俺を喚んだのは過去の俺 作:鬼柱
「(あ、れ……?)」
炭治郎は焦った。一太刀を以って源頼光の気を引くつもりが何故か頸を刎ねていたからだ。確かに変えたとはいえ拾ノ型を使っていたので威力はそれなりにあるが、だからと言ってサーヴァントを倒せるとは思っていなかった。
思い出されるのは柱合会議のときに風柱が振るった刃を頸で受け止めていたセイバーの姿。原理はわからないがあれのお陰でサーヴァントには敵わないという図式が出来上がっていたのだが……あれ?
赤黒い生臭い血の雨を浴びながら、炭治郎は膝を突く。脚が笑っている、力が入らない。この際どうして倒せたかなんてどうでも良かった。ただ、残りわずかにある力でどうにか刀だけは手放さないでいた。これを失くしては今度こそ鋼鐵塚さんに何されるかわかったものではない。
ヒュゴウなんて変な息の吸い方をしてしまう。同じ全集中の呼吸でも種類が違う水の呼吸とヒノカミ神楽を同時に使い、剰え無茶をしてしまったのだ。少し息の仕方を忘れてしまう。でも、けど。
「倒し———ッ!」
咄嗟に刀を滑らして受け身に入る。まだ咄嗟に動かせるぐらいの力は残っていたらしいが、それでもどうにか受け止められただけだったようで、炭治郎は吹き飛ばされてしまう。
パキンと音が鳴り刀が折れ、吹き飛ばされた衝撃で背負い箱が背中から離れた。木の板の上を成されるがままに滑っていれば、蝶番が外れて蓋がなくなった箱から飛び出してきた禰豆子が転がってきた。守らなければ、もうあまり回らない頭でそう考えて同じ方向に滑ってきた妹を受け止めて後方にあった柱へと激突する。肺が圧迫されて息を吐く。背中がとてつもなく痛いが、怪我一つない妹の姿を見て守れたのだと確信した。
「(けど、一体何がっ)」
「よくもまぁ私のサーヴァントを殺してくれたな、竈門炭治郎」
低く地を這うような声が聞こえた。
「鬼、舞辻ッ無惨!」
鬼の頭領が頬杖を突き、変化させていた腕を元に戻しながら炭治郎を睨んでいる。先程の攻撃は彼によるものだったのだろう。敵を倒せたと言ってもこの場にいたのは源頼光だけではない、目の前の元凶がいた。
強敵を倒せたという事実が炭治郎の中を支配していたから忘れていた。そもそもこいつが自分の妹を求めたからこそ、こんなことになっていたという事に。
「だが、これでお前は満身創痍。どうだ? 最後の悪足掻きは楽しかったか?」
「は?」
「この無限城に落ちたからには誰も逃げられん。私が許可するまではな。だからこそ、これは私にとって茶番だった。弱々しい人間風情が鬼に逆らう……まぁ、余興としてはそれなりではあったな」
鬼舞辻無惨が立ち上がって一歩踏み出す。コツンと上等な革靴の音が鳴った。
「さて、もう待ちくたびれた。“それ”を渡してもらおうか……竈門炭治郎、忌々しい耳飾りの剣士よ」
炭治郎は弱々しくも大切な最後の家族を掻き抱いた。絶対に、絶対に渡すものか。
いつの日か、己の運命が変わった日をどこか思い出していた。あの時もこうして妹の上に覆い被さり、鬼殺隊として来ていた冨岡義勇に殺さないでと懇願したっけ。あの時来たのが義勇でなければ、炭治郎はきっとこの場にはいない。
あぁ、すみません義勇さん、鱗滝さん。貴方方が助けてくださった鍛えてくださったこの命潰えそうです。不肖な己をお許しください。
キュッと目を瞑った。妹には無惨に取り込まれるという残酷な最後を味合わせてしまうかもしれない。けど、もう折れた刀はどっかへ行き、妹を連れて立ち上がる気力すらない。震える手を精一杯握り込む事で隠して、不甲斐ない兄でごめんなぁと小さく呟いた。むー、禰豆子はそんな事ないと軽く頭を振って。
「死ね、竈門炭治郎。人としてな」
そうして鬼舞辻無惨が無慈悲に腕を振り下ろしたかと思いきや。
「炭治郎ッ!!!!!!」
突然視界に現れた明るい黄色の羽織に阻まれた。動脈を斬ったのか、勢い良く血が溢れ出したそれは炭治郎達に寄りかかりながら跪いた。
突然増えた重みに炭治郎が目を開けると、胴体に穴を開けて重傷なはずのセイバーが玉のような汗を浮かばせながら、にこりと笑っていた。驚愕で目を見開く。
「セ、イバーさん……っ」
「炭治郎、無事?」
「ぁ、はい! 無事です」
「……禰豆子ちゃんは?」
「禰豆子も無事です」
「むー」
貴方のおかげでとは言わない。助けてくれるのはとても嬉しいけれど、それでセイバーが傷付いていては意味がない。
炭治郎と禰豆子の言葉にそっかぁと緩く笑う彼に炭治郎は顔を歪ませる。頬から流れ落ちた涙が傷に染みて痛い、けどそれを誤魔化す様にどうしてと呟く。どうして庇ってくれたんだ。小さくか細い声を聞いた彼は、まだ綺麗な手で炭治郎の頭を撫でた。
「人を助けるのに理由は要らないでしょ」
暖かい手だ。人を守る手だ。努力した人の手だ。あぁ、どこまで行っても彼は変わらないらしい。
「邪魔をするな、鳴柱。死に損ないらしくその辺でくたばっておけば良いものを」
「邪魔だってするさ。お前がする事は俺らにとっては不利益でしかないからな」
「ハッ。先程と言ってることが真逆だぞ、鳴柱」
聞いてたのかよテメェと心の中で悪態を吐きながら振り返った彼は余裕の笑みを浮かべた無惨を睨みつける。背に炭治郎達を隠して、日輪刀をいつでも抜ける様に手を添えた。
正直、源頼光に貫かれた傷とかその他諸々のお陰で限界に近くあるのだが、それだけで諦める理由にはならない。人であったなら即死であったそれらをなんて事ないように振る舞う為に、彼は目の前にいるラスボスを嘲笑った。
「炭治郎に言った言葉は本当だよ。そんな事もわからないのか」
「わかりたくもないわ」
「はは、そんなんだから人に……ッ」
セイバーの言葉に即座に否を提示した無惨に彼は笑いながらも、霹靂一閃をしようと体勢を低くした途端に呻き声を上げて蹲ってしまう。
「セイバーさん!?」
先程まで何ともなかったのに突然苦しみ出したセイバーに炭治郎は声を荒げる。
やはり何処か傷が痛むのだろうか、今までの態度は痩せ我慢だったんだろうか。色んな可能性を頭の中に浮かべた炭治郎だったが、無惨が興味深そうに息を吐いたのを聞いてしまった為に考えていた可能性が全て排除された。無惨が原因だ! そう炭治郎は確信した。
「セイバーさんに何をした! 鬼舞辻無惨!」
「何、とは。今までの話を聞いてなかったのか、竈門炭治郎。私は貴様を鬼にしようとしただけだ、そうしたらたまたまその男が割り込んできただけの事」
「じゃ、じゃぁセイバーさんは……!」
「鬼化の真っ最中、だろうな」
胸を押さえて汗を大量に流して蹲る彼の顔は見えない。しかし聞こえてくる耐えるような声と同じ感情を含んだ匂いに炭治郎は顔が青くなる。抵抗しているのだろう、浅草で出会った男性はすぐに鬼になってしまったけれどセイバーにはその気配はない。
鬼殺隊士が鬼になるにはそれなりの時間がかかるとは炭治郎自身も少し聞いたことがあるが、もしかしたら呼吸と鬼化は相性が悪いのかも知れない。
いや、そもそもだ。
「(サーヴァントって鬼になるのだろうか?)」
純粋な疑問だった。サーヴァントというのがどういった存在なのかは炭治郎も説明されたからわかる。最初は全く意味をわかっていなかったが、セイバー達の匂いは少し薄く感じるので生きているわけじゃないのは納得した。だからこそ、鬼になるのかが謎だ。
それでも彼が苦しんでることには変わりはないので、どうにかして彼の意識を保たなければと声をかけ続ける。そんな炭治郎に無惨はふんと鼻で笑った。
「無駄だ。そんな事をしても、もう元には戻せんぞ」
「無駄かどうかはやってみなくちゃわからない!!」
「やらなくとも分かりきった事実だと言ってるんだ、頭が固いな貴様」
さて、と無惨は呟く。邪魔な鳴柱は鬼化の影響で暫くは使い物にならない、ならば今のうちに炭治郎と禰豆子を手に入れよう。まずは兄の方を鬼にしてしまえば良い。記憶もなくなり、従順なる下僕となれば妹をどうしようが無惨の勝手だ。
これでやっと日の下を歩ける。そう千年間、いや前も含めたならば二千年間の悲願が今果たされるのだ。ニヤける顔を隠しもせずに無惨は爪を伸ばし始める。
「(無惨はさっき俺を鬼にすると言った。俺の代わりに攻撃を受けたセイバーさんは鬼化の最中、なら言葉には偽りはない!)」
先程からずっと嘘の匂いはしなかった。無惨は全て本気で言葉を発している。つまり本当に思っていることを言っているだけということになり、炭治郎を鬼にさせるという言葉も嘘偽りはない。無惨は今まさに炭治郎へと爪を突き立てようと少しずつ近づいて来ている。
「(鬼になったら妹を、セイバーさんを襲ってしまうのだろうか。鬼殺隊のみんなを裏切ることになるし、誰かが俺の首を刎ねてくれるだろうけどそうなれば禰豆子も死んでしまう。それだけは、それだけは嫌だ)」
自分は良い、どうなっても良い。ただ妹だけは、彼女だけは年相応の生活を送ってもらいたい。人間に戻ってもらいたい。小さい頃から我慢させてばっかりいたのだから、人間に戻った暁にはたんと贅沢をさせてやりたい。
ここで己が死んでしまっても禰豆子が逃げられる保証なんてない。己はもう体力の限界で立つことすらできないから、まだ何も力を使ってない禰豆子だけはどうにか逃したい。
「(それにセイバーさんだって)」
善逸が待っている。彼は善逸の大切な人だから、ここで死んで良い人ではない。
でも、でもどうすれば? 自分には二人を守る力なんて残っていない。先ほどので使い切ってしまったから、どうにもできない。目の前に迫る爪先を見守るしかない。
「(せめてっ)」
せめて禰豆子にだけはその爪が届かないように、ぎゅっと妹を包み込むように抱きしめて。彼女が鬼になって冨岡義勇に初めて出会った日の、鬼殺隊と鬼の存在を知った日のように情けない姿を晒してるとわかっていながら、炭治郎は一筋の涙を流した。
折角セイバーが繋いでくれたこの命はもう潰えるけれど。
「(だれか……!)」
妹だけはどうか。
「たすけて……ッ」
助けてください。
「いいよぉ」
———へべん!
鳴り響いた琵琶の音と少しの浮遊感に目を見開き、焦ったような表情を浮かべた無惨と落ちてくる黄色い羽織が見えたのを最後に、炭治郎は地面に打ち付けられて気絶した。
タイトル落ち———!