佐為とヒカルが出会い、中学囲碁大会に出るまで
(主な登場人物…佐為・ヒカル・導師・あかり・白川先生・塔矢アキラ・磯部秀樹・筒井・加賀)
「おい。大会に出してやるんだから、勝てとは言わないが、大将の俺に恥をかかすような碁は打つなよ。」
加賀に高飛車に囲碁大会の出場を決め付けられて、ヒカルは初めは思った。
碁の大会なんかに出たくない。第一、小学生の俺が、中学生の振りをするんだぞ…。それって、悪いことじゃないのか。
だが、そんな話は中学生なのにタバコをふかす加賀には、通用しない。
俺が断ったら、加賀は諦めるのか?どうするだろう?
もしかしたら、何とも思わないかもな。
加賀は、碁より将棋の筈だろ。だったら、俺が出なくて、大会出場が流れても痛くもかゆくもないんだ。
それだったら、大会に出て、一勝ぐらいはして、加賀に一泡吹かせてやりたい。
俺が勝つなんて、全然思ってないんだから。
加賀をあっと言わせてやりたい。その思いで、ヒカルは、せっせと佐為の元に通った。
目標があるということは励みになる。
「負けん気は、碁の上達には欠かせない大切な要素だ。」
佐為は思った。その通り、ヒカルの上達は著しかった。
加賀という存在は、ヒカルにとって、随分ありがたい存在だ…。
「それにしても」と、佐為は、ヒカルに言った。
「加賀は、碁が大嫌いになる何か、止めたいと思う何かを経験したのだろうと思うが。では何故、筒井さんという子にちょっかいを出すのか。放って置けば良いで あろうに。」
「碁を見るのが、やなんだろ。碁が大嫌いなんだから。」
「まあ、それは分かりますね。自分の鼻先で嫌いな碁を打って欲しくないというのは。でもじゃあ、なぜ碁の大会に出るんです?自分の目の前で打たれるのもいやな程嫌いな碁を打つために出る?何か変ですね。」
「俺に見せ付けるためだろ。」
ヒカルは単純に答えた。
いえ、それは違いますよ。ヒカル。あなたには加賀の実力を見分ける目はまだないです。 加賀はその程度のことは分かってますよ。そんな単純なことではない、もっと別の訳がある筈です。
そう思ったが、佐為は賢明にもその考えを口に出してヒカルに言わなかった。
ヒカルが絶対出ないと断ればそれでおしまいだったに違いないが、ヒカルが大会出場を断らなかったもう一つの理由には、筒井の存在 があった。ヒカルは何故か筒井が気に入っていたのだ。
筒井さんて、取っ組み合いしたら、加賀より弱いと思うけど…、でも加賀なんかより絶対に気は強いよ、ものすごい負けず嫌いだ と思う。
ヒカルは本能的にそう感じ取っていた。
囲碁部を作りたいって、一人で頑張ってるってすごいよな。俺がそれを手伝えるんなら、大会に出てもいいかな。
碁の大会の参加許可が出たら、連絡するからと、そう言っていた筒井がヒカルの家に来たのは、創立祭から2週間たってからだった。
ヒカルは目を丸くした。
「どうして俺んちが分かったの?電話番号しか言わなかったのに。」
「うん、進藤君は藤崎さんの妹さんと友だちだろ。この前、創立祭の時一緒に帰っていってたし。だから藤崎さんに聞いたんだ。お姉さんの方にだよ。僕とクラスが一緒なんだよ。」
そうか、あかりのお姉さんと筒井さんて、クラスが一緒なのか。
ヒカルは筒井を自分の部屋に案内した。
筒井はリュックから、紙を取り出した。
「これだけどね…。」
そう言ってからしばらく黙っていた。
「ねえ、進藤君。君に中学生の振りをさせるなんて申し訳ないよ。もちろん責任は僕が取るけど。でも嫌だったら断っても構わないからね。」
筒井は、それを念押しするために、わざわざヒカルの家に来たのだ。
ヒカルはあっさり答えた。ヒカルは、良くも悪くも、一度決めたことをごちゃごちゃ考えないのだ。
「中学生の大会って、ちょっと興味あるよ。まだ3週間あるんだよね。それまでに目いっぱい練習しておくよ。加賀にいやみを言われないようにさ。」
筒井は、嬉しそうに頷いた。
「ありがとう。」
そう言ってから、ヒカルの部屋を見回した。
「進藤君は碁盤を持ってないの?」
「あ、うん、まだ始めて一月ちょっとだしさ。無いんだ。」
「そういえば、始めたばかりだって言ってたね。どこで碁を打ってるの?」
「えーと、社会保険センターの囲碁教室だよ。」
「へえ、あそこはプロの先生が教えてるんだったね。後は?」
後…、ヒカルは慌てて言った。
「じ、祖父ちゃんの家。祖父ちゃんが碁を打つんだよ。」
「そお、僕も初めはお祖父ちゃんに習ったな。お父さんも打つけどね。」
そう言いながら、筒井はリュックから本のような薄っぺらな箱を取り出した。
ヒカルは、それを見て言った。
「それって、旅行の時持ってくゲームの…」
「うん、それの囲碁の奴さ。家じゃもちろん普通の碁盤で打つけどね。学校では休み時間に、これ使ってるんだ。囲碁部はないし、部室もないから、碁盤を置いておくところもないからね。ちょっと打ってみる?」
ヒカルと筒井はそのマグネット碁盤を使って、打ち合った。
「進藤君。碁、ちゃんと打てるじゃないか。とても始めたばかりとは思えないよ。」
囲碁大会に出て、やっていける。筒井は嬉しそうに言った。
ヒカルは楽しそうに打ちながら言った。
「碁って結構面白いよね。」
「そういう人が居て嬉しいよ。進藤君は受験するの?葉瀬中、来るの?」
「俺?葉瀬中だよ。」
「進藤君が来たら囲碁部を作れるかもしれないな。」
筒井が帰った後、ヒカルは貯金箱を取り出した。
ゲームを買うつもりだったけど、お年玉まで待つか。値段聞かなかったけど、今の碁盤、いくらぐらいするんだろう。
二日後、ヒカルはマグネット碁盤を買い込んだ。
ゲームより思いっきし、安いじゃん。ゲームも買えるかもな。
そんなことを思いながら、ヒカルは、筒井が貸してくれた初心者用の本を取り出した。
それを見ながら石を置いてみた。
「うえぇ、かったるいな。これ。」
筒井さんてこういうのやってるのか?やめやめ、俺はやだ。
それから佐為と打った碁を置いてみた。
うん、こっちの方が合ってるな、俺にはさ。
でも、もし脚付きの碁盤でぱちんと打ったら、筒井さんの本のも、置く気になるのかな。
佐為の碁盤は立派だけど、石は形が揃ってなかったな。 そういう石を拾える浜があるって言ってたけど、今もあるのかな。でもまさか拾ってくるわけには行かないしな…。
高いのかな。碁盤や碁石って。
祖父ちゃんに頼んでみようか。でもいきなりは頼めないしなあ。
ヒカルはそんなことを考えながら、首にぶら下げた石に手をやった。
正月を挟んで、3週間は、またたく間に過ぎて、大会の日が来た。
その朝、加賀はポケットに手を突っ込み、海王中に行く道をぶらぶらと歩いていた。 そして思った。
俺って、何やってるんだろうな。
正直なところ、自分がどうしたいのか、分かっていなかった。
勝負好きな自分、勝負強い自分がいる。将棋は碁よりも多分自分の性に合っていると思う。
おやじは小さい頃はやり方を教授することなく、なんでも一番になれと喚きたてていたが、俺が碁で 一番になれないと分かった時から、一番と喚きたてることをぱたっとやめてしまった。今は 俺に対する関心を失ったように 、何も言わないけれど、本当はどう思ってるのだろう。
父親に対する怨みは多いがそれでも父親を見ていると、加賀は、ふと、憐れを感じることがあった。 こんな息子で悪かったな。と、その時はそう思うのだ。
とにかく、まあいいや。今日は…ちょうど俺の誕生祝ってわけだ。この大会は。
おふくろは、誕生日だと、せっせとケーキを買ったり、ご馳走を作ったりと走り回るだろうけれど、おやじは特に何かすることはない。
最も、あいつが何かくれるとか言ったら、俺は、即、断るだろう。
加賀としては、母親を困らせたくはなかった。
自分のことで家がジメジメするのはごめんだ。あの時二人が言い争ってるのを聞いてしまった。
俺がいつまでも塔矢アキラに勝てない時、勝てなければ家に入れないと、おやじが喚いた時だ。
「あなた、まだ子どもよ、あの子は。碁なんて一番じゃなくたっていいじゃないの。」
「碁が一番でなければ何の意味も無い。」
なぜ一番が好きなのか。なぜ碁だったのか。それを一度聞いてみたいものだ。
だけどさ、俺はあいつの血を受け継いじまってる訳かな。一番嫌いなところ を。
トップで仕切ることが好きな自分。何かにつけ一番でいること、それを半分受け入れ反発し、結局のところ、 今、俺はおやじと同じような振る舞いをしてねえか。