俺を喚んだのは過去の俺 作:鬼柱
「ね、ねぇセイバー、聖杯って……?」
ぎゅっと服を握られる。震えるその手を上からそっと重ね、大丈夫だよと言う様に反対側の手で頭を撫でた。
「聖杯とは、願いを叶える杯。以前魔力について説明しましたね?それがめっちゃくちゃある黄金の杯です」
「魔力がめっちゃくちゃある黄金の杯」
鸚鵡の様に言葉を繰り返す善逸にこくりと頷き返す。なんか全てを悟った様な顔になってる。言うなれば不安そうな表情から、スンと感情を落とした感じ。
そんな善逸に苦笑いを浮かべてると、横からくすくすと笑う声が聞こえた。見ると立香がゆるりと目を細めでこちらを見ている。
「うん、そんな感じの説明であってるよ」
『はい、魔力がめちゃくちゃある黄金の杯という説明はわかりやすい表現かと!』
『まぁそのまんまだからね、そこの善逸君のいう通りだよ。俗に言う聖杯とは違い、魔力が溢れる黄金の釜。魔力というものは力そのものだ、それがより多くあるだけやれる事が増える』
それが魔力が大量にある聖杯が通称“願いを叶える杯”と言われる所以だ。大抵の願いを叶えるだけの魔力量があるからこそ、聖書に出てくる聖杯の名を用いている。
まぁ聖杯に願うのは大量の魔力を用いて魔術を行使するのと違い、過程をすっ飛ばして結果を得るというものなので厳密には違うのだけども。
『で、だ!気になるのはそれをどこで手に入れたかだよ!フランシス・ドレイクはポセイドンから聖杯を取った。けれど君はどうだろう?この時代に聖杯があるなんて、記録にすら残っていないよ』
わくわく!と言った風に目を輝かせるダ・ヴィンチは善逸にそう問いかけた。通信越しでもわかりやすいほどワクワクしている。その様子は好奇心旺盛な子供の様で、なんだか微笑ましく思えた。
そっと善逸の方へ視線を動かす。彼は俯いていて表情が見えない。心なしかプルプルと震えていた。
「い」
『い?』
「嫌ァアアアアアアアアアアッ!!!!」
汚い高音が屋敷中に響く。わっ!と仰け反った彼の目には涙が浮かんでいて、あぁ何かの琴線に触れたんだなと理解した。
いやわかる、何かって言ったけどわかる。多分聖杯っていう得体の知れないものが中にあるって言われたからだ。
「セイバーの話だからって黙って聞いてたけどもう無理!!無理過ぎる!!!なんかヤベェ話ばっかしてるしさ!!!聞きたくなかったよ!!鬼の話とか!!柱っていう凄い人がバンバン死ぬ相手とか!!聞きたくなかった!!嫌!嫌いや!!!そんなの相手とか無理でしょ!鬼全部倒すとか!!!無謀過ぎでしょ!ましてやそこの金髪と同じ様な奴があと八人もいるの!?!?おかしくない!?おかしすぎない!?鬼の首魁力つけ過ぎ!!!鬼がいるんだからいらないでしょ!!エッ待って!?俺巻き込まれて良いとか言ったけど死ぬ未来しか思いつかねぇ!!普通の鬼すら倒せない俺がセイバーといたって戦力外じゃん!!昨日だって蜘蛛になりかけたのに!!次に何か出会ったら確実に死ぬ!!いや死んだらセイバーも死ぬから嫌だけど!!」
それに加えて!!
「聖杯って何よ!?俺の中にあるって何!?杯、杯でしょ!?湯呑みみたいな!!器でしょ!?物じゃん!!物が俺の中にあんの!?意味わからないんだけど!!普通に今まで生きてきましたけど!?異物あるとか知らないんですけど!!!これ死なないよね!?自覚したからって急に息詰まったりしないよね!?!?嫌なんですけどそんな死に方!!呼吸困難に陥って死因が意味わからない黄金の杯でした!とか雷に撃たれて金髪に変わったに負けず劣らず嫌過ぎる話なんですけども!!アッ、ウッ、待って、なんか苦しくなって気がするっ。せ、せせセイバー、俺死なないよね!?」
いやそれ叫び過ぎたからだと思いますよ。
涙と鼻水を垂れ流しながらビタンビタン!とのたうち回っていた善逸はぴたりと止まり小さな腕をこちらに伸ばしてきた。死なない、死にませんよ?と言い聞かせながら座らせて背中をさすってやる。泣き過ぎて過呼吸に陥っては事がことだからな。
「善逸の死因はそうですね……過呼吸による呼吸困難、あるいはショック死が妥当かと」
「そういうことを聞いてんじゃないんだよぉおおおお!!!!!」
それにセイバーいるから死なないって言ってんでしょぉおおお!!と叫びながら抱きついてくる善逸にあははと笑いながら背中をさすり続ける。いやもう良い喚きっぷりで、俺だってここまで喚くことあんまないからなんだかすごく思える。……ないよな?
過去の自分の喚きを振り返りたくない一心で視線を善逸から上げるとダァン!という畳を踏みしめて誰かが立ち上がった音がした。同時に聞こえるこの怒った音は伊之助だろう、振り返ると案の定彼が目尻を釣り上げながらこちらを指差していた。
「うっるせぇぞ!!チビ逸!!!」
「チビ逸って誰!?まさか小さい方の善逸だからチビなの!?失礼な奴だな!俺が知ってる伊之助より俺の方が背が高いわ!!」
「あん!?何言ってんだ!俺の方が高ぇだろ!」
「いやお前じゃなくて、この時代のお前な!」
ぎゃーぎゃーわーわー喚く伊之助と善逸。この言い合いが大人と十六歳の言い合いなのだから不毛な戦いだろう。どっちが高いとかどうでも良くない?少なくとも伊之助より俺の方が高いけどさ。
俺から離れ短い手をぶんぶん回しながら伊之助に文句を言いに行く善逸を見送る。そうして戻した視線の先には驚いた様な表情をした立香と、困った様な笑みを浮かべたダ・ヴィンチ、金時に至っては笑ってるし、そして最後の友人は懐かしむ様なほんわかとした視線を送っていた。
「いやおじいちゃんかよ!!」
ハッ!突っ込んでしまった。炭治郎の視線が孫の成長を喜ぶ様な、庭で遊ぶ孫を眺める様な感じだったから思わず!
さらに生温い視線から逃げる様にして、小さく咳払いをする。目が泳いでるかもしれないが勘弁して欲しい。
「善逸さんもあんな風に叫んだりするの?」
立香からそう聞かれた。やめてくれ、人が答えにくい様な質問をするんじゃない。というかあんな喚きを見た後で、彼から見たら同一人物だからってそんな質問する?普通はい!なんて答えないでしょ。否って言うしかないじゃん。でもそんなことないって言っても信じてもらえないだろうなってのはわかる。どうすれば……。
そう答えあぐねていると、横にいた炭治郎がするぞ!と言った。
「え、あの炭治郎さん?」
「柱になってからはそうでもなくなったが、それまでは任務に行く前とかはこんな感じだった」
「そりゃ任務が嫌だからね!寧ろ嬉々として鬼退治に行くやつの方がどうかしてる!」
ほら、と言われてまたもやハッとする。あぁもう、友人の前だと我妻善逸に戻ってしまう。ずっとそれで通してきたから自然に出てきてしまう。いや良いのだけど……キャラぶれっぶれだと思われないのだろうか。それだけがちょっと心配だ。
人によってはよく分からない心配をしていると性能の良い耳が足音を捉えた。走らないようにしているがタタタタと小走りでこちらに向かって来るその音には怒りも混じっている。あ、やばいと思って藤丸さんに通信機器を切る様に言う。
困惑する彼が俺の言葉にしたがってダ・ヴィンチが映った通信機器を切ったのと。
「善逸さん!ここに居たのですね!朝食の時間と薬の時間です!」
スッパーン!と慣れたように襖を開けたアオイちゃんが怒りのままに叫ぶのは同時だった。
善逸だけ朝食かと思いきやそうではなく、俺たちにも用意しているようだ。貴方達もどうぞこちらへと言われてついて行った先の広間には十人ほど座れる机に人数分の食事と座布団があった。えぇ、なんか豪華。蝶屋敷での食事ってこんなのだったっけ?と記憶を手繰り寄せようとしてもあまり覚えてなかった。こと衝撃的な出来事とか、エピソードは覚えているのにこうした日常的な風景は忘れているらしい。なんとも寂しすぎる脳内だ。別に今も生前でも覚えて居なくても良いゲームや漫画の知識とかもすんなりと出てくるのに……まぁそのお陰で生きてきたって言っても良いのだけど。
そう並べられた食事達を見ていると、何とも多い気がした。具体的には人数。此方の数は藤丸立香、炭治郎、伊之助、坂田金時、風魔小太郎、俺、そして善逸で七人だ。でも前にあるのはそれより三つ多い。首を捻った。
あ、因みに禰豆子ちゃんは食べれるかどうかわからないのでカウントしてない。サーヴァントになっても鬼だし、そこんところどうなのか凄く気になるところだ。もし口にして大丈夫ならば、甘味屋でも連れて生きたいところである。
「(……ぁ)」
甘味屋で思い出したけど、結局俺の買い物は済んでいない。通りでチュン太郎が姿を現さないわけだ。ずっと出ているのはわかっているんだけど、何処にいるのかはわからない。拗ねてんのかな……拗ねてそうだな。
怒ったらわりと面倒くさい己の鎹雀にため息を吐きそうになりながらも、とりあえず座ろうかと辺りを見渡す。と言っても自由なので何となく、誰が何処に座るかを確認してから座るようにしよう。
上座側の端には金時、その隣に小太郎ときて立香、炭治郎、伊之助の順に座り席が埋まったので反対側に回る。うん、金時の前は嫌なので伊之助の前にしておこう。彼は食べるのが汚いのだが、それ以外は特に重要でもない。大体ご飯を奪うのは隣にいる奴のだし。ストンと今やもう慣れた正座をして座り、隣に善逸が座った。
「あら、皆さんお揃いで」
早いですねぇ。
おっとりとした口調でしかし芯がしっかりとしてるその声音が耳に届いた。廊下側から聞こえたそれに顔を上げるとしのぶさんがゆるりと笑いながら此方を見ていた。
そこから蝶が舞うように此方側へと移動してきたしのぶさんは善逸の隣に座り、風魔さんと斜め前にいる風魔小太郎へと声をかけた。小太郎は立香に目配せし、彼が頷いたのを確認してから口を開いた。
「何でしょうか、胡蝶殿」
「善逸君の部屋にあと二人鬼殺隊士がいます。連れてきてもらえませんか?」
思わずしのぶさんを見てしまう。善逸と同じ部屋にいるのはこの時代の炭治郎と伊之助だ。二人に会わせてしまっても良いのだろうか。確実に話の腰が折れそうな気もするんだが。特に伊之助とか。
小太郎も同じように思ったのか、立香の方を窺うようにしている。髪の毛で視線はわからないがきっと視線が彷徨っているんじゃないかな。
「……主殿」
「胡蝶さんの言う通りに」
「はっ」
小太郎が頷いた途端に気配もなく消える。アサシンクラスが持つ気配遮断のスキルはその場にいても気付かれにくいと言うだけのスキルであり完璧に消えるものでもない。ただそれを使っていたとしてもこの場にいる誰にも悟られず部屋を出て行った彼に尊敬しかない。
生前の頃に鬼殺隊最速とか謳われ文句を勝手に掲げられてた俺だけど、やはりこういう相手には後ろからぐさりとされて死ぬと思うんだよな。耳と脚があったからそういうこともなかったけれど。搦め手使ってくる鬼も少なかったしな。
「ただいま戻りました」
早!?
もう既に食べ始めてる伊之助をぼんやりと眺めていたらいつの間にやら小太郎が戻ってきていた。脇には炭治郎と伊之助が抱えられており、二人とも何が何だかわからない表情を浮かべている。伊之助に至っては猪頭のままなので雰囲気だが。
疑問符を飛ばしまくる二人を小太郎はしのぶさんの隣に並べた。丁度反対側の炭治郎と伊之助が対角線上になるようにだ、簡単に言えばしのぶさんの隣に炭治郎、そして伊之助である。
そうして自分の席に戻った小太郎を見届けたしのぶさんはぱちりと小さく手を叩いた。そのまま可憐に笑った彼女は、さてと口を開く。
「全員揃いましたし、朝食を頂きましょうか」
それでは皆様。
「いただきます」
いただきます。
それぞれの食前の挨拶が重なったところで、揃えられたお箸を手に取る。まずは汁物からと味噌汁のお椀を取り一口。赤味噌の良い塩梅が舌を刺激した。
和風な朝ごはん。うん、いや美味しいのだけど二回目ともなるとトーストが無性に食べたくなって来る。蜂蜜垂らしたヨーグルトにサクッと焼いた食パン、こんがり焼けたそれはバターが溶けていて照明でキラリと光る。飲み物は牛乳か野菜ジュース、冬ならばコーンスープかポタージュだ。シンプルイズザベスト……食べてぇ。
自分の想像が完璧すぎて舌から伝わってくる味と全く違うことによる混乱が起きそうになるがそれは我慢して、黙々と朝食を頬張った。
「んフフ」
隣から小さく漏れ出たような笑い声が聞こえた。犯人であろう善逸を見ると、彼は頬をだらしなく緩ませて朝食を食べている。視線は時々しのぶさんへ移動していることから美人の隣で食べれることが嬉しいのだろう。この屋敷の主人である彼女がこういった場で朝食を食べるのは目的があるからだと推測できるが、やはりというか女の子限定でポンコツになる良すぎる耳は今も健在らしい。善逸の視線に気づいてない筈ないしのぶさんは少しお怒り気味だ。ピッと善逸の耳を引っ張る。
〝あまり女性の食事を見るものじゃありませんよ。嬉しいのはわかるけど〟
そう注意すればむくれた善逸が、わかってるよと念話で返して来た。やっぱりやりかた知ってるんじゃないか。じゃぁなんであの時声で呼んだのだろうか。今更聞くのもアレだろうと思うので聞かないが。
〝この雰囲気が耐えられないの!しのぶさんの隣に座って食事してるって事実に喜んでないと重苦しくて息できないわ!〟
なるほど、現実逃避を兼ねてたのか。
ちらりと周りを見渡す。黙々と食べる人達ばかりで誰も話そうとしない。普通に騒ぎそうな伊之助達も黙って食事してるし、ここの炭治郎に至っては緊張してるのか動きがぎこちない。まぁその原因はニコニコしながら炭治郎や伊之助を見てる大人炭治郎だろうけど、それはともかくだ。
しのぶさんも食器の音をあまり立てずに食べているし、小太郎の皿からは驚異のスピードで食べ物が消えていく。金時はその見た目から想像もできないほど綺麗に食べてる。 そして立香は周りの様子を伺っているのか、ちまちまと食べていた。
まぁ確かにこれは耐えかねない。善逸の言い分に頷いていると、善逸の隣にいたしのぶさんがさて、と呟いた。
「色々と話してもらいましょう」
にこにこ。しのぶさんの笑みは崩れない。
話が、進ま……!
ドレイクと同じって言ってますけど“正真正銘の聖杯”ではないです。