俺を喚んだのは過去の俺   作:鬼柱

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第五節 雷に愛された男。2/4

 

 

「…………」

「…………」

 

き、気まずい。

マスターに呼ばれたからと彼がいる部屋に戻り、マスターが使っているベッドの側に椅子を持ってきて座ったのは良いが、そこから会話が飛び出て来ない。

顔は正面を向いているとは言え目線はあっちこっちに行きっぱなしだし、時折見る彼の顔は至って真剣でずっとこちらを見ていた。しばらく視線を離しても動いた気配も音もしないので、すぐに喚くマスターらしくないその姿に俺は困惑しっぱなしだ。

 

「……まずはその、マスターが元気そうで何よりです。蜘蛛の毒の進行は一時的に止めていたとはいえ、心配でしたから」

「…………」

「薬はちゃんと飲みましょうね?いくら苦いとは言え、飲まないと治るものも治りませんし。後遺症もなく治るとは聞きましたし、好き嫌いせずに飲みましょう。貴方ならできますって」

「…………」

「あとマスター、何も言わずに出て行ってしまい申し訳ありません。ですが必要なことでしたので……」

「…………」

 

……何か喋って!?!?

すぐ本題に入るのも何かな!と思って手探りで何気ない会話から本題へと移行しようと思ったのに相手がずっと黙ったままだと会話が続かない!というか始まってすらいない!

話す事も目を逸らす事もしない善逸からは一定のリズムを叩く心音が聞こえていた。焦っても、怒ってもいない。ただただ、静かに波打っている。それはまるで雷を呼ぶ静かな雨のようで……しとしと、と鼓膜を震わせた。

怖い。この状況でずっと平常心な彼の心が怖い。こんな奴だっけ?と画面越しに見た彼と、昔の彼を思い浮かべてから即座に否定する。こんな奴じゃなかった。

 

「セイバー」

 

一言、小さく呼ばれた。びくりと肩を動かしてから、同じような音量でハイと返す。

 

「前置きは良いよ。俺に黙って出て行ったのも良い。心配はしたけど、前とは違ってすぐ戻ってきたしさ」

 

アッハイ。ありがとうございます。

 

「でも、この期に及んで話を遅らそうとしないで」

 

してない、なんて言い訳は通じないだろう。彼の顔はずっと逸らす事なく此方を見ており、少し垂れ気味な瞳は普段は涙の膜で覆われてばかりなのに今は晴れやかなままだ。

まだ雨は降り続けている。

 

「……わ、かりました」

 

なんでこうも歳下の彼に押されっぱなしなのだろうか。人生経験では彼の何倍もの時間を過ごしているのに、それでも敵わないのは多分……俺が彼じゃないからか。

わからない、わからないけど逃げるな。覚悟を決めろ。そう思って何分、何時間経った?未だ覚悟を決められてないじゃないか。彼の顔を見ろ、見つめ返せ。目の前にいる己のマスターはもうとっくに覚悟を決めているだろう。

すぅーはぁー。深く呼吸をする。全集中の呼吸ではない、ただの落ち着かせるためだけの深呼吸。ただの深呼吸な筈なのに頭が冴えて行く気がした。

立派な事を言うのならば、彼の名前を名乗る事で彼に降り掛かる危険を排除したかった……同じ金髪っていうところで不安もあったが見た目の年齢が違うし、目立つ狐面で差別化はできていたはずだ。まさか弱いだろうと思われるのが嫌で付けていた面がこんな意味を持つとは思っていなかったけれど。まぁこんなのは建前に過ぎないだろう。

本当は、俺は怖かったのだ。この名前を教えるのが。いくら人の一生を過ごしたとはいえ、俺の名前ではなかったから。目の前にいる彼の名前だったから。過去の己、なんてかっこ付けて心の内で呼んでいたけれど彼は俺ではないから……だからこの名前を教えるのが怖い。否定されるのが怖かった。俺はなんだ、俺なんて知らないなんて言われたら、そう思ったら言えなくなった。

でも、逃げてたは駄目だから。始める前からから諦めては駄目だから。じぃちゃんだって諦めるなと言っていたのだから。

覚悟を決めろ、◼︎◼︎◼︎◼︎。それが今だ。

 

貴方(マスター)は問いましたね。私の本当の、セイバーという名前でない私の名は何なのか、と」

 

こくり、と彼が頷いた。静かな沈黙がこの場に流れた。ふぅ、と軽く息を吐く。

 

「それを今、答えましょう」

 

立ち上がる。お面に手を添えて霊基を弄る。大人になった俺から、可能性の塊でしかない少年の姿に。少しずつ背が縮んでいき、体型もわかっていく。長かった髪は短くなって行き、生前に禰豆子ちゃんから貰った髪紐が解け腕に巻き付いていった。

スッとお面を外す。自然に閉じていた目を開けてみれば、間抜けな顔を晒した己のマスターがいた。思わず苦笑いをしそうになるけど、多分俺の笑顔はちょっと歪んでるだろう。

 

「私の……」

 

否。

 

「俺の名は“我妻善逸”。悪鬼滅殺を掲げ、鬼狩りに生き、そして死んだ…………ただの男だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何で姿変わってんの?とか、姿形全く俺と同じじゃんか!とか、お前がただの男だったら俺は何だよ!とか、色々言いたいことがあるけれど混乱した頭ではそんなもの口から飛び出るわけもなく、対照的に彼の口から出た名前に、あぁやっぱりなと納得した。

わかってはいた、わかってはいたけれど確信していたわけじゃない。もしかしたら似た名前の別人、とかあるわけだし、同姓同名の同一人物だと予想してただけだ。だから、こうして改めて見ると、やっぱり彼は俺なのだと思ってしまう。

今までの言動からして全く違うのにな。

 

「すみません」

 

けど、いくら名乗るからと言って姿形まで変えてくるとは思っていなかった。俺はてっきり、ごめん!お前と同じ名前なんだ!ってぐらいで済むと思ってたんだけど、目の前にいるセイバー()の表情がそんな軽いものじゃないと感じさせる。

なんだろ、悲痛そうな表情が見え、申し訳なさそうな音が聞こえる。俺の名前にどういった意味を込めてるんだろう。捨て子だった俺が、なんとなく好きな文字を掻き集めて名乗っているだけの名前に、きっと同じ様に名付けたであろうお前がどうしてそんな風に名乗るのだろうか。

そうして名乗った後に突然謝った彼に、俺は目を白黒させる。

 

「今まで黙っていて。決してマスターの名前が嫌、っていうわけじゃなく。ただ私と貴方の名前が一緒なのが駄目で!ってこれでは言ってること同じですよね!えぇっと」

「待て待てまてまて!!」

 

捲くし立てる様に喋り出すセイバーの目の前で手を振り止めてやる。痺れた手が痛い!痙攣してんの忘れてたわ!!

右往左往していた視線が俺の声によって戻る。きょとりとしたその目には涙が浮かんでいて、泣いてる時の俺ってこんな感じなのかな?なんて思ってしまった。

怯えてる音が彼から聞こえる。いつもは気丈に振る舞っていたのだろうか、彼から聞こえる音は何時も小さな静電気の音が鳴っているようなもので、その中に強さと優しさが垣間見える音だった。パチパチと一定のリズムで鳴るそれは今も鳴り止んでなんかいないのに、覆い隠す程の怯えと罪悪感の音がその心地よい音を台無しにしている。

どうしてそんな音を俺相手に発するのだろう。わからないけど、今はそれを問い詰めるときじゃない。

 

「セイバー」

 

慣れ親しんだ名前を呼ぶ。彼によるとクラス名とかいう、サーヴァントの器を表す名前なんだそうだが、そんなの俺には関係ない。だってセイバーはセイバーだから。

何で、しょう、と途切れ途切れに返事した彼をちょいちょいと手招きして呼ぶ。立っていた彼は用意した椅子に座るが、それでも遠いのでまだ呼んでいると、俺が使っているベッドの縁に座った。うん、届く。

同じ顔で同じ背丈で、俺がもう一人いるなんてなんだか可笑しく思えるけれど、こうして見てみても何故かセイバーなんだと思ってしまう。俺だけど、俺じゃない。言葉で表すのがとても難しいな、これ。

なでり。同じ金髪をひと撫ですると、彼は困惑した顔でこっちを見た。藤の家紋の家で炭治郎がよく禰豆子ちゃんにしていたこと、セイバーが俺によくしてくれたこと。人の頭を撫でるという動作を今度は俺が彼にしていた。

 

「俺はセイバーに謝って欲しくて名前を聞いたんじゃない。俺が他でもないセイバーの名前だからこそ知りたくて聞いたんだ」

 

目を閉じれば今までの思い出が蘇る。幼き頃、自分にはいるはずの親がいないと知って泣いて、預かってくれてた寺から煩いと他の子達に追い出された。そのまま街の中彷徨いてお腹が空いて食べ物を探していたあの時、セイバーに出会ってなければ多分ずっと一人だった。後でじぃちゃんや獪岳と会って、鬼殺隊になったら炭治郎と伊之助っていうと……友達に出会ってさ、そこからは一人じゃなかったけど……それまでずっと一人だったから、これからもずっと一人なんじゃないかって思ってた時にセイバーが来てくれた。

そう出会ってからずっと、俺と一緒にいてくれる家族なんだ。じぃちゃんも獪岳だって家族だと勝手に思ってるけど、セイバーは別。否定されたって俺は家族なんだと言い続ける。それぐらい俺にはセイバーが根付いてる。

俺にとってセイバーは特別な存在だ。だからこそ待ってた。名乗ってくれる日をずっと。そしたら俺が聞くまで名乗ってくれなかったし、サーヴァントについても俺が聞くまで黙ってた。俺と同じ様に耳が良いくせに、俺の心情なんで無視で。名前も、相手の事情も何も知らない。偽名と、その優しさと強さしか俺は知らなかった。

それって家族なのかな?俺は違うって否定する。こんなの家族じゃない。でも俺の中では家族だ。なら、歩み寄るしかないでしょ。

こうして名前がバレたって気付くまで名乗るつもりなかったっぽいんだから呆れる。諦めの悪さは変な方向に向かってるんじゃないだろうか。きっとじぃちゃんだってこんな事の為に諦めるなと教えたわけじゃないと思う。

 

「前にも言ったと思う。俺はセイバーのこと何にも知らない、ただお前の優しさに甘えてお前自身を知ろうとしなかった。そんな俺にも腹立つし、そんな俺が聞くまで黙ってるセイバーにも腹立つ。勿論こんなのは八つ当たりなのわかってるけどさ」

 

びくりと手の中にある頭が震えた気がした。目を開けた俺はそれに苦笑して、わしゃわしゃと鏡の中で見る頭とおんなじ頭を掻き混ぜる。

戸惑った音を出したセイバーに、でもと続きを話す。

 

「だからこそ、聞いたんだよ。俺はお前のこと知りたい。名前すら知らないから、知りたくて聞いたの。それはお前と俺がおんなじ名前だからってわけじゃない、セイバー()だからってわけじゃない……俺が幼い頃から一緒にいてくれたセイバー(セイバー)だから」

「ま、すたー」

 

か細く俺を呼んだ彼の頭を少し力を入れて引っ張り、こつりと額同士を合わせた。ゆらりと揺れる淡い蝋燭の火が此方を向く。

 

「……お前が何に怯えてるのかは知らない、何に罪悪感を感じているかは知らない。でもさ、俺がセイバーが思ってた様な“音”出してる?」

 

ふるりと頭を振るセイバー。そんな彼にだろ!と笑顔になってその頭を抱きしめた。

 

「ますたー」

 

涙声の舌ったらずな音が耳に届いた。俺の胸元でひくり、と小さくしゃくりあげた彼はぽつりぽつりとまるで小さな雨の様に話し出す。

 

「怖かったんです……マスターが私の名前を知ったときの反応が。もし、気味悪がれたらどうしよう……もし、拒絶されたら?私は……俺は何なんだろうって……そう考えて一歩を踏み出せずにいました」

 

ねぇ、マスター。

 

「あり、がとう、ございます」

 

受け入れてくれて。

そうぽつりと呟いたセイバーの肩は震えていた。余程怖かったのだろう。小さく震える姿は、なんだかセイバーらしくなくて……でも俺らしくて少し嬉しくなる。

俺は憧れてたんだ、セイバーに。でも同じくらい遠い存在にも思えてた。家族の様に近くにいながら、掴もうとすればするりと抜けてしまう幻影の様な感じがした。だからこうして俺と似たところを見ると安心するんだ。セイバーは幻影なんかじゃない、俺がいる限り此処にいるって。

セイバーの頭に俺はぽすりと顔を乗せた。皮膚から伝わってくる感触はいつも触ってる髪と同じ感触で、此処まで一緒なのかと笑えてくる。

 

ねぇ、セイバー。

 

「俺が拒絶なんてするわけないでしょ」

 

寧ろ喜んで受け入れるよ。だって嬉しいのだから。

俺と同じ名前で、俺と同じ容姿で、俺と同じ様に怯えたり怖がったりする。憧れてた人が同じだったんだ。受け入れない方がおかしい。だって俺にも強くなれる可能性があるってことでしょ。凄いことじゃん。多分セイバーと全く同じになることはないだろうけどさ。

それに、いつもの様に微笑みの中で誤魔化そうともしない今のお前の方が、俺は好きだ。

 

なぁ、セイバー。

 

泣いて笑って、一緒に寝て、一緒にご飯食べて。これから、そうした何気ない当たり前と言う奴を味わうんだ。サーヴァントが何さ、お前だって人間だよ。楽しく過ごさなきゃ死んじゃう。ずっと何かに追い詰められてたらいつか心が死んじゃうよ。

 

「セイバーは俺とずっと居たんだから、俺が寂しがり屋だってことは知ってるはずだろ。だから一人にしないで。一人で抱え込まないで……そんなの寂しいじゃん。ずっと二人でいたんだからさ、ね」

 

セイバー……いや。

 

「“善逸”。俺の、サーヴァント」

 

引き離して目を合わせる。大きな涙の粒がその瞳から流れ落ちる。多分俺も同じ様に泣いてると思う。頬に伝う慣れ親しんだ涙が、ぽたりと布団を濡らしていた。

 

「そんなに俺信用できない?信じる事ができない?“俺”は信じる事だけは得意だと思ってたんだけどさ……まぁ“俺”自身を信じるのは無理だってわかってるけど…………信じられないなら信じなくて良い、でも俺はお前を信じてる。それは“俺”だからってわけじゃない、何者でもないお前だから」

 

何度だって言うよ。お前だから信じてるんだ。お前だから名前を聞いた。お前だから。

理由はそれだけで充分だ。

 

なぁ、“我妻善逸”。

 

例え名前が一緒だったって、容姿が一緒だったって、生きてきた時間は同じではない。感じてきたものも同じじゃない。

お前はこうしてここにいる。そして俺もこうしてここにいる。それじゃぁダメなの?

だって。

 

「お前は、お前だろ?」

 

他に意味なんてある?

 

否。

 

「ない……です」

 

小さく呟かれた彼の返答に、俺は大粒の涙を流しながら笑顔を浮かべて、その頭を掻き抱いた。

 

 

 

 

 

 




本当にお前善逸か……?(震え声)
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