俺を喚んだのは過去の俺   作:鬼柱

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第三十一節 似て非なる力。4/5

 

 

 

 子供と青年は元は孤児というものではなかった。今でこそ鬼殺隊の柱の家で世話になっているが、彼らにもちゃんとした家庭はあったのだ。

 厳格な父と聡明な母を親に持ち、彼らはその時代において、けして裕福ではなかったが貧しくもなかった暮らしをしていた。

 幸せだった。誰が何と言おうと彼らは幸せだったと断言できた。

 

 だが、そんな幸せも長続きはしなかった。

 

 とある日の事だ。珍しく青年が父と変わって出稼ぎに行った日、子供と母と父が家の中で大人しく留守番をしていたとき、一人の訪問客が訪れた。

 男性だった。異国から伝わった服を纏い、華麗に一礼した男は一目見ただけで裕福な者だとわかる。そんな男が何故、この家に訪ねて来たのだろうか? 父と母は疑問に思いながらも、その男を招き入れた。

 ……招き入れてしまったのだ。

 途端に行われる殺戮、惨殺、虐殺。はて、どの言葉が正しいのだろう。子供は刹那のうちにて、この世を去った両親を見ながら首を傾げた。この前読んだ本には何と書いてあったか。うーむ。

 

『眼前で親を殺されても泣きもしないか……ふむ、面白いな? 丁度実験がしたかったのだ、良い素体が見つかったと考えるべきか』

 

 返り血によって赤く染まった白いジャケットを翻し、此方を向いた男は興味深そうに目を細めた。何を言っているのかは子供に聞こえはしなかったが、良い事ではないのだろう。近づいてくる男に子供は嫌な予感がした。

 その腕が振り上げられ、勢い良く降ろされた瞬間、子供の意識は飛んだ。

 これが子供の両親についての最後の記憶。その次に覚えているのは自分を抱えて泣き噦る兄である青年の姿。悲しみと憎悪に染まった瞳からは綺麗な雫がぽろぽろと流れていた。

 

「…………」

 

 まだ月が輝く時間帯。身体の事があるからと一人静かな部屋を与えられていた子供は、肌寒さを感じて目を開けた。

 懐かしい夢を見た。両親が殺され、あの男と最初に出会った夢だ。眠るという行為は記憶の整理をする為だと誰が言っていた気がする。つまり毎晩のようにこれを見るのは、まだまだ心の内で整理できていないという事になるのだろうか。

 もう、何とも思っていないはずなのに。

 

「今晩は」

 

 渋い男の声がした。開かれた縁側へと続く襖へ視線を動かすと、庭にあの日の男が立っていた。

 子供は目を細める。

 

「今晩わ」

 

 明らかな不法侵入。いやまだそんな法はなかったか……どうだったか。

 どちらにしても、その時の子供にとってどうでも良い事だった。何せ、この男は一週間に一度の頻度でやってくる。惚れた女性の下に通い、愛を囁く平安貴族もかくやなぐらいだ。あちらは毎日行かなければならないかもだが。

 子供は男を歓迎した。男がした所業を忘れたわけではないが、この男に喜怒哀楽を浮かべてもどうにもならないことを知っているからだ。

 前に一度、問うたことがある。何故両親を殺したのか、と。そしたら男は何と答えたか、興味無さげな表情で首を傾げ。

 

『さぁな……強いて言うのならば、そこにいたからだ』

 

 と答えた。

 子供は思う、この男の気まぐれによって殺されたのだと。そして己もまた、この男の気まぐれによって生かされている。まるで歩く災害、人間には防ぎようのない理不尽な暴力。そんなものを前にして怒っても無駄なのだと、子供は結論に至った。

 

「身体の調子はどうだ?」

 

 男が縁側に座りながら、そう言った。時間帯や男の正体を考えなければ、言動は病気がちな甥の見舞いに来た男性にしか見えない。しかし実際は、子供の病気の経過ではなく変化を確認しているだけだ。男にとって病気は必ず治るものであり、治らなくてはいけないものである。すぐに“薬”を大量投入しても良いが、それでは意味がない。

 男の問いに子供は小さく笑みを浮かべて、最近は調子が良い事を伝えた。

 

「今日はいつもより体調が良かったので、出かけました。街から離れ、田圃道を歩いたのですが……こけてしまいまして」

 

 男は何も言わずに相槌だけを打つ。

 

「擦り傷などはしなかったんです。ただ、こけ方が悪かったのか足を捻ってしまい、家にとんぼ返りしてしまいました」

 

 だが、その態度に子供は何も思わないまま、楽しそうに今日起きた事を話していく。

 話し相手が両親の仇だと理解していても話す事をやめない子供に男は目を細める。いつ殺されるのかわからないというのに、子供は現実から目を逸らすように話し続ける。それは一種の防衛本能か、それとも……どちらにしても見込みはあるようだ。

 他の部下相手ならば五月蝿いと即刻殺しているような状況を男は楽しみながら、八割がた聞いていない話に耳を傾けた。

 

「それでですね、その子と縁側で話していればいつの間にか足の痛みはなくなったんです」

「(何……?)」

 

 不思議に思ったんですけど、彼と話すのが思いの外楽しかったからじゃないかなと。

 一区切りがついたのを確認してから、男は手を挙げて子供の話を遮る。次は何を話そうかと悩んでいた子供は、男の動作に気がつくと考えるのをやめた。

 彼が話しかけてくる時は何も考えず、誠実に答えなくてはいけないのは最初に会った時に理解していた。男の言葉を遮ると、それはもうこの世は地獄かと錯覚する程、地を這うほどの声音で人の話を聞けと注意してくるのだ。第三者が見れば、お前が言うな状態だが、生憎とその場に居たのは子供のみ。自身が話を聞いてもらっている立場が故に何も言えなかった。

 

「今、何と言った?」

 

 男は思わず自身の耳を疑った。自分自身が正しく、何も間違えないと信じているはずなのに聞き間違いを疑ってしまった。それほどの衝撃的だったのだ、男にとって子供の言葉は。

 

「痛みがなくなった? 半刻にも満たない時で、か?」

 

 戸惑いながらも、コクリと子供は頷いた。

 子供は起こした怪我は捻挫だ。骨には影響はないが、筋肉を捻り炎症を起こすもの。歩けない程となるとそれなりの痛みであるし、なかなか治らない。人間であれば、それこそ一ヶ月程の時が必要だ。なのに、この子供は一時間未満で痛みが引いたと言った。異常に治りが早い、鬼殺隊の使う呼吸を扱えない人間には到底ありえない現象だ。

 は、と男の口から音が溢れる。思わず口角が上がる。内側から溢れてくるのは歓喜、彼の悲願が目の前にいるかもしれないという興奮。

 

「(此奴の声はまだ聞こえない。つまり俺と繋がっていないということになるが……)」

 

 それに痛みが引く時間が人間にしては早いが、鬼にしては長い。まだまだ人間の範疇だ。この状態で腕を飛ばしても、結果生えてくるということはないだろう。出血多量で死ぬに違いない。

 食べてしまうのはまだ早い。だが順調なのは確かだ。心が急かされる。

 

「さて。話は聞いた、俺はもうお暇しよう」

 

 男は立ち上がる。仕立ての良い服に手を這わせて埃を払った彼は子供の方を向き、手招きをした。

 いつものだ。そう理解した子供は暖かい布団を捲り上げ、同じように立ち上がる。外と内では高低差があるからか、男に近づけば身長はそう変わらないように感じた。とはいえ、見上げる必要はあるのだが。

 側まで来た子供の首に手招きしていた方の指を添わせる。人差し指を折り曲げ、突き立てたところで元々尖っていた爪を更に鋭くさせた。皮膚を突き破り、血管へ届く。脳へ血を流す動脈の壁を越えた爪の先から、己の血を流していった。

 

「ゔっ、ぁ……ッ」

「辛抱せよ。もう少しでお前は完璧たる人間になるのだからな」

 

 男の言っていることは子供には理解できない。だがこの男の言う通りにすれば、人より弱いはずの心臓が治るのだ。殺人鬼の話を信用しているのも可笑しな話だが、従順でなければ殺されるのだから仕方ない。

 利用し、利用されの関係。果たしてどちらがどちらなのかというのは知識のない子供でさえわかること。子供は間違いなく利用されている側である。

 

「(でも、それでも……ッ)」

 

 まだ生きたいから、この理不尽を受け入れる。

 己の内から何かが変わっていく恐怖を無理矢理押し込むように、彼は脈動を続ける心臓を服の上から力強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(そうだ。そうだった……)」

 

 道理で既視感があると思った。

 感覚がなくなっていく中で似紿は人間であった時のことを思い出した。まだ子供だった彼は鬼舞辻無惨に両親を殺され、彼とたまたま出かけていた兄だけ生き残った。そして何故か無惨に気に入られて、人間でありながら鬼の能力を得られるかという実験をされていたのだ。結局失敗したけれど。

 どうして今まで忘れていたのだろう。目の前にいる煉獄杏寿郎という男は、昔お世話になっていた炎柱とその息子達にそっくりだ。瓜二つと言っていいけど、名前は聞いたことがなかったから多分孫か何かと思われる。似過ぎじゃないか、と心の中で苦笑した。

 焔の化身は何やら耳飾りの男と話している。あれは己を斬った男でサーヴァントという奴だ。見た目はただの鬼殺隊員だが、その膂力は人間の比ではない。炎柱に熱中しすぎて存在を忘れていた。注意散漫、己の怠慢が引き起こした敗北。負けても仕方がない。鬼になり敗北を知らないからこそ、慢心していたようだ。

 手を伸ばす。頸と泣き別れになった胴体は離れていても言うことは聞くらしい。懐かしき緋色に向かって、筋肉を動かす。力が上手く入らないけれど、まだ消えるわけにはいかない。

 

「きょ、じゅ……ろ」

 

 杏寿郎、煉獄杏寿郎。焔の意思を受け継ぐ男よ。どうか気づいておくれ。どうか、愚かな鬼の懺悔を聞いておくれ。

 とても小さな声だったが、煉獄は気が付いたようだ。少し驚いた表情を浮かべた後、真剣な顔で似紿を見ていた。友好的な態度ではない。敵対していたのだから当たり前だが、それでも此方を向いてくれたことに彼は喜びを感じた。

 

「しん、じゅろ、にごめ、んて伝え、て?」

 

 謝って済む話じゃないことはわかっている。けれど自分勝手な話だけど、謝らないと気が済まない。あの日、あの場所で彼の弟を殺した事実は謝ったところで変わらないが、けど、それでも。

 予想外の言葉だったのか、目を見開いた煉獄に子供は笑った。

 

「(死にたくなかったはずなのになぁ……)」

 

 嗚呼。やっと、死ねる。

 

 伸ばした手から力が抜けた。

 

 

 

 

 

 




何かと鬼に執着されがちな煉獄家。因みに私は番外編の元下弦の弐さんが好きです。血鬼術がな……浪漫なんや……。
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