ヒカル…秀策について知る。若獅子戦でアキラと対戦。プロ試験へ。
(主な登場人物…佐為、ヒカル、和谷、伊角、フク、平八、平八妻、筒井、本田、村上、アキラ、導師、門脇、桑原、道玄坂碁会所マスター、河合、市川、緒方、岸本、尹先生、洪秀英のおじさん)
和谷は落ち着いて言った。
「今のは肩慣らし。本番はこれからです。
おじさんたちが二子置いて本番。
俺たちが勝ったら席料ただ。負けたら碁石洗いね。」
伊角が和谷に言った。
「初めから二子置かせて勝負するつもりだったんだ。」
「当たり前さ。俺たち院生だぜ。」
その言葉にまたざわついた。
「院生っ?!」
ヒカルの相手をしていた男が言った。
「待て。俺には荷が勝ち過ぎる。河合さんは来てねえか。」
男はあたりを見回したが、それらしい人物はいなかった。
代わるという者がいなくて、またその男はヒカルと対局することとなった。
佐為は熱心に3組の対局を見守った。
これが和谷、zeldaか。 あの頃よりずっと力がついてきている。
そしてこれが伊角さんといっている者か。この者は相当に腕が立つ。
が3人とも今ひとつかな。後一皮向けると面白いのだが。
ヒカルの相手は気後れしている。そのせいでヒカルはかなり楽をしている。
河合さんとかいう者がいないのは残念だ。その者は腕が立つのかな。
ヒカルは整地を終えてほっとした。二目勝てた。
それを横目で見ながら和谷が言った。
「俺が勝って、進藤も勝った。」
その言葉にヒカルは嬉しそうに言った。
「席料ただだね。やったね。」
その言葉にちょうど碁会所に入ってきた男が反応した。
「何?席料ただ?何やってんだ。」
「院生が来てるんですよ。」
男が近づいてきた。
「伊角さんも勝って三勝。さてと。」
和谷はぐるりと周りを見回すとおもむろに言った。
「今のは前哨戦。三子を置いて。今度が本番ですから。」
伊角が慌てて言った。
「和谷。待て。三子置かせるのはちょっと厳しい。
この人たちをなめていないか。この人たちの腕はしっかり…」
しかし和谷は伊角の抗議を跳ね除けるように言った。
「なめてなんかいねーよ。もうすぐプロ試験だ!これをかわしていくくらいの勢いがなけりゃ、合格までとどかねーぜ。」
ヒカルはその言葉にすぐ反応した。
「そうだな。碁会所のおじさんぐらい三子でやっつけられなきゃな。」
先ほど入ってきた男が言った。
「このやろ。てめっ。なめきってけつかる。」
そういってヒカルの髪の毛をぐしゃぐしゃっとかきまわした。
「げっ。」
佐為はためいきをそっとついた。
やれやれ、ヒカルはやっぱりお調子者だ。全く、余計な口を。
今までヒカルの相手をしていた男が立ち上がり言った。
「河合さん。良かった。代わってくれ。あんたの方がいい。いいとこにきてくれたよ。」
「よっしゃ。三子置かせて勝てるもんなら勝ってみろ。」
河合はその男と代わり、ヒカルの前に座った。
伊角が一人、気をもんで叫んだ。
「分かってるのか。二人とも。負けたら席料だけじゃなくて、碁石洗いもあるんだぞ。」
だが、和谷もヒカルもやる気十分で聞いていなかった。
「三将負けんなよ。」
「おぅぅ。」
ヒカルはお調子者だが、和谷というのもお調子者か?
しかし、面白いことになった。
大将をしているマスターもプロに二子置きで勝つ腕。
プロといっても色々だろうがある程度の腕の者だろう。
この碁会所は面白い。名人の碁会所にもこういう手練の常連がいるのだろうか。
ヒカルの相手の河合とかいう男は相当の腕らしい。
今回はヒカルは厳しいかもしれない。
河合がヒカルの軽口のお陰で本気になればぐんと面白いことになる。
わくわくものだ。
とにかく、ヒカルが石を置いて打つというのは。考えもしなかったが。
互い戦と違い、置き碁は初めから相手に20目も30目も与えているようなもの。
並みの戦い方では勝てない。荒らしがうまくなる。
それは互い戦で劣勢に立った時に、跳ね返す力となって生きてくる。
ヒカルは強い相手とたくさん打ち合うことが必要と思っていたが、こういう形で打てるとは。
本当にまたとない修練の場だ。
碁会所にいたもの全員がギャラリーになって取り巻く中、勝負がついた。
「いやあ、完敗だ。君たちがプロになるのを楽しみにしてるよ。」
マスターが言った。
河合はまたヒカルの頭をくしゃくしゃして言った。
「いやあ、俺が三子置いて負けるとは、てえしたもんだ。」
店を少し出たところで、ヒカルは伊角と和谷と別れた。
ヒカルが待っている所に佐為はやってきて言った。
「ヒカル。面白かったですね。久しぶりに楽しいものを見ましたよ。」
ヒカルは頷いた。
「俺、ものすっごく楽しかった。
筒井さんや三谷とのこと思い出しちゃった。囲碁部のこと。」
「和谷も伊角さんもまたとない院生仲間ですね。」
「仲間っていいな。」
それからヒカルは少し曇った声で言った。
「ねえ、佐為。仲間が皆、一緒に夢を叶えられたらと思うけどさ。
和谷も伊角さんも仲間だ。でもプロ試験ではライバルになる。
合格するのは三人だ。後は皆落ちる。」
佐為は当然のように頷いた。
「そうですね。そこに残るため、みな必死で腕を磨いている。」
「仲間だけどライバルか。」
佐為は危なげにヒカルを見た。
「今までだって、院生対局だって、そうだったのでは。ヒカルが1組にあがった時、2組に落ちた者がいたのでしょう。 1組でだってヒカルが順位を上げれば下げるものが出てくる。」
「うん。でも俺、院生って仲間って気がしてた。それに今日団体戦やって、仲間だっていう気が強くなっちゃった。皆受かればいいななんて思って。」
佐為は居住まいを正した。
「ヒカル。プロになって、打ち続けたいと思うのなら、仲間ではあっても、友達であっても、まっすぐ向かっていかなければなりません。
黒白どちらが上か、毎回決着をつけて。
その時の勝ち負けは永遠ではない。その一時のもの。次は分かりません。
あなたは塔矢アキラに追いつき、並ぶと決めた時、そうした世界に身を投じたのです。
改めて覚悟を決めなければいけませんよ。
ただ言っておきますけれど、分かっているでしょうが、囲碁は喧嘩ではありませんからね。
むしろ対話なのです。相手を理解することもできる。
真っ直ぐに相手と向かい打つことでお互いに結果に納得するのですよ。
そのことは覚えておきなさい。」
ヒカルは頷いた。
「そうだった。俺、思い出した。」
俺はあの時。院生試験を受けるといった時に、決心していたのに。
三面打ちをやった時に。
塔矢の奴に追いつき並ぶんだったら、囲碁部の仲間をやめてもって。
おれは大会を捨てたあの時。こういう世界に身を投じることを決心したんだった。
それでも仲間は仲間だよな。
物思いにふけっているヒカルをみて、佐為は考えていた。
ヒカルは、まだ修羅場に行き会ってはいないのか。
一緒に切磋琢磨している者が望みが叶えばいいのは決まっている。
結果として相手を蹴落とす形にはなるのかもしれないが、碁の勝負は万人が納得するものだ。碁に限らず、自分が 望む道を進もうとすれば、誰かを傷つけることになることもある。
人というのは存外小さなことでも傷つくものだが。
それでも人は自分の思う道を進まなくてはならない。
その覚悟をヒカルは持たなければならない。