俺を喚んだのは過去の俺 作:鬼柱
「この街にサーヴァントが……?」
「あぁいるはずだ。龍馬とお竜さんが言っていたから間違いはない」
あと数十分ほどで日が落ちそうな時、街の端にある通りにとある一組の男女がいた。
扱いきれなさそうな大太刀を持った白髪の女性と、その隣に立つ黒髪に切れ長の目を持った男性。浅草にある拠点から移動してきた沖田総司・オルタと獪岳である。
獪岳はその太い眉をきゅっと顰め、街を見渡す。全体的に嫌な気配がして仕方がない。
「そいつらは何処に行ったんだよ」
「さぁ……私にはわからない事をしているんだろう」
「テメェ、無頓着すぎねぇか。仮にも仲間じゃねぇのかよ」
「仲間だが?」
仲間の行動に無頓着すぎる。少しは行き先ぐらい聞いていけ。
そう獪岳は思うけれど、例え言ったところで沖田オルタの態度が改善されることはない事を知っているので口を噤んだ。この女の天然は例え死んだとしても治らないだろう。もう死んではいるが。
「で、サーヴァントの特徴は」
「……しまった! 聞いていない」
「おい」
思わずジト目で見てしまう。獪岳はため息を吐いたあと、ボカっと沖田オルタを殴る。サーヴァントである彼女は殴られても痛みはないが、逆に強く殴りすぎたのか獪岳は殴った方の拳を押さえていた。
「ったく、情報収集からとか鬼狩りの任務と変わんねぇじゃねぇか」
「何事も一歩から、だな」
「煩せぇよ」
テメェもやるんだよと獪岳はもう一度殴りそうになったが止める。痛いのは御免だ。
こいつの話に付き合っていれば話が進まないのは明白、眉を顰めた獪岳は歩き出す。街の端にいる為に通行人すらいない。今の時間帯、帰る為に歩く人やこれから飲み食べに行く人が出歩くものだが、獪岳達がいる場所は大通りから外れている。聴き込みをしようにも人に出会わなくては意味がない。
はぁとため息を吐いて、カァ! と鴉が鳴いた。
「ん? 巣に戻る時間だからか?」
「ちげぇよ、俺の鎹鴉だ」
「か……?」
「……(言ってなかったか?)」
いや一回言った気がする。説明はしなかっただけで。
右腕を上げて羽織の上に降り立たせる。カァ! とまた鳴いた鎹鴉は、翼を少しだけ手入れしてから獪岳の方を向いた。
「任務!」
「……まじかよ」
獪岳はこのサーヴァント達に協力しているとは言え、元は鬼殺隊の一員だ。己を育て鍛えてくれた恩師に恩返しする為にも鬼殺隊を止めるつもりはなかった為に、まだ所属している。彼らと行動する傍ら宛てがわれる任務もこなしていたのだが、こんな風に用事と被ったことは無かった。タイミングの悪さにさしもの獪岳も舌打ちを一つ零した。
「今回ノ任務! コノ街二イルサーヴァントト協力シ! 敵対シテイルサーヴァントヲ倒ス事!」
……はっ?
「サーヴァントと協力だと?」
「ソウダ!」
自信満々に言ってのけた獪岳の鎹鴉はふんす! と鼻息を荒くし飛び立つ。まだ詳細を聞いてないと鎹鴉に怒鳴りつけるが、彼はどこ吹く風。カァ! ともう一度鳴いて旋回している。これは何度も見たことがある。任務の場所に案内する時の行動だ。
「詳細は会ってからって事かよ、クソが」
今は沖田オルタがいるとは言え、サーヴァント相手では獪岳に出る幕がない。それ程実力がかけ離れているのだと、沖田オルタやお竜さんと手合わせしたことがある獪岳は理解していた。
死ななければ、生きていれば勝ち。でもサーヴァント相手には差し出せるものはない。上弦の鬼相手ならば、自身が鬼になり戦力になると言えばそれなりに可能性があるが、サーヴァントにはそんな手は通じない。まぁ鬼ではなく人間として生きろと言われてしまったからには、鬼になり生き延びるのはなんだか負けた気がするのでもうしないのだが。
ガシガシと後頭部を掻いた獪岳は止まっていた脚を再び動かす。己のサーヴァントに行くぞと声を掛けてから、鎹鴉を追いかけ始めた。
「マスター、どういう事なんだ?」
「俺も聞きてぇわ。だが、鬼殺隊はサーヴァントの存在を知っている。そして協力関係のサーヴァントがいる……んで俺達はこれからそいつとサーヴァント退治と洒落込まなきゃならねぇ」
「ん???」
「理解できねぇなら聞くな」
とりあえず俺達に協力してくれるサーヴァントがいるからそいつと会いに行く、そう言えば理解したらしい。成る程と頷いた沖田オルタに獪岳は本日何度目かわからないため息を吐いた。なんでこれを理解できてさっきの話は理解できないのだろうか。沖田オルタの脳内が非常に気になる。
ちらりと沈み行く太陽を見る。あと数分で完全に落ちるであろうそれはまだ行けるぞとばかりに街を照らしていた。照らされた街の物達は最大限に影を伸ばしている。せっかちな鬼ならばもう行動している時間だ。今回の相手は鬼じゃないので日が昇ってようが沈んでようが関係ないだろうが、聴き込みをするならば日中の方がいい為に急がなくてはならない。サーヴァントと協力するとはいえ、そのサーヴァントが情報を持っているとは限らないからだ。
「マスター、まじんさんはおでんが食べたいぞ」
「今の時期売ってねぇよ」
全く関係のない要求をしてきた沖田オルタをばっさりと切り捨て、獪岳は歩くスピードを上げた。このままでは本当に日が落ちてしまえば己の鎹鴉を追いかけるのも困難になるだろう。何せ鴉は真っ黒なもので。
カァ! と定期的に鳴く鎹鴉を追いかけ数分。日が完全に落ち、街灯が街を照らした。
「ここが大通り」
人が行き交っている。中央の広場には丸いステージ場があり、街の住人達が何やら話しながらも集まっていた。端にいた時と全く違う雰囲気だ。あそこは静か過ぎるほどだったのに、ここは騒がしいぐらいだ。獪岳は眉を更に顰め、チッと舌打ちを一つ零した。
「ここまで人が多いとどれがサーヴァントとかわかんねぇな」
「……いやそんなことはないと思うぞ、マスター」
「あ?」
隣に立っていた沖田オルタが一つの場所を指差した。この場所からステージ場を挟んで反対側、一つの茶屋の前にある長椅子に座っている目立つ金色。そしてその側に獪岳の鎹鴉が降り立ち、カァ! と鳴いた。
「うぉお!? 何!? 鴉!?」
長椅子からぴょんと小さく飛び跳ねたそれは獪岳の鎹鴉に驚いていた。金色が揺れるその姿を目に留めて獪岳はゆるりと目を細める。
「……サーヴァントってあいつか」
なるほどな、と呟いた獪岳の表情はそれはとてもとても愉しそうであったそうな。
「よう、カスは元気かよ」
突然飛んできた鴉がもう一度注文した団子を食おうとするので格闘していれば、まるで今日の天気は良いですねという声音で話しかけられた。
カスって誰の事だよと顔を上げると非常に見たことのある人物がそこに立っていた。他人の空似かな? なんて思うけれど、彼から鳴っている音がそうではないと証明しているし、着物の下に来ている鬼殺隊の服からしてまぁ違うわけないよねと肩を落とす。できれば会いたくなかったなぁ。
「獪岳……」
「相変わらず変な面付けやがって。セイバーさんよぉ」
変な面ってお前もかよ。俺の隣に座ってる奴もそんなこと言ってたけど、これ厄除の面って言って鱗滝さんが一つ一つ手彫りで作ってる奴だからな? この世に一品しかない代物だぞ? 決して変な面とかではない。訂正しろよ。
なんて言えるわけもないので、煩いですよとだけ返してため息を吐く。俺の団子を執拗に狙っていた鴉は羽ばたき、獪岳の肩に降り立った。いやそれお前の鎹鴉だったのかよ。
「カァ! サーヴァント・セイバート協力シ! 敵対スルサーヴァントヲ倒スベシ!」
え。
思わず獪岳の方を見る。彼は鎹鴉の声を至近距離で聞いたのにも関わらず涼しげな顔をしてから笑ってみせた。
「ということだ、よろしくなァ?」
いやどういうことなの。
「このクソ鴉が持ってきた任務じゃ、サーヴァントと協力してやれって内容だったが、まさかお前だとはな」
待て待て待て!?
「普通に話してますけど、サーヴァントについてなんで知ってるんですか!?」
突然の獪岳に驚いていてスルーしかけたけど、こいつ普通にサーヴァントどうちゃらとか話してる。サーヴァントが何かわからず話しているわけではない、ちゃんと理解している音と態度だ。
持っていたみたらし団子を隣に座っていた少年に押し付け、立ち上がって獪岳に詰め寄る。獪岳より背の高い俺が急に近づいて驚いたのか二、三歩後退した彼は誰かの背に庇わられた。至近距離からの乱入に俺は思わず仰反る。
「マスターが嫌がってる」
「……は?」
ボブショートに独特なマフラーを巻いたその姿。アホ毛を揺らしてこちらを見つめて来る顔には覚えがあった。どう見てもセイバー顔ですね、ありがとうございます。
獪岳に見習って俺も下がるとその全体像が見えた。全体的に赤く構成されたその服装は独特で明らかに現代に生きる人間ではないことを示している。すっごい奇抜な格好するの上弦の鬼ぐらいだからなこの世界。その他? まぁ普通なんじゃないだろうか。
「君は……」
「まじんさんはまじんさんだ」
あぁうん、覚えはある。サブカルチャーばかり覚えてる俺を嘗めるなよ? 一人称をまじんさんとか言うのは、魔神・沖田総司しかいない。正確には沖田総司のオルタナティブだ。
でも彼女は普通にサーヴァントとして召喚されてるとはいえ、確か抑止力の守護者だったはずだから召喚されることはまずないと思っていた。この世界が抑止力案件じゃないならば、ってのが前提にはあるけれど。
「(いよいよヤベェ事になってきたんじゃ)」
まぁ元からやばいけどな! 大正になっても鬼が跋扈する時代とか普通に道筋が外れてる気がするし! 俺がいた時間軸と違うと思うし! でも、それでも俺が……いや我妻善逸が生きた時代だから何とかしなくちゃならない。
…………いつまでも彼といられるわけじゃないんだから。
「マスター……か。成る程、そういうことですか」
どうやって召喚したのか、そして契約して魔力とか色々どうしているのかわからないが、どうやら獪岳は沖田総司オルタのマスターになっていたらしい。そりゃサーヴァント云々を知ってるわけだ、しっかりと当事者な訳だから。
すとんと座り直し、団子を食べずにただ持っていた少年の口にみたらし団子を突きつけながら俺も一口貰う。もっちもちと咀嚼して飲み込んで一息。美味い。
にしてもお館様は本当にどこまでも食えない人だな。獪岳がこっち側に来ていても放置して、あまつさえ俺の所へ任務と称させて来させるなんて。戦力が増えたのは大変有難いが、獪岳って所が複雑な気持ちだ。折角彼の死亡フラグを頑張って折ったと思ったのに、まさかのこっち関連に来るとは思ってなかった。獪岳には普通に鬼殺をしていて欲しかったな。
いや、普通に鬼殺をして欲しいって意味わからんけども。鬼殺隊に所属してる時点で世間で言う普通の人生ではないしな。
「あ、獪岳も食べます?」
最後の一本です、と突き出すと要らねぇとそっぽを向かれた。まぁ貰わらないだろうなとはわかってたのでそこまで落胆はない。仕方ないと皿に戻そうとすると獪岳の隣に移動していた沖田さんが此方を見ていた。無表情だが聞こえて来る音は気分が上がっている音だ。つまり物欲しそうにしている。
つい、とみたらし団子を揺らす。右へ左へ動かす度について来る視線に思わず呆れてしまった。
「まじんさんいる?」
「良いのか?」
「良いよ。君の主人が受け取らなかったから代わりに君が貰っても何も問題はないよ」
「ありがとう」
「ゎぁ……」
可愛い。
俺の言葉にパァアと表情を明るくした沖田さんは差し出していたみたらし団子を受け取り、嬉しそうに頬張り始めた。何故そうなるのかわからないが頬を膨らませてアホ毛をゆらゆら揺らす姿はとても可愛らしい。セイバー顔とか言われてるけど、元がとても良いし沖田さん自体の仕草で全く違う様に見えるから……理由並べても仕方ないな。つまり沖田オルタは可愛い、これに尽きる。
フフ、可愛いなぁ。こんな可愛い人のマスターになった獪岳とか羨ましいし、善逸が知ったらすっげぇ恨み言垂れ流しそうだ。というか、沖田総司のオルタナティブな彼女のマスターになっているとかいう奇跡にも近い事が自身に起きているって獪岳はわかってるのだろうか……わかってないだろうな。
「で、獪岳達はどこまで把握しているんですか。私はこの子に話を聞いていたのである程度は分かってるんですが」
「……さっき街に着いたばかりだ。事前情報は無し。クソ鴉はお前と協力しろとしか言わなかった」
「成る程、情報は皆無と」
でも良いタイミングで来たもんだ。
そこかしこから人の集まる音がする。雀達が飛び立つ音も楽しげな感情の音も街中から聞こえた。近くにある台座にはもう人集りができていて、皆が皆見えやすい様にと中央に近づくほど地面に座っている人が多い。勿論人が行き交う隙間は残してはいるけれど、広場はもう満帆状態だ。
「もう始まりそうなのでさっさと言っておきましょう。相手のサーヴァントの真名はエリザベート・バートリー。一昨日から夜になるとその広場で歌を歌い出すんだそうです。で、今がその時間」
「は?」
獪岳に目で促せば、彼は素直に従い広場の方を見た。ステージ場にはこの時代にないはずの音響機器がずらりと並び、最前列を陣取ってる雀達はその小さな翼で器用にペンライトを振っている。さながら小さなライブ会場。まるで地下アイドルの公演に出会ってしまったかの様な違和感。あそこだけ時代を先取りしすぎている。
「エリザベート・バートリーは自称アイドルなのであぁしてライブを開く事には違和感がないんですけど……ただ一つ注意点が」
「あい? ら? 日本語で話せよ」
「日本語ですよ。ってほら出てきちゃった」
ステージ場を指差しながら上空を見る。スパン! という小気味良い音を立ててから消えた襖にやっぱりかと息を吐いた。どれだけ気配を探っても見つからない訳だ。彼女はライブの時だけ無限城を通してこの場所に来るらしい。
ステージに降り立った一体の竜はそのしなやかな尻尾を振りながら笑顔になる。
「うんうん! 今日も子ウサギ達が集まってるわね! 良い事よ、
「「「うぉおお!! エリちゃーん!!」」」
あ、エリザベートJAPANだ。角がいつもの竜の角ではなく鬼の角だ。成る程な、エリちゃんだけ日本人じゃないのになんで喚ばれてるの? とか思ってたけど、彼女自身が鬼となった存在で鬼の首魁に喚ばれたら、そりゃ召喚されるよね。
「もう時間がありませんので手短に」
熱狂でだんだん聞こえなくなってきているので獪岳に近づく。彼とまじんさんの側まで寄って、にこりと笑う。
「彼女の歌、壊滅的だと思うので耳を塞いでやり過ごすがここから離れた方が良いですよ」
とりあえず俺は街の外に逃げるけどな!
獪岳達の目の前から消え、街の外へ躍り出る。一歩、二歩と大きく移動して街から遠ざかった。ざっと目算で一キロ程か。ここまで離れたのは、そうでもしないと俺の耳では彼女の音を聞き取ってしまうかもしれないからだ。いや爆音じゃなくなったら良いんだ。多分想像するライブの音の数十倍になって聞こえて来るから絶対に死にそうになるのは明白。危機回避は自分で行わなくてはならない。
街を全貌できる小高い丘の上に座り込む。こんな場所があるとか酔狂なものだな、と脇に抱えていた少年を降ろした。げほ! ごほ! と咳き込む彼の背中をさすってやる。
「いき、げほげほ! なり、なにすんだ……!」
「いや、何となく」
「何となく!?」
驚いてまた咳き込む少年の背中をもう一度さすってやる。
本当は俺一人で良かったけれど彼を連れて来たのにはちゃんとした理由がある。獪岳が来るまで聞いていた話をまだしたいのと、それこそ少年を助ける為に連れ出した。正直時間がないのと、短時間でも関わってしまった相手だからだと私情で助けてしまったけれど……うん、本当は街の人全員を助けるならあそこで斬りかかれば良いだけの話だったんだけどな。私情だけじゃない、打算もある。予想を確信に変えれなかったから、一人だけ残して他を見捨てた。最低だな、俺。
少年、と声を掛ける。彼は落ち着いたのか三角座りをしてこちらを見上げていた。俺はその視線から目を逸らし街を眺める。
「あの異国人が歌い出してから街の人の色が変わってったんだよな?」
「あ、うん。そうだけど?」
「俺、耳だけは良いんだぜ?」
……は? っていう顔された。お前が言った台詞にそっくりだろう気付けよ。まぁ良いけども。
「だから、お前から聞こえて来る音、街の人から聞こえて来る音は変な音だ」
そこまで言って気付いたらしい。うん、意外と理解力のある子供だ。何でまだ孤児なのだろうか。あの手この手で成り上がってそうだけど……話した限りじゃ正直者なんだろうなとは思ってる。あと変な所で正義感が強そう。
それはともかくだ。街から離れているのに聞こえて来るとてつもなく嫌な音にため息を吐いた。音色は良い、歌声もまだマシだ。想像してたのよりマシだけれど、その表面にある音ではなく潜在的な音がとてつもなく嫌だ。
「聞こえないと思うけど、一応耳押さえとけ」
少年が俺の言葉に従うのと同時に俺もその音から逃げる様に耳を塞いだ。
己の中に走る不快感に冷や汗が流れる。
これは、聞いていては駄目なタイプの音だ。
タイトルの割に公演内容を描写されなかったエリちゃんであった。
そしてしれっと巻き込まれてる少年、頑張れ!
次は……24日かな?
番外編『Fate/キメツ学園物語!』始めちゃう?【第十節終わるまで掲載】
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良いんじゃないか?(ここに載せる)
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ガハハハ!!腹が減った!!(新しく連載)
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嫌な予感しかしない!!!(始めない)
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それ私もいます……??(回答が気になる)
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俺いなさそうなんだけどー!!(興味ない)