俺を喚んだのは過去の俺   作:鬼柱

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第二十八節 倒す手立て。3/3

 

 

 

 折れた障子と一緒に落ちていく善逸を見た鈴鹿御前は驚きながらも彼が意図する事を察した。は、はと笑い声が零れる。全く無茶をすると感心しては、雀達を連れて行かれた紅閻魔の方へと向き直った。

 あの雀達は紅閻魔の宝具の一部だ。普段は紅閻魔の小間使いとして右往左往してる彼らには宝具内で役職を貰っている。紅閻魔の宝具は嘘付きを裁く宝具であり、閻雀裁縫抜刀術“奥義”の一つ。地獄の十王の前で裁きの鉄槌を下すそれは、十王の代わりに雀達がそれを務めている。十羽いたのはその為だ。その雀達がいない、つまり宝具の一部がいないことは宝具を発動し辛いということになる。

 ニィと口許を歪める。霊核に押し込めていた魔力を解放して霊基を再臨させた。紅い巫女服を羽織り、頭には鈴鹿御前の代名詞とも言える烏帽子がちょこんと乗っかっている。

 

「せっかくアイツがチャンス作ってくれたんだし」

 

 ちょっくら。

 

「本気でいくわよ」

 

 普段の口調も忘れてそう言った鈴鹿御前は逃げるのを止めて紅閻魔へと迫る。愛刀達の一振りである顕明連(けんみょうれん)を自身の手で振るうが、やはりというか紅閻魔は防いでみせた。鈴鹿御前が持つ太刀と紅閻魔の大太刀、至近距離の戦いでは当然刃渡りが大太刀より短い太刀を持つ鈴鹿御前の方が有利だが、長さぐらいで不利になり得るような技量を紅閻魔は持っていない。至近距離にも関わらず、そうするのが必然とも言うように鈴鹿御前の振るう刃を大太刀で防ぎ続けている。

 チッと舌打ちを一つ。やはり剣術では敵わない。元々剣術を習ってたわけでもなく、三振りの剣を持ってたからそれを使ってただけの鈴鹿御前は紅閻魔には敵うはずもなかった。大蜘蛛や鬼などの妖ならいざ知らず、人相手には少々厳しい。大通連を出現させてから水に変化させ距離を取った鈴鹿御前はそう思った。

 ただまぁ。

 

「(本当に本気出せば勝つのは簡単だけど……したくないしなぁ)」

 

 自身のアイデンティティを崩してまでする事ではない。この姿はギリギリ打球点とも言えるので、この姿になった時点で少し無理はしてるのは事実だ。しかし本気を出さずに勝てる相手かと言えば首を傾げざるを得ない。

 

「(ま、マスターも許してくれるっしょ)」

 

 多分。

 勝てる勝てる。足手纏いもいなくなったことだし、派手にやれば多分勝てる。

 狐の嫁入り、行ってみる?

 

「アハハッ! ちゃんと耐えてよ! 先生!」

「チュチュン! 教え子に負ける程あちきは弱くありまちぇんよ?」

 

 知ってる。

 

 

 ———草紙、枕を紐解けば、音に聞こえし大通連。

 

 

 自身に当たらないようにと一歩二歩退がりながら詠唱を唱える。しかしそう易々と宝具を開帳させてくれるはずもなく、追撃してくる紅閻魔に魔力を送っている大通連を使わずに迎撃。

 

 

 ———いらかの如く八雲立ち、群がる悪鬼を雀刺し。

 

 

 小通連を握る事はせず、神通力で操っては二刀流で攻撃をいなした。それでも引き剥がす事はできない。一振りと二振り、手数が多いのはこちらのはずなのに余裕があるのはあちら。雀のように小さくなれるはずの紅閻魔が通常サイズで攻撃してくる事から侮られてる気がした。いやなんかもう表情もそんな感じだし、あぁもう!

 アイデンティティが何だ、今勝たなきゃ行けないだろう。そもそも魔力供給量の少ないマスターに仕えてる身、宝具もそこまで連発はできない。だから、これで致命傷ぐらいは与える。

 ガシッと鈴鹿御前は顕明連と入れ替えで小通連を掴んだ。

 

「才知の祝福」

 

 宝具を発動中に他の宝具の真名を開放する。順序は逆だし、割と無茶振りだしで巡っている魔力が大慌てしているが鈴鹿御前にとっては知ったことではない。寧ろ小通連の真名を解放した事で視界がクリアになり、次の最適解が脳内に浮かんだ。

 それ即ち宝具の詠唱の完遂。

 

 

 ———文殊智剣大神通。

 

 

「恋愛発破『天鬼雨』!!」

 

 宝具名を叫んだ途端に紅閻魔へと回し蹴りを入れた。今まで剣術のみで体術を使ってこなかったからこその不意打ち、見切る事ができずに食らってしまった紅閻魔は無限城の廊下を飛んでいく。しかしそれで壁まで当たるのを待つ彼女ではなく、着ている着物の袖を雀の翼に変化させて一つ羽ばたいた。それだけで勢いを押し殺した紅閻魔はコロンと下駄を鳴らして床に脚をつけるが、咄嗟に一歩後退する。ズドン! と大きな音を立てて現れたのは一振りの剣。黄金色を放つそれは鈴鹿御前の持つ大通連であり、また宝具の一部である。そこからまたハッとした彼女は雀サイズにまで身体を小さくさせ、廊下を飛び抜ける。途端に現れる剣劇の嵐。左右上下、あらゆる所から壁を突き破って出てくるそれらを避け続ける。

 

「チュン! 一体どれだけあるんでチュか!」

 

 雀サイズのまま叫んだ紅閻魔は小さな身体故に巨大に見える太刀達から身を守る為、羽ばたき続ける。

 

「どれだけ? 二五〇だけど?あ、刺したら終わりじゃないから、全部再利用するし」

 

 あっけらかんと答える鈴鹿御前に紅閻魔は驚いた。一応教え子とはいえ真名は知っていても能力までは紅閻魔も把握していない。何せ俗世と離れた生活をしていたもので、そういった英雄の話とかは殆ど聞かないのだ。ただ妖怪退治をしている英雄は妖怪の客にあれこれ言われていたし、紅閻魔とて憧れる英雄は一人いるがそれだけだ。

 教え子の誰が何をできるのかは興味がない、ただ料理ができるか否かが教室の中では重要となる。だからこそ鈴鹿御前の能力を知らないし、侮ってもいた。

 いやだってあの子、大雑把料理しかできんし。

 

「(それにしては精度が半端ないでちね。普段からは考えられないぐらいの繊細さでち)」

 

 雀サイズの身体でなければ躱しきれないだろう。くるりと空中で華麗に半回転して見せた紅閻魔の直ぐそばに刀が突き刺さった。身体を捻らせてなかったら串刺しになっていたところだ。

 遠くで舌打ちが聞こえた。

 

「(ホント飛んでる鳥斬るのってこんな難しいのね。まぁ紅先生ってこともあるだろうけど……)」

 

 遠隔操作とはいえ最適解を選んでいるはずなのに一つも当たらない。擦りそうなところを見ると厳密には合っているんだろうが、こちらの計算よりもあちらの瞬発力が優っているということになる。居合の達人だからこそ、瞬発力は随一ってところか。

 

「このままどうにもならないっぽいし?」

 

 だったら、と鈴鹿御前は手を替えることにした。

 

「大通連“桜嵐”!!」

「チュン!?」

 

 狭い廊下に突然、風が吹き荒れた。大の大人でも思わず立ち止まるようなそれは雀サイズの紅閻魔には驚異であり、身体のコントロールが効かない事を悟った彼女は瞬時に元のサイズに戻す。ニッと鈴鹿御前は笑った。

 

「“水煉”!」

 

 次は水の嵐。まるで突然川ができたかのように大きな水の塊が紅閻魔を飲み込んだ。息ができない、押し流されてしまう。そう危機を感じた紅閻魔は荒れ狂う水流の中、床に向かって一閃。隙間ができた事により流れが変わったのを確認し、まだ身体の自由が効く空中へと躍り出た。水飛沫が雨のように舞う。

 

「ばぁか」

 

 しかしそれをわかっていたかのように笑った鈴鹿御前が紅閻魔へと迫る。キィン、金属同士が擦れ合う音が反響して水面が揺れた。

 

「驚きまちたよ、鈴鹿御前。まさかここまでとは思いまちぇんでちた」

「紅せんせーはちょっと私を侮り過ぎ」

「チュチュン! すみまちぇん、教え子の前に立派な英霊様。侮っては失礼、という事でちね」

「そういうっ、ことッ!」

 

 力が均衡していた刀を鈴鹿御前が押しやる。突然の事でふらついた紅閻魔だったが羽ばたきを一つする事によって体勢を整えた。

 

「それではお礼に奥義の一つでも」

 

 

 ———閻雀裁縫抜刀術・奥義ノ三。

 

 

「(宝具!?)」

 

 奥義の三、それは紅閻魔の宝具を指す。閻雀裁縫術の奥義はいくつかあるが、三というのは彼女がメインの攻撃宝具として持っているものである。ただそれは先程の雀達が関わってくるもの、発動しても。

 鈴鹿御前の思考が少し声に出てたのか、魔力を高めている紅閻魔がチュチュンと笑った。

 

「発動しても意味がない、そんな事はありまちぇん。十王全員が居なくとも、閻魔一人さえ居れば裁きは加えられまち」

「ハッ! そういう事ね!」

 

 

 ———罪科あればこれ必滅の裁きなり。

 

 

 形成される雀のお宿。元々の無限城をベースに開かれたそこは空席だらけの座布団が敷かれた大部屋。その上座に鈴鹿御前と紅閻魔は対峙していたが、ここまで来ると紅閻魔の土壇場であり鈴鹿御前は裁きを受けるしかなくなる。

 

「(けど)」

 

 

 ———『十王判決・葛籠の道行』!!

 

 

「ただでやられる私ではないっしょ!」

 

 瞬時に計算を開始、最適解を導き出しその通りに剣を滑らす。それは全て吸い込まれるように紅閻魔が放つ剣技を弾き、閻魔大王の名代たる彼女の裁きを受けまいと奮闘した。

 アハハ! と笑う。こんなものかと、閻魔大王に認められ迷ひ家を任さられた死後に英霊の適性を得た舌切り雀の紅閻魔はと、先程とは逆に鈴鹿御前が侮り始めた。

 

「隙あり!」

「ないってーの!」

 

 刀同士が弾き合う音が響く。紅閻魔の刀を弾いた鈴鹿御前が回し蹴りを放つ。初めの方にしたように突き離そうとしたのだろう、しかしそれは大太刀の鞘により防がれる。甘いでちよ、そう彼女が言った気がするがそれはこちらの台詞だ。

 

「紅閻魔先生の方が甘いって」

「えっがは……ッ!」

 

 激痛、腹部に感じた違和感に見下ろしてみれば突き出た刀。ポタリと血が滴り、それを合図に様々な方向から刀が紅閻魔を貫いた。

 

「自分が宝具発動したからって忘れてた? 私はずっと発動してたんだよ、天鬼雨」

 

 解除するまで二五〇に増えた大通連がその場に留まり続ける。魔力を大幅に消費するが、勝つ為ならばきっとマスターも許してくれるだろう。良い奴だし。

 

「チュ、チュン。義理を果たす為、とはいえ、戦いは、好きではあり、まちぇん……ね」

「まぁ現界してからずっと料理続きだったもんね、先生」

「迷ひ家に、似てまちたから……ぇへへ」

「ふーん」

 

 二五〇もの刀剣、最後の最後に刺さったのが頭蓋骨。脳、首、心臓、霊核となり得る全ての臓器に刀が突き刺さった紅閻魔は力を失くし崩れ落ちた。それと同時に展開していた宝具も解除され、変化した大通連によって水浸しになった廊下へと落ちる。質量に見合った水飛沫が鈴鹿御前の頬を濡らした。

 

「最後に言い残した事は?」

 

 さらさらと光の粒子に還って行く紅閻魔に小通連を手から離した鈴鹿御前がそう尋ねる。その姿はもう元の高校生の制服もどきに戻っていた。

 

「チュン……そぅ、でちね。料理、がまだ……途中だったでち。鈴鹿御前、食べてくれまちぇん、か?」

 

 そう言われてこの世に現界してからの紅閻魔の料理を思い出す。臭みが取れるから、と煮込み料理や炒め料理ばかりだったそれに使われている原材料を思い出して、ゆるりと首を振った。

 

「私、食人趣味じゃないんだよねー」

「チュ、チュンチュン。残念、でちね」

 

 口角だけあげた紅閻魔を見た鈴鹿御前は踵を翻した。さて、あの金髪野郎はどうなっているだろうか。もし死んでいたならば許しはしない。

 

「(ま、生きてるだろうけど)」

 

 何せ最後まで雀達は来なかったのだし。

 全ての刀身を消して歩みを進める鈴鹿御前はなるべく他の事を考えるようにする。そうしないと宝具の反動で、自分が女子高生演じてる事に違和感を感じて辞めたくなるから。難儀なものだとため息を吐いた、もっと使いやすい宝具が良かったなーなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〝チュチュンチュン。ご主人、申し訳ありまちぇん……しかしこの身、どうか、どうかお使いくださいまち〟

「〝ご苦労、紅閻魔〟」

〝チュチュン……! 最後の最後に紅の名を……! 嬉しいでちね……ぇへへ〟

 

 プツン、と何かが切れる。もう何回目になるだろう魔力パスが切れる感覚に鬼舞辻無惨は舌打ちをしたくなった。

 まぁしかし少しだけ気分が良いのでぐっと我慢するが。

 

「最後の最後まで主人の事を想う、健気だとは思わないか?」

 

 くくく、と鬼舞辻無惨は笑う、嗤う。

 

 なぁ。

 

「竈門、炭治郎?」

 

 無惨が視線を滑らした先には、手脚を縛られ牢獄に入れられた市松模様の羽織を着た少年がいた。

 

 

 




そうだ!あみだくじしよう!

って事で次回は12月21日更新です。


鬼滅のアプリ、いつ出るんですかね……?

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