俺を喚んだのは過去の俺   作:鬼柱

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第七節 鬼舞辻という男。4/4

 

 

 

手足の痺れからか箸を落としそうになった善逸の手を横から支えながら、しのぶさんの言葉の続きを待った。彼女は微笑みを浮かべながら真っ直ぐと立香の方を向いている。

 

「お館様から貴方方について報告するように、と仰せつかっておりますので、今朝起きた出来事についてしっかりと説明してもらいましょう」

 

そこの金の髪の方のこととか。

成る程、しのぶさんには報告義務があるらしい。確かに協力を申し出たと言っても相手は意味不明な機関を名乗る不審者。到底監視も付けず野放しになんてできないだろう。蝶屋敷に来るということからしのぶさんが担当になった、とかそういう事だと予想。

まぁその場合、お館様が未だに納得してない柱達を納得させる為にしていることだとも予測できるけど、別に今はそんなのどうでも良い。目の前の事に集中しよう。

 

「……では、俺から話します」

 

今朝の事を簡潔に話す立香には感情の音がしない。事実をこんこんと述べるその姿はどこか機械じみていた。説明に感情は不要だからな、あるのは多分どう伝えればしのぶさんがわかるどうかぐらいだろう。

善逸を預けた後の出来事を噛み砕いて話した立香にしのぶさんはふんふんと頷くのみで何も言わない。そして鬼無辻が召喚した残り八騎の名前を言ったところで、彼女は成る程と呟いた。

 

「その八人の方が鬼舞辻無惨のサーヴァントというわけですね」

「そうなります」

「では後で特徴と詳細を教えて頂けませんか?報告書にまとめて提出しますので」

「勿論!」

 

しのぶさんが頷いたところで立香はあ、と声をあげた。何かを言い忘れていたらしい。一つ渡したいものが、と続けた彼は懐から一つの小瓶を取り出した。

透明なそれの中に入っているのは黒い液体のようなもの。傾ければどろりと揺れたそれに俺は見覚えがあった。

 

「それ……どうして」

「金時と戦った後に落ちてたんだよ。うん、その反応ならこれが“泥”なんだね」

 

脳裏にバラバラになった隊士達が浮かんだ。ギリ、と歯を噛み締めてから食事に戻る。思い出せてみればもっと良い方法があったんじゃないだろうか、と余計な事を考えてしまう。けど動けない様にと無力化に力を入れれば俺がやられる可能性があるし、死体に近づいた誰かが襲われる可能性があった。

息を吐け、俺。今更悔いても遅い。あの時はあれが最善の手であったのだ。自分が悔いていては隊士たちに失礼だろう。

そんな俺を一瞥してから立香は腰を浮かして机の真ん中にそれを置いた。

 

「それを預けておきます。心行くまで研究してください」

「これが聖刃さんが言っていた泥ですか」

「はい。柱の方の話からすると被害は出ている様なので、解決策は編み足していた方がいいかと。この泥を解く方法はわかりませんが、抑えることならできるかもしれないので」

「貴方達の分は」

「あります。ご心配なく」

 

では有り難く。

そう言ったしのぶさんはその小瓶を受けとった。あの泥が鬼に関する何かならしのぶさんに預けて正解だと思う。魔術側なら無駄に終わるけれど、代わりはあるそうだから心配はないだらう。多分さっきの話し合いの最中でもあの泥を分析していたに違いない。結果は話されてないけれど。

 

「それと」

 

ぱちぱちと小さく二回手を叩いたしのぶさん。急な出来事で驚く俺たちを置いてきぼりに、カァ!という鳴き声が聞こえた。聞こえた方の廊下を見る。ポツリと一匹のカラスがそこに佇んでいた。一身に注目を浴びたそれはもう一度カァと鳴いた。

 

「オ館様ノ命ニヨリ本日カラ藤丸立香ニ付ク事ニナッタ鎹鴉、陽蜂(ひばち)ダ。ヨロシク!」

「連絡手段として鎹鴉をお渡しします」

 

食事中ニ失礼!と陽蜂と名乗った鎹鴉はトコトコと立香の前まで歩き、こてりと首を傾げたその鴉はカァとまた鳴いた。

 

「ウン、オ前ノ目良イ色シテンナ!気ニ入ッタ!抉ッテ良イカ?」

「駄目だけど!?急に人の目を抉るとか言い始めたんだけどこのカラス!!」

 

純粋な眼差しがこの位置からでも見える。真っ黒なのにきらきらと輝くそれから逃げる様に後ずさった立香に同情してしまう。あのカラス、本能が強すぎではないだろうか。綺麗なものを集めるとか聞いたことあるしな……珍しい色好きなのだろうか。

 

「普通に良い子なんだそうですよ?仲良くしてあげてください」

「それ胡蝶さんがそう聞いてただけじゃ!?ちょ!ま、本当に抉って来ようとしてる!!」

 

アーーーーー!!!と部屋の隅でカラスと戯れる立香を見ていると表情が抜け落ちてしまった。俺が恥晒してるとき、あんな感じじゃなければ良いけど。

 

「(善逸達が同じ表情してる……!)」

 

驚きの様な、面白がっている様な音が聞こえたのでそちらに視線を動かすと炭治郎がいて、目が合った瞬間に逸らされた。え、何?めっちゃ傷ついた今。いや野郎にずっと見られてても嫌だけど。

悲鳴をあげながらもなんとか抑え込めたのか、息を切らしながら立香が席に戻った。その手には翼を封じられたカラスが足をぶらぶらさせている。楽しそうだな。

 

「ハァ、フゥ……ふ…………ふふ」

「立香、立香!コノ状態デ持チ上ゲテミテクレ!楽シソウダ!」

 

いや本当に楽しそうだな?

カァカァと手の中で鳴くカラスの言い分を聞いた立香は肩を震わせ、やがて顔を上げた。

 

「チェンジでッ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガ、ァアアアアア!!!」

 

獣の声が響き渡る。重い金属が床に擦る音と、鉄の柵を掴み揺らす音が反響している、暗闇の中にあるそれは涎を垂らし、まるで何かを探す様にぎょろりと見渡していた。そうして目当てのものを見つけると、まるで喜びの雄叫びをあげるかの様に吠えた。

 

「ふん、ただの獣ではないか。まるで鬼になりたての頃に戻った様だな」

 

カツン、上等な革靴の音が響き渡った。どこからとも無く現れたその男は、かつて“下弦”の位を与えた鬼に冷めた視線を送る。その目は鬼という生物を見る目ではなく、ただの畜生へと送る差別の視線。もはや彼らは同族でもなんでもなかった。

 

「ッァアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛!!」

「煩わしい」

「ッ!」

 

吠え続ける獣に男、鬼舞辻無惨は鋭い視線を向けて黙らせた。先程まで威勢良く吠えていたそれはまるで未知の物に出会った獣かの様に震え始める。

 

「貴様、私を殺そうとしていたな?そこまで堕ちてもなお、彼我の実力差がわからないなど、獣以下だ」

 

穢らわしい。

煩わしい。

だが、利用価値はある。

 

「“前”では貴様達下弦を殺した。無能、無力、無知。ありとあらゆるものが上弦には程遠く、忌まわしき鬼殺隊の柱にさえ敵わない。期待などしてない、しない。しかし、価値はそれなりにあるだろう」

 

獣がいた反対側の牢屋の中に視線を向ける。無惨が現れてからずっと頭を下げている三体の鬼は、手足を震えさせながらも無惨の言葉の続きを待った。

 

「今度こそ、あぁ今度こそだ。鬼殺隊を滅し、あの鬼を手に入れる」

 

それだけは聖杯に願ってはいけない。これだけは自分の力で手に入れなければ。助力を聖杯に頼っては良いが、報酬を用意するのは己だ。その為に無惨は動き出す。

 

「下弦の壱は殺られるだろう。“前”もそうだった……予定調和だ。そしてその次には上弦の陸が死ぬ。その次は肆と伍だ」

 

そこだ。

“前”の記憶では肆と伍で鍛治師の里を襲撃した。鬼殺隊の力を削ぐ為に、刀を作らせない為に。過剰戦力だとは思っていた。しかし実際は殺されてしまい、更には半分程鍛治師を残してしまう。柱もよく分からない力を付ける。それはいけない、それでは駄目だ。

でもそこで、あの鬼は日を克服する。

 

「いずれ貴様等には上弦の肆と伍、半天狗と玉壺と共に行動してもらう事になる。柱を倒せずとも、鬼を倒す力もないただの鍛治師共なら倒せるだろう?」

 

問いかけてはいるが是否の答えは求めていない。この鬼の首魁は是と答えても否と答えても、全てを気に入らない。下弦にはもう期待していないからだ。これらは言葉を発することができるただの操り人形。自分の思い通りにならないものなど、要らないだろう。

あぁでも、自身で考え動かない人形も気に入らない。

 

「それまではこの獣の様にならないよう、気をつけておくことだ」

 

まぁ、無理なことだとは思うが。

 

---べべん。

 

琵琶の音が響くと、無惨は消えていた。

途端に息を吐く音が聞こえる。安堵の音だ。獣と称された鬼以外の三体の鬼が同時に自身がまだ生きている事に喜びを感じる。

 

「(し、死ぬかと思った)」

 

下弦の肆が心の中で呟く。無惨がこの場にいない今、思考を読まれることはない為に冷や汗を存分に流しながら顔を上げる。一度殺されかけた身だ。身体に結びついた恐怖は簡単に拭えるものではなく、また目の前にいるかつて同胞だった何かに悲鳴を上げたくなる。

どうしてこんな事に。そう心の中で考えるも、己が下弦などになってしまったからという答えしか出てこない。しかし十二鬼月というものは鬼にとって力の象徴であり憧れであった。なれた事に喜びはすれど、嘆きなどした事なかったのに。

涙が浮かんできそうだ。自分も目の前の奴の様になってしまうのだろうか。

ぐちゃり、ぐちゃり。内臓を掻き回されていた名も知らぬ下弦の陸を思い出す。鬼に痛みなどない、だが掻き回される度に苦しげに喘ぐ彼の者を見てどうやって恐怖せずにいられようか。穴という穴から泥の様なものを溢れさせ、終いには理性を無くした。

 

「ガッ、ハァ、ァ゛ァア!」

 

無惨がいなくなった途端に元気を取り戻した目の前の獣は、反対側の柵の向こうにいる鬼達を掴もうと必死に柵の間から手を伸ばしている。しかしながらそれが届くことは無い。人体の変性方法でさえ忘れているようだ。ただただ爪を伸ばし、牙を覗かせ、涎を垂らしても気にせず吠えるその姿はまさに獣だ。

 

「(嫌だ、嫌だっ)」

 

なりたくない、なりたくない。あんな風になりたくない。死にたくない。

頭を抱えて蹲る。明るい桃色の髪が視界を舞った。せっかく十二鬼月になったのに。せっかく強くなれたのに、ここで終わるのだろうか。強くなれるからこそ鬼になった。終わりたくないから鬼になった。

柱とぶつかれば己は死ぬ。それがわかっていたからこそ逃げ回り、倒せそうな奴だけ倒したのに……冷静に自分の力量を分析して、生き残る為に相手を見て、そうして生き残ってきたのに。十二鬼月の中で柱を悠々と倒せるのは上弦だけだと彼の方もわかってないはずがないのに。

強くなれば終わることはないと思っていた。終わりたくないなら強くなれば良いと思っていた。けど実際にはどうだ。強くなる為に、終わらない為に柱を避けていたら、己達が慕う彼の方に見放された。そして下弦の陸は獣にされた。

彼の方は言っていた。いずれ上弦の肆と伍と共に行動してもらうと、それまで獣にならないようにと。

それは期待ではない。チャンスでもない。ただの命令だ。

 

「(無能、無力、無知)」

 

そう評価された己らはきっと彼の方にとって。

 

「(……私は一体、何の為に十二鬼月にッ)」

 

ただの……“捨て駒”に過ぎないのだ。

 

 

 

 

 

 




短め。

原作のを見てると、ここのは結構マイルドでは?って思っちゃったりするから、あのブラック上司駄目。

次は4日に!では!
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