風の石空の夢   作:さびる

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『円居』 71~80
ヒカル新初段戦からプロ対局、塔矢行洋引退
(主な登場人物…ヒカル、佐為、緒方、桑原、和谷、越智、アキラ、行洋、天野、導師、美夢、紅、美津子、明子、倉田)


円居80

塔矢行洋の見舞いに行ってから、ヒカルは心が軽やかになった。

 

佐為の奴、そそっかしいから間違えて俺んとこじゃなくて、塔矢先生のとこなんかに行っちゃってさ。

でも、そのおかげで、塔矢先生は分かってくれたんだ。

おかげで俺は誰にも何も言い訳しなくてもいい。

 

佐為が一番に望んでいた塔矢先生が佐為のことを理解してくれている。知ってくれている。

アキラと心を割って話が出来た。

 

これでいいんだな、佐為。

佐為は心残りはないはずだもの。

塔矢先生にリベンジを果たしたんだから。

俺が元気でいるっていうのも知っているんだし。

 

そう思いながらもヒカルは深いため息をついた。

 

それでもな…。

「ああ、俺、もう一度佐為に会いたいよ。」

ヒカルはそう口に出した。

それから大好きなもう一人の人を思い起こした。

 

「でも導師さんなら、きっと言うよな。

人はそれぞれ、生きる場所がある。

天地の理を乱してはならないって。

俺も佐為も天地の理なんて乱してないよな。

そんな大それたこと。

 

今頃、佐為は大陸で、きっと碁を打っている。

今頃って変かな。でも今頃だよな。あの時代の今頃だ。

 

帝の指導碁なんかじゃなくて、もっと張り合いがある碁だ。

佐為は言ってたよな。

今の碁は研究されているけれど、碁の才能をもつ者はいつの時代にもいるんだって。

もしかしたら、佐為はそんな奴に巡り会えるんじゃないか。

それでもって、そいつを鍛えて、自分の相手にしてるかも。

それでもって、佐為はもっと強くなるんだ。

 

あの佐為がだぜ。

俺ものんびりなんてしてられないぞ。

とにかく、佐為はあの時代に生きていて、そして打っているんだ。

だから俺も俺の時代で生きる。そして打つ。」

 

その意気込みを持って、プロ2戦目、ヒカルは三段の棋士との対局に臨んだ。

 

今日が実質第一戦。

三段だって俺、負ける気なんか全然しないぜ。

佐為がくれたたんだから。この生き方を。

俺は全力で打つ。

 

碁盤を前に、ヒカルには気負いはなかった。

ただ集中した。

 

「ありません。」

その言葉に、ヒカルは盤面から顔をあげてやっと対戦相手を見た。

相手はがっくりと肩を落としていた。

ヒカルは圧倒的な力をもって、三段の対局者を破った。

 

 

その晩、ヒカルの家に、アキラから電話が入った。

「父が昨日退院したよ。」

それを聞いて、ヒカルはすぐにでも塔矢行洋の元へ行こうと思ったが、ふと、二日後に緒方九段との十段戦があることを思い出した。

 

塔矢先生、この前不戦敗しているからなあ。

先生はいつでも来なさいって言ったけど、やっぱタイトル戦が終わらなければ行けないよな。

 

三日後、ヒカルは、いそいそと朝刊を開いた。

十段戦の結果が出てる筈だった。

 

ヒカルは紙面の文字に、はっと息を飲んだ。

緒方十段だって?

塔矢先生、負けたのか?

病気のせいで?

やっぱ。まだ体調が戻ってないんじゃないか。

いや、先生だって負けることは結構ある。

緒方先生、弟子ったって強敵だもんな。

 

でも塔矢先生、これでまた四冠に戻っちゃったじゃないか。

まさか、リベンジ戦で佐為に負けたせいじゃないよな。

ヒカルはどきんとした。

 

一体どんな対局だったんだろう。

その日は、学校に行っても、ヒカルは上の空だった。

学校からの帰り道も、ぼんやり考えていた。

 

どっちにしても、これじゃ先生の所へ行きにくいよな。

そうだ、塔矢の奴にちょっと聞いてみるか。

そう決めると、急に腹が減ったと思った。

ラーメンでも食って行こう。

ヒカルは、そのままラーメン屋へ寄った。

 

ラーメン屋へ入ると、ヒカルがいつも座っている席に、どこかで見た気がする人がいた。

あれ、どっかで見た人だ。

しばらく考えてから、急に気が付いた。

そうだ、週刊碁にでていた人だ。たしか倉田五段じゃなかったか。

ヒカルは佐為に聞いたモニタールームでの話を思い出した。

本因坊を負かした人だっけ。

見た目、あまりつっけんしていなさそうだし。

よしっ。

 

ヒカルは、倉田の傍につかつかと行くと、人懐っこそうに声をかけた。

 

「倉田さん、こんなところで何してるんですか。」

倉田は箸を咥えたまま言った。

「馬鹿か。ラーメン食ってるに決まってるだろ。ってお前、いったい誰だ?

俺はお前なんか知らないぞ。」

 

そう言ってからヒカルの顔をじぃっと見た。

「うーん。どっかで会ったかな。何となく見たことがあるぞ。

お前、誰だっけ?」

「今年プロになった進藤です。」

「ああ、新初段戦で塔矢行洋に勝った奴か。ふんふん。

で?お前は何しに来たんだ。ここに。」

「俺もラーメン食いにです。」

「おごってなんかやらないぞ。」

 

倉田が急に吠えたように言ったので、ヒカルは呆れた。

ヒカルもため口をきいてしまった。

「別に自分で払うさ。」

 

何だか随分と子どもっぽい人だなと思いながら、ヒカルは倉田の向かいに座って、ラーメンを食べ始めた。

二人とも何も話さないで、黙々とラーメンを食べた。

 

その時、店のテレビが臨時ニュースを流した。

「囲碁の塔矢行洋五冠が引退を発表しました。」

十段位を失ったけど、ニュースでは五冠と言っていた。

しかし、そんなことはどうでも。

ヒカルも倉田も、同時に箸を止めた。

 

「塔矢先生が引退?」

 

「ずるい。俺、まだ名人からタイトルを奪い取ってないのに。」

倉田は叫んだ。

 

ヒカルは目を見張った。

塔矢先生からタイトルを奪うって、やっぱそういう人なんだ。

闘志満々の。 .

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