俺を喚んだのは過去の俺 作:鬼柱
---ドォオオン。
「ギャァァアアアアア!!!」
突然聞こえて来た音に悲鳴を上げてしゃがみ込む。耳を塞ぎ身体を縮め、何かから見つからないようにと蹲った。
那田蜘蛛山の前で嫌だ行きたくないと捏ねていたら、セイバーが突然人を食べたサーヴァントがいるとか何とかで俺の呼び止めも虚しく消えて、それでもまだ逝きたくないと咽び泣いてたら炭治郎と伊之助まで那田蜘蛛山へ吸い込まれていった。
置いていかれた俺はポツリと道の真ん中で蹲ってたけど、炭治郎が俺の禰豆子ちゃんを危ない場所へ連れて行った事に気づいて胸から湧き上がる怒りを原動力に俺も那田蜘蛛山へやってきたんだけど……ここどこだよ。
「闇雲に走りすぎたかな、すぎたよね。ここどこだよ!どこもかしこも蜘蛛の巣だらけだしさ!!音を拾おうとしても蜘蛛の音がありすぎてわからないし!さっきなんて雷が落ちた音が響くし!!いやわかってんだよ!?雷の呼吸の音だろなって!何回聞いてきたと思ってんの!でもさ!でも……!」
脳裏に蘇るのは那田蜘蛛山の前で起きた出来事。一人の鬼殺隊隊士が下りてきて、でもまた宙に浮いて那田蜘蛛山に吸い込まれそうになって、それでセイバーが助け出した。
その時に鼓膜に届いた雷鳴の音、そして独特な呼吸音。じぃちゃんが、檜岳が、そして俺が散々やってた呼吸、雷の呼吸を使う時の音だった。
何故、どうして。そんな事ばかりが頭の中で湧き上がっては消えていく。本当はわかってる、けど認めたくはなくて。俺が……俺なんかが。
『サーヴァントとは最高位の使い魔の事です。生きている頃に何かを成した者、歴史に名を残した者、時代を変えた者など様々な人物が死後、座と呼ばれる世界に刻まれる。そこから引っ張り出してきて使い魔にしたのがサーヴァントです。要するに
淡々と説明口調で述べていたそれを思い出す。きっと色々と複雑なものなのだろうけど、俺がわかるように噛み砕くように説明されたそれは俺の心を少し揺さぶった。
生きてる頃に何かを成した者、歴史に名を残した者、時代を変えた者。それらが英霊だとサーヴァントだと彼は言っていた。なら、サーヴァントである彼も何かを成したのだろうか?人の心に刻まれる何かを、人の世に何かを残したのだろうか。
彼は説明してるとき、一度も“過去”とは言わなかった。つまりは過去に何かを成した者ではなく、未来でもあり得るのだろうか。もしそんな事が可能ならば……。
俺とそっくりな顔立ち、俺とそっくりな声、俺が今鬼殺隊として着ている格好と全く同じ服装、那田蜘蛛山の前で見た俺が持っているのとそっくりな刀、そして雷の呼吸に…………多分俺と同じくらい良い耳。
これで気づかないほど俺は馬鹿じゃない。けど、理解はしていても納得なんてできない。
俺なら人を喰ったサーヴァントなんて怖くて相手したくないし、自分から行かない。何なら喚くし泣く。
俺なら自分そっくりな相手に何年間も付き合えない。同じ様に醜態晒して、喚いて泣いて、そんな奴がいたら多分嫌いになる。嫌になる、見ていたくなくなる。同族嫌悪って奴なんだろう、俺ならきっと見限る。
なのに、彼はずっと俺の側にいてくれた。優しく声をかけてくれた。身の回りの世話なんかしちゃってさ、最初は申し訳なくて嫌だったのにいつの間にかこなしてて、何処と無く嬉しそうな彼に何も言えなくて、その好意に甘えてた。俺が言う事、為す事全てを受け入れて、頭を撫でてくれて、手を繋いでくれて……優しい音を響かせながら、名前を呼んでくれた。
俺ならきっとしないだろうことをずっと彼は……。
「………………」
ずず、と鼻水を啜る。
何を悩んでいるんだ、我妻善逸。俺は俺だ、彼は彼だ。それ以上の理由が必要なのか、それ以外の言葉が必要なのか。
彼から教えられた名前は偽名だ。でもそれが定着しちゃってる。それこそが彼を表す名前になってしまってる。彼の優しさはその時から続いているのだ。俺が困惑しない様に、俺が一人にならないように……彼はずっと騙し続けている。
『つまり、貴方にずっと付いているという事ですね』
『危険になったら呼んでください、私はマスターの矛であり盾だから』
『頑張れよ、善逸』
ぐいっと眼を覆っていた涙の膜を拭い取る。脚に力を入れて立ち上がり、歩き出す。
「禰豆子ちゃーん!!どこぉー?禰ぇ豆子ちゃぁあーん!炭治郎ーー!あと伊之助ー!!」
馬鹿、やっぱり馬鹿だよセイバーは。
ずっと騙せると思ってたの?ずっと俺が気づかないと思ってたの?もしそうなら、筋金入りの馬鹿だよ。
……何で他人みたいに自分の名前を呼べるのさ。
「それと…………俺の、馬ッ鹿野郎ぉおおおおおおおおッ!!!!!!」
そんなのってさ……ちょっと寂しいじゃんか。
なぁ、
言いたいこと、すっごくあるんだからな!!
---ドォオオン。
雷鳴が響いた。
途端に音のした方向を振り返る。スン、と鼻を動かしても雷の匂いはしなくて、月明かりで見える雲も落雷をする程分厚くもない。湿った雨の匂いもしない事から、本当の雷ではないのだろう。
しかしその雷鳴に乗って流れて来た匂いが鬼とは違うとても背筋が凍るような嫌な匂いだった事から思わず炭治郎は鼻を摘んだ。
「おい!何してんだ!?権八郎!!」
戦闘中にも関わらず片手を刀から外して顔を顰めた炭治郎に、それを見ていた伊之助が責めるように声をあげた。刃毀れが激しい二振りの刀を持ち上げながら、怒っている。
炭治郎は迫り来る刀を右手で持った自身の刀で去なしながら、同じように声を荒げた。
「俺は炭治郎だ!鬼とは違う匂いが雷の方からやって来たんだ!多分、セイバーさんが言ってたサーヴァントって奴だと思う!!」
「はははは!!あの金髪野郎が言ってた奴か!!!どんだけ強ぇんだろうな!おい、その方向はどっちだ!!聞いてなかった!!!」
「止めろ!伊之助!セイバーさんが倒すって言ったんだ!俺達は目の前の彼らをどうにかして止める方法を考えるぞ!!」
「だったら早くしろ!じゃねぇとさっさと斬っちまうぞ!」
「それは困る!!」
やはり片手だけでは厳しいと一旦距離を取ってから摘んでいた鼻から手を離す。開いた鼻孔に先程の匂いが舞い込んでくるが、ぐっと眉を顰めることで炭治郎は我慢する。目の前の事に集中しろ、今はこの匂いについて考えなくて良い。
殺して、早く、と呟く同じ鬼殺隊の隊士が繰り出す剣戟を何とか防いで、頭の中で突破口を考える。この者達は鬼が操る蜘蛛の糸で操られている。その糸を切っても小さな蜘蛛達がまた繋げるので意味がない。なら、どうする?どうするどうする!
こんなのでは判断が遅いと鱗滝さんに叱られるぞ!と炭治郎は冷や汗を流しながら、力の強いそれらから逃げる様に後退する。そしてふと見上げた木々で、己が朝霧山で修行してた時期を思い出す。山の頂上から下るまでの道にある数々の罠。それを走りながら避ける修行だ。その罠の一つに、動物を嵌めるようなものがあった。紐を脚に通して、木の上に吊るし上げるものだ。
「これだ……!」
炭治郎は手頃な枝を持つ木を探して、刀を納めた。それをすれば斬られるのだが、ある程度単調なそれらを喰らうわけもなく、走りながら手を叩いた。
鬼さんこちら、手が鳴る方へ♪
馬鹿にしたようなものだが本人は至って本気なのが表情で窺える。そしてある程度走ると脚に力を入れて百八十度回転し、その女性隊士を担ぎ上げて上空へ飛ばした。そしてそのまま重力に従って落ちるかと思いきや、上手いこと枝に引っかかり動きが止まる。
「よし!」
ガッツポーズをした炭治郎はすぐ様別の隊士の所へと駆けつける。それを見ていた伊之助が面白がって一人の隊士を同じように引っかからせて、残るは一人となった。
しかしそれも虚しく、全員の首が折られ絶命する。ボトリと物言わぬ屍となってしまった隊士達を見て瞳を見開いた炭治郎は、そっと手を彼らに添える。湧き上がるは自責の念。もう少し頑張れば、もう少し何か他の策を考え付ければ、救えたかも知れなかった。しかし結局全ては鬼の手の平の上……無情に、無慈悲に刈り取られた命を見て、炭治郎は言い得ぬ怒りを噴出させる。
ビリビリと空気を揺らすそれに生唾を飲み込む伊之助は、最初に炭治郎に出会った時を思い出し、次に那田蜘蛛山の前で感じたものを思い出す。
「(あの金髪野郎が放つ奴と同じだ……空気がビリビリと震えてやがるぜ……っ。くそ、この俺様が二回も、いや三回も怖気付くとは)」
伊之助は強者に対して怖気付く事はない、寧ろ歓喜する。そしてその者が強いのに弱ければ弱味噌と罵り、強ければ戦え!と迫る。猪に育てられたが故の単純な思考だが、彼の肌が感じる気配や空気はその思考以上の事を教えてくれる。
今、炭治郎に声をかけてはいけない。そう本能で判断して、伊之助はただ彼を待った。
---ドォオオン。
「あら?」
こてり、と少女は首を傾げる。今何か聞こえたような気がしたが、辺りを見渡しても田圃しか見えなかった。とてもじゃないが先程聞こえたような重苦しいものと違う、平穏とした光景だ。
少女は気のせいなのだろうかと思案しながら、目の前を走る半々羽織を着た男に近寄る。音が聞こえた辺りで少し速さを落としていたらしい、即座に隣に並んで男の方を見た。
「ねぇ冨岡さん?今、何か聞こえませんでしたか?」
ニコニコといつも崩さない笑みを一層深めながらそう問いかけるも、その男は黙々と走るのみで答えてはくれない。一度問いかけただけでは返答をしてくれないのは今までの経験から分かってきた為に、少女はもう一度同じ問いかけをする。
「今、何か、聞こえませんでした?」
若干の怒気が含まれている気がするが、気のせいだ。
その問いかけにやっとの事で少女の方を向いた、冨岡と呼ばれたその男は黒々とした瞳をすぐ様前に戻した。血管が浮き出た音がした。
「あら、無視ですか?私の声届いてましたよね?」
明らかにこちらを向いたのだから聞こえてたはずだと少女は主張するが、男は黙っているのみ。口を開く様子もなくずっと脚を動かしていた。ひくり、と少女の微笑みが引き攣る。
「まさか、聞こえてなかったから答えなくても良いだろう、とか思ってませんよね?」
男の身体が少しだけ強張ったのを少女は見逃さなかった。図星のようだ。
ピキ、と血管にヒビが入った様な音が頭の中で響く。
「冨岡さん、聞こえてても聞こえてなくてもちゃんと答えてくださいね?しっかりと話をしましょう。此方は話しかけているんですよ?一言も発さないとなると無視してるのと同義です。 そんなんだから皆さんに嫌われるんですよ?」
「…………俺は嫌われてない」
「なら、その部分だけ返答しないでください」
だから嫌われるんですよ、ともう一度言った少女に男は驚き消沈する。自分の言葉の足りなさは少なくともわかっているつもりだったが、ここまでそれについて言われた事がなかった男の心には突き刺さった。この男、見た目の割に傷つきやすいタイプだ。
あからさまに走る速さが変わり、遅くなった男に少女はふふふと笑う。面白いと思っているのが丸わかりな笑い方だった。少女もスピードを少し緩めて男の隣に再度並ぶ。つんつんとその肩を指先で突いた。
「傷つく暇があるなら速く走ってくださいな。那田蜘蛛山はもう直ぐなんですから、これ以上遅れて隊士が一人で多く死んでしまったら冨岡さんの所為ですよ?最近人手不足が目立っているんですから」
「俺の所為ではない」
「私の所為だと言いたいんですか?なら速く走ってください、遅いですよ?」
「…………わかった」
こくりと頷いた男は本来の速さへ戻り、それを見届けた少女は同じくスピードを上げる。
行く先は禍々しい鬼の巣窟。隊士が何人も死んでいる、恐らく十二鬼月の鬼がいるであろうその場所へ鬼殺隊最高幹部である柱の二人が向かっていた。
「鬼も人も仲良くすれば良いのに。そうなれば仕事が減って楽ですしね。そうは思いませんか?冨岡さん」
「……思わない」
「あら、残念」
くすくすくす。
一方その頃、的なお話でした。
初見ではどう見てもサイコパスなしのぶさんとても好き。