俺を喚んだのは過去の俺   作:鬼柱

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第十一節 夢幻への誘惑。4/4

 

 

 

 

 

 あれから一ヶ月。肝心の炭治郎は決断をしてくれず、ここまで来てしまった。優柔不断な炭治郎らしいってのもあるけれど、彼の立場をわかっていながら提案した俺にも非はある。なるべく待つつもりだが、ここまで来ると猶予はあと一ヶ月ほどだ。

 蝶屋敷の庭先。陽の光が充分に照らす中で俺は真剣を振り回し相手からの攻撃をいなしていた。金属音が鳴り響くこと数十分、充分に持った方だなと俺は刀に魔力を通して強化し相手が持っている棒切れを切り刻んだ。

 

「あっ」

 

 相手が声を上げる。持っていた場所以外バラバラになった棒切れに寂しそうな音をさせた。わりと気に入っていたらしい。また似た様なのを探すか、と刀を鞘に戻した。

 

「今日はここまでにしましょう。これから特訓でしょ」

「えー、俺こっちしてたい」

「駄目です」

 

 炭治郎の説明雑だから嫌だー! なんて叫ぶ善逸にため息を吐く。確かに炭治郎は理論より感覚派なので、人に何かを説明するのがとても下手だ。現実に起きたことなど事象については説明できるのだが、自分の身体に起きたあれやこれやは全くもって伝えることができない。言いたいことはわかるんだけどな。

 やだやだ、とごねる善逸にため息を吐きながら、新たな枝を取り出した。それなりに丈夫であり、刀の鞘ぐらいの重さはあるものだ。それを善逸に放り投げて、納めていた刀をもう一度取り出す。雷の呼吸の使い手独特の色と模様が太陽に反射して光った。

 

「仕方ないのでもう一度だけ打ち合いましょうか。これが終わったら修行しろよ」

 

 今度は何分までにしようかね、と頭の中で時間配分を計算しながら刀で上段から斬りつけた。軽く降っただけなので容易く受け止められて押し返される。けどわかっていたことなので、今度は下から斬り付けた。左右上下斜めあらゆる所からまるで鞭のように刀を振るう。まぁ恋柱のような刀ではないので、トリッキーな動きはできないのだが。

 俺の軽い振りに対応できるようになったところで、速度を上げる。それでもまだついて行けてるのは単に善逸自身が速度に関しては自身があるからなのだろう。俺自身もあまり力のある方ではないし、速度をつけることによって推進力や慣性の法則とか利用して力を出してるみたいなもんだしな。善逸もそこんところわかってるんだろう。弾くのではなく、流すように刀を受け止めている。

 突き刺すように一撃で仕留めようとする俺達は、こと守りに関してはとても拙い。紙防御と言っていいほどなので、相手からの攻撃は避けるのが普通だ。素早さに全振りしちゃった弊害ですね。回避にも入れて欲しいかな。

 受け身だった善逸が攻撃に転じて今度は俺が防ぐ。少し拙いそれにやはり剣術は苦手な方かぁなんて、思ってしまう。まぁオールラウンダーよりも極み一点の方が強いし、俺もそうして霹靂一閃ばかりして来たから当たり前っちゃ当たり前か。

 

「シィイイイ」

「(……お?)」

 

 善逸が全集中の呼吸をしようとしている。かと言って強化魔術が途切れたわけではない。

 強化魔術の特訓ということで、ただの棒切れで刀を受け止めれるようになったとは言え全集中の呼吸と併用ができてはなかった。同時の事をできない不器用さは少なからず善逸にもあるので仕方ないけれど、それでは戦闘には役に立たない代物になる。いつか直さなきゃなと思っていたのだが、まさか自力でしようとしてくるとは。

 

「(まぁ常中を会得すれば良い話だけどな)」

 

 でも、常中に加えて重ね掛けの全集中の呼吸は俺もするので持っていて損はない……はず。ただ身体が耐えられる様にひたすら鍛えなくてはいけないので道のりは遠いけど。

 俺が善逸の刀を弾いたのをきっかけに彼は離れて、腰に枝を当てた。居合の構えだと認識して俺も納刀する。

 

 ———雷の呼吸

 

「「壱ノ型」」

 

 ———霹靂一閃

 

 刹那、二つの落雷音が蝶屋敷に響いた。

 眩い閃光が辺りを照らし、それが収まるのを待つ。チカチカと瞼の裏を静電気が走り、思わず目を細めた。

 やがて見えてきたのは寸止めした己の刀に、綺麗に真っ二つに切れた木の枝。すれ違い様に居合を同時に放てばこの体勢にも納得がいく。にしても、うん……強化魔術解けちゃったか。タイミングが悪い。

 刀を離し納刀する。善逸の首元を見るけれど傷一つ付いてなかった。あと数ミリ程進んでいれば多分切れてたな、なんて思いながらへたり込んでしまった善逸に手を差し出した。

 

「大丈夫か? 善逸」

 

 涙を零しながら震える善逸にそう問いかければ、彼は勢い良くこちらを見た。目が血走っている。

 

「こっ、これのどこが大丈夫に見えるんだよ!? 恐怖で全身が震えてるわ!! セイバーが寸止めしてくれなきゃ今頃俺の首どっか行ってたよ!?!?」

「いや、私が善逸のこと殺すわけ」

「ないですよね!! 知ってます! わギャってんです!!! でも!! 俺が受けた恐怖と!! その事は!!! 一寸も! 関係ないんだよ!!!」

「……すみません。でも強化魔術をしながら霹靂一閃を試みたのは良いことだと思います。でも途中で魔術が切れてたのから、やはり常中会得が必要不可欠だな」

「ここに来てまさかのアドバイス!!! 労りの言葉が少ない!! 少なすぎない!?!?」

「ハイハイ、マスターはよく頑張りましたねー」

「雑ッ!!!!!!!!!」

 

 セイバーが優しくないぃいいい!!! なんて泣き叫ぶ善逸をどうどうと慰める。普段なら俺は馬か! なんてツッコミが来そうな物だけど、俺がふざけてるのも気づかず善逸は泣き続ける。大粒の涙を零しながらわんわん泣く様はまるで幼子の様で、ふぅと息を吐いた俺は善逸の頭に手を乗せて抱き寄せた。

 ったく、俺に名前を聞き出したときの男前な善逸はどこへ行ったのやら。ギャップが激しいけれど、そこが彼の魅力なのだから仕方ない。

 

「マスター、ますたー」

 

 優しく呼びかける。よしよしとサラサラな頭を撫でて、俺以外の音が聞こえない様に包み込んだ。まったく、俺も甘いな。

 

「泣き止んでくださいマスター。貴方が頑張ってるのは私が知ってる。ずっと見てきたからわかってる。特訓も終わって、訓練も合格貰いましたら何かいい物でも食べに行きましょう?」

「……ぐすっ……うなぎ?」

「なんでも! だって善逸のお金ですから!」

「うぉい!?!?!?」

 

 ピシッと裏平手打ちを食らった。良いツッコミである。でも言わせて欲しい、俺の懐は今とても寂しいのだと。

 

「いやだってお金ないんですって」

「俺だってないけど!? だって(みずのと)ですから!?」

 

 階級では一番下の癸。鬼殺隊でのピチピチの新人であるために払われる給料も少ない。

 最終選別を突破したとしても藤襲山にいるのは一人二人しか人を食べてない鬼達。でもこの世に蔓延っている鬼達はそれ以上は食べているはずだ。そうじゃなければ噂は立たないし、情報も回らないからな。それに対峙して油断したりしてこの世を去るのも少なくはない。異能や異形の鬼に出くわせば、生存の確率は減る。だからまだ死ぬ確率が一番高い癸は一番支給額が少ないわけだ。

 まぁ命を賭けてるから、サポートとかは充実してるけどな。

 けれど、どうしようか。善逸からせびっても意味はない。これは善逸の為のものなので。

 

「マスター、手合わせしよう。マスターの剣は読めないから面白い」

「嫌に決まってんだろ。俺が一閃してるうちに十閃ぐらいする奴と誰がしたいと思う」

「むむ、そんな事はないぞ。一閃のうちに九閃ぐらいだ」

「変わんねぇじゃねぇか」

 

 うーんと悩んでいるとふとそんな会話が聞こえた。良く知った声と音だ。抱きしめていた善逸から離れて目を見合わせる。それから同時にニヤリと笑った。凄く悪そうな顔してますね? と言ったらセイバーもな? と言われた。そうかね? 狐面のお陰で善逸よりはマシだと思うけれど。

 しかし考える事は同じらしい、俺達は同時に立ち上がり会話が聞こえた方向へと歩き出した。

 

「「獪岳!!」」

「うぉ!?」

 

 突然声をかけられて驚いた獪岳は俺達の姿を見ると呆れた様にため息を吐いた。ここで殴ってこない辺り丸くなったもんだな、なんて思うけどこれ毎回思ってんな。獪岳に出会うイコール殴られるって方程式が出来上がってるのやめたい。

 ニコニコと笑う俺達に獪岳は心底気持ち悪いと言ったような表情と音をさせている。うんうん、わかるぜ? 気持ち悪いよな? 嫌いな弟弟子と大の大人が満面の笑みを浮かべてるんだから。けど、俺達には関係のない事だ。

 

「「飯、奢ってくれ!!」」

 

 にひー、と笑って二人同時に獪岳に詰め寄り。

 

「………………はぁ!?!?」

 

 そんな俺達の言葉に獪岳はパチリと瞬きをした後に力一杯そう叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「善逸さんがそんなことを?」

「あぁ。俺としてはどちらが良いか判断がつかないから、マスターに聞こうと思って」

 

 これじゃ判断が遅いと鱗滝さんに叱られるな、と項垂れる長男を見据えつつ、俺は先程彼が言った言葉について考える。

 セイバーな方の善逸さんが炭治郎に、本来は死んでいる人を助けて戦力にしようと提案したらしい。その人はとても強い人で炭治郎によれば、あの柱のうちの誰からしい。一体誰なのかは教えてくれなかったけど、きっと炭治郎にとって思入れのある人物だと思う。

 

「うーん……」

 

 ちらりと炭治郎が畳の上に置いてある刀を見つつ唸った。

 正直に言うと、俺自身としては良い提案だとは思う。俺だって助けられる人は助けたいし、戦力になるのなら助けないわけにもいかない。人手不足はカルデアで最後のマスターをやっていると常にあるものだし、現地の人達の助けがなければ今までやってこれなかったのもあるから、別に反対じゃない。でもそれが俺達の目的と相反するなら、俺は否と言わなきゃいけなくなる。そこが問題だ。

 本来死ぬ人を助けると言う事は、その人の運命を捻じ曲げるということ。それにここは特異点だ。全てが終われば、世界はシミを無くそうと動く。つまり……今助けても遅かれ早かれ助けた人は死ぬ。

 その事をわかっているのだろうか?そう炭治郎に問うと、彼は少し考えてから頷いた。

 

「善逸の事だからわかってるはずだ。どうしてって言われたら答え辛いけど……」

「彼は“利用”って言ったんだよね?」

「え、あぁ。そうだけど」

 

 うん、ならわかってるんだろう。きっと彼はこの後の戦力にって言ってるけど、自分の為だ。生きてて欲しい、その言葉に嘘偽りはないはず。自分が助けたいから、助けられなかった過去を変えたら何があるのか見てみたいから、自分の為に利用するんだ。

 なんだか、いつかの孔明先生を思い浮かべる。彼が疲れた顔でため息を吐いたのを想像してクスリと笑い、俺は息を吐く。

 

「ダ・ヴィンチちゃん」

 

 いつも頼りになる少女の名前を呼んだ。

 

『はいはーい! どうしたんだい? 立香君』

「今の話……」

『実行したいって? 良いともー! 君の好きなようにすると良い。何せそこじゃ時間はたっぷりとある。私達には無いけどね』

「うん、ありがとう」

 

 こことダ・ヴィンチちゃん達がいるノウム・カルデアでは時間の流れが大幅に違う。その事に気づいたのは大分前で、こちらでは十日経っていたのにあちらでは半日しか経ってないなんてことがザラにあった。こうして普通に話せているのは単にダ・ヴィンチちゃん達の努力の賜物だ。存在証明をする傍ら、俺達と話ができるように通信機能のみ時間のズレを調整していたらしい。そんな事ができるのか、なんて聞いてもきっと俺には全くわからないので、そういうものとして認識してる。なんせレイシフトやシバなどSFなものさえ未だあんまり理解してないのだし。

 

「って事で、炭治郎」

 

 静かにこちらを見守っていた赫灼の瞳が俺を射抜いた。

 

「はい、マスター」

「その提案、“カルデア”は受け入れるよ」

「……御意に」

 

 佇まいを直し、静かに頭を下げる炭治郎に俺は頷き微笑んだ。

 

「ところで、それいつ言われたの?」

「…………一ヶ月前」

「判断が遅いッ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 




座の鱗滝さん「判断がもの凄く遅い!!!!!」
座の炭治郎「痛い!!!!!」

次は14日かな!

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