俺を喚んだのは過去の俺 作:鬼柱
———月の呼吸 参ノ型
「ッ!? 月のッ!?」
———
似紿が血鬼術で作り出した刀を横薙ぎに振るう。長年、刀を握り続けた者に比べれば乱雑なそれだが、付随する血鬼術によって凶悪度が増している。刃に添い、白い月の形をした斬撃が煉獄に向かいながら周囲を斬り裂いている。鬼殺隊が使う呼吸に見られる幻影ではない、歴とした質量を持ってそれは存在していた。
月の呼吸という全く未知の呼吸に驚きながらも、煉獄は冷静さを失わずに柄を握りしめる。
———炎の呼吸 弐ノ型
「(昇り炎天!!!)」
先程、似紿に見破られた弐ノ型、昇り炎天。広範囲、高威力が多い炎の呼吸に珍しい下方から上に斬り上げる単純な斬撃だが、それ故に素早く放ち易い。主に迎撃用や、他の型を放った後の隙を埋める為に使う。
見破られたからとなんだ、それだけで対策できるはずもない。あれはただの言葉による揺さぶりなだけ。惑わされず、自分自身を貫けば良い話だ。
「うん」
後ろにいる禰豆子を守る為か、その場を動かずに白月を全て去なした煉獄に、似紿は嬉しそうに笑った。
「きみならそうしてくれると思ってた」
———月の呼吸 弐ノ型
「ッ、竈門少女!!!」
———
似紿が二振りの刀を交互に振り上げ、三連撃を繰り出した。煉獄と禰豆子を取り囲む様に白い月が襲い掛かる。避ける事はできない、全ての斬撃を迎撃しなければ、彼らは斬り刻まれ死に至るだろう。禰豆子に関してはそうではないかも知れないが、煉獄は受ければ即死だ。
———炎の呼吸 肆ノ型
禰豆子の名を呼ぶ。眼前を見据えたまま、刀を構えた煉獄は後ろは任せる!! と叫び、息を吸った。
———盛炎のうねり!!
力強い焔を幻視する。煉獄を中心として舞い上がる鮮やかな緋色が頬を照らす。見事な剣撃だ。一朝一夕では決して身につくことのない、洗練されたそれは前方にある白い月を燃やし尽くしていった。
しかし襲いかかる斬撃は前だけではない、四方八方、全てを囲まれている。煉獄だけなら対処不可能だっただろう、だが今ここにいるのは対血鬼術に特化した能力を持つ特殊な鬼、禰豆子。彼女の血鬼術は、この場において非常に有利だ。
———血鬼術 爆血!!
煉獄の後方で爆発が起きる。兄やその仲間達の障害となる鬼と、その鬼達が操る血鬼術にのみに有効な爆炎は襲い来る白い月を文字通り燃やしていく。炎の呼吸のように斬撃が炎に見えてるわけではなく、しっかりと実体を持った炎は害あるモノを塵に変えた。
まだ油断してはいけないが一先ず窮地は脱したというところだろう。禰豆子の血鬼術に笑顔を深めた煉獄は、よくやったと彼女を褒めた。相手はサーヴァント故に年齢など関係がないが、見目は歳下であり何より大切な仲間である。
立派に鬼殺の心を持つ禰豆子に嬉しく思いながら、暖かい炎が舞う中心で力強く踏み込んだ。
———壱ノ型 不知火
一気に飛び出す。禰豆子の血鬼術によって起きた爆発と炎が目眩しとして機能していたからこそ、大胆にも煉獄は似紿の懐へと潜り込んだ。
「(速ッ!?)」
振り上げた刀を勢いのまま振り下ろす。間合いを詰めてからの袈裟斬り、煉獄の得意な型であるが故その速さは驚異的だ。似紿が鬼でなければ反応できなかっただろう、それでも刀の軌道上に腕を添えるぐらいだが。
「ヴッぁ゛ッ」
血飛沫が舞う。肩甲骨から生えている両腕、そこから生み出した禍々しい二振りの刀、その両方を防御に回したのにも関わらず、煉獄は一太刀で全てを斬り捨てた。
刀の形をしているが己の肉を分けて作り出したものだ。どこまでいっても血肉でしかなく耐久度が低いとはいえ、並みの刀剣ならば防げる自信があった。なのに斬られてしまったのは相手の刀が陽の力を持っているからか、煉獄の技量が似紿の想定よりもあったか。
———弐ノ型 昇り炎天
何度も見た下方からの斬り上げ。流れるように繋がった技は似紿に反撃の余地も与えない。
———参ノ型 気炎万象
今度は上から下。少しでも受けてたまるかと後方に下がろうとしたが、煉獄の刀の方が速かった。胴体を半分ほど斬られてしまい、血を吐いた。既に傷だらけだった仕立ての良い服が更にボロボロになっていく。
「(一旦、体勢をッ)」
血鬼術で生み出した刀も斬られた。元の持ち主ほど素早く生み出せたりできないからこそ、体勢を立て直そうと己の血で滑りそうな床をしっかりと踏みしめながら後退した。
時間が欲しい、僅かでも良いから。肉を断ち、骨も断たれた今、いくら痛覚が鈍い鬼といえど痛みは走るし動きが鈍くなる。治癒に努めているが、それでも四分の一程度。
「(守りの血鬼術はッ!! 糸の!)」
下弦の伍、その部下の一人に指先から糸を生み出し相手を閉じ込める血鬼術を持った鬼がいたはずだ。本来はそれでじわじわと溶かして栄養のみをいただくものだが、この際自分を包みこめば簡易の結界にはなる。迷ってる暇はない、どうにか。
———血鬼術 溶解の繭
「なっ!」
まずは前。更に攻撃を仕掛けようとしている煉獄を足止めしてから、自分自身を全て包み込む。
幸い煉獄は怯んだ。驚いただけかも知れないが、その数秒の隙は好機だ。指先から多量に出る血から生成された糸を操りながら、似紿はほくそ笑んだ。
———宝具限定解放
だが、彼は。
———ヒノカミ神楽・改
忘れてはならない相手を忘れていた。
———円舞一閃!!
「は、ぇっ……?」
視界がブレる。
力が入らない。
傾く視界の中で目の前にいた炎柱が驚いた様な顔をした。
「(あ、れ……)」
どこかで見たような光景だ。
『あぁ、ほら。急に走るから転ぶんだぞ」
閉じた目を開ける。見えたのは好き渡るような青空に、黒髪の青年と茜色と緋色の髪を持った子供。
あれ、と首を傾げた。どうしてこんなところにいるのだろうか。それに陽の光が自分自身に当たっている、駄目だ日陰に行かなければぼくは。
「ッ!」
「大丈夫か! って足を挫いたんだな、ちょっと待ってろ」
逆光で顔が見えない青年は着ていた羽織を側にいた少年に預け、足を挫いた子供に背を向けて蹲み込んだ。思わず呆ける。何をしているんだろうこの人は、鬼に対して無防備に背を向けるなんて命知らずにも程がある。
「(……鬼? 鬼って何?)」
痛いのには違いないので青年の好意を無駄にせず、その背に体重をかける。暖かいその背中の上で自分自身の思考に疑問を浮かべた。
鬼。いや“鬼”という単語自体には己も理解はしている。異常の者、妖の一種。有名な者であれば、大江山の首魁である酒呑童子であろう。だが、それはそういう種族であって、人として生まれた己には全く無縁の存在だったはずだ。なのに、何故自分自身がその鬼であるだなんて思ったのだろうか。
あぁ、鬼と言えばそうだ。
「兄さん、試験はいつなの」
「ん? 試験? ……あぁ、最終選別の事か。六日後、だったかな」
最終選別。鬼を滅する組織、鬼殺隊へ入隊する為の試験。それに我が兄も参加すると言っていた。
鬼はいる、らしい。見たことはなかったが、己を背負っている兄やその隣を歩く少年は見たことがあるらしい。それが邪悪なものでありこの世にいてはいけないとも言っていた。
彼らは鬼殺隊の柱と云う者に教えを請いている。世話になっている柱の庭で毎日がむしゃらに剣を振るっているのを縁側で常に見ていた。大変そうだなとは思うが、参加したくはなかった。死にそうな顔をする彼らに少し親近感が湧くことはあれど、自ら身体を壊していく彼らを羨ましいとは思わない。
「ッ! ゲホッ! ゴホッ!!」
込み上げてくる吐き気を無理やり咳に変えて外に吐き出す。片手で口を押さえたが、いくらか兄にかかってしまった。ごめん、と小さく謝る。
「謝ることじゃないさ。今日は調子がいいからってはしゃぎ過ぎたな、家に帰ろうか?◾︎◾︎◾︎」
「(……? 何て言ったのだろう)」
文脈的には己の名前だとはわかるが、どうしても聞き取れなかった。いや音はわかる、だけど意味が理解できなかった。心の中で同じように反芻してみても、聞こえてくるのは奇妙な不協和音だけだ。
おかしいな、と首を傾げては兄の言う言葉に頷いた。
生まれた時から人に比べて身体が弱かった。いや全身というわけでもない、ただ人より肺の機能が劣っていただけだ。普通に生活する分には殆ど問題ないが、走ったり運動すればすぐ咳き込んでしまう。今日は天気が良いからと、少し調子が良いからと外に出てしまい、こんなザマだ。兄と少年に迷惑をかけてしまった。
結局、久方ぶりのお出掛けは無くなってしまい、布団へと逆戻り。嬉しいからとはしゃぎすぎてはダメだと気がついた。だけどまだ眠る気は起きず、縁側の方へと下して貰う。挫いた足をぷらぷらと揺らし無くなった外出に不満を募らせていれば、緋色の髪を持った少年が氷嚢を持ってやってきた。
名前は確か……あれ。
「(忘れたな)」
どうしてだろう、とても親しい仲だったはずなのに。
「脚、冷やす」
片言口調でその少年は氷嚢を布に包み、患部に当てる。じんわり来る冷たさが気持ち良かった。ありがとう、そう呟けば彼はどこか下手くそな笑顔を浮かべた、どういたしまして。
寡黙な少年だったのは覚えている。名前は忘れてしまったが、とても優しい少年だとも。柱の継子として選ばれた兄が急に用事が入ったと言って出て行ってしまった今、他人である己に世話を焼く道理などないはずなのに、こうしてわざわざ氷嚢を持ってきてくれた。
「鍛錬は良いの?」
「今日、終わった」
「そっか」
今日の分は終わったのだろう。鬼を殺す鍛錬というのは通常の剣道やらとは全く違うはずだ。まだ街で過ごしてた頃に見た剣道場の鍛錬と兄達の鍛錬とは全くの別物、厳しさで言えば此方の方が上だ。その大変さはわからないけれど。
そう言えば、彼には己と同じく兄が居たはずだ。一緒に鍛錬しているところを何度も見ている。思い出しても少年に良く似た人だった。ただ性格や笑い方は真反対ではあったが。
「君の兄はどうしたの」
「父さん、ついてる。僕、お留守番」
「そっか」
ならば、この屋敷には己と少年しかいないわけだ。元々豪族だったのか、鬼殺隊での地位が高いからか、この屋敷はとても広い。お手伝いさんがいるのではないかというぐらいだが、どうにもそういうのは雇わない主義らしい。ここに転がり込んでから一度も少年の家族以外見かけたことはなかった。
少年が持っていた氷嚢を受け取り、今度は自ら患部に当てる。段々と冷たさを感じなくなってきたが、温めるよりは冷やす方がいいはずだ。
少年が隣に座った。
「痛い?」
「痛い、かな。なんだろ、あんまり痛くないんだ」
冷たいはずの氷嚢が気持ち良い時点で多分患部は炎症を起こしているのだろうが、それでも痛みはどうしてかなかった。最初に動き出そうとしたときは確かに痛かったはずなのに、どうしてだろう。
「そっか」
少年の小さな呟きに、己は頷き返した。
過去編はもちっと続くんじゃ。
次は来月5日です。