俺を喚んだのは過去の俺 作:鬼柱
「あは」
赤い血が水溜りを作っていく。畳の上に転がったそれはやがて染み込んでいくが、注がれる方の量が多いのか一向に減らない。しかし流石は鬼、瞬く間に傷を治しては口角を上げた。
少年だった。かつて炭治郎や禰豆子が対峙した下弦の伍に良く似た背丈の子。幼い時のまま鬼になったのだろう、老いを知らない彼らは見た目通りの年齢を生きてはいない。
「あは、あはは!」
西洋の格好をした彼は斬られた胴体を摩りながら此方を向いた。ビクリと村田の肩が揺れる。普通だ、どこまでも普通だ。金持ちの子供かなと思うだけで、鬼だと見破れない見た目をしている。唯一それっぽい特徴は小さく覗く八重歯のみで、それすら愛らしいチャームポイントにしか見えない。斬られたというのに笑う狂気染みた言動というチグハグで目眩が起きそうだ。
「あははハハッ!! っあー! びっくりしたー」
口内に迫り上がってきた血を吐く。畳の上に転がったそれを炭治郎は無意識に目で追ってから、刀を振るった。相手の右手首から上が落とされるが、持ち前の治癒力で直様生えてくる。正直、生え方が質量保存の法則を無視していて気持ち悪い。
一歩下がる。鬼は追っては来ずにジッと此方を見つめている。
「きみ、サーヴァントって奴でしょ。さっきの人達と気配が一緒。で、そっちが柱と……雑魚ね」
雑魚!? 少し悩んでからの雑魚! いやそうなんだけど、村田は頭を抱えたくなった。目の前に敵がいる以上、そんな事はできないのだが、それでも見た目は年端も行かぬ少年に雑魚と罵られて平気でいられるはずもない。ただまぁ、村田にとっては事実なので襲いかかるということもないのだが。
しかしそれよりも厄介な事実が村田の中に舞い込んできた。こちらに視線を向けられた時に見えた瞳。己の記憶に間違いがなければ、両方の瞳に入れられた文字で相手の素性は知れる。
震える身体を押さえつけて、こそりと隣にいる煉獄杏寿郎の名前を呼べば、あぁと静かに頷いた。流石柱、冷静だ。
「どうやら無惨というのは存外に仕事が早いらしいな! もう補充されているとは!」
よもやよもやだ! と刀から手を離さずに睨みつける先にいる鬼の瞳には“上弦”“参”と彫られた瞳がある。十二鬼月、三番目の鬼。無惨を除き三番目に強いとされる鬼の数字。
しかし報告によれば、本来の上弦の参は猗窩座という名前であり、その鬼は下弦の壱を倒す任務にてサーヴァントの竈門炭治郎、我妻善逸、嘴平伊之助が首を刎ねたはず。つまりはいないはずなのだが、煉獄の言う通り補充されたのだろう。いつまでも欠席のままでは分が悪いと考えたのかもしれない。
———炎の呼吸 壱ノ型
炎が舞う。
———不知火
重い踏み込みからの一閃。少年の小さな懐へと滑り込み、袈裟斬りにするべく刀を滑らした。話し合う必要などない、そう言っているかのように炎の剣は無慈悲に上弦の参を斬り裂く。血が炎と共に散らばった。
手応えはある。煉獄は斬った、そう思った。しっかりと肉を斬った感覚は手から伝わってきていた、骨を断つ感触もあった。
なのに……なのに、何故気配が消えない?
「(首はもう繋がっていない状態、生命力も感じない……どういう)」
「煉獄さん!」
「ッ!?」
己に掛けられた声で咄嗟に刀を嫌な予感がした方へと滑らした。キィン! という甲高い鉄が跳ねた音を響かせながら、煉獄は後退する。はほぼ無意識で取った行動だったが、どうやら正解だったらしい。痺れる腕を無視して衝撃が来た方向を見ると、上弦の参が腕を振り切った状態で立っていた。
「(!? 何故!)」
死んでいないのだろう。確かに己は相手の首を斬った。袈裟斬りと言えど、急所である首を経由している為に致命傷だったはずだ。本来ならば塵と化しているのだが、どういう原理か目の前の鬼は五体満足だ。
キヒ。鬼の表情が歪む。
「びっくりした? ふふ、仕返しだよ。ぼくをびっくりさせたからね!」
「仕返し?」
「そう! さっきは本当に驚いたんだよ? だって移動した瞬間に斬られたんだもの。サーヴァントのお兄さん、なんでわかったの? 刀を振るう直前まで、ぼくはその場にいなかったのにさー」
「(直前までいなかった?)」
村田は上弦の参の言葉に驚く。最初、炭治郎が襖ごと鬼を斬ったのには、サーヴァントでしか感じない何かがあったと思っていたからだ。炭治郎が行動するまで、村田も煉獄も何も感じていなかった。己ならまだわかる、まだまだ未熟な身、気配を消した鬼などわかるわけもない。しかし柱である煉獄すらわかっていなかった。だからこそ、サーヴァントの炭治郎のみが反応した事に注目したわけだが。
そういえば、と村田は炭治郎の傍らにいる禰豆子を見る。今では鋭い爪を向けて構えを取ってはいるけれど、炭治郎が刀を振るった時は少し驚いた表情をしていたように見えた。言葉もなく目だけで作られたもので、僅かな変化であったけれども確かに村田は見ていた。
「(じゃぁどういう事だ?)」
あの禰豆子もサーヴァントだ。そう言っていた。では何故、炭治郎はその場にいなかったはずの鬼か現れるとわかったのだろうか。
「ぼくは戦闘が得意じゃない。無惨様と同じく見ていたい側だ。だから、やってきたサーヴァントのお兄さんにお気に入りの子と戦ってもらってそれを観戦しよう、そうしようと思ってたんだよ。そしたら琵琶の音だ。驚いたよ、ぼくと鳴女さん以外に使える人がいるなんて、って」
両手を広げた鬼の手に琵琶が出現する。少年の身体に収まるぐらいの丁度良い大きさを持ったそれを見た炭治郎は目を見開いた。あり得ない、そう唇が音もなく動く。
炭治郎の反応に鬼は楽しそうに目を細めた。
「あり得なくないよ、鬼とはそういうもの。常に人の常識を超える。きみ達がぼく等に慣れる事は一生なく、ぼく等がきみ達に合わせる事も一生ない。そもそも血鬼術は鬼それぞれだけど、似たようなのがあってもおかしくないでしょう?」
———べべん。
小さく琵琶を鳴らす。どこからか障子が現れ、中から鬼達が現れる。千差万別。小さいものから大きいものまで、ありとあらゆる形の鬼が涎を垂らし威嚇しながら炭治郎達を見ていた。理性の欠片も感じさせないそれに、思わず眉を顰める。
「別に戻っても良いけれど、それじゃぁ面白くない。あの子はまだやられてないだろうし、きみ達の相手をしてあげる」
ま、戦うのはぼくじゃないんだけどね。
部下を召喚したという事は本当に戦う気がないのだろう。相手が鬼だとしても元人間、言うなれば人と人が争い死ぬ場面を笑いながら見るつもりだ。悪趣味な、そう炭治郎は心の中で吐き捨てる。
「せっかくだし、名乗ろうか。きみ達はぼくの先輩を殺したからね、その功績を称えてきみ達を殺す鬼の名を覚えておくと良いよ」
先輩というと猗窩座のことだろう。上弦の参の後釜である彼にとっては会ったことのない鬼であり、どうでも良い存在だった。寧ろ死んでくれた事によってこの座に就けたのだから炭治郎に感謝すらあるが、まぁ体裁を保つ為の言い訳なので気にしない方が良い。
現に鬼殺隊である彼らが鬼という存在が人を敬うという行為をしない事を知らないはずがないのだから、意味などあるわけもない。
すぅと息を吸う。上弦の参になって初めての名乗り。数十年生きてきたが、ここまで胸踊った事はない。サーヴァントという未知の相手、柱という上弦以外には化け物と言わしめる程の強者。上弦としてのデビュー戦にはもってこいのシチュエーションだろう。
あと一人鬼殺隊士がいるが、それはともかく。
「上弦の参“猗窩座”に替わり、新たに上弦の参の地位を戴きました。初めまして、鬼殺隊の方々。無惨様から戴きました我が名は“
丁寧な口調に合うようにお辞儀をする鬼……否、“似紿”。今までの大人びた少年のような雰囲気から一変、まるで礼服を着た紳士のような印象を受ける。
しかし、そこまで。名乗り終えたからかなのか、似紿が頭を上げたときには出会った時から変わらない笑顔を浮かべていた。
「さて、きみ達の名前も聞こうかな。聞いてはいるけどね、直接聞きたいし」
指を指される。後退した煉獄によって一番近いのは炭治郎だ。彼は手に持った刀を馴染ませるように方向を正しながら、自身の名前を告げた。
「竈門、炭治郎だ」
「ふんふん、炭治郎ね」
いきなり名前呼び、馴れ馴れしいなとは思うものの、鬼の言う事にいちいち口出しするものでもない。どうせ今から死合う相手である。
次は禰豆子のようだ。指された彼女は唸りを以って返事をする。取り付く島もないその姿に似紿は肩を竦めた。
「嫌われたか、仕方ないね。じゃぁそこの柱」
「炎柱・煉獄杏寿郎だ」
静かに告げる。刀に炎を纏わせ、無駄な動きなく佇む姿は決して消えることのない力強い“火”を思い浮かばせた。炎の模様が入った羽織が余計そう思わせたのかもしれない。
似紿は舌の中で炎柱の名前を咀嚼した。炎柱はどの時代でも柱にいた程の猛者であり、似紿も数十年前に一度会ったことがある。その時はまだ力が及ばなかったので命辛々生き延びたが……その時に浮かべていた炎柱の表情を思い出しては、そうと似紿は静かに呟いた。
「きみが炎柱……面白いこともあるね(奇妙な縁もあったものだ)」
「?(なんだ? 随分感傷的な顔をする。それに匂いも……なんだ、これ)」
それは憎しみ、怒り、哀しみ、寂しさ。相反する感情の匂いが混ざり合って炭治郎の鼻に届いた。しかし目に見える表情はただの笑い顔であり、炭治郎が感じた感情など微塵も滲ませていない。
「それじゃぁ戦おうか。この子達も待ち惚けくらってるしね」
側にいた小さな鬼の頭を撫でながら、似紿は笑った。
「(いや、俺の名前は???)」
名前ちょっと悩みました。
次の更新は明後日ですが、最悪明々後日になります。