ヒカル…秀策について知る。若獅子戦でアキラと対戦。プロ試験へ。
(主な登場人物…佐為、ヒカル、和谷、伊角、フク、平八、平八妻、筒井、本田、村上、アキラ、導師、門脇、桑原、道玄坂碁会所マスター、河合、市川、緒方、岸本、尹先生、洪秀英のおじさん)
森下の研究会の3日後にはもう院生対局の日となった。
ヒカルはこのところ好調だったので、和谷との対局に張り切って臨んだ。
しかし和谷はヒカルが思っていた以上に手強かった。研究会で顔を合わせてから、ヒカルと同じく、和谷のこの対局へかける意気込みはすごかったのだ。
森下先生の研究会でまさか進藤と顔を合わせるなんて。冴木さんと打ったのを見たけど、こいつは結構打てる奴だ。絶対負けられないよな。負けたら研究会で何と言われることやら。
伯仲した戦いだった。
やっぱりzeldaって、強いんだ。佐為が言っていた通りだ。
そう思いながらヒカルは和谷が置いた石をみておやっと首を傾げた。
えっ、今打ったのって、佐為の手に似てないか? あのネット碁の影響か?
ヒカルは和谷の顔を伺うように見た。
和谷はヒカルの様子に気づきもせず、盤面をじっと睨み、集中していた。
結局ヒカルは2目半で負けた。
ヒカルがふっと、ため息をつくと、和谷は満足そうに、にやっとした。
先に終わっていた伊角とフクが様子を見に来た。
「和谷。勝ったのか。」
「うん。でも進藤も思った以上になかなかやるよ。ここんとこなんかちょっとヒヤッとしたぜ。」
「へえ。ここか。」
伊角は盤面を覗き込んだ。
ヒカルは佐為に似た手が気になって、検討も上の空だった。
伊角と和谷の会話が途切れた時、やっとヒカルは気になっている場所について恐る恐る尋ねた。
「俺、ここの辺をうまく打たれた気がするんだけど。」
「そこか。うまくいったよな。そこ何となく秀策っぽいだろ。こんなにぴったり決まったのって始めてかもな。」
和谷は自慢そうに言った。
「和谷君の十八番が出たね。」
フクが笑って言った。
「秀策?和谷の十八番って?」
ヒカルは不思議そうに聞き返した。
勝って気分が良かったこともあってか、和谷は饒舌だった。
「俺、秀策が好きでさ。うちでよく棋譜を並べるんだ。」
「秀策の棋譜?それってどこで見られるの?」
「下の売店にも置いてあるんじゃないか。」
伊角が言った。
「全集じゃないのもあるぜ。買うんだったらそっちの方が手ごろだな。」
和谷が言った。
午後の対局を終えると、ヒカルはすぐ売店に向かった。
全集を手に取ると、ヒカルは値段を確かめながら呟いた。
高っ。俺の小遣いじゃ手が出せないよ。和谷が言ってた方の本はないのかな。売れちゃったのかな。
翌日学校の帰りに寄った近所の図書館にも、秀策の棋譜はなかった。
図書館の人が、希望を出せば購入できるかもしれませんよと言ってくれたが、来年以降になると聞いてやめた。
来年だって。そんなに待てないよ。結局買うしかないのかなあ。でもこの前の小テストの成績が悪かったしな。臨時の小遣いなんてまず無理だし。
でも気になる。和谷が気に入っている秀策か。
そういや、秀策ってどういう人なんだろう。聞くの忘れたなあ。和谷に聞くのは癪だよな。
その時、ヒカルは、はたと思いついた。
そういや、じいちゃんは持ってないかな。秀策の本。持ってなくても秀策って知ってるかも。知らなくても碁の相手をすれば小遣いもらえるよな。本が買えるぞ。よしっ。
ヒカルは、その足ですぐ平八の元を訪ねた。
「何だ。ヒカル。随分久しぶりじゃないか。学校の帰りか。」
「うん。春休みに一度寄ったんだぜ。でもじいちゃんは旅行中で留守だったんだよ。」
「そうか。悪かったな。中学生ともなると、ヒカルもいつも忙しそうだしな。どうだ。今日は時間があるなら一局打つか。」
「うん。いいよ。置石なしだよ。」
「何?わしと置石なしで打つと?調子に乗りおって。まあ、いい。どの程度腕を上げたか確かめてやるさ。」
ヒカルは、しばらくぶりに平八と対局した。
平八は途中で何度もうーむと唸っていた。
「じいちゃんに勝てたら小遣い倍だぜ。」
ヒカルは偉そうに言った。
「何言っとる。いや、待て。うーん。ヒカル。お前すごく強くなったな。」
それからとうとう言った。
「それにしても置石なしで、わしに勝つとは。子どもの成長ってのは本当に侮れんな。よし、小遣いをやろう。」
「へへ。」
ヒカルはその対局にかなりの満足を覚えた。
同時に平八がかなりの腕の持ち主だということに初めてのように気づかされた。
じいちゃんってすごいや。阿古田さんよりはずっと上手(うわて)なんだ。何で今まで気づかなかったんだろう。
平八は時計を見ると言った。
「おや、もうこんな時間だ。ヒカル、家に電話して、晩飯を食っていったらどうだ。」
「うん。」
平八の妻は楽しそうにヒカルに言った。
「ヒカルは良く食べてくれるから、作り甲斐があるわ。もっと来てくれると嬉しいわ。ヒカルが碁の相手をしてくれるようになって、お祖父ちゃんも喜んでるのよ。」
「うむ。まあ、意外と早くわしの相手が出来るようになったなあ。子どもは伸びるのも早いからな。」
ヒカルはやっと話を切り出した。
「ねえ。じいちゃん、秀策って知ってる?」
「秀策?本因坊秀策のことか?」
「それどういう人?俺、名前だけ聞いたんだ。」
「何、ヒカルは知らんのか。秀策は幕末の頃の囲碁の名人じゃよ。」
「何だ。昔の人なんだ。その人の棋譜持ってる?」
「いや。持っとらんよ。わしはそういうのは買わんからなあ。昔の人って言っても棋聖といわれるほどの人物だぞ。」
「ふーん。棋聖ねえ。じいちゃんも持ってないのか。じいちゃんは一人でよく棋譜並べしてるだろ。あれは誰のを並べてるの?」
「誰って、特にないよ。碁の本に出てるのとか新聞のとか、いろいろ適当だよ。別にわしはそこまで碁を研究してるわけでもないからなあ。」
ヒカルは家に戻ると、貰った小遣いを取り合えず佐為の為の引き出しに突っ込んだ。
結局本を買わなければならないけど、まあ、小遣い貰えたからいいか。
それにじいちゃんにも勝てたしな。
秀策の本を買うとして、この辺の本屋に置いてあるんだろうか。無かったら、どこで売ってるのかな。
やっぱ和谷に聞く?やだな。
そうだ。 いいこと思いついた。
ヒカルはバタバタと階段を下りて、電話のところに行った。
「進藤君?懐かしいな。って言っても、まだ卒業式から一月ぐらいだけどね。電話くれて嬉しいよ。…えっ。秀策。うん知ってるよ。…うん、うん…。」