俺を喚んだのは過去の俺 作:鬼柱
叩かれた両頬を撫でる。怒ってたなぁ善逸。割と本気であそこまで彼が怒るなんて早々ないから、帰ってきたらもう一回謝らないと。それでサーヴァントやマスターの事について全部話さないと。
彼には殆ど概要みたいなことしか話してない。サーヴァントがどういった存在なのか、マスターの役目とはなんて難しい事話しても理解してくれないと思っていたからだ。今まで生活に関わる事ぐらいしか話してないから、魔力だって霊体化や実体化する時ぐらいしか使ってなかったし。何もしなくても側にいればある程度供給されるから、話す必要なかった。でもこれからは必要になるのか。
ふと、耳に懐かしい音が響いた。視線をそちらに向けると、二人とも寝ているように見える。けれど聞こえてくる音が、感じる気配が彼らが起きているのだと示していた。
「すみません、起こしてしまいましたね」
そう告げると、わかりやすいぐらいに布団が跳ねた。両方同時なのだから、少し笑ってしまう。
炭治郎はともかく伊之助まで寝たふりというのは面白い。彼らは嘘が苦手だし、つこうとも思わないだろう。伊之助なんてうるせぇぞ!と起き上がってきても良かったはずなのに、寝たふりをしていてくれたのか。
俺が気づいているとわかった二人は、おずおずと起き上がった。
「す、すみません。聞くつもりはなかったんです……」
申し訳なさそうに眉を下げて此方を見る炭治郎にいえいえ、と返す。敬語な炭治郎なんて新鮮だけれど、厳密にはここの彼は俺の知っている彼ではない。だから俺も敬語を崩さないようにしないと。
「あんな大声で話していたら起きてしまいますって」
だから貴方達が悪いわけではない、と言うと彼はそうですかと息を吐きた。責められると思ったのだろうか、隣に寝ている人がいるのに騒ぐ自分達の方が悪いのに。
俺も小さく息を吐いてから起き上がり、布団を片付ける。そうしないとひささんが来て、片付けようとするだろうから。
「私がやっておきますので」
「ヒェッ!?」
そう思ったら彼女が隣にいて驚いて跳ねてしまった。思わず距離を取るけれど、彼女はそんなのを気にしないで柔らかく笑ったまま布団をてきぱきと片付けていった。
いやほんと、サーヴァント相手にここまで近づくとかただの人間ではないでしょ!ひささん!!
さっさと俺の分を片付けた後は炭治郎と伊之助の分の布団も片付け、ただ今朝食を用意しておりますので暫くの間お待ちくださいと頭を下げてから去っていった。足音をさせないで、スッと消えた。
「こわ…………」
驚きすぎて跳ねまくってる心臓を身体の上から押さえつけながら、そう呟くとくすくすと笑う声が聞こえた。後ろからだろう。この声は炭治郎だ。
振り返ると彼は笑いを堪えてるかの様にそっぽを向きながら口許を押さえているし、その奥にいる伊之助はほわほわと天井を見上げながらボーッとしている。あの彼女の行動にどこにほわほわ要素があったのかはわからないが、まぁ伊之助は無視しよう。今は笑いを堪えられてない炭治郎だ。
「……何が、可笑しいんです」
「ハッ!あっ、いや!可笑しいんじゃなくて!あの!驚いてるところとか善逸そっくりだなぁと思いまして!!決して馬鹿にしているとかそういうのでは!!」
いやわかってる。炭治郎が見知らぬ人を馬鹿にするほど性根は曲がってない。むしろ真っ直ぐすぎるほどだ。
そんな炭治郎が善逸と似ていると言った。きっと事実なのだろう。驚き方が善逸と一緒っていう感じか……?
そりゃ俺は彼を演じてたのだし、一生涯彼として過ごして来たんだ。染み付いていても不思議はないのだけど……そんなに?
………………そんなに?
ぶわわと顔が赤くなる。思わず口を閉じて上から手で覆う。善逸と別人として過ごしているからかあんまり自覚はなかったのだけれど、こんな短時間だけで似ていると思った炭治郎を睨みつけたくなる。お面越しだから睨みつけても意味はなのだけど。
あ、照れの匂いなんて呟く彼を殴りつけたくなったけど。
「…………朝食まで出かけて来ます」
ぽつりとそう呟いて、ふらふらと俺は廊下に出た。こんな顔誰にも見せたくなくて、俺は早々に霊体化する。そしてそのまま屋根に登る。そっと腰を下ろして、山の隙間から見える太陽を目を細めて見つめた。
〝そんなにか……〟
何か居た堪れない。
照れの匂いをさせた誰かがよろよろと廊下へ出て行くのを見届けてから、炭治郎は首を傾げる。結局誰だったのだろうか、善逸と随分親しげだったけれど。
「そういえば」
善逸と初めて出会った時にセイバーがどうのとか言っていた気がする。あの時は肋が骨折していて痛みに耐えるために話半分にして聞いていたのだが、まさかここで出会うとは思っていなかった。
不思議な人だ。善逸と同じような匂いがする。優しくて、強い、それでいてどこか自分を卑下するような匂い。全てが同じと言うわけではなくちょっと違うのだが、あそこまで似ているのも珍しい。兄弟だとしても違ったりするのに。
そこまで考えてはた、と炭治郎は思い至る。いつも喧しい伊之助が何にも話していないと言うことだ。この数日だけではあるが、伊之助は色々と世間知らずだと言うことがわかる。常識も礼節もない。言葉だけを覚えた獣のような性格。いやこれ本人に失礼だけど!そんな伊之助が空気を読むなんて事できるはずもなく、ずっと黙ったままの彼を不審に思って炭治郎は彼がいるであろう方向を振り返った。
「伊之助?どうしたんだ、やけに静かだが」
「あいつ……」
「ん?」
ポツリと何かを呟く伊之助に炭治郎は首を傾げた。善逸のように耳が良い訳ではないのだからもう少し大きい声で言って欲しい。いつものハツラツさはどこ行ったのだろう。
けれどそんな事を言う雰囲気でもないのも確か。猪頭の中で伊之助が大きく唾を飲んだ音が聞こえた。
「あいつやべぇぞ、紋次郎」
「俺は炭治郎だ!……あいつと言うとさっきの人か?」
「あぁ。つえー奴の気配だ。あんなの感じた事がねぇ……研ぎ澄まされた刀みてぇな…………いや、そんなちゃちなもんじゃねぇ!」
「伊之助?」
段々と漂ってくる感情の匂いが変わっていく伊之助を怪訝そうに呼ぶ炭治郎。しかし彼の呼びかけが聞こえていないのか、思いっきり立ち上がった伊之助は寝間着からいつもの独特な隊服姿へと様変わりする。そして刀を持ったかと思うと、ガハハー!と笑い声をあげた。
「戦いてぇ!戦いてぇ!こんな機会滅多にねぇに違いない!はははははは!!オラァ!!どこ行った!!!!金髪野郎!!!!!!」
「伊之助!?」
途端に屏風を蹴破って出て行く伊之助に悲鳴をあげる炭治郎。人の物を無闇矢鱈に壊してはダメだと何回も言ったはずなのだが聞いていなかったらしい。思わず手を伸ばして制止しようとも手遅れ、ドタドタドタ!と地響きのような足音が遠ざかって行くのに溜息を吐いた。
仕方がない。先にこの屏風を元の位置に戻しておこう。幸い、折れてはいないだろうから弁償しなくても済みそうだ。
そんなことを考えながら立て掛けて、はたと気づく。風が吹いてぺらりと紙がめくれるような音がした。嫌な予感がして音がした方向を見ると、ほぼ中心の位置にある場所に腕が簡単に入るぐらいの風穴が開いている。
---猪突猛進!猪突猛進!
---伊之助!?何で俺に向かって猪突猛進を!?って危ねぇ!?
盛大に破れてしまった屏風越しに庭を眺めながら、炭治郎は頭の中で弁償の二文字をぐるぐるさせていた。
---猪突ゥ!猛進!!
---ギャァーーーーッ!!!!(汚い高音)
友人達を叱る気さえも起きない。
とばっちりを受ける善逸。