俺を喚んだのは過去の俺   作:鬼柱

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玖ノ型

 

 

9.前兆

 

 

 

 

 

 その日、鬼舞辻無惨は全てを思い出した。何故今まで忘れていたのかわからない。約千年間、ずっと日陰で生きてきて何回も何回も思い出す機会があったというのに、何故、何故何故何故何故何故何故何故何故!!! 今なのだろうか!!!!

 

「パパ……?」

 

 一時の娘が己を呼んだ。その声にハッとして動揺を取り繕う。己の肩を掴んで止めた我が宿敵を殺したくなる衝動を必死に押し殺し、良い父親を演じて、“前”と同じようにして鬼を発生させて逃げ切る。運転手に娘と妻を託してから、路地裏へと歩き出す。

 己の部下達に血を幾らか渡し、花札の様な耳飾りをした鬼殺隊士の殺害を命じてから、はて? と思い出す。

 

「……アレの妹は日の下を歩けるようになっていたな……」

 

 それは遠からぬ未来の話。己自ら気まぐれで血を流した女児が鬼になり、後に日光を克服する稀すぎる鬼。“前”はアレを取り込もうとして失敗し、後に討伐された。他ならぬその兄によって。

 己を殺した忌々しい相手だ。もう少しで、もう少しで完璧な存在になったかも知れないのに邪魔をし、剰え殺された。あぁ忌々しい、何故日を克服したのが己ではないのか、何故気まぐれで鬼にしたただの女児なのか。何故、何故何故何故!

 

「(殺すのは容易い……)」

 

 アレはまだ弱い。今しがた送った鬼に苦労する程度。己が今向かえばすぐその首を刎ねる事ができる……できるが、それをすれば日を克服した鬼が誕生しないかも知れない。どうすれば良い? 克服した理由はわからない、己の血の量ではない。己の血とアレの妹の細胞が何か作用して異変を起こしたのだろうが、それを再現できるかと問われれば否だ。絡繰りがわからない。

 ならば、放置が一番か。

 

「(なるべく“前”と同じ事をし、しかし“前”と違う事をしなくては)」

 

 この一年で己は首を刎ねられる。百年間動かなかった十二鬼月も全て倒される。謂わばこの年が鬼舞辻無惨にとって人生の転換期。無念のまま死ぬか、生きて完璧な存在になるかどうか。

 

『お兄さん、強くなりたいの?』

 

 ふと前に掛けられた言葉を思い出した。奇妙な出で立ちの男だ。そこにいるのにいない、全てが見えず、されどその目だけは白くくり抜かれたように見えていた。

 

『じゃぁこれあげる』

『なんだ、これは』

『イッヒヒ、なぁんでも願いを叶えてくれる杯だ。好きなのを願うと良いさ、叶うかどうかはお兄さん次第だけどな! ヒヒ』

 

 眉唾物にも程がある。顔を顰めた己に対してその存在は唯一見えている目を細めて、そうだなァと思案した。此方を面白がっているのがわかる。足掻く己を嘲笑うような表情に苛立ち、何度殺そうとしたか……しかしそれではいけない。相手は人間ではない、鬼でもない。何者かわからない相手を殺そうとして、己が死ぬなんて事は何が何でも回避せねばならない問題だった。だからこそ我慢し、そしてそんな思考を見透かしているような存在に更に眉を顰める。

 

『ンな顔すんなよ、折角のイケメンが台無しだぜ? だがそだな、そんなに疑うってんなら試してみると良いさ。お兄さん何か欲しいものは?』

『…………力だ』

『そうか! そうか! 力か! それなら単純だ! この杯を使って召喚すれば良い、英霊をな。知っているか? 英雄は人理に刻まれる。過去の英雄を己の手足として召喚できるんだ! これほど分かりやすい力はないだろう! なァ! イヒヒヒッ』

 

「『英霊、召喚』」

 

『そう、英霊召喚。浅草にある日本一の図書館に行ってみなァ。それについての魔術書があるはずだぜ。お兄さんならすぐ見つけられるはずだ』

 

 一度目を瞑り、そして開いた。

 戦力を増やそう。新しく鬼を作るだけではダメだ。時間がかかり過ぎる。百年の時を生きた現在の十二鬼月と同等の力を持つものを生み出すことはできない。アレの話は眉唾物だ、しかし乗らない手はないだろう。

 もし、もし本当ならば己が生き残り、あの女児の鬼を喰らい完璧なる存在になれるかも知れない。

 浅はかだ、やめておけ。己の中の何かが警告してくるそれを無視して、鬼舞辻無惨はタクシーを止めた。

 

「図書館までお願いします」

「ですがお客さん、図書館はもう」

「いやその近くに用があるだけですので」

 

 もう夜になり閉まっているだろう図書館に行こうとする客を怪訝そうに見る運転手に嘘を吐きながら、鬼舞辻無惨は和かな笑顔を浮かべた。

 

「(やるしかない……)」

 

 全ては、我が悲願のために。

 

 だが、その行動が己の首を更に絞める事になるとは、この時の鬼舞辻無惨は思いもしなかった。

 

 

 

 

 夜の街が通り過ぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやはや、偶々とは言え見つけてしまったね。どうしようか」

「臭う、臭うぞ。アレは人間だが、人間ではない。だが、精霊でも妖でも、ましてや神霊でもない。中途半端なクソ雑魚の臭いだ」

「それどんな臭いなの……」

「ナメクジにも及ばない、雑魚の臭い」

「珍しいね、そこまでお竜さんが罵倒するなんて」

「私だって嫌いなものはある。それがアレだっただけだ。気持ち悪い……リョーマ、カエル料理を所望する」

「いくら浅草だからってカエル料理はないよ」

「えぇー」

 

 鬼舞辻無惨が車に乗った反対側の路地裏。珍しい真っ白な軍服風の服を着た美丈夫と、セーラー服と呼ばれる海軍の服を模した黒い服を着た美女が話し合っていた。互いにリョーマ、お竜さんと呼ぶ彼らは親しげに、されど警戒を怠らずに影に溶け込んでいる。

 

「ほら、お竜さんが捕まえたカエルの煮干しだ」

「ふん、これで我慢してやる」

「それは良かった」

 

 肉つきの良いとわかるカエルの脚を女に渡したその男はふっと頬を緩ませた。しかしそれも一瞬であり、被っていた帽子を深く被り直す。

 

「さて、どうしようか。今この瞬間止めれば僕らの役目は終えるかも知れないけど、あの男が英霊を召喚できるとは限らないんだよね。誰がどうやって、どうして英霊召喚の事を彼に言ったのかはわからないけれど、リソースもないなら召喚は無理だろうし」

「ん? お竜さん達は召喚されてるぞ?」

 

 こてり、と首を傾げた我が相棒に男は苦笑した。

 

「そりゃ僕らは守護者だからさ。バックアップはこの世界だ。送られてくる魔力が尽きる事はほぼない……だけど、ただの人間が召喚するなら訳が違う。魔術師でないなら尚更ね」

「ん? んん? アレは人間じゃないぞ?」

「わかってるよ、ここの言葉で“鬼”と言うようだ。きっと人を食べるんだろうね、身体の中から人間ではない。けど妖じゃないんだろう?」

「そうだな!」

「なら人だ。そもそも魔術師からすれば、魔術回路を開いていない魔術を知らない者は全員、魔術を秘匿すべき存在だからね」

「よくわからない、リョーマ」

 

 お竜さんはわからなくても大丈夫だよ、と男は笑う。もぐもぐと口を動かしカエルの煮干しを飲み込んだ女は、もう一個と手を伸ばした。それにまた笑った男はもう一足を取り出す。

 

「さて、行こうかお竜さん」

「アイツを追いかけなくて良いのか? リョーマ」

「大丈夫だよ、彼女が行っている。もし、これで何もなければ当てが外れただけだ、そうなればお役御免になるよ」

「お竜さん、一回も暴れてない」

「はは、それはまた今度ね」

 

 コツコツ、と革靴が音を立てて路地裏へと消えていく。その先は暗闇であり、そして行き止まりだ。しかしそれを気にせず歩く男に、女はカエルの煮干しを食べ終えてからふわりと地面から浮かび上がった。常識を逸するその姿に表通りを行き交う人々は気にも留めない。女はそんな彼らを一瞥してから、リョーマと男を呼びながら暗闇へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして拠点に帰った彼らは、やがて帰ってきた白髪に近い桃色の髪を持つ女に告げられた言葉に頭を抱える事になるのだが、それはそれ。

みんな僕を切れ者だって言うけれど、予想外な事には弱いのだと男は苦々しく呟いた。

 そんな彼を見て報告に来た女は聞こえてなかったのだろうか、と考えてからまた口を開いた。

 

「英霊召喚に成功した。召喚したサーヴァントは」

「あぁ、良い。言わなくて良いよ、聞こえてるから」

 

 あぁなんで鬼なのに、鬼狩りを召喚したのかあの男は。

しかもそのサーヴァントはあろう事かその男をこう呼んだそうだ。

 

 ———息子、と。

 

 厄介にも程がある。剣術において彼女程極められているものはいないだろうに。せめてランサーだったなら……あぁいやそれもそれで厄介だ。

 

「魔神さんもちょっとアレはキツイぞ」

 

 誰だよ、リソースがないから英霊召喚できないなんて言ったやつ…………自分だ。

 男はそっと帽子を深く被り直す。頭を優しく撫でてくるお竜さんの手が普段より優しい気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁもう。

 

「ぐだぐだしたくは、ないんだけどねぇ」

 

 ちょっと抑止力さん、人選間違ったんじゃないだろうか。

そう本気で問いたくなった男だった。

 

 

 

 

 




ちょっと口調がわからない(パート2)
誰の、って言われたら一番はそりゃ黒い人。
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