俺を喚んだのは過去の俺 作:鬼柱
「何アレあの子強すぎない!? 鬼ごっこも茶飲みの奴も何も敵わなかったんですけど!! 俺、逃げ足だけはあると思ってたのに!!!」
「直線上の駆けっこだったら勝つのでは?」
「それじゃぁ意味ないんでしょ。あぁあ! あの子に勝つまで終わらないとか地獄! いや! 女の子に触れ合えそうで触れ合えないっていう微妙なこの感じがなんか嫌だ!!」
「生き地獄」
「それな!!!!!!」
機能回復訓練でアオイちゃんにさらっと勝った後に出てきた、ラスボスであるカナヲちゃんにコテンパンにされた後、俺達は使っている病室へと向かっていた。疲れた、なんて言って動かない善逸を背負って、炭治郎達の音を頼りに廊下を歩く。
耳下で叫ばれるとキンキンして痛いけれど、こうして触れ合っていれば魔力は回復しているので我慢する。騒ぎたくなるのもわかるからな。
「カナヲちゃんは強いからな。今の善逸達よりも確実にって言えるほどです」
「うっそでしょ。見た目可憐な美少女だよ? そんなことある?」
「ありますよ。彼女はしのぶさんの継子だから」
「継子?」
「柱が直々に指導する鬼殺隊員のことで、実力を見初められた人がなるんです。大体一緒に暮らしてたりしてます」
「ふーん。セイバーは継子になったり、とったりしたの?」
「いや、俺は別に……」
生前、継子には何度か誘われたことがあった。特にあの派手柱とかな。あの人が使ってる呼吸は雷の呼吸の派生なので、雷の呼吸の使い手である俺を継子にってのは理解できる。まぁ柱は引退してたので厳密には継子ではないのだけど、俺はお断りしていた。
誰かに師事してもらうという事はその相手の時間を貰い、自分の時間を割いて鍛錬を行うということ。俺相手にそれは恐れ多いし、鬼の首魁を倒してからは余計時間を貰うわけにはいかなくなった。だって俺は師範と兄弟子殺しだ。親しき相手を見殺しにした最低な奴なんかに教えてどうなるというのか。
それに俺自身も、誰も責めてくれないので自分で責め、己自身に課題を設けた。これからは嫌がらずに任務へ行こうと、鬼は全て斬ろうと。まぁあまり我妻善逸を演じらなくても良くなったのもある。物語は終わっていたから、少しずつ忘れかけていた俺自身も混ぜて過ごして、泣き言も言わないように心がけた。
そうして一心不乱に鬼狩りに勤しんでいたらいつの間にか柱になっていて、英霊になっていた。柱になってから死ぬまでの期間が短すぎたので、まぁ継子なんてとる時間なかったよね。とる気もなかったけど。
「へぇー……セイバー、人に教えるの上手いのに。俺もセイバーに教えられたからここまでやってこれたし」
いや教えたのは霹靂一閃だけだし、それは善逸の努力の賜物だよ、と心の中で訂正していると善逸は思いついたように、あっと声を上げた。
「俺、セイバーに教えてもらってたから、これってもうセイバーの継子みたいなもんじゃない??」
「何故そうなるんです」
「良いじゃん良いじゃん! 継子とったことないんでしょ? じゃぁ俺が鳴柱様の継子第一号って事で!」
ふっふーん、いちばーん!
そう喜ぶ善逸はまるで幼い子供のようで、どこか微笑ましくて笑ってしまいそうになるけど……それよりも聞きたいことができた。なんでこのマスターは。
「私が柱だったって言いましたっけ?」
俺が鳴柱だったのを知ってるのだろうか。
ぎくりと背中の熱が揺れた。あー、だとかうー、だとか要領の得ない言葉を零す善逸は、多分冷や汗をかきまくってるんだろう。わかりやすいように鼓動が早くなっていて、焦っているのが丸わかりだ。くすり、と笑いを零した。
「別に責めてるわけじゃありません。ただ何故かなぁって思っただけで、隠さなくても良いから」
「べ、べべ別に隠そうとしてないよ!? ウン! シテナイ! 第一セイバー相手に嘘吐けないだろ!」
まぁ、そだね。俺もお前と同じように耳が良いし、人それぞれの嘘を聞いてきたから善逸の嘘ぐらいすぐに見抜ける。隠す人は本当に上手いし心の内まで隠してるから、素直な善逸相手はお茶の子さいさいだ。
「炭治郎から聞いたんだよ。あ、大人の方な!」
「わかってるよ」
「で、炭治郎とセイバー、それに伊之助が柱になったって」
「…………あンの野郎ッ」
米神に青筋が浮かんだ気がした。何喋ってくれちゃってるんだろうか、あの石頭。普段は物理的にも思考的にも石頭な頑固爺のくせに、座で長く過ごした所為なのかやけに口が軽い気がする。
見た目若い癖に耄碌爺みたいにはっはっはと笑う炭治郎を殴って思考から退場させて、怒りを抑える。浮かべていた笑顔はヒクついてる気がするけど。
「……セイバー怒ってる?」
わかってるくせに聞いてくるのか、いや別に良いけど。
「怒ってないです」
「嘘吐け」
速攻でそう言われてスンと表情を無くす。正直笑っているより無表情の方が楽なので、善逸が見てないことをいいことにこの表情のまま話を続ける。
「……善逸には怒ってませんよ」
「そりゃわかってるって。でもセイバーが怒るなんて珍しいから」
「そうかな」
「そうだよ」
そうか。
それよりもう直ぐ病室に着く。ガラッとスライド式の扉を開ける。そこには炭治郎と伊之助、までは予想していたが大人な炭治郎もそこにいた。こてりと首を傾げる。いつの間に帰っていたのだろうか。おかえりーと声をかけながら善逸をベットに下ろし、禰豆子ちゃんを探す。大人な炭治郎がここにいるなら、絶対にいるはずなのにいない。彼女にも挨拶したかったけど、まぁ良いか。
「ただいま。善逸もおかえり」
「あーうん、ただいま。藤丸さんと禰豆子ちゃんは? あと伊之助」
「部屋で療養中だ。魔力消費が激しかったからな、伊之助もだが。禰豆子はその付き添いだ」
「宝具何発?」
「五発」
「わぉ。炭治郎は大丈夫なのか?」
「あぁ、俺のは宝具って言っても技だからな。そこまで消費はないんだ」
「流石世界産」
「聖杯産には敵わないよ」
「俺は偶然だ」
側にあった来客用の椅子を持ってきて座る。炭治郎と対面しながら、それで? と言葉を続けた。
「相手は?」
「清姫、という相手だ」
「あっ、清姫ね。なるほど、うん」
そっちの方が怖そう。
嘘を吐けば即刻燃やすヤンデレストーカーな清姫相手は例え俺だってちょっと遠慮したい。まぁ美人だから? 一回ぐらいは会ってみたいけどね。
「炎タイプ同士の戦いか。泥沼な試合だな」
「いや俺は水の呼吸の使い手でもあるから水タイプ併合だ」
「ボルケニオンかな? じゃぁ電気タイプの俺は炭治郎にマウントとれるな」
「電気ネズミは黙ってもらおうか」
「誰がピカチュウだ! 可愛いから良いけど!」
「禰豆子の方が可愛い!」
「急にどした!? 世界的マスコットキャラと人間を比べんなよ!? というかそれ言ったら俺がその世界的マスコットキャラって事だよな! やべぇ……めっちゃ恐れ多い……ピカチュウパイセンに殺される」
「善逸は強いから例え来たとしても大丈夫だな」
「何の根拠があってそんな事を言えるのか俺にはわからないですね」
はぁ、とため息を吐く。
「こんな冗談言う為に来たんじゃないんですよ。善逸の事なんだが」
「……お前の事か?」
「違います、マスターの方です」
ちらりと善逸の方を向く。びくりと震えられた。えっ? 怖がられてる? マスターに? なんで? と首を傾げると、大人の炭治郎に善逸と呼ばれた。そちらに視線を戻すと、自分の両頬をムニムニと掴んでいる炭治郎が。
「顔」
「おっと」
なるほど。
同じようにムニっと触って解す。それからにーっと笑顔を作った。その形状を認識しておく。うむうむ、笑顔は正義ですね。
「いやぁ忘れてた」
「…………いつから?」
「さっきからですねー、可笑しいな……炭治郎達がいるから大丈夫だと思ったんだけど」
「……キャラは貫くもんだぞ」
「すみません」
仰るとおりで。
「で、話を戻すけど……マスターに何か吹き込みました?」
ジッと炭治郎の目を見ながらそう問いかける。赫灼の綺麗な瞳は動揺で揺らぐことなく、こてりと左に倒れる。聞こえてくる音も変化はない。想定内、か。
「……それはここで話すことか?」
ふっと辺りを見渡す。いつもは騒ぐ善逸が静かに此方を見ていて、子供な炭治郎と伊之助はよくわからないという表情をしていた。そりゃお前達にわかるよう話してないからね。
炭治郎の問いに俺は縦にも横にも首を振ることなく、そうかもしれないなとだけ返す。
「でも、炭治郎達にも知っていて欲しいんだよ。未来のお前は、親友はこんなにも狡いってな」
「余計な事言うな」
「藤丸さんでさえ、お前の腹黒さは知らなさそうだもんな。何度お前の狡猾な手に振り回されてきたか……今じゃ九連敗」
「それゲームの勝負の話だろう!? 手段は選ばないって先に言ったの善逸じゃないか! だから俺は……!」
「あーはいはい、負け犬の話は聞きたくないね」
「負け越してるのお前だろう!!」
「今度はカルタで勝負しようぜ。百人一首は難しいから、アンパンマンカルタな」
「素早さで俺が負けるやつ!!」
「炭治郎って敏捷いくつ?」
「B……」
「あー負けた、俺C」
「は? 善逸がそんなわけ」
「ほんとだって。プラス三つぐらい付いてるけど」
「勝てないじゃないか!? なんだ!? C+++って!! 柳生さんと同等ぐらいとか聞いてないぞ! やはり強いんだな、善逸は」
「やぎゅ……あぁ、柳生但馬守宗矩さんね。居合の達人じゃねぇか、剣の天才と一緒にしないで。柳生さんの敏捷は?」
「A++だと聞いている」
「素でAとかどんな化け物」
ってそうじゃないんですよ。
「敏捷はどうでも良いんだ。どうせ目安だけのパラメータです。問題は何をマスターに吹き込んだのか」
「今の流れで続けるのか?」
「続ける。俺たちは続けなければならない。止まるんじゃねぇぞ……!」
「あのシーンをネタに使うな」
「すみません」
真面目な炭治郎にとってあのシーンは感動ものではあるので素直に謝っておく。散々ネタで使われてたから俺にとってはもうその認識でしかないが、彼にとってはいつまでも感動ものだ。
「で? 本当はどうなんだ?」
そう言ってから俺は口を開かずにジッと炭治郎を見た。彼はそんな俺を見てゆるりと目を細め首を振る。ぱさりと癖っ毛の髪が揺れた。
「いいや、吹き込んではいないよ」
嘘の音はしない。瞳の奥にある揺らぎもなかった。そもそも彼は嘘を吐く時は辛過ぎて変顔になってしまう癖があるので、涼しげに微笑んでいることから嘘ではないのだろう。
でも、事実でもない。
「では、ね。まぁそういう事にしておきます」
ふぅと息を吐く。
誤魔化す気ではあるし、俺に話す気もない態度だ。炭治郎は真面目であるので、話す気があるなら俺が聞いた瞬間に本当の事を言っている。そうではないということは、これ以上聞いても平行線になるだけだ。
まぁいいやと頭を振った。
「それで本題なんですけど」
「今でのは何だったのぉ!?」
善逸に突っ込まれた。あまり本題ではなかった。善逸が炭治郎達に何かを吹き込まれていても、彼らが悪い事をしないのはわかっている。最善の為に最低な事をするのではなく、最善の為に最高な事を選ぼうとする人達だ。悪い事ではないと信じるしかない。
「今までのは余談みたいなもんですね」
「すっごい真剣な雰囲気だったけど!? 意味わからない単語並べるしさぁ!! 何!? 電気鼠って!」
「そのままの意味ですね。私は電気ネズミではないと言いきる」
ってか話が脱線してる! そうじゃない!
「藤丸さん達に言う前にお前に聞いておきたくてね」
「……なんだ?」
折角だ、聞いておきたかった。善逸達にも聞かせておいた方が良い。俺が提案しようとしている事、もし炭治郎が承認したらこれからする大切なこと。
「沖田オルタには会ったか?」
「ん? あぁ、ここに来る途中で会ったぞ。マスターが沖田さんと話してて……そういや見慣れない黒髪の少年が沖田さんのマスターに」
「獪岳だな」
「…………はっ?」
目を見開く。驚いたようにこっちを見る炭治郎にしてやったりと笑ってやる。
「だから、獪岳」
「え、待て。待て待て? 獪岳ってのはお前の兄弟子だろう! それで、お前が……」
理解したらしい。あり得ないことが起きてると。本来の道筋では沖田オルタのマスターになるなんて道は獪岳には用意されてなかった。でも俺が助け、サーヴァントがこの世に現界している事によってそのルートが解禁された。所謂隠しルートですね。解禁クエストが“獪岳を上弦の壱から守れ”なので難易度がクッソ高いが俺はやってやった。頑張った。今でも自分を褒めたいぐらいだ。
「因みに一ヶ月ほど前ぐらいに契約したそうだ。
炭治郎は暫く黙ってから首を振る。
「……来てない。多分龍馬さんにも来てないと思う。それに沖田さんが契約した時点でそれは容認されたものだ」
だろうな。
人の一生など世界にとってはどうでも良いことである。それが選ばれた英雄達ならまだしも、歴史に名を残さないただの人間が本来の道筋と違った場所へ行ったって、それを囲う大筋は変わらない。
バタフライエフェクト? そんなもの、俺が召喚された時点で蝶は羽ばたいていたに決まってる。つまり今更ちょこまかと何をしたってわからないし変わらない。
「で、この時代の炭治郎達は数日後から機能回復訓練に出るそうだ。善逸は今日出てカナヲちゃんにコテンパンにされた」
「急に傷口抉らないで!? 女の子に負けたって事実が心臓に来る!!」
「カナヲ相手なら仕方ない。強いからな、カナヲは」
「うわぁあん! 大人炭治郎に弱いって言われた! いや実際問題その通りなんだけど!! 俺のなけなしのプライドが傷ついた! たんじろぉ! 慰めてくれ!!」
「なんで俺なんだ、善逸……」
子供な炭治郎に善逸が泣きついたところで、大人な方の炭治郎に視線を戻す。俺の言いたいことがわかったか? と目で訴えかければ、微妙な顔をされた。やめろよその顔、地味に傷つく。
「やろうぜ、炭治郎!
世界のじゃない。俺たちだけが知っている歴史を変えよう。そう提案して大袈裟に両腕を広げれば、道端の塵を見るような表情をされた。いや顔。
「…………厨二病は他所でしてくれ」
「既に厨二病の塊みたいな存在なんですけどぉ!? 俺たち!!!!」
ひどくね!?
鬼殺隊&サーヴァントだもんな、厨二の塊だよな。好きです。
それにしても善逸たちが話すとすぐに話が脱線するから困る。