俺を喚んだのは過去の俺 作:鬼柱
———べべん。
琵琶が鳴った。途端に変わる景色に彼らは戸惑う。ゆるりと見渡してみれば見慣れた場所だった。無限城と称されるここへ、呼び出されたのだろう。彼らは戸惑いながらも、その呼び出された理由について考えた。
「あれぇ? ここ無限城じゃないかぁ。俺、信者達の話聞いてた最中だったんだけど……大丈夫かな? あの子達、取り乱してないと良いけど」
左右の目に上弦、弍と書かれた青年が不安げな顔をしながら持っていた扇子を顎に当てて思案した。しかし直ぐにどうでも良くなったのか、座っていた状態から立ち上がりあたりを見渡した。
「あぁ、恐ろしや恐ろしや。上弦が一同に会するなどいつぶりか。あぁっ、恐ろしぃ恐ろしぃ」
「半天狗殿! 久しいなぁ! そんなところに居ないでこちらに来れば良いじゃないか!」
「や、やめてくだされ、童磨様。儂はここで充分ですじゃ……っ」
襖の境目で頭を抱えながら震えている鬼の老人に向けて青年、童磨は親しげに話しかけるが老人、半天狗は小さな悲鳴を上げて陰に隠れるだけでそれ以上関わろうとはしなかった。上弦の肆である半天狗にとって童磨は格上の存在。一つ上の参である猗窩座にすら手足が出ないほどなのだから、弍である童磨は恐ろしい存在でしかない。臆病な彼は縮こまるしかなかった。
そんな半天狗を笑顔のまま見送った童磨は興味を無くしたようにまた辺りを見渡す。次に目が付いたのは一つの壺だ。
「ヒョ、ヒョッヒョ! これはこれは童磨様! お久しぶりでございます! 私めの壺はご活用頂けてますかな?」
「あぁ玉壺殿! あの壺良かったよ。今はお気に入りだった女の首を入れて飾ってるんだぁ。滴る血も含めて良い眺めで、とても気に入ってる。ありがとう!」
「そう言っていただけるとは至極光栄! どうですかな? 壺をもう一つというのは」
「別に良いかな」
壺の中から出てきた異形の鬼。上半身しかなくそこから多量に生えている手が異様に短く、また本来目の位置に口があり反対に口と額の部分に上弦、伍と書かれた目が埋め込まれていた。元は人間とは思えない程に掛け離れた姿に童磨は気にすることもなくニコニコと笑いながら談笑する。ただその内容はあまり良い話ではないのだが。
「あぁ! 童磨様! お久しゅうございます!」
いつの間にか玉壺が出した壺を見ていた童磨は聞こえてきた声に振り向き、手に持っていた壺を放り投げる。それをみた玉壺が悲鳴を上げるが、童磨は一瞥することなく声の持ち主へと笑いかけた。
「堕姫! 久しぶりだねぇ、元気だったかい? ちゃんとご飯は食べているかい?」
「えぇ、えぇ! ちゃんと食べてます。この前は鬼殺隊の奴らを数人程食べましたわ。この調子だと柱を倒すのも目前だわ!」
ムフー! とどや顔でそう告げた堕姫と呼ばれた女性は、上弦、陸と書かれた瞳をゆるりと細めた。褒められて嬉しいのだろう。その美しい
「おぉ、そりゃ凄い。あんな小さかった堕姫が立派になって……俺、嬉しいよぉ」
「ど、童磨様!? なんで泣いて?」
「おいおい、何故童磨様が泣いてんだぁあ? 堕姫ぃ」
「お、お兄ちゃん! 違うのよ!? なんでか私にもわからなくって……!」
「わかってる、お前が泣かしたんじゃないってことはなぁあ」
堕姫の腰にある帯からゆらりと一人の鬼が這い出る。黒と緑が混ざった髪を揺らしながら、目立つ痣の上にある三白眼を細めて妹である堕姫の頭を撫でた。まるで骨しかないような身体をしたその男は、間延びした言葉使いを正すことなく童磨へと振り返った。
「お久しぶりです、童磨様ぁ。妹がご迷惑をお掛けしましたぁ」
「いいよいいよ! 妓夫太郎が謝ることじゃないさ! 君達が元気なだけで俺は嬉しいんだから! うんうん、鬼にした俺も鼻が高いってもんだ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます! 童磨様!」
二人からのお礼に目をゆるりと細めた童磨はふと何かを探すように視線を彷徨わせた。それを見た堕姫と妓夫太郎は二人して首を傾げるが、そんな二人を撫でながら童磨はこの無限城の持ち主である鳴女を見つけると笑顔で手を振った。
「鳴女殿〜! そんなところにいたのか。こちらに来れば良いものを〜!」
「…………上弦ではないので」
「つれないなぁ……あ、そうだ! 猗窩座殿はまだかな? あと黒死牟殿も」
「……上弦の壱様なら初めからお呼びしております」
「ん?」
そっと童磨ではない方を向いた鳴女に伴って童磨もそちらを振り返った。童磨がいる畳の上よりも下に位置する部屋、その中の囲炉裏を前にして綺麗な正座をしたまま静かに佇んでいる男がいた。上弦の壱、黒死牟だ。
「やぁやぁ! 黒死牟殿! そんなところにいたなんて全く気づきませんでした! 息災でしたか?」
「私は……初めから、ここにいた……。それより、無惨様が……御見えだ……」
べん! と琵琶の音が響く。黒死牟が言葉を言い終えた直後に鬼の首魁、鬼舞辻無惨が現れた。上弦達がいる空間よりも上にある、フローリングの上に置かれた机の上で何かの実験をしている。鬼である上弦達には無惨が一体何をしているのかはわからなかったが、我らが頭領のすることだから何か重要なことなのだろうと思考を放棄し、一斉に
「上弦が欠けた」
驚きはなかった。
こうして交流が無いもの達まで含めて上弦が集まるとなるとそれしかあり得なかった。それか“入れ替わりの血戦”をする時ぐらいしかあり得ない。その為にこうして集まるのは現上弦の陸である堕姫と妓夫太郎が下弦から上がってきた時以来で、今回は新しい顔ぶれの鬼もいない事から誰かが欠けたのだと推測していた。そしてそれは未だ姿を現さない武闘家の事だとも。
「参だ、猗窩座が殺られた。敵わないと思えば逃げれば良いものを……夜明けまで戦おうとするからこうなる」
小さく、しかし上弦に聞かせるよう呟いた無惨は何も反応を起こさなかった試験管を忌々しげに見つめてから放り投げる。パリンという音が鳴り試験管が割れて中身が飛び出すが、不思議なことに上弦達には降りかかってくる事はなかった。
それを見届けた童磨は節目がちに、そうですかと呟いた。彼の顔には悲哀の表情が浮かんでおり、少量の涙を溢す。
「猗窩座殿が……もしかすればと思っていましたが……うぅっ、彼とは友人だったのに……っ」
溢れ出す涙を袖で拭った途端に童磨の頭が勢い良く飛んでいく。残ったのは童磨の胴体のみであり、頭部は後方にある壁を大きな音を立てて貫通していった。壁の向こうから、無惨様ぁ! いきなりはやめて下されぇ! という小さな声が聞こえてくる事から相当飛ばされたのだとわかる。
また上弦の弐の所為で壁を直さなくちゃならなくなった鳴女は密かに息を吐く。少しは黙ってくれないだろうか、そうしたら己の労力が減るのにと思うがいつもの事なので、即座に琵琶の音を響かせる。ころんと童磨の胴体の横に頭部が戻り、壁はいつの間にか修復されていた。
「黙れ。口を開いて良いとは一言も言ってないぞ、童磨」
「いやいや無惨様、猗窩座殿と俺は友達だったんですから、少しぐらいは感傷に浸らせてくださいませんか」
いそいそと童磨は自分の生首を元に戻しながら無惨の方を向き、笑顔でそう答える。先程まで泣いていた男の表情では無いが、彼の場合日常茶判事なので誰も気にしない。
無惨はずっと動かしていた手を止めて、自分の言葉と真逆の行動を取った部下を睨みつける。相変わらずニコニコと全く感情が乗ってない顔で笑う男を見て殺意が湧く。
「私は黙れ、と言ったんだがな?」
「言いましたねぇ」
頭部が弾け飛んだ。大量の血を辺りに散らばした童磨に無惨はため息を吐く。これ以上相手していても仕方がない。己が疲れるし、何よりも相手は喜んでやっている。きっと再生を終えたなら、おこらせたお詫びとしてその虹色の目を差し出そうとしてくるだろう。全くもっていらない。
そもそも無惨の目的は童磨ではない。
「黒死牟」
「はっ……」
礼儀正しく頭を下げる黒死牟に無惨はその頭の上から圧力を掛けた。己は怒っているのだと、お前の行いに怒りを感じているのだと伝える。勿論口にも出すが。
「猗窩座を殺した相手が誰かわかるか?」
「…………」
口を噤んだ。
上弦の参である猗窩座が死んだのを黒死牟が知ったのはここに集められて無惨の口から告げられた時だ。それ以前は生きてると思っていたし、殺られるなんて考えもしなかった。剣士では無いが、間違いなく猗窩座は強き者ではあったのだから。
それ故に答えられない。わからない。しかし己に対して無惨が怒りを感じているというのならば、己に非があるのだろうと考える。黒死牟には全くもって心当たりはないが。
「心当たりはない……と?」
「…………」
無惨の言葉に黒死牟は静かに待つ。無惨の機嫌を損ねているのはわかるが、どう答えて良いかもわからないので黙るしかないのだ。
そんな黒死牟の態度を見た無惨は更に視線を鋭くさせて、あるはずだと告げた。
「良くよく考えろ。我らが鬼を滅しようとしているのは誰だ? 鬼殺隊ではないか。では鬼殺隊の中で上弦に迫り得る相手は誰だと思う? 黒死牟」
それは答えられる。
「柱です……無惨様」
「そうだな。あの忌々しき鬼殺隊での最高幹部、つまり最高戦力と言っていい相手だ。貴様ら上弦よりも力は劣るがな?」
「無惨様の……仰る通りでございます……。上弦は……皆強き者達……剣士ではないものの……それぞれ独自の強みを……持っています。それこそ……柱など……恐るゝに足らず……」
「そうだ。柱が上弦に敵うなど万が一にもあり得ない事だ。しかし脅威になり得る可能性を持っている。だからこそ排除する。鬼殺隊の戦力を削ぐ為にな。だが、最近鳴柱と名乗る奴を逃した者がいる…………誰だかわかるな?」
黒死牟?
そこまで言われてわからないはずがなかった。寧ろ途中から気付き始めて冷や汗が出てくる。勿論表面には出してはいないが、完全に己に非があることを理解してしまった。
下げていた頭を更に下げて、小さく申し訳……ございませんと無惨に謝礼を送る。だがそんなことで許してやれるほどに鬼の首魁を務めてはいない。
黒死牟の頭を飛ばし、ふんと鼻息をしてから上弦を見渡す。皆が皆無惨の方をきちんと見ているのを確認してから、視線を机の上に置いてある機材の方へと変えた。つい、と机の角を撫でる。
「猗窩座を殺したのは鳴柱と名乗った男だ。黒死牟が初めに会い逃したサーヴァント。次々にサーヴァント共を殺したのもこいつだろう。次に長髪で金の髪を持つ狐面をした男を見かけたら必ず殺せ。目障りな蝿は先に潰しておいた方が得には変わりないからな」
ところで玉壺、と無惨は話題を変えた。世間話でも始めようかという自然な態度で上司に話しかけられた玉壺は身体をギクリと浮かせて無惨を見た。己は何かしただろうか? と考えるが、すぐに思い当たるものを見つける。
きっと彼が聞きたいのはそれだろうと当たりをつけて少し身構えた。
「あの件はどうなっている?」
やはりか。玉壺は無惨に思考が筒抜けである事を理解しながらもその話題が来たことに、少し焦りを感じた。正直に言うのであればまだ見つけてはいない。いつもあと一歩のところで更なる手がかりを手に入れられてないからだ。しかしそんな事を言っても彼は気に入ってくれる筈もなく、かと言って思考が読める無惨に嘘を吐けるわけもなく。
頭を更に下げて玉壺は申し訳ございません、と潔く謝った。
「未だ確信至るような情報を得ておりません故、無惨様に報告できるような事は何も。しかしこの玉壺! 必ずしや見つけ出し、無惨様から頂いた命を遂行します事を約束致します!」
「何当たり前の事を言っている?」
玉壺から生えている手が全て吹き飛んだ。
「貴様の意気込みなど聞いていない、無駄な口を叩くな」
理不尽な。
そうは思うが口に出さなかった。口に出したら最後殺されるからなのだが、しかして思ってしまった上弦は上半身が吹っ飛んだ。何年生きているのだろうか、無惨が思考を読めるのはわかりきっているはずなのに。一応彼の秩序の為に誰がとは言わないでおこう。
「その情報が確定になり次第、半天狗と共に乗り込め。あと下弦共も付けてやる。本来より三つ足りないがな」
「はっ! この玉壺、無惨様の命しかと承りました」
「半天狗、承知しましたですじゃ」
玉壺と半天狗が同時に頭を下げたのを無惨は見届ける事なく、鳴女と後ろに控えた琵琶を持った鬼に呼びかけた。鳴女はスッと頭を下げて、無惨の言葉を待つ。
「鈴鹿御前を堕姫、妓夫太郎と共に送っておけ。堕姫、妓夫太郎」
「はい! 無惨様!」
「ここに、無惨様ぁ」
「先に送った下弦とこれから送るサーヴァントを上手く使え。お前達の下には
「柱が!? えぇ、えぇ! 上手く使って必ずや殺し、我らが糧に致しますわ!」
「柱の首、必ずや無惨様に献納致します」
「要らぬ」
無惨は堕姫と妓夫太郎の意気込みを聞き流しながら、カチャリと新しい試験管を取り出した。
「私は不変が好きだ、変化が嫌いだ。貴様らにはもう既に期待していない、そしてこれからもしない。私が望むのは私に不変をもたらす結果のみ……わかるな?」
無惨の言葉に上弦全員が頷く。それを満足そうに見届けた無惨は琵琶の音と共に消え、また雑談をした後に新たな命令を受けた上弦達はべべんと元の場所へと戻って行く。
陸ではなく、参が欠けた代償はじわじわと広がりを見せていた。
「はぁい、アンタが堕姫? めっちゃ可愛いじゃーん! でも化粧が濃い気がするし! アンタにはナチュラルメイクが一番だと私は思うけどなー? あっ、私は鈴鹿御前ね! ヨロシクゥ☆恋バナとかする?」
「何コイツ、ウッザ」
「良かったなぁあ、堕姫。友達だぞぉお」
「どこが良いのよ! 私にはお兄ちゃんだけで充分よ!」
「恋バナの前に兄バナ系? 良いじゃん! 私、そぉいうのも嫌いじゃないしー?」
「意味わからない事言ってんじゃないわよ!」
お久しぶりでございます。クリスマス、年末、年始どうでしたか?今年初めての投稿が頭無惨で始まってしまい申し訳ない。
読み返してみても頭無惨……無惨様、言ってる事が矛盾してますぞー!