俺を喚んだのは過去の俺 作:鬼柱
「ところで」
多少のドタバタはあったけれど、何とか朝食を済ませ食器をアオイちゃん達が片付けてくれた後、頭を陽蜂に突かれている立香が声をあげた。隙を伺っては目玉に向けて嘴を向けてることから、まだ立香の目を取ることを諦めてないのが伺える。
「何故、この時代の竈門炭治郎と嘴平伊之助を連れてきたんですか」
いい加減うざくなったのか、目に迫った嘴をがっしりと掴み押さえ込んだ。バタバタと陽蜂は暴れているけれど人の力にカラスが敵うはずもなく、やがて諦めてカァと寂しげに鳴いて大人しくなる。
立香の質問にあぁ、と頷いたしのぶさんはにっこりと笑みを深くして頬に手を添えた。
「彼等も部外者ではないからですよ」
え。
待て待て待て!?
「どういうつもりですか!?」
驚いて思わず身を乗り出してしまった。善逸を挟んだ向こう側にいる彼女は微笑みを崩すことなく、淡々と此方を見ている。
ここに彼等を連れてきた時点でなんとなくそんな予感はしていたけれど、だからってマジで巻き込むとは思っていなかった。善逸は俺のマスターだ。だから巻き込むもなにも当事者だ。俺がただ踏み切れなかっただけで、彼はもう部外者ではなかった。けど、けど炭治郎達は違う。魔術のまの字も知らない一般人で、横文字もわからない鬼を滅すだけに努力してる子達だ。それを。
「どういうつもりも何も、彼等は鬼殺隊の一員です。皆が皆、鬼を滅す事を掲げ戦っています。鬼の首魁である鬼無辻が本件に関わっているとなると、彼等が関わる事には何も問題はないのでは?」
「そういう事を言ってるんじゃないんです!」
こてり、と可愛く首を捻っていたって俺はしのぶさんに怒りを隠しきれない。
「いや巻き込むのははっきり言って反対ですけど、彼等が巻き込まれない保証はないので別に良いです」
だって主人公とその友人だ。それに姿は違うと言えど、本人達がサーヴァントとして現界してる事から絶対に巻き込まれない保証はない。寧ろ巻き込まれる方が高い気がする。だから、それに関しては俺は怒ってないのだ。
「一から!せめて、一から説明してあげてください。理解できないと思いますけど、選択肢ぐらいは与えてあげてください。理解できないと思いますけど!」
「いやなんで二回言った???」
善逸に突っ込まれた。いやだって、炭治郎や伊之助に善逸にしたような説明してみろ?通じると思います?と言えば、確かにそうだと頷いた。そうだろそうだろ。ガチで頭の固い長男と山育ちの野生少年に難しい事が分かるとは思えない。
二人してうんうんと頷いていると、大人炭治郎に善逸と呼ばれた。
「それはちょっと俺と伊之助に対して失礼じゃないか。お前は昔から優しいが、言葉尻に棘があるのはどうかした方がいい」
その言葉にムッとして、炭治郎をジト目で見る。彼は眉間に皺を寄せていて此方をじっと見ていた。あの目は知っている、よく禰豆子ちゃんに言い聞かせる時にしていた目だ。全体的な表情と聞こえてくる音から間違いはない。なんだ?人を子供扱いですか?いや、別に禰豆子ちゃんが子供っていうわけじゃないんだけどね。
しかしながら、言い訳させてもらおうではないか。
「炭治郎だって、人の事言えないぞ?人生で何回俺の心を傷つけたと思ってんの?時代が時代なら傷害罪で訴えれるぞ、この野郎」
「善逸に関してなら全て本当の事だろう?」
「はーーっ!それが!駄目だっての!思ってても言葉にするな!心の中へしまえ!!まぁしまってても?聞こえてくるから意味ないんですけどね!」
「じゃぁ良いじゃないか。そもそも善逸が恥を晒し続けるのがいけない。大人になってすらも」
「ア゛ーーーーーーッ!!(汚い高音)プライバシーの侵害!!逮捕!逮捕案件!!」
藤丸さん!ちょっとそこの奴捕まえて!と叫べば、藤丸さんは陽蜂を放してから炭治郎の両手を掴んだ。時計を確認してから、現在時刻を言い現行犯確保!と叫んだ彼は本当にノリが良い。神かな?
「罪状は傷害罪とプライバシーの侵害。炭治郎、素直なのは良いけどさ、もう少し言葉を選ぼう。いや王様とかと比べたら可愛らしいものだけど、配慮をね」
ここには彼等もいるから、先の話はしないでおこう。
立香が困った様な笑みを浮かべて炭治郎にそう言った。カァといつの間にか立香の頭の上へ移動していた陽蜂が鳴き、炭治郎はそうだなと肯定した。マスターの言うことは聞くんだな、サーヴァントの鏡だけど友人である俺の言葉も聞いてくれたって良くないか?いやほんと、何回心抉られたと思ってるんだか。
炭治郎の両腕をぶんぶん振る立香から視線を逸らすと大人な伊之助がこっちを睨みつけていた。整った顔だからか余計に怖いそれに、俺は何かしたっけ?と疑問符を飛ばす。
「間逸」
「新しいな。で、何だ?」
「今、俺様のこと馬鹿にしたか?」
あぁ、その事。今話してた事な。うん。
「した」
途端に伊之助が机から身を乗り出して襲いかかってくる。刀を抜いてないことから戯れの一種だろうけど、机の上を渡るのははしたないからやめた方が良い。あとしのぶさんに怒られる。
伊之助の腕が後もう少しで自分の顔面に届く、その瞬間に彼の手首を掴んで捻り、誰もいない畳の上へと軽く叩き付けてからお返しにビシッと顔面へと手刀をギリギリで止めた。可笑しいな、伊之助なら手首を捻る前に関節とか外して一撃ぐらい喰らわしてきそうなのに。
「情緒不安定かよ、どした」
「後で戦え!」
「あーあー、そういうこと。坂田金時じゃ満足できなかった?」
「おう!」
伊之助さんは決闘をご所望らしい。まぁそれぐらいなら断る理由もないので、別に良いぞと答えてから手を離した。
俺の言葉に嬉しくなったのか笑顔になった伊之助はそそくさと自分の席に戻っていった。ウッ、笑顔が眩しい。好戦的な笑みではなく、純粋な笑みはよりその綺麗な顔を引き立たせている。
「なんだなんだ、力比べならオレっちも混ぜろや」
「お前はもう良い!俺は紋逸とやるんだ!!」
「カーッ、振られちまった」
然程悔しくはないのか、呆れた様な笑顔で首を振る坂田金時。まぁ今朝に散々やったからな、もう良いってなるのは分からなくもない。
まぁそんなことはどうでも良いんだ。さっきから目を白黒させている炭治郎と、凹んだままの伊之助に説明をしてあげて欲しいんだよ。立香の方を向くと、彼は此方の視線に気づき頷いた。説明してくれるらしい。有難いことだ、俺は少しだけ口下手なところがあるから噛み砕いて説明できるか自信がない。
この時代の炭治郎と伊之助に近づき、身振り手振りで説明する立香から視線を逸らし、食後のコーヒーならぬ食後の緑茶を楽しむ。ずっと飲み込めば、茶葉の良い香りと暖かさが喉の奥から胸のあたりまで滲み出す。うん、美味しい。こうなるとコーヒーが飲みたくなってくる。今度喫茶店にでも行こうかしら。
そう全然関係ないことを考えていると、ぴっと右耳を引っ張られる。なんだ?とそちらを見れば不貞腐れてる善逸がいた。こてり、と首を傾げる。
〝なぁ〟
念話だ。
同じように緑茶を余った袖越しに両手で掴み飲む彼は、此方を見ず不満の音をさせていた。善逸の視線を追いかけ前を向くと、その先にいたのは大人な炭治郎と伊之助。炭治郎はときおり立香の説明に加わっていて、伊之助は出されているお菓子を暇そうに齧っている。彼らがどうしたというのだろうか。
〝セイバーってあの炭治郎達と仲良いよな〟
そりゃ、まぁ。
〝生前からの付き合いですから〟
炭治郎に至っては座に記録されてからの付き合いもある。あの場所は時間の概念はないけれど、それなりに長い付き合いだと言えるだろう。
今考えれば、生前から迷惑ばっかかけたりしてるのに死んでからもずっと俺と話してくれるとかやっぱり炭治郎は聖人の類だと思う。それか前世が小さな村の教会に居る牧師か神父。神父って聞くと黒鍵が思いついてしまうから、嫌だよね。普通の神父は元サーヴァントだったり、サーヴァントと戦えたりしないから。
〝それだよ〟
〝……?〟
それって?
〝俺はセイバーから名前聞けて近くなったと思ってたんだ。でもまだ敬語じゃん。たまに抜けたりしてるけどさぁ……あの炭治郎達と話すときは普通なのに、俺に対しては変わってないじゃん〟
きょとり、と瞬きをする。何を言われたか今ひとつ分からなかった。
えっと、と答えを言い淀めば、善逸はだから!と念話の中で声を荒げて湯呑みを置いた。
〝敬語やめろってこと!出会った時から敬語だから別に違和感とかないけどさぁ!炭治郎達への対応とか見てたら、こう、なんかこう!俺に対しての壁?みたいなもの感じるっていうか……!いや、セイバーがわざとやってないのはわかるんだけど!その……えと〟
だぁ!もう!と頭を両手で掻き回す善逸の言葉を待つ。複雑そうな音をさせている彼はやがて纏まりのない言葉の羅列の意味を一つの言葉へと集約させた。
〝炭治郎や伊之助と仲良くしてるお前見てると…………もやっとするんだよ〟
吐き捨てるようにそう言った彼の耳は赤く、此方からは表情を伺いきれない。だけど、きっと彼はその今浮かんでいる気持ちの意味を知っているのだろう。彼から聞こえる音は街中で見かけた、親が知らない人と談笑しているのを見て不貞腐れている子供の音とよく似ていた。また、恋人と思われる男女の片方が別の人にうつつを抜かしているのを見たもう片方から鳴る音。
まぁ、つまりは。
〝嫉妬、してるんですか……?〟
まるで玩具を取られたような子供のように、炭治郎達に嫉妬している。
まさか、そんな。驚きのままにそう問いかけると彼は驚いたように此方を向いていきなり立ち上がった。
「ばっ!そんなわけ……!」
炭治郎達へ説明会をしている最中に急に行動を起こした善逸に注目が集まる。ばっと両腕で口を塞いだ善逸は自分に集まる視線の数々を確認してから俯き、そして逃げ出した。一瞬にして廊下に出た彼は、その脚の速さを持って蝶屋敷の病棟へと向かったようだ。
途中から聞こえなくなった彼の音の代わりに、一つの念話が届きため息を吐く。どうやら無自覚だったらしい。だがしかし、あくまで見た目が自分に対して嫉妬が出るほど入れ込むとは思わなかった。不満の中に隠れていた親愛の音。それは己に対して向けられていいものなのだろうか。いやだって、何回も言うけど見た目変わらんよ?同じだよ?第一印象が見た目八割九割占めるんだから、視覚からの情報源って結構重要な部類では?え、大丈夫??視覚情報バグってたりしない?
そう聞きたいぐらいだが、肝心の相手はもういない。とりあえず、どうしたのか?と視線で訴えてくる皆さんに何でもないと首を振っておいた。
---暫く、ほっといて。
先ほどの念話で来たその言葉に、はて……俺はその通りにした方がいいのだろうか?
「はむ……む、んん。美味いな、これは」
たらりと垂れる蜜ごと団子を食べる白髪の女はとても大きい大太刀を片手に持ちながら街中を歩いていた。焼けた肌に白髪、ノースリーブにミニスカートと目立つ格好をした彼女は自身に集まる視線を気にすることなく、その脚を動かしている。背丈は普通なのに天狗が履く下駄のようは厚底の靴を履いているのも、彼女に視線が向く理由だろうか。
無表情で変哲のないみたらし団子を食べる彼女はふと顔を上げて、頭上にある癖毛をぴょんと揺らした。
「おでんを食べるとき程じゃないが、まじんさんの至福のときを邪魔するとは。万死」
はむ、とあと二つあった団子を全て食べ、残った棒を近くにあったゴミ箱へと放り込んだ。美しい放物線を描いてきちんと入っていったそれに気に留めることもなく、彼女は走り出した。
表通りを抜け、裏通りを走り、たまに屋根を越え数秒。街を少し抜けた先にそれはいた。人の形をした、しかし決してヒトではないそれ等。上を飛んでいた彼女は重力に従って落ちながらその長い大太刀を抜き放ち、すれ違いざまに全ての首を飛ばした。
「おい、そんなんじゃ動くぞ」
低姿勢のまま地面を滑るように振り返てれば何処からか声が聞こえたが、彼女はそれにただわかってるとだけ返して刀を構え直した。
「粉々にする。大丈夫、得意技だ」
ドンと踵に力を入れて腕を振るう。目にも留まらぬ何十閃もの剣戟がその大太刀から繰り広げられ、人の形をした何かは溶けだし、どろりと地面に散らばった。
キン、と軽く金属が当たった音がすると大太刀はいつのまにか鞘の中へと納められている。片手に持ち直した彼女はこてりと首を傾げた。
「まだ、か?」
くるりと見渡す。街を囲むようにそれ等はいる。肌を通して感じる気配は一つ二つではなかった。とりあえず街に近い方から処理していこう。そう考え、彼女は動き出した。
彼女が今回ここに来たのは偶然ではない。この時代に現界してから出会った顔見知りのサーヴァントの指示のもと、拠点から大分離れたこの街へと繰り出していた。彼女自身戦うということ以外はてんで駄目、つまりあまり得意ではないので何故ここにあのヒトではないものが来るのかも知らなかった。ただそこに行って欲しいと言われただけであり、到着して数分で出会うとは思っていなかった。
ふむ、と考える。やはり自分には到底思いつかないようなことを考えているのだろう、と。
白い軍服の様なものを着た美丈夫とセーラー服の美女を思い浮かべては、大太刀を抜いた。
「魔神の“じん”は微塵切りの“じん”!」
視界に収めた瞬間に粉々になる人間だったものたち。僅かに討ちもらしたそれをもう一、二閃すれば言葉通りに微塵切りになり崩れ落ちた。
「次」
「おい」
次の地点へと走り出そうとして途端に声がかかった。聞き慣れた程ではないが知っている声に彼女は立ち止まり、何だ?と問う。
しかしながら今回の現界ではよく喋る。いつもならただの物だと言って頑なに話さないのに。
「人間だ」
生身の。
そう続けたそれの言葉と同時に近くにあった草むらが揺れた。気配を探ると確かにそこにいる。気付かなかった。気持ちを次へ持って行っていたからだろうか。足元を掬われる気分だった。
「誰だ」
人一人隠れるのにはもってこいな草むらに向けて話しかける。しかし返事はなく、聞こえなかったのだろうかともう一度問いかけてもやはり返事をしてくれない。無視されてる。
その態度にムッとした彼女は一歩踏み出して、瞬時にその者の後ろへと周った。
「無視されるのはまじんさんだって悲しいんだぞ」
急に後ろから聞こえた声に隠れていた者は飛び上がり距離を取った。背中に背負った刀に手を添えて睨みつけてくる様はまるで懐いていない猫の様で。
そんなに威嚇するほどのことか?と彼女は疑問符を浮かべ、その少年を眺める。
「(黒い隊服に刀……炭治郎と似た格好だ)」
なるほど、鬼殺隊という奴だろう。そう結論付ける。
一、二ヶ月程前に出会ったサーヴァントから受けた説明を思い出していた。彼が言うには黒い軍服と袴を合わせた様な格好をして刀を持った人間は鬼殺隊の一員だから、例え敵対してきても殺さないで欲しいという事だった。自分と同じ様な格好しているからわかるだろう、とも。
本来居ないはずの鬼たちを狩る政府非公認の組織、鬼殺隊。さっきのヒトではなくなった何かを鬼の仕業だと判断して鬼殺隊員が来ていてもおかしくはない。普段見ている鬼とは違う何かに様子を伺い、そこに自分が来てしまったのだろう。
勿論推測でしかないが、あまり頭の良くない己にしては良い筋を言っているのではないだろうか。
うんうんと独りでに頷いていると、おい!と声をかけられた。さっきは散々無視したのに相手の方が痺れを切らしたらしい。
「お前!さっきの鬼じゃねぇ何かについて知ってるな?知ってること全部話せ」
その言葉に彼女はムッとしてお前じゃないと言った。
「まじんさんはまじんさんだ」
「テメェの名前なんてどうでも良いんだよ」
「?私の名前はまじんさんではないぞ?」
「どっちだ!!!」
ぐわ!と声を荒げたその少年に首を傾げた。本当の事を言っただけなのに何故起こっているのだろうか。少し考えるけれど、やはりというか他人の心情の理由なんて思いつく筈もなく、仕方ないと口を開く。
「お前、名前は?」
「人に名前聞くときはまず自分からって習わなかったのか、このアマ」
「む?そうなのか?初めて知ったぞ」
「嘘だろ」
何せ悠久の時を生きていたと言っても独りぼっちだったのだ。前のマスターに出会うまで己はずっと独りでいたから、記憶が磨り減るまでいたから、そう言われてもわからない。生前の記憶なんてものはない、あるのは約束だけ。まぁその約束は果たされてもなお、何故かこうして現界してしまってるのだが……それは抑止のみぞ知るって奴だろう。
二度あることは三度ある、とはこのことか。
「で、名前は?」
「話聞いていたのか?その耳は飾りか?」
「聞いていたぞ。自分から名乗れ、だな?だから聞いてるのだが?」
「聞いてて理解してないのかよ!!!」
やがて彼は話が進まねぇ!と嘆いて、舌打ちを一つ零した。刀に手を添えたまま、少年はジッと彼女を睨む。
「俺の名前は獪岳。さぁ教えてもらおうじゃねぇか!テメェが斬り殺した鬼じゃねぇ何かの事を!」
やっと出た。まじんさん今まで何してたの。