IS〔インフィニット・ストラトス〕 〜買われた少女の物語〜   作:アリヤ

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第三話

「……イベントなど人が多いところで暗殺をすることもあるけども、そういうときの暗殺って正直デメリットしかないと思うのは私だけかな?」

 

 アリーナの天井にて、織斑一夏は目の前で行われているクラス対抗戦を静かに眺めていた。現在、暗殺対象である織斑春十と代表候補生である凰鈴音の専用機同士の対戦が行われた。

 春十の専用機は鋼螺(こうら)で、その名のとおり鋼のような色をしており、螺旋のような攻撃を使用する。表向きの記録としては篠ノ之束によって作られた専用機とされているが、実際は違う。このISは全て春十が作ったものである。

 一方の凰鈴音のISは甲龍で、燃費と安定性を第一に設計されており、衝撃砲などの攻撃を使用する。

 さっさと春十を暗殺して終わらせたいところではある一夏だが、このクラス対抗戦で暗殺を行う事があまりにも不利で、有利な点よりも不利な点の方が多かった。しかし、クラス対抗戦で暗殺するようにとイリア・ヴェロフから命令されたため、仕方なしに今日であるこの日にIS学園へ潜入することとなった。

 正直な事を言ってしまえば、あまりにも不利なこの日に暗殺をしたいとは思わなかった。不利な大きな点としてすでに五つあり、この時点で成功すると一夏は思っていなかった。

 

 その五つが何かというと――

 

 まず一つ目は人が多いという点だ。正直暗殺することが気づかれれば、自分の事が公になる可能性があった。なるべく人気が少ないところで暗殺するのが得策なため、なんとしてでもこれだけは回避したかった。

 二つ目はこのIS学園には更識楯無という対暗部用暗部「更識家」の当主が生徒会長として居ることだ。例え生徒に存在が気づかれなかったとしても、彼女だけには気づかれる可能性があった。気づかれたとしても対応はできるが、暗殺することができなくなる可能性が高かった。今のこの時点で一夏の存在に気付かれている可能性があるが、そのためにも楯無が攻撃を仕掛けられないだろうと思われるこのアリーナの天井で待機することにしていた。

 三つ目は暗殺対象である織斑春十。一度暗殺が失敗すれば、感づかれる可能性が考えられた。暗殺を得意とする一夏にとって、相手の警戒心なるべく無いようにしておきたかった。それに一夏は春十の事をよく知っているため、一度警戒されたら暗殺することは難しいという事は知っていた。

 四つ目は春十の姉である織斑千冬。一夏が見る限り姿は見えないが、映像カメラなどを使ってクラス対抗戦の様子を見ている可能性がある。千冬の場合は春十が生きている限り仕掛けてこないだろうと思うが、暗殺が成功した後の事が一番恐ろしいというのがあった。一夏が行方不明であり、さらに春十まで亡くすこととなれば襲撃される可能性があった。

 そして五つ目は篠ノ之束。遠くでクラス対抗戦の様子を見ている可能性があり、束に気付かれれば一夏の正体が気づかれる可能性が考えられた。こればかりは一夏だけではどうしようもないことであり、一夏としては束が見ていないことを祈るしかなかった。

 

 この五つの内、二つ目と五つ目に関しては最低限度の対応はしているが、それでも気付かれる可能性は考えられるため、気付かれても仕方ないと思っており、四つ目に関しても暗殺するまでは特に気に知る必要がない。

 しかし、一つ目と三つ目に関しては特に警戒しておく必要があった。一つ目と三つ目は気付かれたら対応が面倒になり、それがどうしようもなければ今日の暗殺は中止するつもりでいたくらいだ。イリア・ヴェロフも状況が悪ければ実行しなくてもよいと言われているため、なるべく無理はしない範囲で動こうと一夏は考えていた。

 ちなみに、一夏が有利な点としては織斑春十がクラス対抗戦で対戦していることで、ようするに別の事に集中しているという点しかなかった。はっきり言ってこれだけしか有利な点がなく、不利な点の方があまりにも多いため、一夏は今日暗殺を実行するのはよろしくないと思っていた。

 また、一夏は五つの不利な点以外にも、主であるイリア・ヴェロフに対してため息を吐きたかった。今回の作戦がどうせ失敗するだろうと見越した上で、イリア・ヴェロフが暗殺を命令したのだろうというのは今までの経験からして一夏も解っていた。そして一夏がそのことに気付かれていることをイリア・ヴェロフは知っており、尚の事酷いと一夏は思っていた。

 

「……試合を観ている限り、やはり春十の方が有利かな?」

 

 試合が開始してからすでに二十分ほどは経過していたが、春十の方が優勢だった。試合が開始した最初は鈴の攻撃パターンを把握するように避け、双天牙月(そうてんがげつ)という二つの大型の青龍刀を連結させたり投擲したりするが、どれも春十には当たらなかった。なかなか当たらないことに苛立ち、鈴は甲龍に搭載されている龍砲(りゅうほう)という衝撃砲を放つが、そちらは一度受けただけでそれ以降は一度も当たらなかった。

 鈴の攻撃パターンを把握したのか、開始して十五分ごろに春十は反撃を開始し、今現在まで春十の攻撃によって鈴に隙を与えないようにしていた。鋼螺に搭載されている鋼螺旋(こうらせん)という鋼螺の方に搭載されている四つの銃口からあらゆる方向に銃弾が放たれ、放たれた銃弾も螺旋状に軌道するために避けることが難しかった。しかも、放つ方向は春十が決められるようなので、避けきれない方向に放っていることは一夏にも分かった。

 

「さすが天才……と、言いたいところだけど、そのせいで私は……」

 

 全てが狂わされた。周りが優秀すぎて、一夏は壊れたのだから――

 誘拐される以前は親友でもあった鈴が春十にやられていようが、今の一夏は鈴に対して何も感情を持っていない。人間は欲望の塊でしかないと思っている一夏にとって、鈴がどうなろうがどうでもいいと思ってしまうほどだった。

 

「……さて、始めようかな」

 

 失敗するだろうと思いながらも、とりあえずさっさと終わらせようと思った一夏はズボンのポケットに入れてあった拳銃を取り出し、春十が乗っている鋼螺に狙いを定める。本当ならば遠くからスナイパーで狙いたいところだが、動き回っているので固定して定めることはできない。そう思ってアリーナの天井の上に居るのだが、それでもかなり動き回って確実に当てられるかというのは難しかった。

 それ以前にISには絶対防御やシールドエネルギーが付いている。それを突破しない限りには春十を暗殺するなんていう事はできるはずもなく、人間が使う拳銃の銃弾では確実に不可能である……普通の銃弾ならばの話だが。

 

「……チャンスは一度きり。正直この暗殺は成功すれば嬉しいけども失敗するリスクが高い。けれどこんな殺し方は面白くないし、せっかく楽しみにしていた暗殺がこうも面白くないなんてね……」

 

 命令だから仕方ない。そう自分に言い聞かせてはいるが、こんなやり方で春十を暗殺したいとは思わない。効率が悪く、周りの状況が良くない場所で暗殺を行うことが、一夏にとって何とも面白くない方法だった。わざと失敗して今日は日本にある拠点に帰りたいと思っていたほどだが、そんなことをイリア・ヴェロフが許してくれるはずがないし、嘘を通そうとしても気付かれる可能性が高い。このクラス対抗戦の状況を、イリア・ヴェロフどこかで見ている可能性があったから――

 とはいえ、イリア・ヴェロフも失敗するだろうという仮定で命令している可能性があるため、緊張というものは意外にもなかった。だが失敗する可能性が高いとはいえ、わざと外すことは許されない。だから一夏は今まで暗殺してきたように一発で決め、それが失敗したのならば今日のところは諦めようと決めた。何発も打てば春十に気付かれる可能性が高くなるので、一夏にとってそれだけは避けたかった。

 鋼螺の行く方向を予測し、照準を先回りしてみる。そのためには甲龍(シェンロン)の攻撃パターンも考慮しなければならず、頭をかなり回転させて予測する必要があった。一つの攻撃に対する回避方法はいくつもあり、その中から春十が取る行動パターンを考えなければならなかった。しかし、そんな経験は今までもしてきたことがあるため、最近では性格によってどこへ逃げるのか予測することができる様になり、外したことはほとんどなかった。

 そしてその予測の基で照準を合わせ、躊躇せずにすぐさまに放った―― 拳銃にはサイレンサーも搭載されているため、ISで大きな音を鳴り響かせている中では拳銃音に気づくものはいなかった。銃弾は一夏が予想していた通りの軌道を描き、その銃弾の軌道を邪魔するかのように春十のISが入ってきた。これを見た一夏は上手くいったと確信を得たが、その確信はすぐに打ち砕かれることに、まだ気づいていなかった。

 銃弾がもう少しで鋼螺に衝突しようとした刹那、突如銃弾と鋼螺の間に入ってくるかのように正体不明のISが現れた。そのまま銃弾はその正体不明のISに衝突し、着弾と同時に正体不明のISがバラバラになって弾き飛ばす形となり、機体のほとんどが溶けてしまった。

 

「なっ!?」

 

 さすがの一夏もこれは想定してなく、思わず声を出してしまった。突然ISが落下してくるなんて考えていなかったし、そもそも気配すら感じ取ることが出来なかった。それは一夏だけではなく、春十や鈴も正体不明のISに気付いていなかった。

 それよりも一番の問題は、正体不明のISが邪魔をしたおかげで暗殺が失敗したことを意味し、対IS用の銃弾が気付かれてしまったことを意味していた。一夏が放った銃弾は一発でISそのものをコアごと破壊させ、再生不可能にするために機体を溶かしてしまう性能を持っていた。それは人間すらも溶かし、原型を留めないほどの威力だった。溶かしてしまう性能はISの機体に直撃した時だけ発動する仕組みになっており、それ以外の場合は普通の銃弾のような性能を持っていた。

 

「……これはまずい、ISに衝突しなければ地面に衝突するだけで気付かれることもなく終わったはずだけど、これでは誰かが春十を暗殺しようとしたことがすぐに気付かれる…… それにしても、一体誰があのISを……」

 

 一夏は誰がISを使って邪魔をしてきたのかと思うが、そんなの考える必要すらなかった。タイミングよくISを使って妨害してきたなんていう所業ができる人物なんて限られているし、今回に限ってはメリットがある人間が一人くらいしかいなかった。そう、一夏が不利な点で挙げた五つ目――

 

(篠ノ之束……面倒な事をっ!!)

 

 篠ノ之束――正直一夏は束がこのクラス対抗戦を見られていないと考えていた。束はある一定の人物しか興味を持たない人間であり、それ以外の人間はたとえ初めてでなくても記憶から消えているはずだった。だからこそ、束がこのような事をしたのか疑問に思えてしまっていた。

 

(けど、どうして篠ノ之束はこのような事をした? 篠ノ之束が春十を守るような行為をすることは絶対に無いはず……そう思ってこのクラス対抗戦はどこかで観ていないものだと思っていたのだけど……)

 

 一応春十の名前も束は覚えているのだが、春十と束の二人はISに対しての考え方が大きく違い、昔から仲が悪いことを誘拐される以前から知っている。そのことからして、束はクラス対抗戦に興味がないと思っていたのだが、予測が外れたためにこのような結果になってしまった。

 

(……まって、そういえば私は昔から篠ノ之束に気に入られていたような気がする。誘拐される以前の記憶なんてほとんど曖昧になっているから忘れかけていたけど……もしかして目的は私!?)

 

 しかし、今の一夏は誘拐される以前の一夏と性別が変わり、同一人物だと思う人間は一人もいないはずだ。しかし、篠ノ之束ほどの天才ならば調べてしまえば分ってしまうかもしれない。その結論に至ってしまえば、春十を暗殺する行為は余りにも危険かもしれないと一夏は思ってしまった。

 

(くっ……とにかく、この場から逃げることが先決かもしれないわね)

 

 起きてしまったことを悔やんでも仕方がない。これ以上この場に居ても危険だと思った一夏はすぐさま天井から木々がたくさんある場所へと飛び降り、誰にも気づかれないようにIS学園から脱出することにした。

 しかし、このとき一夏はあることを失念していた。一夏が挙げた不利な点はまだ四つもあり、その中には束と同じように、一夏の存在にすでに気付かれているかもしれなかった人物が、一人だけいたということを――

 

「あら、どこに行くのかしら?」

「っ!?」

 

 すぐに嫌な予感がした。逃げようとしているときに誰かに会うという偶然はありえないに近いことだったし、話しかけた言葉からしてとっくに気付かれていたのだろうと、すぐに理解した。そして、この状況で一夏に話しかけてくる人物なんて現状一人しかいなかったため、誰が話しかけたのかすぐに解っていた。

 

「更識楯無……」

「あら、顔を見ずによく誰だか解ったわね」

 

 一夏にとって、今の状況は余りにも都合が悪かった。別に逃げられなくはなく、戦闘になっても不利というわけではないが、どこの組織なのか気付かれる可能性があったということだ。どうにかして気付かれないように一夏はしたいところだが、相手は暗部――更識家の当主である更識楯無だ。行動や言葉のミスによって感づかれる可能性は容易に考えられた。

 

「……私に、なんのよう?」

「それは大体予想がつくでしょ?」

「…………」

 

 一夏は楯無の用件がなにかなんて、なんとなく解っていた。この場所で遭遇する時点で、一夏の存在にかなり前から気付かれていたことなんて一夏でも解っていた。

 

「それにしても、正体不明のISが来なければ織斑春十は殺されていたわ。アリーナの天井に居た理由は、たとえあなたが誰かに気付かれようとも、あなたに攻撃することはできない状況だった」

「……えぇ、あの場所ならば、大きな戦闘は避けたいでしょ? 生徒達を巻き込む可能性があったし、また遠くからライフル銃などで狙ったとしても生徒を人質にされる可能性があった。だからあなたは、私の目的を阻害することは出来なかった」

「…………」

「それで、私をどうするわけ? まさかと思うけど、私を捕らえようという考えじゃないよね?」

「その通りよ。そして、あなたを命令した組織をあなたから聞き――」

 

 全てを言い終える前に、楯無の言葉は止まった。なぜならば、今まで前に居た一夏が一瞬にして姿を消したかと思えば、突然こめかみに銃口を突き付けられていたから――

 

「っ!?」

「……実は言うと私ね、人を一瞬で殺めることには長けているのよ。こめかみに銃口を向けた直後に私が引き金を引いていたら、間違いなく私に殺されていたわね」

 

 一瞬にして恐怖を覚えた。冷酷で、ほとんど無表情のまま一夏は言葉を放ったからだ。暗部に居る楯無だからこそすぐに解り、目の前にいる人物は楯無ですら次元が違いすぎると自覚してしまったほどだった。

 楯無は思わず膝から崩れてゆき、それを確認した一夏は楯無に向けていた拳銃をしまう。楯無は暗部の人間でありながらも体が震えて立ち上がる事すらできず、一夏が怖くて何もできなかった。

 

「……正直期待はずれかな? どうして私はこんな人物を不利な人物の一人として挙げていたのか解らないほどに。とにかく、次に邪魔するときは容赦なく本気で殺すから」

 

 その言葉を最後に、一夏は木々の奥へと消えていった。

 楯無は一夏を追いかけることをせず、その様子を見続けるしかなかった――

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