俺を喚んだのは過去の俺 作:鬼柱
「(鉄扇……?)」
似紿の手に現れたのは二対の鉄扇。二つで一つなのであろうそれらはナイフの役割もしているのか、少し振り回すだけで周りの畳や襖を斬り裂いていた。流石に完全に貫くことはないらしいが、似紿より少し遠い場所に斬り傷があることから範囲が広いというのがわかる。得物のリーチが短いからと無闇に突っ込んでしまえば相手の思う壺だ。
慎重にならざるを得なくなる状況。村田のことも気になるが、それはマスター経由であのサーヴァントに頼んでいるのでひとまずは大丈夫なはずだ。焦らず己の内にある疑問を解消したい。
炭治郎は心の中で首を傾げる。先程の琵琶が似紿の血鬼術かと思いきや、今度は別のものを出してきた。琵琶と鉄扇。全く系統の違うそれらの共通点がわからない。唯一わかるのはあの琵琶の音がこの無限城を作り出している鬼の血鬼術と似ていたという事、ただそれだけ。
「(似たような血鬼術を発現させたと思ってたけど、違うようだな)」
基本的に鬼の血鬼術は一つだけだ。技のレパートリーは数あれど、全く違う性質の血鬼術を操る事はない。似紿の場合は空間転移と、あの斬撃。いや斬撃の方は血鬼術ではないかもしれない、カルデアでは何のスキルも魔術も使わずに斬撃を飛ばしているサーヴァントなんてわりといたものだし。
「煉獄さん」
相手の能力がわからない。同じように攻めあぐねている煉獄の方を見ると、彼は相変わらずの笑顔のまま冷や汗を流していた。しかしそれは弱気になっているからではなく、厄介な相手だと理解したからだ。
炭治郎の声に気がついた煉獄は、相手から視線を逸らさずに頷く。ゆるりと特徴的な髪が揺れた。
「あぁ。相手の血鬼術がどうであれ、俺たちがする事は変わらない。悪鬼滅殺、それが鬼殺隊の指標だからな」
「えぇ、それは俺も変わってません」
「そうか! 死してなお、鬼殺を背負うとは! よもやよもや! 同じ鬼殺隊として、炎柱として鼻が高いな! 継子にならないか!?」
「お断りします」
「むーん」
「よもや!?」
驚いたように此方を見る煉獄に炭治郎は苦笑いを浮かべる。断られると思ってなかったのだろうが、寧ろ何故断られないと思ったのだろうか。
「ぼくを前に余所見とか、随分余裕だね!」
鉄扇を二振り。炭治郎と煉獄それぞれに斬撃が飛び、余所見していたはずの彼らはなんて事ないように斬撃を斬り伏せた。斬られたことにより散らばったそれらがキラリと灯りに反射する。
「(光って?)」
どこかで見たようなその光景に内心首を傾げていると、鬼は次の一手を繰り出そうと構えた。
———血鬼術
「蓮葉氷」
ひとつ、ふたつ、みっつ。部屋を彩るように現れたそれらに嫌な予感を感じた炭治郎は似紿に向けて踏み出した。
———宝具限定解除
「ヒノカミ神楽
刀を大きく振るう。刀身に纏わり付いた焔が畝り、竜巻となって似紿を襲う。広範囲に渡り炎の竜巻が氷の蓮達を壊していった。その勢いは似紿の首を斬らんとばかりだが、ただやられる彼でもない。鉄扇を一度振り、目の前に迫っていた炭治郎の目に向けて冷気を発生させた。視神経に劈くような痛みが走る。
「ぁ゛ッああああ!」
———血鬼術 蔓蓮華
思わず脚を止めた炭治郎の隙を縫って、新しく血鬼術を発動させる。氷の蓮から現れた蔓達が、炭治郎の叫びを聞いて動揺していた禰豆子へと迫った。
あの娘は確かと、先程思い出した事がある。無惨が狙っていた獲物であると。上弦の参を任されるときについでにこの娘を生きたまま捕らえて来いと言われていた。ついでと言われていたし、そこまでは重要な物でもなさそうだと気にしていなかったが、何の因果かそれが目の前にいる。
「(ついでに捕まえるのも一考だよね)」
サーヴァントを捕まえるなど骨ではあるが、まぁ目の前の男を追い詰めるのには良い手だ。見た目も似ている二人、赤の他人というわけでもないだろう。現に禰豆子に蔓が迫ったと気がついた瞬間、彼女の名前を叫んでいた。
「禰豆子ッ!」
「むぅ!」
———血鬼術 爆血!
迫っていた蔓に掌を向けた彼女の血から爆炎が迸る。生前では相手の血鬼術のみを、サーヴァントになってからは相手の異能のみを燃やす力。元々幻霊である彼女所以の宝具であるそれらは、燃え尽きる事なく蔓を辿り蓮葉氷まで燃やした。
直後、ドン! と大きな音を立てて部屋が水蒸気によって覆われる。血鬼術で生み出したとはいえ氷点下の氷に違いない蓮の温度を急激に上げたことによる、水蒸気爆発。その衝撃波が敵も味方も関係なく襲った。
幸いなのは全員が離れていた事により、軽傷で済んだ事だ。発生した霧によって周りは見えないが、互いに無事なのは理解していた。これぐらいで死ぬような人間でもサーヴァントでもないからだ。
「(爆発!? これも相手が! ……いや違う、飛ばされる前に驚いたような匂いがしてた、相手も予想外だったのか)」
大広間の襖の方に飛ばされた炭治郎は、部屋の外にあった廊下で体勢を整えながらそう考える。後ろを見れば、吹き抜けの廊下。相変わらず外は見えないが、部屋の中の霧は直に晴れるだろう。
「(禰豆子、は無事。問題は煉獄さんだけど、あの人がこれぐらいで倒れるわけがない)」
そしてそれは。
「(あの鬼も同じ……!)」
ゆらりと霧が揺れる。霧の中から現れたのは案の定、似紿であった。鉄扇を手に回転しながら迫った似紿に向けて炭治郎は刀を構え、迎え撃つ。鉄特有の甲高い音が鳴り響いた。
「ねぇ! ねぇねぇねぇ! 何したの! 何したのかなぁ!? あの子を捕らえたと思ったら急に爆発しちゃってさぁ! そういう血鬼術!? 危ないねぇ! 凄いねぇ!」
興奮しているのか、荒い息と警戒している猫のように縮まった瞳孔で炭治郎をジッと見つめている。その間も手を休める事なく、一撃一撃が致命傷になる威力の斬撃を繰り返している。
剣戟が辺りに響き、似紿の笑い声が反響した。
「あは! アハハハ! 凄いよ! きみ達! うん! 凄い!」
似紿が鉄扇を振るう度にキラキラとした何か光るものが散る。彼の第二の血鬼術か、そう判断してスンと鼻を動かした炭治郎は何かに気がつき、咄嗟に鼻を抑えた。敏感な鼻の粘膜が捉えたのは冷徹な氷の匂い、そして奥に消えては鋭い痛みを伴った。
肺が、痛い。
「だって、きみ達に不利な状況を作ってるんだからね」
「何を」
言っているんだろうか。
炭治郎が疑問を口にする前に、似紿は目を細め、口を弓形に歪めては大きな一振りを炭治郎へと下ろす。しかしそれを受け止めようとして振り上げた刀に当たることなく、何かに気がついたように似紿が後退した。
———炎の呼吸 伍ノ型
「炎虎!!」
炎の虎が周囲の霧を蒸発させながら似紿に迫る。大きく振りかぶった体勢で霧の中から躍り出た煉獄は、しっかりと似紿の姿を捉えると怒涛の速さで斬りつける。
「驚いた! よもや爆発するとはな! だが、この程度で倒れる俺ではない!」
その顔にはいつもの笑みは浮かんでおらず、あるのは炎柱の名に恥じない精錬な姿。炎を纏う彼の姿に炭治郎は惚けてしまうが、立ち竦んでいる場合ではない。刀を握りしめ、脚に力を入れた。
———水の呼吸 漆ノ型
「(雫波紋突きッ!)」
水の呼吸の中で最速の技。唯一の突き技である漆ノ型で、煉獄と似紿が少し離れた瞬間を狙って迫った。新しく血鬼術を発動しようと鉄扇を広げていた似紿の手指に刃が突き刺さり、血が水塊となって流れ出た。
鬼にも痛覚はある、人間のそれとは比べ物にならないほど鈍化しているが、あることには変わりない。ましてや人間ですら少し切っただけでどこの部位よりも痛みがわかる手指に深く刃が突き刺さったのだから、半端ない痛みだろう。似紿も鋭い痛みに思わず鉄扇を落としてしまう。
「っ!」
「させるか!」
ぁ、と口の中で呟き床に落ちる前に拾おうと手を伸ばすが、それよりも先に腕を斬り落とされる。感覚がなくなった腕先、焼けるような痛みと臭いが似紿の感覚に届く。斬られたと理解した途端、もう一つの鉄扇を目の前にいる炭治郎を牽制する為に振ろうとするが、それすらも腕を斬られて叶わない。
己には本来の上弦の参程の回復力はない。急造であるからこそ精々下弦程度。つまり目の前の刀が己の首に届く前に、腕を再生させ防ぐという芸当ができないのである。
絶体絶命、そんな四文字が似紿の頭の中を過ったが、そこまで焦る様な場面でもない。
「ま、再生できなきゃ
ヒヒッ。器用に口角だけを上げて笑った似紿は、迫ってきた刃に向けて腕を振るう。それは斬られたものではない真新しい腕であり、落ちていたはずの鉄扇をいつの間にか握っていた。キィンと甲高い音が辺りに響く。
「腕が……!」
炭治郎は目を瞠った。似紿の肩甲骨辺りから新しい腕が増えていたからだ。身体から生える予兆もなく、サーヴァントである炭治郎の目を欺き存在するそれ。いつの間に、と驚く。
その隙を突いて、似紿はもう一つ増やした腕で炭治郎の鳩尾を強打する。サーヴァントと云えど身体的弱点は生きている時と変わらない。心臓や頭が霊核であるし、それに近い鳩尾は必然的に急所に成り得る。そもそもほぼ人間と変わらない程に作り込まれている身体だ、材料は違えど構造は同じである。肺もある為、息は詰まる。
息苦しさを逃そうと口を開けば、その隙を突かれ回し蹴りを喰らう。子供のような容姿からは考えられない膂力で炭治郎を吹っ飛ばした。
「少年!!」
煉獄が叫ぶ。
廊下の端に備え付けられていた木製の柵は破壊され、吹き抜けになっている空間を跨ぎ、反対側の部屋へ襖をへし折りながら入っていった炭治郎に冷や汗が流れた。致命傷だ、間違いなく急所に入っていた。赤い血が辺りに散らばってることから、腹を破られたのかもしれない。
助けに行くべきか、優しさ故の刹那の逡巡が命取りになる。
「きみ」
「ッ!?」
「よそ見はだめだよ」
懐まで潜り込んだ似紿に目を瞠り、ギリギリのところで刀を滑らし防いだ。眼前にある拳を受け流し刀を切り返して腕を切断するも、それで生まれる隙は一瞬、動揺が隠せない煉獄にとっては心を落ち着かせるには少ない時間であった。
両手で刀を持っているのを逆手に取られ、子供の身体には似つかない太い腕が煉獄の両手首を掴んだ。
「きみはあっちね」
そうして振り回され、投げられた先は元々いた大広間。霧が晴れてきた先で此方に来ようとしていた禰豆子を巻き込む。
「む!?」
「すまない! 竈門少女!」
自分より一回り大きな煉獄の身体を咄嗟に抱き留めた禰豆子だったが、脚を滑らして尻餅をつく。止まったのを確認した煉獄は直様禰豆子に謝り、立ち上がる。刀を構え、見据える先にいるのは異様な腕を生やした似紿。白い肌とは対照的な黒いそれは嫌な気配を漂わせていた。
「弱い、弱いね。ほんとに炎柱?」
くすくす。
一ヶ月一話投稿に移行しまーす……。
遅筆なのによく此処まで、凄いよ。だからこれからもエタらないでね?(自分への懇願)
というわけですみませんでしたー!また一ヶ月後!次は4月3日更新です!