佐為は苦笑して言った。
しかし心の中で、そっと呟いた。
ヒカル、どんな人間であれ、追いつかないとかいうことはない。この先ずっと真剣に碁に向かうなら。あなたが心構えを変えたなら、可能になることはたくさんある 筈。
そうしてヒカルの置いた石のひとつをじっと見つめた。
この続きをヒカルが意識して打てるようになれば、ヒカルとの対局が楽しみになるのだが。
それからまた思った。
しかしこんなことはヒカルには口が裂けても言えないですね。何しろヒカルときたらお調子者ですからね、天狗になって努力を忘れるに違いありませんから。絶対駄目です。
まもなくヒカルが来たという知らせを受けた導師がやってきた。
「導師さん。ご無沙汰してました。」
ヒカルはここぞとばかり大人びた挨拶をした。
導師は満足げに頷いた。
「ヒカル殿はずいぶん、成長されたな。挨拶もきちんとされるようになった。」
「ヒカルは、私には一度もあんな態度をとらないというのに。それに大体、挨拶の仕方は私が躾けたものですよ。」
佐為は不満げに言った。
導師は呆れたように佐為を見た。
「佐為は、本当にちっとも進歩がないの。」
ヒカルはくすりと笑った。
「進歩はございましたよ。私はこのひと月近くで強くなれましたよ。」
「違う違う。わしの言うのは碁のことではないわ。まったく。ヒカル殿のこととなると佐為はまったく…。 もういい。それより、わしはヒカル殿との対局を楽しみにしておったのだ。どのくらい強くなったのか。」
ヒカルは導師と一局打ちあった。
「ふう。佐為の言ったとおりだ。ヒカル殿は強くなったぞ。きっと私がかなわなくなる日も近いな。」
やっぱり勝てなかったとがっくりしていたヒカルは、その言葉に目を輝かせた。
対局を眺めていた佐為が言った。
「詰めが甘いのが最大の難点でしょうね。」
「ヒカル殿は計算が苦手か。訓練せねばいかんか。」
佐為は思案気に答えた。
「そうですねえ。ただヒカルは訓練というものが苦手のようですから。まあ、いそぐこともありませんし、今のところはヒカルのひらめきを伸ばすことを優先したいと思 っています。」
やがて導師と佐為は酒を酌み交わし、ヒカルはお菓子をぱくついた。
導師は言った。
「ところで佐為、このひと月というもの、ヒカル殿の世界に行くのに夢中で、帝に一度も拝謁せなんだろう。ご立腹ではなかったか?」
佐為は全く気にしないで言った。
「方違えと病ということで、引き篭もっていると、分かってくださっているはずです。現に一昨日、伺った折にも特にお変わりのご様子もなく、ご機嫌も麗しゅうございましたが。導師には何かご心配のことが?」
導師はちらりとヒカルを見て、それからさりげなく佐為に言った。
「そなたは、帝の指南役であるのだ。大切なお役目だ。それを忘れることがあってはならぬ。この地に生きるならば。この地を愛するなら。」
「もちろんでございます。私はヒカルの時代も気に入っていますが、何よりこの平安の御世の者にございます。」
そうきっぱり言い切った佐為は、烏帽子仮衣姿が凛々しい平安の貴族だった。導師だけでなく、ヒカルもその姿に思わず見ほれるほどだった。
佐為って、やっぱかっこいいよな。ヒカルはひそかにそう思ったものだった。
その佐為を見つめていた導師は気がかりな事を見つけた。
「この一月というもの、どんな体験をしてきたのか、そなたの話を聞いて、感心するやら驚くやらだったが。だが考えてみると、そなたはとてつもない事をしたのではないか。よく無事で、ここに戻ってこれたものだ。」
「?」
佐為もヒカルも何だろうという顔をした。
「そなた、鏡など見ていまいな。」
「顔に何かついておりましょうか?」
「そうではない。そなたの石を見てみよ。」
そう言われた佐為は、そっと耳たぶに手をあてがい、石をはずし手のひらに載せた。
赤い石は時折光を弱めているようにみえた。
「そういえば、輝きがまだらのような。」
ヒカルはそれを見てどきんとした。
「使いすぎではないか。毎日、一日中、時の彼方へ行っておったのだから。」
導師はそう言った。
ヒカルは胸に下げていた自分の石を出した。
「俺のは大丈夫みたいだよ。ほら。」
ヒカルの石は変わらず赤い輝きを放っていた。
導師は、それを見てほっとしたように頷いた。
「佐為、当分そなたはヒカル殿の時代に行くのを避けよ。しかしヒカル殿の石は変わらぬ力を有しておるようだな。そういうことが影響するのかわからぬが、ヒカル殿はここ一月全く時の旅をしてはおらぬから かな。」
ヒカルは努めて明るく言った。
「当分は俺がこっちへ通うから。佐為の石は少し疲れちゃったんじゃないのかな。休ませたら元みたいになるかもしれないよ。それに俺の時代に来てもさ。当分は碁会所にも行く金はないし。ネット碁もできないしさ。」
佐為は何か考えているようだったが、その言葉に頷いた。
「そうですね。私もしばらくは帝の御用に励む必要がありましょうし。」
導師は言った。
「実はな。術師がどうしてもヒカル殿に会いたいと申しておってな。だが、この夏の間、ヒカル殿は一度もこちらへは参らなかったであろう。そこでヒカル殿が来たら連絡がほしいと言っておったのだ。
わしとしては術師と深く関わるのは正直気が進まんが。しかし、石を持ってきたのはそもそも術師ではあるし、佐為の石がこのようであるという事はまた術師の興味を引く事なのかも知れぬし。」
言葉をとぎらせてから、また言った。
「佐為はともかく、ヒカル殿を危険な目には会わせるわけにはいかぬ。それでも会ってくれるかな。ヒカル殿は術師に。」
「その人は俺に会いたいの?いいよ。時の石を持ってた人なんでしょ。でも俺、役に立つのかな。何か話す事があるのかな。」
「いや、ヒカル殿の顔を見れば満足かも知れぬ。出自は低いが、悪い男ではない。ただ、もしかして取り付かれているかも知れぬが。」
「取り付かれている?何に?」
導師はあいまいに笑った。
佐為は真剣に言った。
「私は術師に会いたい。石がこのようになるとは。術師に会って話をする事は導師が考えるほど危険な事ではありませぬ。帝の御用も務めることがあると聞いておりますよ。」
「帝が御用を?術師にか?」
「はい。」
「そうなのか?まあよい。とにかく当分佐為は時の旅はしないのだから。ヒカル殿の都合の良い折に術師と会うように取りはからせてもらおう。ただし、それまで佐為は勝手に術師にあってはならぬぞ。」