俺を喚んだのは過去の俺   作:鬼柱

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第三十一節 似て非なる力。2/5

 

 

『弱い、弱いな。本当に下弦の鬼か?』

 

 暗闇の中、一筋の刃が光る。名のある刀工が作った刀剣ではなく、無銘の刀。しかし出自が特殊なそれは、夜に潜む化け物を斬ることに長けていた。

 赤、紅、緋、赫。己を斬った事で付着した血と、その刀特有の色彩が月の光で反射している。誰もいない簡素な住宅街がどこか異界のように感じた。

 

『あは、あはは。そういう君は本当に柱?』

 

 鬼殺隊士特有の鬼を見下したような視線に苛立ちを感じながらも、軽口を叩く。

 相手の実力がわからないうちは警戒しているのにも関わらず、少し戦って実力が自分よりも下だと理解した瞬間、蔑んだ瞳を浮かべる。それがどこか嫌いだった。

 

『これはとある鬼から聞いたんだけどね』

 

 人間であれば致命傷になり得る傷を治していく。細胞を活性化し、骨を作り、肉を作り、神経を巡らせる。流石に斬り裂かれた衣服までは再生できないが、戦闘中であれば充分だ。

 お気に入りだったんだけどな、と心の中で呟いて脚に力を込めた。

 

『柱っていうのは鬼みたいな力を持ってる。並大抵じゃぁ敵わない、下弦すら圧倒される。十二鬼月になったって上弦でなきゃ意味がない……ってさ!』

『面白いな、鬼が鬼と群れるのか。お前らは常に一匹狼だと思っていたが』

 

 拳を握る。相手が振り下ろしてきた刀を避け、左頬を殴ろうとする。しかし相手も予想していたのか、刀から手を離しその拳を受け止めた。皮膚と皮膚がぶつかり合う音が響いた。

 そのまま離れようとするが、握られた拳を離されることはなかった。人間のクセに馬鹿力めと心の中で舌打ちを零し、相手が首目掛けて振り上げて来た刀を開いている方の手で阻止する。腕が交差した形になり、力が入り難いがそれは相手も同じ事。ギリギリ、相手を離すまいと両者共に力を込めた。

 

『普段は自分の食糧を取られるのが嫌だからと狩場や縄張りは互いに侵入しないのが暗黙の了解だけど、情報共有ぐらいはするさ。たまに鬼を食べる悪食な奴もいるからね』

『それは良いな、そのまま潰し合ってくれれば良いものを』

『あはは! 鬼同士じゃ互いに殺せないから無意味だね!』

 

 まぁ出会えば嫌悪感から襲いかかってしまうかもしれないが。

 理解はしている。これは植え付けられた感情だと。鬼になる前の記憶などとうに失くしてしまっているが、それでも他人を嫌悪する事などなかったはずだ。己の血鬼術の特性上、嫌って離れてしまうよりも興味を持ち近づくはずだから。

 さりとて理性がないわけではない。この鬼殺隊へ向けるような嫌悪を制御するように、内側に押し込めて接触するよう心がけている。そうしないと強くなれないというのもあるが、興味が全くないこともないからだ。

 鬼の血鬼術はそれぞれの心の内を表している場合が多い。例えばあやとりを好んでいた人間は蜘蛛の糸を操る鬼へと変貌し、例えば鼓を好んで叩いていた人間はそれを基盤とした血鬼術を発現させた。

 己もきっとそうだろう、そうでなければこんな変な血鬼術は発現しまい。

 

『僕は無意味な事をしない主義なんだ。だからさ、離しておくれよ』

『断る。離せば、隙を作ってしまうからな』

 

 頑固。

 まるで使用している呼吸のように赤い瞳を逸らすことなく、睨んで来ている相手にため息を吐きたくなった。

 相手が柱かどうか疑ってはいたが、この瞳を見ていればそんな疑いは晴れてくる。鬼殺隊の幹部である柱や、その下の甲の称号を得ている鬼殺隊士は普通の人間とは凌駕した精神性を持っている。のらりくらりとして来た己とは大違いであり、気が狂ってるとしか言えないような、そんな心。これではどちらが鬼なのかわからない。

 ただ、肉を食べようが食べまいが、異能の力を操る己らは確かに鬼と呼称されても仕方がない。

 

『ッ!?』

 

 息を吐き終わった瞬間に気配が増える。真夜中である故に、人の気配が一つもないこの場所でたった二つの気配しかなかったというのに、それは突然現れた。

 殺気を感じた鬼殺隊士は迎え撃とうと鬼に掴まれていた腕と、掴んでいた手を離そうとするが、片方だけ解放された飲みで肝心の得物を持っている右手は相手の左手に掴まれたままだ。

 殺られる! そう確信した刹那に、突然右腕が軽くなり、そのまま背後に迫っていた鬼を斬り捨てる。一寸の狂いなく頸へ一撃を乗せ撃退した男は、今し方殺した鬼を見て驚いた。その鬼の顔が先程まで対峙していた鬼とそっくりだったからだ。

 思わず振り返る。しかしそこには何も居ない。まるで狐に抓まれた気分になり、眉間に皺を寄せた。

 

『姿を現せ。居ないわけではないだろう』

 

 気配が消えたわけではない。ただ分裂し、一つが消えただけだ。原理はわからない、だが鬼という生き物は血鬼術と呼ばれる妖術を扱う。血を媒体に非現実的な事を起こすそれは、その鬼が力を付けているという事、そして血鬼術を発現するに至るまで人間を食べているという証拠に他ならない。

 鬼という時点で生かしておくべきではないが、人を大量に食べたのなら最早慈悲など無い。刀の柄を握り込み、どこからでも来て良いように迎撃用の型を取る。深く息を吐き、神経を尖らした。

 どこからかクスクスと笑う声が響く。

 

 ———そのまま逃げてくれれば良いものを、どうしてまだ(とど)まっているのかな。

 

 何を巫山戯たことを。己は鬼殺隊士である。鎹烏から任務を請負い、鬼を滅することを目的とし、ただそれだけの為に剣を振い続ける人間だ。安寧の夜を取り戻す為、肉親を奪われた憎悪を消化する為に鬼を討つ己に、逃げろと言うのか。

 笑止千万。

 

『生憎、俺は諦めの悪い男でな。お前を倒すまで帰る気はない』

 

 ———……そう、残念だよ。君はどうしてか、今までの鬼殺隊士と違う気がするからさぁ。

 

 逃すなんて選択肢が増えるぐらいには、鬼殺隊の男のことを気に入っ存在ていた。知らない、初めて会った相手だ。何故こんな感情を抱いたのかはわからないが、悪い気はあまりしない。殺し、殺されの関係。手を取り合う事は絶対にない、対極の。相容れないはずなのに、懐かしい気持ちが心の中に湧き上がる。

 

『……そうか』

 

 奇遇だな、俺もだ。

 

 鬼殺隊士の心の内は相手に届く事なく、鬼は容赦無く爪を無慈悲に振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「弱い、弱いね。ほんとに炎柱?」

 

 くすくす笑う。

 あぁくだらない事を思い出した。似紿がまだ下弦の鬼でも上弦の鬼でもない頃、ただの血鬼術を発現させたばかりの異能の鬼として街の中を彷徨っていた時に出会った柱の事を。

 いや柱と名乗っていただけで、ただの鬼殺隊士だったのかもしれない。それにしてはやけに達観していたが、それはそれ。

 サーヴァントの鬼を庇う様に刀を構えて此方を見据える炎柱を見る。煉獄杏寿郎、炎の呼吸に相応しい名を持つ彼は似紿を迎え撃つ為に最適の型を取る。

 似紿はそれを知っている。大振りな型が多い中で単純な斬撃、素早く放てる事から迎撃に向いているもの。

 

「弐ノ型」

 

 ピクリと煉獄の肩が揺れた。

 

「昇り炎天、だったかな。速いよね、それ。ぼくも喰らったことがある」

 

 成る程、他の炎の呼吸の使い手に出会ったことがあるらしい。懐かしむ様に細められた瞳をジッと見つめた。一体何を思い浮かべているのだろう、気になるところではあるが己の手の内を知られているというのは非常に拙い状況だ。

 上弦の参。下弦の壱を討つ任務にて対峙し、三騎のサーヴァントが倒した猗窩座という鬼の後釜。上弦という時点で油断は全くしていないが、急拵えの鬼という事を知っていたので何処か侮っていた。見た目が子供なのもあるが、彼がいたという状況の方が影響が大きい。

 同じ人の姿形をしていながら、圧倒的な力を持つ異常の存在。己の部下が成長した様な姿を持つ彼は、殆どの柱が敵わないという上弦の鬼を圧倒させていた。その戦闘を幼い隊士達の側で見ていた時から、彼と共に戦いたいとは思っていたが……不甲斐なし、穴があったら入りたい。

 

「(何が共に戦いたいだ。竈門少年は吹き飛ばされ、俺は油断し受け身すら取れずに竈門少女を巻き込んだ。しっかりしろ、煉獄杏寿郎。これでは柱失格だ)」

 

 共に戦うどころか迷惑をかけている。彼の存在が自身の心に余裕を作った。戦闘中にも関わらず、張り詰めていた糸を緩めてしまっていたのだ。大きな力が側にあれば、それに任せてしまいそうになるのが人間の堕落というもので、いつのまにか煉獄もそんな状態に陥っていた。

 ふぅ、息を吐く。集中。常に己に言い聞かせている言葉を、心の中で音にする。

 

「……雰囲気、変わったね? うん、今のきみなら炎柱って言われたら納得しちゃうくらい」

 

 それはきっと先ほど思い出した柱とは全く違うもの。あの鬼殺隊士はまだまだ弱かった己を殺しきれずに、まんまと逃した。任務という形式で鬼退治を行なっているはずなので、あの後失敗となったはずだ。立ち去る時に聞こえた鴉の声は怒鳴っている様に聞こえた。

 しかし雰囲気は違えど、その瞳の奥にある炎は何故か似ている。常に警戒を怠らない猛獣を見ている様で、下手に動けば噛み付かれそうだ。

 

「(あぁ、あの男はどうなったんだろうか)」

 

 見目が全く違う同じ柱へ迫る。あの男も炎の呼吸を使っていたので、きっと炎柱だったはずだ。相手の外見年齢からすれば、きっと煉獄の先代というものだったのだろう。似紿は別に鬼殺隊の事情に詳しくない、柱に会うのもこれで二回目だ。しかし同じ称号を持つ柱は存在しない事を知っている。

 引退したか、死んだか。そのどちらかだろうが、十中八九後者だろう。

 

「さぁさぁさぁ! 楽しませてよ! きみは、あの柱より強いのかな! 弱いのかな!」

 

 ま、ぼくの方が強いけどね!

 肩甲骨辺りに増やした腕から一振りずつ刀を生やした。再生した既存の腕で刀の柄を掴み、引き寄せる。その勢いで斬り裂くように煉獄へ向かって刀を振るう。

 対して煉獄は似紿が振るった二振りの刀に沿わせて日輪刀で受け止めた。金属が擦る音が鳴り、防がれたと理解した似紿はその場で回転。二振りの刀による横薙ぎを繰り出すが、そんなわかりやすい攻撃を防げない煉獄ではない。日輪刀を縦に構え、両手と腕で支えては下半身に力を入れることにより衝撃を吸収した。

 

「あの柱がどの柱かはわからないが、君が油断ならない相手だということは改めて理解した」

 

 受け止めていた刀を翻し、相手の刀身に沿って日輪刀を滑らす。力強く荒々しい炎の呼吸とは全く性質の違う剣捌きに、一瞬反応が遅れたが、刀を支える手を煉獄の刀が斬り刻む前に似紿はその場から後退した。

 

「油断してくれた方がこっちとしては助かるけどね、でもそれは面白くないから良いか」

 

 見様見真似。血鬼術では再現し得ない武の境地。剣術を極めてきた相手に通用するかはわからないが、それはやってみなくてはわからない。

 ホォオオ、特殊な呼吸法を思い出しては刀を構えた。

 

 

 ———月の呼吸 参ノ型

 

 

「ッ!? 月のッ!?」

 

 

 ———厭忌月(えんきづき)(かげ)

 

 

 

 

 

 




煉獄さんの年齢聞いて、ん????ってならない人っていないと思うんだけど、どうだろう。無限列車編の彼は、護るということに力を入れていたからこそ強かった。なら、自分より強い人がいたら?守られるべき立場に一度でもなってしまえば…………なんて思いましたが、結局煉獄さんは煉獄さんだったようです。

次は5月4日更新です。
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