俺を喚んだのは過去の俺 作:鬼柱
『君は魔術師にならなくて良い、君に求められてるのはマスターの役割だ。それを忘れちゃいけないよ…………大変なものを押し付けてるのはわかってるけれどね』
いつしか優しい笑顔を浮かべていたあの人が言った言葉を思い出す。瞼を閉じればいつでもあの日を思い出せれる。大事な後輩を失くし、失意の中で大きな背中が視界を覆うのを。あの人がいたからこそ、俺たちは歩み続けていれる。だからこそ、彼の言葉はずっと大事に心の中にしまい込んでいる。
『君には魔術の素養はないねぇ。でも安心したまえ、万能の天才が支えるんだぜ?これ以上のサポートはないだろう!だから、魔術が使えないなんて気にする必要はない。君は今や人類最後のマスター。マスターでさえいてくれれば充分だ。前を向いて、ただ先を進むんだよ』
いつも微笑みを浮かべるモナ・リザがコーヒーを傾けながらそう言っていた。
瞼を落とせば、いつでも瞼の裏に血が飛ぶ。胸を貫かれても微笑みを崩さない彼の最後の姿が思い浮かぶ。
『ふん。いつも気を張って疲れないのか貴様。どうせ今も夢見が悪くて起きたのだろう?私のとっておきを振舞ってやる、座りなさい。夜ぐらい気を抜きなさい。私なんていつでも抜いているぞ?身体の節々にまで力を入れていてはいざという時動けん。ドライビングのコツもそうだ。力んでいてはコースを脱線してしまう。ほら、とっておきの紅茶も出してやろう。だからね、夜中に食堂に来ていることは黙っててくれないかね?特に赤いアーチャーとかに!』
二代目であるお茶目な所長は、そのふくよかな身体を椅子に預けながらそう言った。その後くすくすと笑ってしまって怒られた気もしたけれど、その何気ない言葉は俺を救ってくれた。
『良いでしょう、貴方をマシュのマスターと認めます。但し彼女を悲しませないこと、わかってるんでしょうね?貴方は、マシュの支えであり護られる存在。しかしまだ彼女は未熟です、貴方が導き、手助けしなさい。彼女が立派なサーヴァントとなるように…………それがマスターとなった貴方の役目です。忘れるんじゃないわよ』
たった数時間しか関わらなかった白髪の彼女の言葉も頭に思い浮かんだ。そっぽを向きながら自分を認めてくれた時は嬉しかった。この人と今後ちゃんと付き合っていけるのかわからなかったから。でも大丈夫そうだな、なんで安心して笑った。
けど、その思いもすぐに叶わなくなった。
『先輩、無理をしてはダメですよ?先輩は凄く立派な方だとは知っています。しかしゆっくりと休んでください。貴方の資本は身体にある。メディカルチェックも欠かさず受けてください。どこか体調不良でも起こせば致命的です。それに元気のない先輩の姿を見れば皆さん心配します…………勿論私も!』
ついこの間に起こしに来た後輩に夜更かしのことをバレて怒られた事を思い出した。あぁマシュ元気かな?俺がここにいられるのはマシュやカルデアのみんなが存在証明をし続けてくれているからだ。マシュは心配性だから、俺が見つかるまで無理してなきゃ良いけど。
パチリと瞼を開ける。仄暗い洞窟の中に光が差し込んでいた。ピチピチと小鳥達が朝の合唱をしている。どうやら朝のようだ。日の高さからして日の出から相当立っている。どうやら熟睡していたようだ。ここにレイシフトして来てから早々に鬼に襲われて追いかけられたから心が疲れていたんだろうな。
ぐっと起き上がって伸びをする。ふわりと欠伸を浮かべて頬を叩けば、目が覚めた。
「む?」
「あぁごめん、起こしちゃった?」
俺が頬を叩いた音に気づいたのか隣で寝ていた禰豆子ちゃんが目を擦りながら此方を見てくる。その様子に謝れば、彼女は別にいいよと首を振ってくれた。優しい。
彼女は炭治郎をマイルームに呼ぶと必ずと言って良いほど俺の隣で寝る。何故かはわからないけれど、炭治郎曰く安心するからとかなんとか。生前、鬼となった彼女が苦手としていた藤の名を持つ俺に対して安心するなんて変な話だとは思うけれど、でも心の依り代になってくれているなら嬉しいことはない。すやすやと眠る彼女の頭を撫でるのも好きだったし。
「あれ、そういえば炭治郎は?」
キョロリと周りを見渡すが、少し浅い洞窟だ。当然炭治郎の姿もなく、完全に起きた禰豆子ちゃんに尋ねるも首を振られる始末。わかんないの?同一サーヴァントなのに?
「む!」
と思っていたら外を指差した。あっ何処にいるのかははっきりとはわからないけど、外には行ったと言いたいのか。
そろりと視線をその指先を辿って滑らすと、洞窟の入り口で薪木を持って佇む美少年が。いやぁいつみても顔が良い。我がカルデアには顔が良いやつしかいないけれど、彼も負けじととても整っている。生前はさぞやモテたに違いない。俺も平均の上ぐらいはある、とは思っていたけれどサーヴァントのみんなを見てたら自信無くす。目が肥えたとも言っていい。
「起きたのか、立香」
スッと赤みがかった瞳が細められる。ウッ眩しい。微笑み方がイケメン。彼のバックから差し込む朝日の所為で三割増しぐらいになってる。推しがかっこいいな!ちくせう!
「ついさっきね。炭治郎は何してたの?」
「見ての通り薪木を集めてた。あとは食べれるものを少々」
洞窟の入り口で薪木を丁寧に円状に配置しパチンと指を鳴らす。途端に薪木が燃え上がり、焚き火が出来上がった。炭治郎が炎を生み出せる英霊で良かった。火というものはサバイバルにおいて結構重要だ。流石に木と木の棒を擦り合わせて火を起こせる自信がない。いや、やれと言われたらやるけど。
パチリパチリと火花が散るそれに近寄ると、既に準備していたらしい魚を木の棒に突き刺し、此方に渡して来た。鮎、だろうか?あまり詳しくはないけれど、田舎育ちだと言っていた炭治郎が大丈夫だと判断して渡して来たのだからきっと大丈夫だろう。
ゆらゆらと揺らめく炎の上にかざすように地面に突き刺す。上手く突き刺さらずに倒れそうになったけれど、何回かチャレンジすればしっかりと刺さった。
「立香」
「ん?」
ちょんちょんと余った木の棒で焚き火を突いていると炭治郎に呼ばれた。彼を見ると焚き火を眺めながら隣に座る禰豆子ちゃんの頭を撫でている。いつでも仲良しな兄妹に頬が緩みながらも、彼が次に口を開くのを待った。
「これを食べ終わったあと移動するわけだが」
「うん」
「当てはあるのか?」
「全然」
「ぜっ!?」
あ、驚いてる。珍しいこともあるものだ。彼は見た目の幼さに反して大人だから。英霊というのは全盛期の姿で召喚されるが、殆どが一生の記憶を持っている。ただそれは記憶としてはあるが実感は薄いのが殆ど。ほぼその見た目に引き摺られるのが普通だ。けれど彼はそんな事はなく、冷静な大人として振舞っていた。きっと再臨すれば大人になるからだとは思うけれど、俺はこの姿の方が好きなのでこのままにしているようお願いしている。
「ただ霊地を探そうとは思ってる。このままじゃカルデアとも通信できないし、応援も呼べない。けど……俺じゃぁ何処に霊地があるのかわからないんだよな」
「立香、その霊地ってのは?」
「霊脈が集まってる場所」
「霊脈が……」
ぽつりと炭治郎が呟く。魚から溢れ出た油が炎に包まれて燃えた。地面から魚を取り、反対に向けてまた突き刺す。
「つまり魔力がその地にとてもある、という事で良いのだろうか」
「そうだね」
「マスター、霊地がある場所には何らかの異常があったりするか?」
「うーん、どうだろう。あんまり霊地には行ったことないしな……いつも霊脈だし。でもそうだなぁ、力の元の魔力がふんだんにあるんだからあってもおかしくはないと思う」
サーヴァントを召喚できる程の魔力を引き出せるんだからそれなりの異常があってもおかしくはない。そこまで詳しくはないけれど、ゲームとかに出てくる霊脈地って大体そういうものだし。
俺の答えに炭治郎はうーんと唸った後、うんと一回頷いた。何か心当たりがあるようだ。
「それなら心当たりがある。藤襲山だ」
「ふじ、かさねやま……?」
何だその物騒な名前の山。藤が襲ってくる山?蔦とか伸ばして来て襲ってくるのかな。よくある植物モンスターにある攻撃方法だよな、これ。いけ!つるのムチだ!
「あぁ。一年中藤が狂い咲く山だ。藤は春にしか咲かないけど、そこにある藤はずっと咲いてる。子孫を作ることもなく、枯れる事もなくずっとだ」
それはおかしいな。だって学校にあった藤棚だって冬じゃ寂しい雰囲気を出していた。つまりは木だけが残ってた。なのに一年中?夏や秋、冬に咲く藤はどれだけ不思議で不気味なのだろうか。
そんな藤がその山にはある。つまりそこは。
「間違いなく霊地だな、それ!」
ん?でも待てよ。何で炭治郎はそんな山がここにあるって知ってるの?そもそもの話、今回の特異点は日本にあるってのがわかってただけで時代背景とかはあまりわかってなかった。恐らくは明治あたりなんて言われてたから、時代の近い炭治郎達とある程度目立たないメンバーを選出したんだけど…………あれ、まさか。
「なぁ、もしかしてここってさ……」
「あ、立香には話してなかったか?ここは俺が生きた時代だよ。一応麓の街に偵察に行ったんだけど、見覚えある場所だったし、生前の知り合いに声かけられたから話して情報収集もしてきた」
「何してんの!?!?!?」
いきなり爆弾落とさないで!?生前の知り合いと話した!?何そんなリスキーな行動起こしてんの!?近くに生前の炭治郎がいたらどうしたんだよ!!!
なんて捲し立てたら、それは考えてなかった!とハッ!とした表情を浮かべるものだから、この石頭めぇー!と罵っておいた。いやこれ事実なんだけどさ。炭治郎の石頭はあのスカサハにまで効くぐらいだ。彼女が頭突き一つでよろめいたところを見た時はガチで血の気が引いた。隣にいたクー・フーリンのアニキも顔を青ざめて炭治郎を見てたなぁ。
「でもやっちゃったものは仕方ないしね……とりあえず地の利があっただけでも喜ぼうか」
「すまない、立香」
「良いよ、炭治郎は良かれと思ってやったんだろ?だったらこれ以上責める気は無いよ」
「……ありがとう」
「むー」
隣に座っていた禰豆子ちゃんが炭治郎に元気を出してとばかりに頭を撫でている。あからさまにしょぼんと落ち込んだ炭治郎に苦笑いをしながら、もう充分に焼けた魚を前に手を合わせて挨拶を言ってから、手に取り被りついた。じゅわりと魚から溢れ出る油と旨味が口内を侵食する。美味い、塩がないのが惜しい。ごくりと熱が喉を通った。
「それに、炭治郎がした事は遅かれ早かれやっていた事だし」
「そうなのか?」
うんと一つ頷いてから、もう一口を頂く。炭治郎も焼いていた魚を前に食前の挨拶をしてから、焚き火から離した。カプリと被り付き、隣にいる禰豆子ちゃんにも分けてあげていた。
「ここがいつなのかは人に聞かないと始まらないし、俺たちがレイシフトできた時点でこの場所には何かしらの異常がある。情報収集としないで人と会わず山暮らしなんて何も進まない。だから結局人里に下りる必要がある」
その下りる役目が生前この世に生きていた炭治郎では何かしらのリスクがあるだけで。炭治郎の記憶を持つ人が二人なんていたら現地の人は混乱するだろう。それに……ここはいずれ修復される場所。なかったことにされる場所。あまり入れ込んでも意味はないだろう。そうしないと心が苦しくなる。特に優しい炭治郎とかは。
でも、その原因を究明するのにもし生前の炭治郎が必要というのならば話は別だ。
「ま、今日は藤襲山に向かおう。カルデアとの通信と戦力の増強をしてからでも、偵察とかは遅くないよ。寧ろそうしないと、炭治郎が全部こなす事になる。偵察とか潜入とか苦手でしょ?」
嘘吐けないし、と言ったらうぐ、と言葉に詰まる炭治郎。それにくすくすと笑って、魚を頬張った。
彼は残念ながら嘘を吐けない。俺の周りにはさらりと笑顔で嘘を吐く人たちばかりだったから、嘘を吐くという行為をすると変顔してしまう真っ直ぐすぎる彼を最初に見たときはすっごく笑ってしまった。一生を全うした大人で人生の先輩で、英霊な彼がここまで性根が真っ直ぐなんてあり得るのだろうか。最早奇跡だろう!なんて。その上嘘を見抜いてしまう程の嗅覚なんて持ち合わせてるから、軽い冗談で騙そうとしていたモリアーティが苦い顔をしてたのを思い出す。その後で真実だけで騙そうともしたけど失敗、裏から手を回しても匂いがすると騙されてくれないものだから、ホームズと一緒になってめっちゃ笑った。
いや今はそれどうでも良いんだ。とにかく真っ直ぐすぎる彼は偵察や潜入には向かないわけでして。
「呼ぶのはそうだなぁ、アサシンクラスで忍び系……小太郎が良いか。ハサン達でも良いけど、日本人の方がやりやすいだろうし。あとは回復、と……感知系……うーん、また後で考えよう」
マスターの心得、その一。サーヴァントは上手に使うべし。
彼らには得意不得意がある。性格もある。それを全て考えて、戦況を読み、誰が適切かを導き出す。これが魔術師ではなくマスターを求められた俺に最初に言われた事だ。
まぁ結構難しいんだけども。
魚を全て頬張り、吞み下す。水が欲しかったけれどそうも言ってられないだろう。魚を突き刺していた木の枝を焚き火にくべて立ち上がる。
「さて行こうか!藤襲山に!」
最初の第一歩を踏み出す為に、俺はうーんと背伸びをした。
結局一つしか言ってないじゃん。