俺を喚んだのは過去の俺 作:鬼柱
止血の呼吸によって徐々に塞がっていく傷口を押さえながら走る。心細くなったパスを辿って山道を移動していた。
時折跳んでこようとする小さな蜘蛛たちを避けては走り、目の前に蜘蛛の巣があれば斬り捨てる。そうしてスピードを落とさずに駆けつければ、耳に届いた小さく蚊の鳴くような音量しかない呼吸音。シィイイイと細く息を吐くそれは間違いなく、雷の呼吸の使い手特有の呼吸音だった。
更にスピードを上げて見えてきたのは開けた場所。大量の太い蜘蛛の糸が人や小さな小屋を宙に浮かせていた。あぁあぁ、覚えがある。見覚えがありすぎる。俺が、蜘蛛にされかけた場所だ。軽く地面を蹴って空中に躍り出る。斜めに釣り上げられた小屋の上、小屋の壁の上に彼はいた。
「マスター……!!」
軽く魔力放出でブーストをかけて、ふわりとその上に降り立つ。四肢を投げ打ち、空を見上げていた彼は意識が飛びかかっている。きっと蜘蛛になりかけで、思考が定まらないのだろう。もう少し早く来れば良かった。ならマスターが蜘蛛になりかけることもなかったかもしれないのに。
「マスター……善逸、聞こえますか?」
呼吸を止めそうな彼の頬に手を添える。ゆるりと視線が此方へ向いた。
「呼吸を止めてはなりません、諦めてはなりません。そう、桑島殿も言っていたでしょう?」
だからマスター、死なないで。
きゅっと一文字に口を結んで彼を見ると、何故か彼は笑ったような音を出した。表情は変わってない。けれど心の中で、まるで馬鹿だなぁと呆れるような笑いを零したのだ。
「し、な……ない、よ」
「マスター?」
呼吸の合間にそう言われる。焦点があまり定まってない瞳が少し狭まった。
「だ、って……し、んだら、セイ、バーも……しん、じゃう……で、しょ……?」
だから死なないよ。
その言葉に目を見開く。はく、と何か言葉を返そうとして失敗した。
「(おま、えは……どうして、そこまで)」
どうして。そんな疑問が湧き上がる。
確かに言った。善逸が死んでしまえば、この世に留まる楔がなくなるから消えてしまうのだと。単独行動を持っているから何日かは滞在しているだろうけど、それまでだ。こんな風に今まで何年も現世に滞在することなんて善逸がいなければ無理だ。きっと他にマスターを見つけても魔力量の関係で現界を保てず消滅してしまう。それに善逸がいなくなればこの世にいる意味もない。
故に彼が死んでしまえば、俺は消える運命だ。
でもそれを、マスターが心配する意味はない。だって自分が死んでしまえば後のことなどどうでも良いだろう。
しかし彼は……目の前の彼は違う。
「…………マスター、呼吸は止めないでくださいね」
彼の小さくなった手を握りながらそう言えば、当たり前だと返された気がした。じぃちゃんから諦めることだけはするなと言われてるもんな、当たり前だよな。その返答に口角だけを上げて微笑んだ。
やっぱり彼は優しい奴だ。俺なんかと違う、俺みたいな死者にまで気にかける優しい奴。俺が死ぬことまで気にかける必要なんてないのに、自分の命だけ考えてれば良いはずなのに……それなのに彼は。
「(俺の魔力を善逸に……っ)」
死なせるわけにはいかない。こんな優しい奴が死んでいいはずがない。俺はもう死んでるから良いけど、彼は駄目だ。生きて貰わねば、生きて笑顔で余生を過ごすんだ。俺みたいに、俺のように作り笑いだけを浮かべて生きていくことなんて許さない。
善逸の体内に魔力を送る。俺達はきっと中身が違えど外側だけは同じだから、流れてくる魔力もいつも違和感なく受け取っていた。それはきっと彼の魔力と俺の魔力が同じだからだ。違和感なく、溶け込んでくる魔力はいつだって優しくて強くて、それでいて安心した。だから逆に送り込めば、きっと体内にある蜘蛛の毒の進行を更に抑えられるかもしれない。
バチバチと光る魔力を送り、彼の体内にある異物を焼く。この魔力が俺以外に攻撃的なのは先の戦闘でわかってる。だから同じ魔力を持つ彼を傷付けずに異物である蜘蛛の毒だけを倒せるはずだ。それが進行を遅らせれるはずだと思う所以。
「……っ」
何秒何分経っただろうか。随分時間が経った気がするけど、多分あまり経ってない。けれど俺の魔力は減っていくばかりで、俺は仕方なく霊体化はできるギリギリまで残してから手を離した。その際に見えた手の大きさはさっきと全く変わっていない。どうやら進行を遅らせるどころか止めることができたようだ。手を離したらまた進行が始まったけれど、後は善逸の呼吸だけで充分だろう。
ふぅと息を吐き、善逸の頭を撫でる。周りの音を確かめるように耳を澄ませば、遠くの方から木々を蹴る軽やかな音が響いてきた。多分あれはしのぶさんだろう。軽やかに木を蹴って移動する人なんてしのぶさんと、忍ばない忍ぐらいしか知らない。この距離とスピードだと後数分でここに着くだろう。
「善逸、もう少しですから。呼吸を止めては駄目です、もう少しで隠の方達が来ますから」
私は霊体化してますから、と言って立ち上がれば、くいと袖を引かれてまたしゃがみ込む。いつの間にか善逸に捕まっていたようだ。さっきと同じ体勢に戻り、彼の方を向く。
「善逸、どうしました?」
「な、まえ」
なまえ……?
名前がどうきたのだろうか。脈絡のない話にこてりと首を傾げた。
「な、まえ……おしえ、て」
後で、セイバーの。
「ほんと、うの、なま……え」
「ッ!?!?」
ぐっと息を呑む。強い意志が耳からも目からも伝わっていた。そんな強い鼓動を打てば蜘蛛の毒の回りが早くなるのに、わかっているのだろうか。その強い眼力もさっきまでなかったじゃないか。どうしてそう、吸い込まれそうな強い意志を持っているのだろうか。
逸らさない目には満月が映り込んでいた。濃厚な蜂蜜を垂らしたような瞳の中で輝くそれから、その奥に見える炎雷から逃げきれる自信がなかった。逃げ足には自信があったのだけど、同じぐらい逃げ足の速い相手には競争する前から決着は付くらしい。
俺、知ってんだよ。お前の名前……でもお前の口から聞きたいの。
そう教えたはずの念話も使わずに、自分の言葉で発した彼からそっと目を伏せて、袖を掴んでいた彼の手をやんわりと外す。一度逸らせてしまえば、もう彼の目を見れなかった。
「呼吸が止まってますよ」
「せ、いば」
「………………私は霊体化してますから」
すみません。
小さく呟いて実体化を解く。小屋の上から降り立つと数メートル先でしのぶさんと思われる人物が此方に向かって走っていた。思ったより時間を取られたらしい。
「…………ばか、やろ」
えぇ、えぇ、馬鹿野郎ですとも。
私は臆病ですから、怖がりですから、だから逃げるのですよ善逸。貴方に与える影響を、貴方に迫る危険をどれだけ恐怖しているかわかっていないでしょう?
でも、そうですね。逃げてばかりでは駄目なのは生前で散々学んだ。もう逃げない、逃げないから。
少しだけ時間をください、マスター。
スッと伏せていた目を上げる。細くなっていたパスはちゃんと繋がっていて、魔力はある程度回復した。ついでに霊基もちゃんと修復されたので、怪我やら何やらはちゃんと元通りだ。
治療されているマスターの側で俺は徐々に回復していく魔力を感じながら思考に耽る。考えるのは先ほど戦ったアサシン・パライソ、もとい望月千代女。アサシンクラスの忍サーヴァントだ。そしてその彼女が魂喰いを行なった理由と、それによって死んでも動き出した隊士達、そこから溢れ出た泥で枯れる木々…………彼女が最後に呟いた名前。
〝……無惨、か〟
厄介なことになったんじゃないだろうか。彼奴いつの間に、鬼の頭領だけでなくサーヴァントのマスターっていう肩書きまで持つようになったのだろうか。要らないでしょ、サーヴァント。同じくらい強いであろう上弦の鬼達がいるんだから。
でも、本当に彼女のマスターが無惨ならば嫌な予感しかしない。口々に溢れ出ていた色々な名前とか主に。
それにあのケイオスタイドを思わせる泥。鼠算式で感染するとか。ゾンビ、みたいなものだろうか。周りの自然にも影響するもので、放っておいたらマジでやばそう。しかも原因がサーヴァントっていうのも……魂喰いに抵抗がなかったから、他のサーヴァントもないと言っていいだろう。出てきた名前のうち二つは鬼の名前だったし。
きゅ、と眉を顰めてから実体化する。側にいるマスターの視線を感じながらも、付近の隠の人を呼び止めた。
「すみませんが、紙と何か書くもの貸していただけませんか?」
「良い、ですけど?何に使うので?」
「少し手紙を出したくて」
えっ今?なんて言う彼に、お館様へ出すのだと言えば、怪訝そうな表情をしたけれどちゃんと貸してくれた。良い人だ。書くための台まで貸してくれた。めっちゃ良い人だ。
書くことは簡潔にで良い。後で口頭で説明したら良いのだから。
鬼舞辻が鬼とは違う、しかし鬼よりも強いサーヴァントと呼ばれる配下を持ったこと。その中に日を克服した鬼のようなものもいること。その一人を倒したこと。隊士を襲った泥。それらが無辜な人々を危険に晒しているということ。その事を話したいがためにお館様に申し出たい、という願い。最後に聖刃と綴り、小さく折りたたんでチュン太郎を呼び出す。マスターの頭の上にいる子とは違う、俺の宝具である鎹雀だ。
「これをお館様に。久しぶりだからって迷うなよ?」
「チュ!チュチュン!」
迷うものか!と胸を反らしたチュン太郎に手紙を咥えさせる。それを見送ってから、隠の方に借りた道具を返してその場から離れた。此方を見ているであろうマスターには全く目もくれず。
寂しそうな音が聞こえた気がした。
「はぁー、ここが産屋敷邸……鬼殺隊の本部かぁ……!」
大きいなぁ。二階三階もある日本風の屋敷はどうにも雀のお宿を思い浮かばせる。給料がお客様の満足度とかいうアルバイトをしてた頃が懐かしい。
「マスター、離れないでくれ。迷子になるぞ」
「わかってるって!あ、あそこなんだろ!」
受付で何やら話し込んでる炭治郎からの注意も程々に周りを見渡しては色々なものを見る。調度品の数々は俺にはわからないけれど、行き来する鬼殺隊の隊士の数はそれなりに多い。所属人数は数百人って言ってたけど、鬼の頭領が東京を拠点としてるからか東京にいる鬼殺隊士の数は多いらしい。地方に行くほど減って行くんだとか。そして何故か北海道や沖縄には鬼はいない。本土にしかいないんだそうで。四国はどうなんだろ?なんて思ったのはつい最近だ。
「食堂だ!うーん、良い匂いだなぁ。ラーメンとかあったりするのかな?」
『先輩、ラーメンの名前は大正時代では広まってません。確か“支那そば”と言うそうです』
「そっか。炭治郎ー!」
マシュの助言を聞いて、何処かへ行った受付の人を待っている炭治郎に声をかける。彼は此方を見て軽く手を上げて、なんだ!?と返した。因みに禰豆子ちゃんは炭治郎が背負ってる箱の中だ。生前から背負っているらしく、生前で入っていたからかとても落ち着いた様子で寝ている禰豆子ちゃんははっきり言って天使だった。危うくロリコンになるところだ。ならなかったけども。
「用事終わったらさ!ここで支那そば食べて良い!?」
「支那そば……良いぞ!俺も久しぶりに食べたいからな!」
炭治郎の許可を貰った事でガッツポーズを取る。やった!久し振りのラーメンだ。あぁでもラーメン好きな彼に黙って先に食べるなんて良いのだろうか。いや彼なら笑っていいよぉって言ってくれるに違いない、目は笑ってなさそうだけど。
偵察用にと貸さなきゃ良かったかな。でも彼が言い出した事だし、俺が決めた事だから今更悩んでも仕方ない。こっちにはもう一人いるしね。
「主殿」
「あっ、噂をすればだね。お帰り、どうだった?」
同じアサシンクラスの赤毛の青年について考えていたら、その噂の彼が側に現れた。相変わらずの身のこなし方で。このだだっ広いエントランスのほぼ真ん中に立つ俺の前に気づかせず姿を現わすなんてどういう技術なんだろうか。言ってしまえば気配遮断のスキルだろうけど、この場と離れると同時に使ってるとなると器用だなとも思う。
「炭治郎殿の手紙のお陰で協力を得るの事ができました。彼女らは鬼舞辻を滅するのならば喜んで協力すると、そしてその代わり鬼の血を提供するようにと。これが証拠の文です」
「等価交換って奴だね。OK、大方予想通りだ」
ありがとう、助かったと彼にお礼を告げて、手紙を受け取った。
さて、下準備は整った。後は、鬼殺隊最高責任者であるお館様……もとい産屋敷耀哉さんと話ができたなら。
「立香!」
そこまで考えて炭治郎に呼ばれた。顔を上げて彼の方へ振り向くと、彼は大きく丸を両腕で描いていた。その表情は満面の笑みだ。
「うん、取り次ぎはできたっぽいな。これでちょっとは事態が進むといいけど」
『進むと十中八九言い切ろう!』
「それは言い切ってない気がするけど……ありがと、ダ・ヴィンチちゃん」
聞こえてくる幼い声に礼を言うと、いえいえー!と嬉しそうな声が帰ってきた。
さて、こっからが反撃開始かな。
俺は吹き抜けの天井を見上げて笑う。
最後の立香視点までの経緯が全くわからないのは仕様です(`•ω•´)キリッ
今更ですがフシダシについて。
「」←今現在の言葉。
『』←過去や通信越しでの言葉。
〝〟←霊体化してる最中や念話での言葉。
になります。
ただ、これだけで表そうとは思ってないので、話の流れでわかるようにはするつもりです、はい……多分。