風の石空の夢   作:さびる

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『野風』41~50
三面打、院生試験、アキラ新初段戦、森下先生研究会
(主な登場人物…ヒカル、佐為、導師、術師、白川、岸本、正夫、篠田、和谷、桑原、フク、帝、伊角、アキラ、座間、森下、冴木)


野風50

4月の初めにヒカルは1組にあがった。

「ひゃっほー、1組だ。今日から俺、1組だぞ。」

ヒカルが小躍りして、部屋に入ると、和谷が言った。

「1組のどんけつな。」

周りの子がけらけらと笑った。

「はしゃぐのはいいけど、今日からお前の相手は俺たち1組だからな。ここんとこ調子よかったみたいだけど、これからはそうはいかないぜ。」

ヒカルは少しギクッとした。

「まあ意外と早く上がってきたかな。」

1組1位の余裕で伊角が言った。

「1組にようこそ。よろしくね。」

そばにいた女子がそう言った。

ヒカルより3ヶ月早く院生になって、今3位の越智も言った。

「よろしく。」

1組のみんながヒカルを見ていた。歓迎と共に挑戦的な雰囲気にびびったと言うわけではないが、ヒカルは少しどきんとした。

しゃんとしろ。自分!俺だって。

「よ、よろしく。」

ヒカルは何とか返事を返した。

 

ただ碁盤の前に座っていざ対局になった時は、すっかり落ち着いていた。

1組だってひるまない。相手より厳しい手を返してやる。俺はもっともっと上を目指してるんだ。

少々ひやりとする場面を何とか切り抜けると、ヒカルは1組での最初の1勝を収めた。

2局目は長考しない子で、ヒカルとは相性がいいようで打ちやすい子だった。

ヒカルが勝敗表に印を押していると和谷が来た。

「ふーん。フクに勝ったのか。進藤。連勝じゃねえか。」

ヒカルは胸をはって頷いた。

「うん。」

「だけどな。次はそうはいかないぞ。俺が相手だからな。」

和谷が釘をさした。

今度はヒカルも負けていなかった。

「でも和谷ってフクには弱いんだろ。」

 

和谷は傍にいたフクに怒鳴った。

「フクゥ。てめえっ。」

フクはあっけんからんと答えた。

「だって本当のことだもん。」

その時、院生の一人が、和谷を呼んだ。

「おい。ネット碁のこと、教えてくれるんだろ。早く来いよ。」

「ああ、今行く。」

「ネット碁?」

「和谷君はネット碁やってるんだよ。zeldaっていう名前でね。」

フクが代わりに答えた。

 

和谷を見送りながら、ヒカルは呟いた。

「和谷がzelda。和谷はsaiと打ったんだ。」

 

『…この者は今までの誰よりも強いです。』

『…ヒカルまずいでしょ。ヒカルだって怒るでしょ。そんなこと言われたら。zeldaはヒカルの何倍も強いのですよ。』

俺の何倍も強い…

ヒカルの胸に、自分が書いたメッセージがこだました。

ヨク ガンバッタナ…

今度は佐為じゃなくて俺が打つんだ。いや。勝つさ。今の俺はあの頃の俺じゃないんだから。

 

家に戻るとすぐにヒカルは佐為の時代へ向かった。

報告を受けた佐為はにっこり笑った。

「念願の1組でこの対局。どうやら、抜け出たようだな。私とばかり打つのがいけないのではと心配したが。」

「佐為と打つのがいけない?」

ヒカルは不思議そうに聞き返した。

「そう思った。ヒカルは院生対局以外は私としか打たない。碁はもちろん強い者と打つことが大切だが。 棋譜並べすら私と打ったものばかりというのでは。少しなんとかするべきかと思ったが、そのまま様子を見ていた。

ヒカルは碁を分かってきたから、私の力も分かってきたのだ。上手の私の碁に恐れを抱くようになったのだ。まあ、とにかくヒカルは乗り越えたのだから。もうそれは大丈夫だと私は確信している。」

 

佐為は庭を見た。日が傾き、夕暮れが近づいていた。

「ヒカルはどうやら壁を一つ乗り越えた。だが、このままでいいということではない。あの新初段戦の塔矢アキラをいつまでも目標としているだけではだめだ。彼の あの姿勢は見習うべきだが。

塔矢アキラもあれからきっとさらなる研鑽を積んでいる筈だ。

ヒカルは今までは院生2組だからやってこれたのかもしれない。今日は勝てたようだが、1組の面々の力はまだ分からない。碁はなんといっても勝たねばならない。」

ヒカルは言った。

「次の対局者は、和谷なんだ。」

「和谷?」

「うん。院生試験の時、声をかけてきた奴がいただろ。」

 

佐為はおぼろにその時の様子を思い浮かべた。

確かヒカルと同じくらいの子だったような。

「そいつ、zeldaだったんだよ。佐為。ネットで打ったろ。俺がガンバッタナって書いた奴だったんだ。」

佐為は頷いた。

「ああ、そういうことがあった。確か、なかなかの腕前だったような気がしたが。」

「そうなんだ。院生順位は7位だって。」

「ヒカルは25位。だが7位であろうとなかろうと、今のヒカルなら、勝てないということではないと思う。 とにかく気持で負けてはいけない。」

ヒカルは頷いた。

碁はなんといっても勝たねばならない。

先ほどの佐為の言葉がさざ波のように広がり、ヒカルの胸にこだました。

俺は勝ち進んで見せる。塔矢に並んでみせる。

俺だって。俺は壁を一つ越えたんだから。俺は、だからまた前に進むんだ。

塔矢の奴があれからもっと進んでいるのなら…。だったら俺ももっと早く進む。追いついて見せるさ。 必ず。

 

翌日、学校の帰りがけに、ヒカルは白川のところへ寄った。

報告を受けた白川は少し目を丸くして言った。

「1組にあがりましたか。」

3ヶ月か。意外と早く上がれましたね。いや進藤君の上達振りならもっと早くても良かったのかもしれないが。とにかく進藤君は本物になれるかもしれない。

白川はヒカルと一局打ちながら思った。

院生になった時より格段に進歩している。3ヶ月というのはあなどれない 時間だ。次の3ヶ月で彼はどう伸びるだろうか。このまま伸び続けることができたら…。もしかしたら進藤君は。

 

「約束通りお祝いをあげなければなりませんね。進藤君は明後日午後空いてますか?」

 

ヒカルは落ち着かなげに棋院に入った。

いつもの院生手合いのある大部屋を過ぎて、戸が閉まっている部屋の前にたった。

やっぱ緊張するよな。何となく職員室へ入る感じじゃないか。白川先生もう来てるよな。俺、こういうの本当に苦手だな。

深呼吸をすると、ヒカルは戸をノックして言った。

「失礼します。」

中に入った途端、和谷と目が合った。

「あれっ?何で和谷が居るの?」

「馬鹿。それは俺のせりふだ。森下先生は俺の師匠だ。お前こそ何でここに来たんだ?」

「和谷、うるさいぞ。君が進藤君か。白川君から聞いている。」

森下が口を開いた。ヒカルはぺコンと頭を下げた。それから、周りを見渡すと白川がにこやかな顔をして ヒカルを見つめていた。

「進藤君は私の教室に通ってたのです。まだ碁を始めて1年とちょっとなんですが、院生1組に上がったっていうことで、森下先生に了解を得て研究会へ誘ったのですよ。」

「碁を始めて1年とちょっとって、倉田君並だね。」

その言葉に和谷が不服そうに言った。

「2組ずっと連敗してた…。」

和谷の横にいた棋士が言った。

「でもとにかく1組にあがれたんだろ。3ヶ月で。」

その言葉にヒカルはきっぱり言った。

「俺、和谷に負けないから。今度の手合い。」

「俺だって。」

和谷も負けじと応じた。

 

森下は頷いて言った。

「まあ、お互いその意気だ。とにかく二人とも頑張れ。」

「和谷は若獅子戦も近いしな。」

そばにいた門下生の冴木が言った。

「若獅子戦?」

ヒカルは聞きなれない言葉に首を傾げた。

「進藤君は知らないかな。院生と20歳までの若手プロが競うトーナメント戦だよ。」

「俺も出る。」

ヒカルは張り切って言った。

「出るったって。1組16位までしか出られないんだぞ。お前は25位だろ。」

和谷がけん制した。

「だったら、16位になるさ。すぐに。プロとのトーナメントだったら塔矢の奴もでるんだ。あいつとも戦えるんだろ。」

ヒカルは張り切って言った。

塔矢と打ってみたい。俺だって塔矢と並べるものがある。それを見せ付けてやりたい。

「よく言った。塔矢アキラが目標か。頑張りなさい。碁にはなんといっても意気込みが大切だ。ここでじっくり勉強して、その目標に邁進しなさい。」

森下が檄を飛ばした。

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