俺を喚んだのは過去の俺   作:鬼柱

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第二十二節 龍神達の乱舞。2/5

 

 

 

 

 ちょっと何言ってんのかわかんない。

 俺の顔はきっとスペキャ風になっているに違いない。頭の中には宇宙が広がり、銀河が周り、ビックバンが新たに起こりそうになるところで現実に引き戻される。というか引き戻した。

 少し先の発言を繰り返してみよう。“私には鬼舞辻無惨としての記憶が二つある”。

 

 …………繰り返しても何言ってんのかわかんねぇな。

 

「心底意味がわからないって顔だな。当たり前だ、私だって思い出した直後はそうだった」

 

 炭治郎もわかっていないらしい。同じ様に宇宙猫の顔をしながらも、視線は鬼舞辻へ向けたままだった。俺も習って鬼舞辻を見る。いつの間にか優雅に紅茶を飲んでいた。いやどこから出したのそれ。

 

「何故今なのか、何故最初から思い出さなかったのか、何故私はもう一度生を繰り返している? 疑問に持ちながらも、現状を打開する為に私は動いた」

 

 ソーサーの上にカップを置き、腕を組んだそいつはどこまでも尊大で傲慢で此方を侮っている。力関係で言えば遥かに炭治郎が弱いのだから仕方ない話だけど、それすら癪に触るのか炭治郎の音が激しくなりつつある。

 

「貴様は言ったな? 私が直に殺しに行かず部下に任せたのだと。それはそうだろう、貴様には価値がある。生かす価値が先ほどまであったのだよ」

 

 鬼舞辻無惨が前の記憶とやらを思い出したのは炭治郎と浅草で出会ったからだそうだ。その時のことを忌々しく話す鬼舞辻は指でトントンと自身の腕を規則正しく叩き始めた。

 

「貴様の妹はいずれ太陽を克服する。今まで完璧な生物になる為の鍵を探していたが、それ以上に可能性がある宝が転がり込んできたのだ。それを利用する手はあるまい? だからこそ貴様を殺さずにおいた。私が遣わした部下程度貴様には造作もなく殺せただろう、つまりはただの牽制程度だ」

 

 は? と炭治郎が言葉を零す。本当に言ってる意味がわからないという表情を浮かべていた。浅草で炭治郎を襲ってきた鬼はきっと普通に倒すのに苦労したはずだ。十二鬼月までいかずともそれなりに強い鬼であったはずなので。俺が藤の家紋の家で合流したときに包帯を胴体に巻いていたものだから、生前の炭治郎同様骨をやられたに違いない。

 だからこそ苦戦を強いられた相手を造作もなく倒せたという鬼舞辻の言い分が彼にはわからなかった。

 

「な、にを言っている。俺はあの二人に殺されそうになったんだぞ……?」

「当たり前だろう、私が命令したのだから殺す気でかかったはずだ」

「お前はその程度と言うが、俺を殺せるから遣わしたんじゃないのか」

「一歩間違えれば貴様は死んでいただろうな。しかしこうして私の前にいる。それらは予定調和だったということだ。これが答えだ、竈門炭治郎」

 

 えっ、頭大丈夫?? 医者いる??? 言葉が微妙に噛み合ってないけど、ちゃんと答える気あるのか? これが答えだとかカッコつけて有耶無耶にしようとしてない??

 

「予定調和……? 俺があの二人に殺されかけたことが?」

「あぁ。更に言えば、その後に元下弦の陸が死ぬのも、下弦の伍が死に、下弦が解体され、残った下弦の壱がこの世から消え去るのも、上弦の陸や肆と伍もいなくなるのも、全て予定調和だ。唯一上弦の参が死ぬのと、新たな上弦の陸がいないのを抜いてな」

 

 肩に力が入った気がした。それは全て炭治郎が関わった事柄だ。鬼を通して見ていたのか、いや音を聞くにそういうことでは無さそうだな。上弦の肆と伍と参、そして新しい陸に関してはこの炭治郎は関わっていない。でも言った順番が炭治郎が鬼殺隊に入り善逸達と出会ってからの出来事であるのはわかる。先ほど話していた浅草での事の後の話だとも。

 

「全てはこの日の為。その為に私は記憶にある通り(・・・・・・・)に動いた。まぁ少しは変わっていただろうが誤差の範囲だろう。貴様がこうしてこの場にいるのだからな」

 

 はく、と言葉を失った様に息を吐いた。今、こいつはなんと言った? 記憶にある通りに動いた? 今までの鬼舞辻無惨の行動は、部下への命令は全て記憶している通りだと? なんだそれは、未来予知かなにか…………ぁ。

 

〝最初こいつ、鬼舞辻無惨としての記憶が二つあるとかなんとか言ってたな〟

 

 まさかとは思う。そんなわけがないと頭で否定する。しかし俺という例があるからこそ、完璧に有り得ないと断言はできなかった。あぁ、聞きたいことができてしまった。ずっと静観するつもりだったのに。

 炭治郎の前へと一歩踏み出しながら実体化する。ゆらりと空気を押し退けられて出てきた俺に驚いた炭治郎がクラス名を呼んでくるが、大丈夫だと言うように微笑んで鬼舞辻無惨へと視線を戻す。

 

「貴様はッ……あぁ黄色い人とやらは貴様か」

 

 酒呑童子め面倒なことをとぼやく鬼舞辻無惨に右手を左の心臓に手を当てて優雅に一礼する。西洋式の目上の奴へする礼だが、まぁこれは皮肉というやつで。俺の恐怖を押し殺す為のモノで。

 生前に味わった恐怖とやらはサーヴァントになっても忘れられないらしい。この気配を音を威圧を俺は間近で味わって、手も足も出ずに一度吹き飛ばされたことがあった。あの時は無我夢中で何もわかってなかったけど、今になってわかる。

 

「(鬼舞辻無惨めっちゃ怖いな!?!?)」

 

 炭治郎がいなかったら泣き喚いてたわ!!

 

「この姿じゃ初めまして鬼舞辻無惨。私はセイバーのサーヴァント……鳴柱って言ったらわかるか?」

「———ッ!!」

 

 ドッと空気が重くなった気がした。目を見開き睨みつけてくることから威圧しているのだろう。そのまま手を出してこないことだけが救いだが、炭治郎にとっては辛そうで。聞こえてくる音からも禰豆子ちゃんも苦しんでるのがわかる。ちょいちょいと手招きして側に近寄らせ、頭を撫でた。

 大丈夫、大丈夫。俺が付いてるよ。そう心の中で呟きながら撫でてるとだんだんと炭治郎の音が落ち着いてきた。禰豆子ちゃんもだ。

 ハッと鬼舞辻が笑う。

 

「貴様か! 目障りな蝿はッ! いくら殺せと命令しても死なぬうざったらしい虫は!」

「あーそれに関しては俺関係なくね? 誰だって死にたくないもんだ、殺されそうになったら逆に殺すよな。まぁ勝算がなかったら逃げるけど……わかるよな? 鬼舞辻無惨」

 

 生きる為なら何でもしてきたような男だ、俺の言い分が理解できるのだろう。鬼舞辻は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、盛大に舌打ちをした。ヒェッ怖っ。

 

「過去の亡霊が何を言う。一度死んだ身だろう、今更蘇り口出ししてくるとは何様だ。大人しく帰り主人の言い分でも守ってれば良い」

「サーヴァントは確かに使い魔だが、その前に知能を持った生命体だ。主人の命令を無視しても仕方ないだろ。心当たりあるんじゃないか?」

 

 答えはしない。別にいい、どうでもいい話だ。俺が聞きたいのはただ一つで、サーヴァント云々では決してない。

 忌々しく睨みつけてくる鬼舞辻無惨を見据える。決して目を逸らさぬよう気をつけて、息を吐いた。肺の中の酸素が新しいのと入れ替わる。

 

「……これは過去の亡霊の戯言として流してくれて構わない。俺は……二度生を繰り返している」

 

 ピクリと鬼舞辻無惨の眉毛が動いた。

 

「今よりも遥か未来に生まれ生きて死んだ。けれど何故か過去に遡り俺は生まれ変わった。その後は生を全うしてこうしてサーヴァントになったけどさ……なぁ、鬼舞辻無惨。お前もそうなんだろ? 少し違うかもしれない、でもお前は“鬼舞辻無惨としての記憶が二つある”と言った。そして」

「俺に出会って思い出した……」

 

 炭治郎の言葉に肯定するように俺は頷く。そして此奴は“記憶のある通りに動いた”とも言った。つまりは小説でよくある逆行というモノだろう。一度死んだのにも関わらず、気がついたら自分の生をもう一度繰り返していた。時間を遡っていた。それを目の前の鬼の頭領は体験したというのがこれまでの言動からわかる。

 こうなってくると俺達の記憶通りの展開にならなかったのも頷ける。いや俺達サーヴァントがいるからってのもあるだろうけど、ほぼ本筋は同じなのに余計なものが引っ付いていたというか、鈴鹿御前とか茨木童子とか酒呑童子とか、下弦とかね。

 

「お前は知っていた。これから起きる事の全てを文字通り知っていた。自分の部下が死ぬことも、それ故に禰豆子ちゃんが太陽を克服するのも……己が死ぬのも」

「…………貴様」

「まぁ落ち着けって。生前から思ってたけどさ、お前はちょっとせっかちなところあるよ。まだ話は終わってない」

 

 だから攻撃してくんのだけはやめてください、お願いします!! あともう少し睨みつけるのやめてくださると幸いですね! 心が折れそうなんだよなぁ!!

 

「炭治郎をここに連れて来たのは太陽を克服した禰豆子ちゃんを取り込む為だろ? でもさ、いくら前と同じだからって禰豆子ちゃんが本当に太陽を克服しているとは限らない」

「そんなことはあり得ない。竈門炭治郎の妹は確かに太陽を克服している。言ったはずだ、予定調和だと」

 

 予定調和……予定調和ねぇ。

 

「さっきからそればっかりだな。確かライプニッツの哲学だったな……そんな学者の学説を知ってるんだったらこういった話は勿論理解できるよな」

 

 今の時代から未来の話、あと数十年経てば世に出されるとある学者が量子力学についての矛盾を説明する為にした思考実験。その後に猫がまつわる実験として有名になってしまった、経緯を知らずとも実験内容だけは知っている人が多いだろうそれ。

 すなわちシュレーディンガーの猫である。

 

「とある学者のとある思考実験だ。猫を箱の中に入れて毒をその中に充満させる、勿論箱の中の猫は毒を吸って死んでいるだろう。けれどその箱を開けるまで、猫が死んでいるなんてことはただの憶測に過ぎず、本当は生きているかもしれない……つまり箱を開けなければ猫が死んでいる確率は半々だということだ」

「……何が、言いたい?」

 

 何が言いたい? そんなの一つだけだよ。

 

「お前は記憶で“禰豆子ちゃんが太陽を克服する”のを知っている。けど今、炭治郎が背負っている箱の中にいる禰豆子ちゃんは未だ太陽の光を(・・・・・)浴びて(・・・)いない(・・・)んだよ」

 

 さてはて、まさにシュレーディンガーの猫。箱の中に入った禰豆子ちゃんは太陽を克服しているのか否か、それは開けて彼女を日に晒すまでわからない。つまり今炭治郎を殺し禰豆子ちゃんを奪って取り込んだとしても、鬼舞辻無惨が日光を克服するとは限らないのだ。

 それがわかったのか顔を歪める鬼舞辻無惨にハッと笑ってやれば、気持ち悪い肉塊が飛んできた。素早く抜刀して斬り捨てれば、悔しそうな表情を浮かべる。ただ追撃は無いようだ。

 あっ。

 

「(ぶねぇ!! 確実に殺す気で来てたなこれ!! よく反応した俺! 偉い!! めっちゃ偉い!!!)」

 

 冷や汗をダラダラ流しながらも納刀する。余裕ある表情は崩さない、少しでも崩せば隙を突かれまくって死ぬ。主に炭治郎と禰豆子ちゃんが。彼らには俺しかいないのだからしっかりしなくてはいけない。

 

「そもそも禰豆子ちゃんが太陽を克服していたとしても、そんな禰豆子ちゃんを取り込んだとしても日を克服できるとは限らな———ッ!」

 

 咄嗟に炭治郎を抱き抱えて跳ぶ。無限城の中にある空中通路や手摺りなどを足掛かりに距離を取った。片腕で炭治郎を抱えながら、抜き放った刀で迫ってくる肉塊達を一刀両断する。全てを一閃した後に、魔力放出をして刀身を伸ばし振り下ろす。ドゴォン! という鳴っていい音では無いものが響き、建築物が斬れた感触と防がれた予感が同時に届いた。

 

「チッ!!」

 

 足下に魔力放出。空中で方向転換すれば、真横に過ぎ去る肉塊。それを一閃し逆さまになりながら鬼舞辻無惨を見据えれば、其奴は眉間にこれでもかってぐらい皺を刻んで睨みつけて来ていた。バチリと視線がかち合った気がする。

 そのまま重力に従い近くにあった階段の踊り場へと着地をした。音を聞けば追撃する気はないということがわかる。少しイラついたから攻撃した感じかよ、さっきからそんなんばっかだな。

 炭治郎達を下ろしてごめんねと謝る、禰豆子ちゃんには特に。絶対逆さまになったときに頭打っただろうからさ。

 

「わかっている」

 

 鬼舞辻の声が聞こえた。一歩も動いていない其奴が小さくそう呟いた。俺でないと聞き逃してるそれは、少し震えている気がした。

 

「その可能性があるのはわかっている。しかし、しかしだ……前回は逆とはいえ上手くいったのだ、私にもその可能性があっても良いだろう」

 

 逆……はっ、ぁ。

 生前の事を思い出す。最終決戦、無限城の主人である鳴女を倒して皆が皆外に出た後の鬼舞辻との戦い。そのとき何が起きたのかが脳裏に蘇り、言葉を失う。

 まさか……まさか。

 

「炭治郎も連れて来たのは」

 

 隣で首を傾げてる気がする。でもそんな彼を見る余裕なんてない、遥か下にいる鬼舞辻を見れば、全ての元凶はニィッと笑った。

 

「保険だ。巷で人間どもがやっているだろう、お金を支払い何かあった時のために保険をかける」

 

 ただ、それだけのこと。

 

 

 

 

 

 

 




無駄()な知識を覚えてる善逸さん。
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