風の石空の夢   作:さびる

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『通い路』1~10
佐為とヒカルが出会い、中学囲碁大会に出るまで
(主な登場人物…佐為・ヒカル・導師・あかり・白川先生・塔矢アキラ・磯部秀樹・筒井・加賀)


通い路8

導師は佐為がいきなり邸に訊ねてきたのに驚いた。

「何事かあったか?」

「いえ。何も。ただ、導師にしかお話できませぬゆえに。」

「というと。」

「ヒカルのことです。中々に有望で…。」

佐為は嬉しそうに含み笑いをした。

「それは分かっている。あの晩、ヒカル殿は驚くべき術を使ったではないか。」

「術ではありませぬ。才の閃きにございます。」

 

二度目の“時の旅”。

あの晩、ヒカルは、また導師と佐為の対局を目の前で見つめた。打つことの意味が少し分かりかけてきた今、それは 、初めて見た時よりも、より深くヒカルに刻み込まれていった。

対局が終わった時、導師はヒカルの方を振り向いた。

「どうか。先日の碁と同じく面白いかな?」

「うん。」

導師はヒカルに座を明け渡した。

「少し遊んでみるとよい。中々に楽しいものぞ。碁とは。」

 

導師は、それから、懐に手をやり、なにやら書付を取り出し、佐為に渡した。

佐為がそれに目を通し、二人が何事か、ひそひそ話しているので、ヒカルは手持ち無沙汰だった。そこで、今打たれた碁を盤に並べ直してみた。

 

ヒカルに、それから碁盤に目をやった佐為は、あっと驚いたが、辛うじて顔に表さなかった。

しかし導師は佐為のその様子に何事か感じ取って、碁盤を見た。

導師の方は素直に感嘆の声を上げた。

「ヒカル殿は…。本当に碁をやったことが無いのか。いや、少々やったところで、こういう芸当はなかなかにできぬものだ。」

ヒカルには何のことか、分からなかった。

「俺、前のも置けるよ。」

そう言うと、碁盤を片付け、先だっての二人の碁を再現して見せた。

 

それを見て、導師も佐為も黙したまま、顔を見合わせた。

やっと、佐為が口を開いた。

「ヒカル。そなた、碁を打ってみたいとは思わぬか?ヒカルが碁を覚えるのに、私は少しは役に立てると思うが 、どうであろう。」

佐為は低姿勢だった。

 

「碁を覚えるって面倒じゃないの?」

ヒカルは聞いた。

「面倒?はて、碁は楽しい遊びだが。この御世ではな。女、子どもも好んで碁で遊んでおるぞ。」

導師の言葉にヒカルは驚いたように言った。

「へえ。子どもが碁を打って遊んでるのか?」

いいな、この時代は。俺のいる時代と違ってて。ヒカルはそんな感想を持った。

 

佐為は碁盤を挟んでヒカルの前に、座った。

何から始めればよいかと、佐為が考えていると、ヒカルが言った。

「石取りゲームなら俺できるよ。」

「石取りゲームとはどういうものか?」

そう言いながら、二人は碁盤を挟んで石を置き合い始めたのだった。それが佐為とヒカルが碁石を持って向き合った最初の出来事だった。

 

 

「そなた、ヒカル殿は初めてというに、夜通し、明け方まで打ち続けたとは、呆れる。ヒカル殿に嫌われるぞ。」

佐為は澄まして言った。

「そんなことはありませぬ。それどころか、ヒカルは喜んでおりましたとも。それに…あの後も、ヒカルはまたこの御世に来ました。 ヒカルのいる世界は面白いところのようです。

いろいろ話を聞きました。何でも今度、あちらで誰かと対局するらしいです。それほど強くはない子どものようですが…。ですが、そうなったのには訳があり、どうしても強くなりたいと、 ヒカルは何度もここへ現れて私に教えを乞うのですよ。」

佐為は最後の言葉を少し自慢げに付け加えた。

 

導師は、その佐為をじっくり眺め回した。

 

 

 

 

 

虎次郎殿も才豊かなお子じゃったが…。あの時は当たり前のようにしており、興奮することはなかった気がするが。ヒカル殿はよっぽど、有望なのか…。 わしもあのヒカル殿の芸当には度肝を抜かれたが、とにもかくにも、ヒカル殿は佐為の碁心の何かを刺激するようだ。

 

ひとしきり、ヒカルがどのようにめきめき腕を伸ばしているか話をすると、 「ヒカルがいつ来るかわかりませぬゆえに…。」と一言残して、佐為は、さっさと帰ってしまった。

導師は苦笑して佐為を見送った。

「やれやれ。」

碁の腕があろうとなかろうとヒカル殿は佐為に影響を及ぼせる。不思議なお子だ。いや。碁の腕が実はあるから、佐為に影響を与えられるのかも知れぬな。虎次郎殿とは違った形で、佐為を生き生きとさせている。

 

 

ヒカルはいつ頃来るであろうか。佐為はワクワクした思いで、その時を待っていた。

ヒカルは、三度目の“時の旅”で、実にいろいろな話をした。

佐為は、幕末の江戸に行き来していたお陰で、平安の御世ではありえない色々な人のありようや物事をかなり楽に受け入れ、想像できるようになっていた。

それでもヒカルの話には驚かされることがいっぱいあった。

是非ヒカルの時代をこの目で確かめたいものだ。佐為はそう願った。

 

 

「実はさ。初めてここに来た時、佐為と導師さんの対局を見て、俺、碁に興味が出たんだよ。」

ヒカルは、思わずそう告白した。佐為は勝ち誇りそうになるのをこらえ、おもむろに頷き、ヒカルにその先を話すように促した。

「でもってね、初めは祖父ちゃんに教わろうかと思ったけど、偶然家の近くで、初心者用の囲碁教室をやってるのが分かってさ…」

 

「囲碁教室?」

囲碁教室というのは、どうやら囲碁の塾らしい。そこで佐為はどういう人が先生になっているのかと訊ねた。

 

「先生が囲碁のプロ。囲碁のプロとはどのようなものか?」

「うん。俺も良く知らなかったけど、プロってのは賞金の出る碁の大会に出たり、囲碁を教えたりして生活してるんだって。」

ヒカルに聞いてもその先生がどの程度の腕前なのか、見当がつかなかった。

しかし、その者はヒカルのような初心者を教え導くのは上手いらしい。

ヒカルがすんなり、囲碁の中に溶け込むのを見て、佐為は思った。

 

話の中で、佐為がとりわけ興味を持ったのは、囲碁サロンの塔矢アキラなる子どもだった。

 

ヒカルは、磯部秀樹とアキラが対局するに至った訳を話した。

なるほど、相手の子どもも、なかなかに碁慣れしている 。子ども名人とな。腕に覚えのあるものが集まって、一番の強者を決めるとは。大会とは、実に面白そうなものがあるな。ヒカルの時代には。

しかし、それにも出ない更に上手がいるというのも面白いことだ。

この磯部秀樹という子ども名人と、この塔矢アキラなる子とでは、全く次元が違う。

ヒカルが覚えていた対局図を見ながら佐為は思った。

 

さらに、中学の創立祭の出来事。

「塔矢アキラって、プロになれる腕前だって噂なんだ。」

ふむ、この塔矢アキラがプロになれる腕前ならプロというのはたいしたものに違いない。虎次郎と共に戦った棋士たちと同じようなものなのだろう。

 

「…でさあ。 何だか、加賀の目の色が変わっちゃってね。お前、座れって言うんだ。俺は対局なんか一度もしたことないって、 何度も言ったのに、加賀の奴、聞かないんだ。仕方ないから打ったんだよ…。

当たり前なのにさ。あいつ、“お前はでかい口叩く割にど下手だな”って言うんだ。ほんと頭くるよ。加賀の奴。 で、“負けたから言うことを聞け、碁の大会に出ろ”って、無茶言うんだ。」

 

ヒカルと加賀の一局を見て、佐為は笑いを押し殺した。

本当に、初めての対局ということを考えなければだが、ヒカルは“ど下手”だ。まあ、何も知らないから無理はないが。

しかし、それでも少しは碁になっている。それは加賀という子が導いたからだ。

佐為には分かった。

 

ヒカルの話を聞いていると、加賀という子は本当に無茶苦茶な子のように思えるが。そんなことはない。考え深いところがある。 それが証拠に中々に興味深い碁を打つではないか。恐らく、きっと塔矢アキラ という子と、何らかの因縁があるのだろうが。それでも打ち続けていれば、良き打ち手になったであろうに…。 惜しいことだ。

 

それはそれとして、加賀は筒井という子より千倍強いのか?

そしてその筒井にヒカルは遠く及ばない…。

いや、ヒカルは今碁を始めたばかり。塔矢アキラは別としても、他の子たちに追いつくのは、そう遠いことではない。

 

 

今は、とにかくヒカルのいう中学生囲碁大会という場で、ヒカルに少しは様になる碁を打たせたい。今のヒカルの腕では勝ち負けなど存外のことだ。

 

しかし、三将戦とはまた面白い決まりを作ったものだ。ヒカルが勝たなくても、後の二人が勝てば、ヒカルもより強者と碁を打てることになるが…。この目で見れぬは残念なれど、その大会が待ち遠しいことだ。

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