ヒカル…秀策について知る。若獅子戦でアキラと対戦。プロ試験へ。
(主な登場人物…佐為、ヒカル、和谷、伊角、フク、平八、平八妻、筒井、本田、村上、アキラ、導師、門脇、桑原、道玄坂碁会所マスター、河合、市川、緒方、岸本、尹先生、洪秀英のおじさん)
翌朝早く、ヒカルは駅前に立っていた。ヒカルの姿を認めて、筒井が走ってきた。
「進藤君。待たせた?こんなに早くでごめん。」
「ううん。全然。俺の方が頼んだんだもん。」
「いつもは30分遅い電車なんだけどね。」
筒井はブレザースタイルの制服で大人びて見えた。ヒカルはじろじろ見つめた。
「何?どうしたの?」
「あっ、うん。何となく高校生って違うかなって思ってさ。」
筒井は笑った。
「進藤君がそんなことに気がつくなんてね。そうそう、これ。」
筒井は鞄から本を取り出した。
「ありがとう。」
「やっぱ院生は違うんだね。秀策なんか並べて勉強するなんて。昨日聞いて驚いちゃった。」
「筒井さんだってこの本持ってるじゃないか。俺、秀策なんて名前も知らなかったから。」
「広告につられて買ってみたんだけどね。解説が少なくて、僕にはちょっと。進藤君がもらってくれるんなら嬉しいよ。秀策のこと知りたかったらいつか広島に行くといいよ。秀策記念館があるらしいよ。僕も行きたいと思ってるんだ。一緒に行く?」
「わあ、約束だぜ。」
「いつかね。じゃあ。」
筒井と別れた後、ヒカルはうきうきした気分で学校へ向かっていた。
解説が少なくても大丈夫さ。佐為に聞けばいいんだから。そういや佐為は秀策って知ってるのかな?
その夜、佐為の元へ向かったヒカルは初めて虎次郎が秀策だということを知った。
「ええっ!秀策って虎次郎のことなの?」
「そうだ。幼名が虎次郎なのだ。でも虎次郎が秀策として打った碁は実は私が打ったものなのだ。虎次郎が私の代わりに石を置いてくれた。あの頃は私は生身の体を持って時の旅が出来なかったから…」
佐為は遠くを懐かしむような目をした。
「それにしても棋譜の本が出ているとは。」
「うん。5巻もあるような本もあるんだよ。いつか棋院に行くといいよ。」
それから気がついたように言った。
「とするとじゃあ、和谷って佐為の碁が好きだったのか。ていうか佐為の弟子かな?」
佐為ってやっぱりすごい奴なんだ。
ヒカルはそのことが分かって自分のことのように得意な気分になった。
「研究したら弟子になるというものでもないが、それも悪くはないな。
私の碁が好き。私の弟子?なかなかいい表現だ。
和谷というのは見所がありそうだな。」
佐為は気分よさそうに付け加えた。
「それにしても碁聖とか棋聖と言うのはなかなかに良い表現だ。」
ヒカルは、やってられないという目で佐為を眺めた。
まったく佐為って、碁がすごいってのは認めるけどさ、性格がな。
すぐ調子に乗るんだから。
その後、院生対局は時折負けを喫しながらも、順調に順位を上げ、ヒカルは4月の終わりには若獅子戦に出る資格を得た。
「去年は院生で1回戦勝ったのは5人くらいだっけ。」
「二回戦も勝ったのは俺と伊角さんだけ。」
本田が言った。
「若獅子戦はプロ試験のためのいい腕試しだ。」
そういう声を聴きながら、若獅子戦の対戦表を見て、ヒカルは胸が躍った。
初戦を勝てれば、俺、塔矢と対局できるんだ。
俺はもしかして塔矢と同じところにいられる?
でも、初戦はすべて院生とプロとの対局だ。
俺の相手はプロの二段だって。どのくらいの腕前なんだろう?プロに勝てる?
いや、そんなこと言ってちゃだめだ。塔矢はプロなんだ。
伊角さんも本田さんも去年二回戦突破したんだろ。
だったら俺だってやってやるさ。待ち遠しいぜ。
その日はすぐに来た。ヒカルは若獅子戦の会場で塔矢の姿を探した。
俺たち、同じ場所に立ってるんだぜ。
ヒカルはわくわくしていた。その時冴木の声がした。
「和谷。俺たち一回戦で当たんなくてよかったな。進藤君もな。二人とも頑張れよ。」
ヒカルが返事をしようとしたその時だった。
ヒカルの横を、ヒカルなど存在していないというようにアキラがすっと通った。
ヒカルが声をかける暇も隙もなかった。
みんなの視線がアキラに集まっていた。そんな視線など無視したように、アキラは真っ直ぐプロ棋士たちの所に行き、挨拶を交わしていた。
「俺たちなんて存在してないみたいだな。まあ、仕方ないけどな。
塔矢ももちろんだけど、プロは院生なんて眼中にないんだろうな。」
和谷がヒカルの横で言った。
みんな塔矢を意識している。塔矢はそういう存在なんだ。
よしっ。思いっきりやってやる。
ヒカルはますます闘志がわいてきた。
まもなくアナウンスの声がした。
「ただ今より第9回若獅子戦を行います。」
あいつの眼中にあろうとなかろうと、俺はまずは初戦を突破してやる。
全てはそれからだ。
ヒカルは二段の村上と向かい合った。
「互戦ですが院生が黒を持ちます。始めてください。」
合図とともにお願いしますの声があちこちから響いた。
ヒカルは張り切って第一手を置いた。
二段だっていうけれど、この人打ちやすいかな。
ヒカルはそう感じた。
この人は俺より腕がありそうだけど、でも俺は勝は譲らない。
この人に勝って塔矢と打つんだから。
ヒカルは初めから集中力全開で打った。
俺の力のすべてを出し切る。
村上は初めは余裕で構えていたが、途中ヒカルの打ち回しに、はっとしたようで、上着を脱いで、集中モードに入った。しかし、それは遅過ぎた。
塔矢のテーブルの周りには人垣ができていた。
「なんだ。もう終わりか?」
「ちぇっ。院生がふがいないから塔矢の力がわかんないじゃないか。」
そんな声が聞かれた。
その時、別のテーブルから「コノヤローッ」という声が聞こえて、碁石が床に勢いよく散らばる音がした。
和谷が伊角に失礼な態度を取った真柴プロになぐりかかったのだ。大騒ぎだった。
が、ヒカルはそれに気が付かなかった。それだけ碁に集中してたのだ。
村上が投了した時、ヒカルは勝ったとほっとし、初めて顔を上げ周りを見回した。だが観客はいなかった。誰もヒカルと村上の対局など気にする者はいなかったのだ。
ただヒカルは、その少し前にアキラがヒカルのテーブルの横に立ち、しばらく観戦していたことを知らなかった。アキラが立っているのを見た者はみな、次の対戦者となるであろう村上の手を見ていると思っていた。
昼休みが終わった。
勝ち残ったものはそれぞれのテーブルに、観戦者たちは気になるテーブルに集まった。
アキラとヒカルのテーブルにもギャラリーは多かった。
こいつはギャラリー背負って立つのって慣れてるもんな。
ヒカルはそう思ったことだった。
「また院生との対局かよ。」
誰かがそう呟いた。
だが、ヒカルはそんな声など気にならなかった。
まっすぐ盤の向かいにいるアキラを見た。
アキラもじっとヒカルを見返した。
ヒカルにはアキラの瞳の中に何があるのか分からなかった。
こいつがどうだろうと、俺は俺の碁を打つだけだ。
「お願いします。」
その言葉とともに第二戦が始まった。