佐為とヒカルが出会い、中学囲碁大会に出るまで
(主な登場人物…佐為・ヒカル・導師・あかり・白川先生・塔矢アキラ・磯部秀樹・筒井・加賀)
その日、ヒカルは一晩中、佐為のもとで碁の手ほどきを受けた。
どういう訳で、そうなったのか、ヒカルにはよく分からなかった。とにかく何故か、あの取り澄ましていた佐為がヒカルに碁を教えることに急に熱心になったのだ。
佐為は無からの手ほどきと思っていたようだが、ヒカルは囲碁教室に通っていたから、理解もことのほか早かった。 そのことも佐為を喜ばせたようだった。
その様子をしばらく見ていた導師は、いつの間にか引き上げてしまった。
灯台の薄暗い灯の元で、佐為とヒカルは夜通し打ち続けた。 空が白み始めた頃、さすがにヒカルは、碁盤の前でうつらうつらし始めた。それに気がついた佐為はヒカルに戻るようにと言った。
時を越えて自分の部屋に戻ると、ヒカルはそのまま、ベッドにもぐりこみ、朝までぐっすり眠った。
翌朝、目が覚めると疲れもなく、ひどくすっきりした気分だった。
朝ごはんを食べながらヒカルは首に下げてある石を確かめ、佐為はあれから寝たのかなとぼんやり考えていた。
午後になるとヒカルは葉瀬中へ出かけた。あかりに中学の創立祭に誘われていたのだ。あかりには中学生の姉がいるので、模擬店のチケットがあるという。
だが約束の時間に校門のところで待っても、あかりは来なかった。
「そういや、俺、行かないって言ったっけ?」
2時に待ってるからねと念押しされた時、俺行かないって言ったけどさ。
でもさー、あいつ、まさか本気にしてねえと思ったのにな。
クソー、金、持ってこなかったし…。たこ焼き、食えねえじゃねえか…。
ヒカルはブツブツ呟きながら、何か面白いことがないか、出店の間を歩き回った。
どれも券がいるもんばっかだな。そう思っているヒカルの耳に、碁石の音が飛び込んできた。
ん?何やってるのだろう?
隅の方で碁の店を出しているのは、メガネをかけた生真面目そうな少年だった。
周りを取り巻いている人を見て、ヒカルは思った。
中学生は誰もいねえじゃないか。碁会所と同じでおじさんばっかだな。えっと、詰碁?
「では中級の問題です。三手まで示して下さい。」
そこに座った男はこうだろと三手置いたが、中学生にあっさり言われた。
「白がこっちに打ったらどうですか?」
「そーか、ハハ。難しいな。」
その男は頭を書きながら立ち上がった。
ヒカルは近づいて景品のテーブルを覗き込んだ。
塔矢名人選詰碁集?これあげたら佐為は喜ぶかなあ…。ヒカルは何故かそんなことを思った。
「詰碁の正解者には景品をあげますよ。」
中学生はニコニコしながらヒカルに言った。
「次、いい?」
ヒカルは恐る恐る座った。中学生は頷いた。
「君にはこれ、どうかな。」
中学生は、ヒカルの様子を見て初級の易しいものを選んだらしかった。ヒカルはそれをじっと見つめ、しばらく考えてから石を置いた。
「当たりです。」
「おー。」「正解だ。」「えらい、えらい。」と周りから拍手が起きた。
ヒカルは照れて、景品のポケットティッシュを貰いながら言った。
「もう少し難しくても、できるかもしれない。」
「じゃあ、次はこれ。」
少し難しい詰碁だったが、偶然にもヒカルはそれを解いてしまった。景品のジュースを受け取ってヒカルは聞いた。
「一番難しいのの景品って何?」
「この詰碁集だよ。」
「それをもらえるのって、どんな詰碁なの?」
「えっ?そうだなあ。これかな。」
そういって、中学生は複雑そうな詰碁を出題した。
「これができたら、塔矢アキラレベルだよ。」
「塔矢アキラだって!俺知ってるよ。あいつ、そんなに強いの?」
「もうプロ試験に受かるんじゃないかとか、大人相手に指導碁みたいなことをやっているとか噂は聞くよ。その塔矢アキラなら、この難問も解けるかもしれない。 一手目がカギだよ。」
ヒカルがその詰碁を良く見ようとした時、着流し姿の中学生が現れた。
彼は、中学生のクセにくわえていたタバコの、火のついた先で、「第一手はここだろ。」と碁盤をぐりぐりとした。
「けっ。筒井。碁なんて止めろ。辛気クセー。将棋の方が百倍面白いぜ。」
筒井と呼ばれた中学生は、「加賀、乱暴はよせ。」といいながら、碁盤のコゲを一生懸命拭いた。
加賀は吸殻を捨て言った。
「なーにが塔矢アキラだ。あんな奴。俺に負けたサイッテー野郎だ!」
筒井はヒカルに言った。
「加賀は将棋部なんだよ。でもその前は塔矢アキラのいた囲碁教室に通っていたんだ。塔矢アキラ は、アマの大会には出てこないから、彼を直接知っている人は少ないんだ。」
「へえ。その塔矢アキラがこの加賀に負けたの?…プロ級なのに負けるのか?」
ヒカルの言葉を聞いて加賀は言った。
「俺が強いんだよ。バーカ。」
「バカァ?」
加賀は、頭にきているヒカルにお構いなく、筒井にニヤニヤしながら話しかけた。
「囲碁部の話はどうなったんだよ?3人揃えて団体戦に出れば、学校が部として認めてくれるって言ってたじゃないか。条件次第で は出てやってもいいぜ。何しろ俺はお前の千倍も強いんだからな。」
一見おとなしそうにみえる筒井だが、実は結構気は強いらしい。
「碁盤にタバコの火を押し付けるような奴の助けなんかいるものか。」
そう、加賀に怒鳴りつけた。
「ケッ!よーくゆうぜ!この間大会に出てくれって頭下げに来たのは誰だよ。」
「ホラ!景品の詰碁集だ!これもってさっさとあっち行け!」
筒井は詰碁集を加賀に叩きつけるように渡した。
「塔矢名人選詰碁集?」
加賀はその本をみると喚いた。
「くだらねェっ。言ったろ。俺は囲碁と塔矢アキラが大っ嫌いなんだ。」
そう言うと詰碁集をびりびりと引き裂いた。
ヒカルは頭にきた。本を、それも詰碁集を破り捨てるなんて。
ヒカルは加賀に詰め寄った。
「なんだよ。塔矢アキラが嫌いって。訳を言えよ。」
加賀はギロっとヒカルを見た。
「訳を言えだとぉ?調子に乗るんじゃねぇ。おい。こぞう。いいか。よく見てな。」
そう言うと、加賀は碁石を一つ手のひらに取り、右左とシャッフルした。
「さあてと、石はどっちに入ってるか、分かるか?当てたら話してやらあ。そのかわり外したら、お前の手にタバコを押し付けてやる。 いいか。」
筒井が急いで止めに入ったが、ヒカルは聞こえていなかった。
中学では誰もがびびるこわもての加賀だったが、ヒカルは気にしなかった。持ち前の負けん気が湧き上がってきた。
だって、こいつ、。加賀って、気に入らないことがあると、癇癪を起こすただのガキじゃないか。
「くそぉ、こっちだ!!」
加賀はにやりと笑って、ヒカルの指した左手を開いた。石は無かった。
「ハハッ。お前の度胸は認めてやるよ。」
加賀は右手も開いた。右手にも石は無かった。
ヒカルも筒井もきょとんとした。
「ギャハハ。からかい甲斐のあるヤツラだぜ。囲碁なんか止めて将棋に来いよ。一から教えてやっからよ!」
ヒカルは怒鳴った。
「お前みたいな奴に誰が習うか。塔矢に勝っただって?どーせ今みたいにインチキしたんだろ。それとも塔矢が本気じゃなかったんだ!お前なんか、どー せ囲碁から逃げて将棋に行ったんだろ!」
ヒカルのその言葉に加賀の顔色が変わった。
思い出したくもないことをよくも言ってくれたな。
「そこまで言うなら俺の実力を見せてやる。」
加賀の心の隅では冷静に囁く声がした。
そんなことをここでして何になる。ただの八つ当たりじゃないか。
一瞬、そう思いながらも、加賀は自分を止められなかった。筒井を押しのけ、碁盤の前に座った。そして、いやな思い出をを振り切るように ヒカルに言った。
「おい、座れ。」