風の石空の夢   作:さびる

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『通い路』1~10
佐為とヒカルが出会い、中学囲碁大会に出るまで
(主な登場人物…佐為・ヒカル・導師・あかり・白川先生・塔矢アキラ・磯部秀樹・筒井・加賀)


通い路5

「昨晩、ヒカル殿はわしの目の前から、突然去っていった。」

導師はそう切り出した。

佐為はそれを聞くと、ほっとしたように言った。

「私はあの子が元の世界に戻れるようにと願いました。願いが聞き届けられたのですね。あの子は誤ってこの時代に来てしまったのですから。」

導師は言った。

「いや、あながち誤りとは言えぬぞ。あの子は石を持っていた。」

 

「石を?これと同じものでしょうか?」

佐為は、自分の耳につけていた石を外して見せた。

「そう、その石と同じものだ。わしが見間違う筈はない。」

「対の石をあの子が…。これは時を下り、或いは、さかのぼって、優れた碁打ちを捜し求める石なのです。それを虎次郎 は手にしたのです。虎次郎が亡くなった時に、私は彼と共に対の石も失いました。 石は私の元に戻ってこなかった。それ以来、この一つ残された石を使って、私は求めてきたのです。もう一度、心ゆくまで、自分が望む碁が打てるようにと。」

 

「わしは何となく感心せぬよ。佐為は虎次郎に影響力を持ち過ぎては、おらなんだか。自分の時ではないところで、力を使うのは感心せぬ。良くないことが起きるぞ。己の分を心得よ。佐為。」

「そうでしょうか。虎次郎は喜んでおりました。私はここで虎次郎を鍛え、虎次郎と共に時の旅をして、思う存分あちらの世界で碁を打ってきたのです。あの あまたの強豪たち。この平安の御世ではなし得ぬことでした。嬉しいことに何より彼らの追い求めていたものは、私の求めていたものと同じ 、果てしない碁の高みでした。」

 

導師は首を横に振った。

「わしは、そなたが得た力を悪用しているとは思わぬ。そなたほどの腕があれば、より強い者を、対等な者を相手にと、求めるのは当然と思っている。だからこそ私はそなたを大陸へ送り出すのに苦心している。残念だがそれはまだ叶わぬが。そなたは、しかしその強い思いで、時を選んでしまった。」

「それでも私の術もまだまだです。上手くいったのは、虎次郎ただ一人だけ。なのに、私も彼もこれからという時に、虎次郎は死んでしまいました。彼との時を戻すことはもうできませぬ。

今回、やっと私の願いが再度聞き届けられたと思いましたに、あのような子が現れるとは。」

 

導師は深い思いを致すように話をした。

「わしは、いや、これはわしの勘に過ぎぬのだが、あのヒカルというお子は、誤ってここに現れたとは思わぬ。わしの勘が正しければ、ヒカル殿は必ずまた、ここに舞い戻るぞ。」

佐為は眉をひそめた。

「何故にです?ヒカルと申す子は、碁を打ったこともなければ、碁に対する関心も何もないというに。」

 

導師はちょっと、笑った。

「はは。さてな。そうであろうか。わしは子どもの頃は思うこととは反対の言葉をよく口にしたものよ。だから 分かるのだが。きっと、そなたは真っ直ぐな良い子でそのようなことはなかったかも知れぬが。」

導師はさらに続けた。

「そなたとヒカル殿との間には、もしや何か通じるものがあるのではないか。でなければ、何故、虎次郎殿の持っていた石をヒカル殿は拾えたのか。わしの家に着いてから、ほんの少しばかり話をしたのだが、ヒカル殿の祖父がかなりの碁の腕の持ち主だそうだ。」

 

佐為はそれを聞いて、ちょっと、目をつぶった。ヒカルのことを思い出そうとした。佐為の頭に浮かんだのは、敵意を剥き出しにして、自分に 刃向かって来る子どもの姿だった。佐為は苦笑した。

「考えてみれば私も大人げがありませんでした。初めて出会ったのです。もう少し時間をかけて、じっくり、あの子と話すべきでした。もしかしたら、あの子は、碁は打てずとも、私を時の旅に連れ出す力、私を誘う役目を持っているのでしょうか。老人に は時の旅は辛いものでしょうから。」

 

「わしには分からぬことだ。人がどのような縁で繋がりを持つのか。ただ、ヒカル殿は、いきなり、この見知らぬ世界に迷い込んでも、揺るぎもせず、己を貫き通す強靭さを秘めている。これは稀に見る素質だ。」

「確かに、考えてみればそうです。あまりにも平然として見えたので私にも配慮が足りませんでした。少々手ひどく扱ったかも知れませぬ。多分あの子は二度とここへはこないでしょう。もしも 再びここに現れたなら、私は言葉を慎んで、あの子に思いやりを持って接しましょう。」

 

そう言うと佐為は手にしていた石を指でそっと挟んだ。

「私がこの石をこうやって、光にかざし、願いを籠めると、対の石が光ったのです。虎次郎の持った石が私の石と時を越え、同時に。石を持つ二人の気持がぴったりと合った時に。2つの石が同時に光にかざされると、時の扉が開くのです。虎次郎はそうやって幾度もやって来てくれました。」

 

そう言って、佐為は石を光にかざして見せた。赤く透き通った光が辺りにきらめいた。

「そう、そのきらめきが大きな輪を作り広がった時に、ヒカル殿は…」

導師は最後まで言葉を言えなかった。

 

 

大きな光の輪のあまりに強い瞬きに佐為も導師も思わず目をつぶった。

その二人の耳に声が聞こえた。

 

「ああ、何だよ。なん何だよ。また。いきなりだ。毎日何度やっても今まで何も起こらなかったのに。明日は約束があるっていうのに。そういう時に限って、余計なことが起きるんだよな。またここに来たのかよ。」

 

そう言いながらヒカルは佐為を睨んだ。今回はヒカルは気を失うこともなく佐為の前にすくっと立っていた。

佐為は「余計なこと」というヒカルの言葉を耳にし、つい今しがた思いやりをもってヒカルと接すると決めていたことなどすっかり忘れて、ため息とともに言っていた。

 

「ヒカルとやら。また来たのか。そなたも懲りぬ子だな。」

 

その一言に今度はヒカルがぶっちぎれた。

「懲りないって?まただって?お前がきっと余計なことをしたんだろう。佐為。でなきゃ、俺がここへ来るわけがないだろ。」

二人はまたも睨み合った。これが二人の2度目の出会いだった。

 

導師はその二人を見て、噴出しそうになるのをこらえていた。

いつも穏やかで、憎らしいほど落ち着いている佐為をこのようにムキにさせるとは、ヒカル殿は、それだけで立派に時を越えてくる意味があるというものよ。

 

しばらくして導師は言った。

「さて、この事態をどうするか、よく考えねば。」

「また戻ってもらえばいいことです。」

 

ヒカルは佐為のその言葉を無視し、導師に言った。

「折角来たんだし、帰り方も分かってるしさ。俺、導師さんの家にまた行きたいな。」

「そうか、それは嬉しいことだが。実はわしはこれからちょっと、一人で出かけねばならぬ用事があるのだ。その間は、ヒカル殿は人目につかぬよう、この佐為の邸にいたほうが良い。

ここには虎次郎殿が着ていた衣服があろう。佐為。それをヒカル殿に着てもらってはどうか。ヒカル殿の姿はあまりに目立つ。 髪型もだが特にその衣服は。」

 

それだけ言い終わると、導師はそそくさと出て行った。

二人切りになると、ヒカルと佐為は気まずそうに無言でしばらく向かい合っていた。

 

やっと佐為は言った。

「導師が言われたように、着替えるか。ヒカル。いや、ヒカル殿。」

「いちいち殿つけなくて、ヒカルでいいぜ。佐為。」

ヒカルのその言葉遣いに、思わず言い返したくなるのを抑えて佐為は言った。

「分かった。そうしよう。」

呼び鈴を鳴らすと召使に言った。

「子ども用の水干をもて。」

 

間もなく、ヒカルの前に水干が運ばれてきた。ヒカルは物珍しそうにそれを広げながら言った。

「俺、着方が全然分からないぜ。」

「私が手伝おう。虎次郎にも私が着せてやったのだ。」

 

初めて着る水干は、不思議な感触がしたが、ヒカルは何となく開放感を感じていた。それはヒカルがこの時代の住人ではないからかも知れなかった。

佐為はヒカルが脱ぎ捨てたジャージを手に取り、畳みながら言った。

「これは、まか不思議な布だな。」

「それ、寝るときに着てるんだ。いつもはこの前来た時のような服着ててさ。」

ヒカルはそう言いながら靴下を脱いだ。それを見て佐為は訊ねた。

「ヒカル。素足で寒くないか?」

自然に出た言葉だった。

ヒカルは、それに初めて素直に答えていた。

「全然。平気だよ。でも、ありがとう。」

佐為は、それを聞いて、ヒカルも可愛げなところがあるなと少しばかりほっとした。

しかし、そうやって、服を着替え終わると、することがなくなり、二人はまた気詰まりな沈黙の中に沈んだ。

 

沈黙を破ったのはヒカルだった。

「ここはどこなの?」

前から訊ねようと思っていたことだった。どこか懐かしい感じがする場所。

時の旅とか言ってたけどここは絶対日本だろ。導師さんも佐為も変わった日本語を話すけど、分かるもんな。

「ここは京。平安の都の西の方角に当たる。」

「へえ、ここって平安時代なのか。」

「ヒカルは確か導師には、江戸から140年近く経っている時に暮らしていると言ったそうだが。」

「うん、そうだよ。」

そう言ってから、ヒカルは不思議に思った。

「何で江戸を知ってるの?」

 

「前に一度そなたのように、ここに時の旅をした子どもがきた。虎次郎という名であった。その虎次郎が江戸に暮らしておったのだ。」

「へえ。それで、どうなったの?」

ヒカルは興味深そうに聞いた。

「もう以前のことだ。虎次郎は大人になって良き碁打となったが、流行り病で亡くなった。」

それから佐為は少し考えて言った。

「虎次郎は幼い時より並々ならぬ囲碁の腕を持っていた。碁を極めたいと真剣に願った 時、ちょうど私が時の中へと送った石を手にしたのだ。 虎次郎は私に石を戻すことなく、亡くなった。そなたは時を経て虎次郎が持っていた石を拾ったのだ。それでここに来たのであろう。」

 

「この石だろ。」

ヒカルはジャージのポケットを探り、石を取り出した。

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