俺を喚んだのは過去の俺 作:鬼柱
*ハロイベの“神秘の国のONILAND”のネタバレを含んでおります。
ぷつり、と何かが切れた感覚が身体の中に走った。今まで繋がっていたものが、突然繋がらないような。糸電話をしている時に、真ん中で誰かがその糸を切ったような。
「……千代女か」
読んでいた本から顔を上げて、そこまで考えた鬼舞辻無惨はポツリと名前を零した。
それは己が契約したサーヴァントの一人の名前。望月千代女。戦国時代に活躍した、有名な忍の名前だ。
自身をお館様などと、あの忌まわしき産屋敷が呼ばれている同じ呼び方で呼んでくる彼女を無意識に毛嫌いしていたとはいえ、契約が突然切れるようなことをした覚えはなかった。
彼女に最後に命令したのは何だったか……確か、下弦の鬼達を偵察してこいだったはず。壱から始まり、肆までは報告を念話で受けておりその次は伍だったはずだ。下弦の伍は……累という蜘蛛の様な能力を持つ鬼。
「……まさか」
いやもうわかっている。望月千代女は契約を切ったわけではない、切られたのだ。妄信的に己を慕っていた彼女が勝手に切るはずもなく、それに己が召喚したサーヴァント等はすべからく狂っているのだから。
下弦の伍の気配を感じ取る。まだ血は繋がっていた。彼は生きている様だ、けれど狂ったサーヴァントを倒す者が近くにいるかもしれないという推測からして今後無事であるとは言い難い。
あぁもう、“前”と同じ様にとは思っていたが、騒ぎを少し起こした程度でまさかサーヴァントまで失うとは思わなかった。
「あら?」
深い溜息を吐き、頭を抱えた無惨に歳若い、鈴の音の様な声音が聞こえてくる。ころころと微笑うその姿は妖艶ではあるが、決して向けてくる情は劣情の類ではない、純粋な狂おしい程の愛情である。
無惨がそろりと見上げると、もはや慣れ親しんだ女性が涙を浮かべて此方を見ていた。
「あらあらまぁまぁ、どうしたのですか?そんなにも落ち込んで」
何かあったのですか?と無惨の側に近寄り、あくまで鬼の頭領を心配する彼女に溜息を吐きたくなるがぐっと堪えて、大丈夫だと精一杯優しく声を返した。
普段の鬼舞辻無惨にはあり得ない様な声音だが、以前苛立ちのままこの女性に言葉を返したところ泣かれてしまった経緯があるからである。反抗期だ、息子が反抗期になってしまったとわんわん泣くその姿は少女そのもので、しかし見た目は出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ色気を醸し出す妙齢の女性なのだ。言動と見た目がチグハグ過ぎて、無惨は苛立ちも忘れて違う生物を見る様な目で見てしまったが、それすらも彼女が泣く要因になってしまい収拾がつかなくなってしまった。通りすがりの金太郎に擦りつけたけれど。
そんなこんなでその時からなるべく彼女前では和かにしようと努力しているのだが、そんな無惨を通りかかった黒死牟はあり得ない者を見たと普段動かない表情筋を動かし、その黒死牟から聞いた上弦の弐は腹を抱えて転げ回り、上弦の参はそんな弐を足蹴にしてから心の中で上司の心労を労っていた。そして話を聞いた上弦の肆と伍は冷や汗を流し、陸に関しては我関せずを貫いていたりする。
「心配するほどでも無い……が、報告する事ができた」
「それは一体なんです?」
椅子に座っていた無惨の側で膝立ちになり上目遣いで覗き込んでくる彼女から目を逸らしながら、無惨はポツリと先ほど起きたことを告げた。
「千代女とのパスが途切れた」
「そ、れは……あぁ、そんな。千代女が?」
声が徐々に涙声になる。その声の持ち主に対してあぁと頷く。無惨の肯定を聞いた彼女は、あぁとポロポロと涙を流した。そんな、そんなと呟く彼女を止める気は無惨には無い。
「サーヴァントは、サーヴァントにしか倒せない……そうだったな?」
「えぇ、えぇ。この無限城にいらっしゃる羽虫の方々でさえ千代女には敵わないでしょう。それほどサーヴァントは人とは違う、鬼とは違う。ですから彼女を倒すには、サーヴァントぐらいしか…………あぁ……そう、いう事ですか」
「……恐らく千代女は何等かのサーヴァントに殺された」
そしてそれを呼んだ奴がいる。
そう呟いた無惨には女性はあぁ、と更に小さな水滴を目尻から零した。もう彼女と会うことはないのですね、と哀しみを隠しもせずにおいおいと泣き続ける。
涙を流す彼女の方を見る事なく、無惨は思案する。考えるのはどういうサーヴァントが望月千代女を殺したのか。
「(そのマスターはどうでも良い。どうせ下らない人間だろう……狙うのも手だが、姿形もない奴を狙ったとて合理的ではない。千代女を倒したというサーヴァントを追えば必然的にわかるからな)」
ならどういったサーヴァントだったのか。クラスはともかく性能では千代女に優っているとも言っていい。聖杯で強化された彼女は底辺のサーヴァントでは敵わず、純粋な鬼である酒呑童子などに迫る勢いがあった。生前呪詛を身体に埋め込まれていたとはいえ人間であった事からその違いはわかるだろう。人と、人でない差というのは例え英霊になったとしても目立つというものだ。
厄介だな、と思う。“以前”なかった出来事だ。いや、
思考が脱線している事に気付いてまた考え直そうとした時、はたと気付く。今まで普通に話していたが何故此奴がここに来ているのかと。夕飯時はまだ先だ。
「ところで、何故お前はここにいる?」
天井付近に向けていた視線を戻してまだ涙を流していた女性に振り返る。無惨の問いかけに彼女はきょとり、と幼子のような表情を浮かべてから何を思い出したかのように頷き、そして口を覆った。その表情には悲壮が漂っている。いや何故だ。
「母に向かってそんな、お前、などと。いつからそんなに口汚くなったのですか」
一度は止まった涙をまた浮かべた彼女に、元からだなんて言えない。言えば最後、反抗期だなんだと言われて泣かれては、性根を正せねばと刀を抜き出すに違いない。無惨がまだ鬼になって数年の頃に轟いた彼女の偉業を思い出せば、とてもじゃないが御免被る。
そもそも鬼を羽虫だの害虫などと言う鬼狩りが、鬼の頭領の母と名乗ってる時点で気が狂ってるとは思うのだが……これはどうしようもない事だ。バーサーカーというクラスで全面的にそれを押し出して来ているとはいえ、息子、娘と認めた者には母を名乗るのは生前から変わってないらしいのだから変わらせようとしても無駄だろう。
彼女の息子認定されている金太郎は無限城のどこにいたかな、なんて現実逃避したくなる。いけない、目の前の存在は本当に調子が狂う。
「それよりも貴方が来た理由を教えてくれ」
「言い換えても無駄で「母よ」何でしょうか?
変わり身が早すぎて無惨の目が死んだ。
「……ここに来た理由は一体なんだ」
「ここに来る途中、黒い羽虫の方と出会いまして、その方から伝言を受け取っています」
「黒死牟か」
黒い羽虫とは黒死牟の事だ。ほぼ全身真っ黒な服装をしている為にそう呼んでいるのだろう。名前を覚える気はこの女性には全くない。目の前の無惨以外の鬼は虫にしか見えないのだから。
因みに上弦の弐は虹色の羽虫か玉虫、参は桃色の羽虫か天道虫だっりする。肆や伍には色がなく、それぞれ蟻と船虫。陸に至ってはプラナリア。もはや日本語でもなくなってしまっていた。
「数週間前の事です。柱と名乗る鬼殺隊と出くわし、取り逃がしたと」
「…………何?」
どうでも良い虫呼び集を思い出していた無惨は聞こえて来た言葉を瞬時に理解できなかった。今、此奴は、何と言った?
「黒死牟が、柱を取り逃がした……?」
そんな馬鹿なことがあるか、と無惨は一蹴したかった。しかしそれを告げる彼女の表情は至って真剣、いや微笑みを携えているので違うが、この女性が息子に嘘をつかない事は把握済みである。
というのとはだ、つまり……それが事実だという事。
「(黒死牟が取り逃がすほど力を付けたという事か……!?)」
黒死牟は上弦の壱である。生粋の戦闘力に関しては無惨を上回る程の実力者。無惨はあの手この手で相手を追い詰めるが、彼はただ剣術のみで最強の鬼にまでなっている。勿論血鬼術も含まれているが、比較的短期間で急成長した上弦の弐すら彼に勝てないのだから、才能や培った実力は相当のもの。柱一人、それも人間など相手にしても彼には傷一つ付けられないだろう。
そんな黒死牟が柱を取り逃した、そんなことがあり得るのか?そこまで鬼殺隊は勢力を増していた?
否、そんなわけがある筈がない。
そもそも“前”の時ではこの時期に黒死牟が柱に出くわしたなどと言う報告はなかった。一応彼らには柱を倒した際には報告するようにと明言してある。つまりは、“以前”では起きなかった出来事だ。
「……その柱は何という柱だ?」
聞いているのだろう?黒死牟に。
そう問えば、彼女は思い出すように少し唸ってから口を開いた。思い出したらしい。
「確か、鳴柱、と名乗っていたそうです」
「…………そうか!」
無惨は理解した。それこそが千代女を殺したサーヴァントかも知れないという事を。
上弦の壱から逃げるなど容易ではない。現にこれまで黒死牟に相対した柱は悉く殺されている。つまりそれは鬼殺隊の柱さえも上回り、黒死牟と同等かそれ以上の実力者であるという事。そして“前”とは違う出来事……という事はサーヴァントである可能性が高い。
それに“鳴柱”など、この時期にいなかったのだから確定だろう。鳴柱がいたのは何年も前で今ではいない筈なのだから。
無惨は彼女からその“鳴柱”の特徴を聞き出し、そしてサーヴァント全員に念話で伝える事にした。
内容は。
〝望月千代女を殺したサーヴァントがいる。鳴柱と名乗る、長い金髪に狐の面を被った鬼殺隊の隊服を着た奴だ。見付け出し殺せ〟
と。
正確には殺したのは可能性でしかないのだが、此方を脅かす、ましてや最強の駒であるサーヴァントを消し去る程の脅威ならば放置しておく理由はない。
なるべく“前”と同じく、そして密かに此方が優位に立てるように立ち回なければいけないのだから。
そして。
「…………鳴女!」
『……ここに』
「下弦の奴らを集めろ」
『……御意』
下弦の伍の気配が完全に身の内から消えた。
鬼舞辻無惨は狡猾だ。
決して自身の正体を明かさず千年もの間潜んで来た。それがどれだけ大変な事かを、数十年しか生きることができない人間には理解できず、数百年生きた鬼にさえ想像ができない。
人に取り入るのは容易い。子供の身であれば無垢な笑顔を浮かべ、童女の姿になるとすればお淑やかに、妻子持ちにでもなれば社交的で和かな表情と性格をきっちりと演じた。それだけで騙されてくれる。誰も彼が世を脅かす鬼の頭領とは思わないだろう。
鬼を従えるのも容易い。どんな姿であっても彼には血と呪いという絶対的優位がある。分け与えた血によって思考を読み、呪いによって支配する。所謂恐怖政治ではあるが、実力主義な鬼にとってはその方がわかりやすい。いつでも匙加減で屈強な鬼の命を左右できるのは、無惨ただ一人だった。
そんな彼だからこそ、それで千年……いや“前”の記憶も含めて二千年生きたからこそ、サーヴァントという明らかなイレギュラーに対して理解しているつもりで、していなかった。
サーヴァントは己の手足である。だが人でもなければ、血を分け与えた鬼でもない。
英霊にまでなる人物は自我が強すぎて取り入ることができず、また血を分け与えた配下でもないので思考を読むことも、呪いを与えることもできない。
普通の事だ。当然の事だ。しかし、たったそれだけの事だからこそ、無惨が彼女らを理解できるはずもなかった。
何せ彼は、ずっと一人だったもので。
取り入る事が出来ても、鬼を支配できても、人の心の動く様までは理解はできない。ましてやサーヴァント達の思考など、推測すらできないだろう。
自我が強すぎる、思考も読めない相手など久しぶりすぎて。だからこそ、彼女らが無惨の命令に従うなんて事当たり前だと思っていたのだ。今まで命令を聞いてくれる存在しかいなかったのだ。
「ねぇ、今マスターから念話来なかった?」
「来ましたね。何でも金髪の……誰かを殺せとか何とか」
「アンタは行くの?ちな、私はパスね」
「……そうですね、貴方との花札の勝負が付いてから考えましょう!」
「さんせーい!こんな良い勝負、放置して行く方があり得ないっしょ!」
それ故に彼女らが、命令を聞かないなどあり得ないと思っていたもので。
「はぁぁあ、ますたぁ♡のお声を久し振りに聞きましたわ。相変わらずとても良い声です……まるで安珍様のよう」
「ちょっと!ちゃんと音響機器の調整してよね!ただでさえ電圧が足りないんだから!」
「そんなもの役に立たないのですから焼いてはどうなんです?貴女の歌声を爆音で流すなど、ここら一体を地獄にする気ですか?」
「はぁあ!?こんなにも
「いやあれ、貴女を攻撃しようとしてるだけですので。今の貴女、見た目だけは鬼なんですから」
「見た目だけって何よ!心の内から鬼よ!
「はぁ、ますたぁ……♡」
「聞きなさいよ!!!」
全員でいけばすぐ見つかるだろうと思っていたので。
「んふふ、聞いた?茨木、千代女が殺られたんやて」
「あぁ聞いたぞ、酒呑。しかし吾らに関係のあることか?」
「いんや、ないよ?けんど少ぉし気にはなってたんよ?何せ、可愛らしい親戚みたいなもんやったから」
「吾にはそんな奴はいないのでわからんが、悲しいのか?」
「ふふ、変な事を聞くんやねぇ茨木は。鬼が悲しい、なんて
「少なくとも酒呑がいなくなれば吾は寂しいぞ!」
「……ふふ、んふふ……はぁ。相変わらず茨木は純粋やね、羨ましいわぁ」
「ん?そうか?」
「そうや……そう、やね…………少ぉし、寂しいかも知れんわぁ」
「……吾もお菓子をくれる奴が減って寂しくは思う」
「んふふ、茨木は素直やね。楽しみが減るんは、鬼だって寂しいもんやさかい。もし千代女を殺しはったもんに会う、なぁんてこと起きた時には……茨木、相手してあげぇよ?」
「酒呑の頼みとならずとも、人間なぞいくらでも倒してやるわ!!」
「人間やて一言も言うておらへんよ?」
「なんとぉ!?」
まさか全員が動かないなんて思ってもいなかった。
「チュチュン?今、ご主人から何か連絡が来たような?……うーん、きっと気のせいでチュね。何か命令であったとちても無視一択でち。あちきの役目はご主人達の健康管理。地獄の鬼と現世の鬼、ルーツは違えど同じ鬼でチュ!全く!人肉ちか食べてないなんて不健康極まりないでちよ!あ、そこの鬼!鍋から骨を出チュのはまだ早いでちよ!人の骨は獣と違って出汁が取りにくいんでちから!」
「は、はい!!」
上弦の鬼達と負けず劣らずに個性豊かなサーヴァント達は……はて。
「頼光の大将、まぁた
一体、何のために呼ばれたのやら。
「助言でもしてやるか」
かくして物語は動き始めていた。
この世界は何なのか。
特異点?並行世界?はたまた、別世界?
それは誰にもわからないし、誰にも理解できないだろう。
何せここは、そのどれでもない新たな世界だったものだ。
今、
そう、
本来いないはずのサーヴァント、本来ないはずの出来事、本来できないはずの英霊召喚。
元々は剪定対象だった。しかし何者かにより聖杯が持ちこまれ、剪定対象から特異点に、特異点から並行世界になりかけていた。
そんな事がありえるのか?あぁ、あり得るとも。何せカルデアがレイシフトで来たのがその証拠なのだから。
しかしこれは私の憶測に過ぎない。まだ確証を得ていないのでね。なのに自信満々に語ってみせたのは、八割ほど確信しているからだ。
モニターの向こうで現地で人の手によって召喚されたサーヴァントと話す彼らを見つめる。聞こえて来る内容に自身の考えがあっているのだと確信する。
ん、どうしました?Mr.ゴルドルフ。マスターに何か言うことはないのか、と?
……そうですね。敢えてこう言いましょうか。
「今はまだ語るべきではない、とね」
月明かりが照らす中、鼻歌を歌いながら月見をしている何かがいた。ふんふん、リズム良く鳴る鼻は途端に止まる。その何かは胸の場所であろう所を押さえて、アァと頬を緩ませた。
やられた、サーヴァントがやられた。内側から染め上げるどす黒い何かが歓喜に打ち震えていた。
「まずはぁ、一人目ぇ♪」
何かはこの感覚を知っていた。内が満たされるこの感覚を。どこで、だなんて覚えてない。けれどサーヴァントが散り、分けていたリソース分以上の返ってくるのは何度も味わった事がある気がしていた。
はは、言葉が漏れる。口の端に付いているはずのないソースを拭うように指を滑らせ、目を細めた。
「うんまい」
流石、あのお兄さんが召喚しただけのことある。そう呟く。
思い出すはシルクハットを被った赤い目の持ち主。彼は独特な魔力を持っていた。だからこそ、それを分け与えられたサーヴァント達は並ではない味がするのだ。
うまい、美味い。言葉を初めて覚えた子供のように反芻する。
もっとくれないだろうか。
もっと返ってこないだろうか。
「こんな美味いの、忘れてたの?俺」
勿体ねぇ、美味いのに。
ただそれだけを呟いて、彼は闇夜に紛れた。
---そう、そうだ。それで良い。
届くはずのない声が聞こえた気がした。
エリザベートJAPAN、実装頼むぞ……!!
ということで敵側のサーヴァントはこれで全員。うーん、多い。あれやこれやを集めてたらこんなにも……結構いるもんですねぇ。口調がわからない……!!×9
さて、ご報告。
これからまた10日間お休みいただきます。ストックが尽きたんだ……!
二話を同時投稿したのはここで区切りが良いため。10月10日から投稿を再開しますので、よろしくお願いします。
でわでわ。