俺を喚んだのは過去の俺 作:鬼柱
「ぎゃァアアアっ!!!」
悲鳴が響く。痛みがあるのだろうか。わからないけど、バラバラになった帯達は次々に人々を吐き出す。もう一度霹靂一閃を抜刀無しで行い、結構な高さから落ちそうになる一般人の人達を抱き上げたり、着物を掴んだりして下ろしていく。打ち所が悪ければ最悪死ぬような高さなので、俺が動かないと助けた人達が死んでしまう。
「ナイスっしょ! 私じゃ傷付けることできなかったし」
俺が帯達を斬り終えた後、鈴鹿御前はパチパチと手を叩いて笑顔でそう言った。浮いていた刀を消し去り、最後に残ったものも納刀すると俺に近づいてはバシバシと背中を思いっきり叩いてきた。痛い。筋力はそんなにないのだろうけど、それでも痛い。切実にやめて欲しい。
急な態度変化に狼狽えながらも、攻撃する意思がないのは音で確認済みなので俺も刀から手を離した。これ以上戦う意味はないのだろう、多分彼女の目的は俺を倒す事じゃなかったようだ。
そもそも俺を倒すのを目的とするならば、帯に囚われている俺をそのままバッサリと斬り捨てれば済む話だったはずだ。それなのに俺だけを開放して、気安く声をかけてきた。戦いたかっただけというのもあるかもだけど、そこまで戦闘狂でもなかったはず。彼女の性格はあんま覚えてないのだけども。
「私の食糧を! どうして! 協力するんじゃなかったの! そう言われてきたって言ってたじゃない!」
帯に宿る意思がそう鈴鹿御前に向けて問うて来る。鈴鹿御前は鬼無辻無惨のサーヴァント、そして彼女上限の陸である堕姫は鬼無辻の配下だ。上司の命で互いに協力するというのもおかしくはないが……そもそも、サーヴァントと鬼、相容れないのかもしれない。
「私がいつ、アンタに協力するって言ったし。私はただ、堕姫ちゃんと友達になれたならなーとは思ってただけでマスターの命に従う道理なしだから! それに食糧を取られたのは対策してなかったアンタが悪いっしょ?」
「はぁぁあ!? もう良い! 死ね!! アンタみたいな不細工、知らないんだから!!」
「不細工はアンタの方だし! その濃い化粧! 似合わないんだっつーの!」
「今の化粧は花魁の中で流行りなんですけどぉ! 寧ろ最先端だからぁ!」
えぇ、何この女子高生の言い合いみたいなの。お互い何歳よ、聞きたくもないけど。二人とも陰でぐちぐち言うタイプではなくて真正面から言うのには好感が持てるけど、絵面がやばい。女子高生モドキと着物の帯だ。
千切れ消えたのにも関わらず、もう一度再生して襲いかかる帯達。本物の帯ではないようだ、血鬼術で生み出されたそれは際限なくやって来るのだろう。刀を抜き、目の前に迫ったそれらを捌く。
「アンタ、名前は?」
鈴鹿御前にそう問われる。意図がわからないけど、帯達を弾きながらも答えた。
「聖刃だ!」
「クラス名は聞いてないし!」
いや偽名とはいえ名前を答えたんだけど、そうバッサリと切り捨てなくで良くない? ややこしい偽名付けた俺が悪いんだろうけどさ。
鈴鹿御前のその文句に俺は答える事なく、帯達が一瞬離れた隙を突き刀を納刀する。繰り出すは霹靂一閃・神速。六連撃のそれは凡ゆる帯達を斬り、最後に堕姫の顔が浮かび上がっている帯を一刀両断にした。途端に悲鳴が響き、ギョロリと此方を向いた。綺麗な瞳なのだとはわかるけど、目だけ帯に浮かんでいても気持ち悪い。嫌悪感を剥き出しにその目を刺突しようとして何かに阻まれた。即座に抜き、地面に降り立つ。
「ヴッ、ヴヴぁ゛ァアアア゛!!!」
先程までいた場所を見上げると、帯に絞められながら血を流す何かがいた。涎を撒き散らし、手足は忙しなく動いている。まるで人に慣れてない野生動物みたいだ。辛うじて人型で服装からして男性だとはわかるが、聞こえてくる音が違和感ありまくりで気持ち悪くなる。
「鬼……なのか?」
人ではない音、ならば鬼かと思うけれど、生前ずっと頻繁に聞いていた音とは少し異なる。確かにその音もする、けど大部分は別の音だ。それに聞いたことあるような気もするんだよな、この音。どこでだったか。
「鬼、であってるっしょ」
声が聞こえた。いつの間にか隣に並び立った鈴鹿御前が、刀に手を添えながらあの鬼について話し始める。
「正確にはこの世界に蔓延る鬼と、昔確かにいた鬼の要素が混ざり合おうとして拒否反応を起こしてる状態。もう自我もないただの獣だから殺っちゃってOKだし」
「えぇ……」
「あっでもでもー、捕獲を考えてるならやめておいた方が良いから。放置してると何処かへ飛び出して人間を殺しまくったりするし、あれ
正気を失ってて? 人間を殺しまくって? 感染する?
…………まさか。
「泥?」
ポツリと呟くと俺の声を聞き取った鈴鹿御前は楽しそうにニヤリと笑った。くすくす、笑い声が零れる。
「アンタはそう呼んでんだぁ。まっ言い得て妙って感じだし〜、アレの大本はまさしく泥だし」
「何か知ってるのか?」
「ん? 知ってるも何も当事者だからね、私。何でもかんでも知ってるからぁ、教えて欲しいなら答えてあげてもいーじゃん。後で良いなら、ね!」
金属同士がぶつかるような音がした。鈴鹿御前が此方に向かっていた帯を自身の刀で受け止めた音だ。
「何呑気に話してんのよ! 許さないから! アンタ達赦さないから!!」
私の食糧をよくも!!
怒りを織り交ぜながら攻撃してくる鬼の分体に俺はどうしたものかと悩む。帯だけの彼女を攻撃しても消滅するわけじゃないのは目に見えてる。あれは血鬼術で生み出されたものなので、本体ではないために弱点の首もない。だからいくら斬ったところで意味はない気がする。さっきだって顔の部分を一刀両断にしたのに、そことは別の場所に顔が浮かんでる。無限ループだ。
攻撃してきた帯を斬り刻む。そのままではまだ動くので魔力放出をして帯ごと焼き切った。
「がァアアアアアッ!!」
「ッ!? いつの間に!?」
帯によって拘束されていた鬼がいつの間にか解き放たれて此方に向かってくる。にしても既視感のある鬼だ。思い出せないから大したことないんだろうけど、誰だったか。刀を構えて追撃する瞬間に見えた瞳に“下陸”と書かれているのを発見してしまい、驚く。
「(下弦の陸!?)」
こいつが!? なんでこんな事になってんの!?
驚きに身を固めてしまうが構う事なく刀を振るう。しかしそいつは跳んで避けて俺をスルーして背後へ駆けていった。一体何処へ行くのかと一瞬悩み、すぐさま思い至る。バッと振り返って確認して逃げろと声を荒げた。俺の後ろには帯から救出した人間達が倒れたままだ。女の子しかいないそれらはこの花街での花魁達。奪わせるわけにはいかないと脚を動かした。
「ガッ! ガァア!」
「意外と力強っ!?」
刀を相手の口に挟ませてから振り抜く。上顎から上部分が切り離されて、そのまま返す刀でその頸を掻っ切った。どさりと倒れる身体に息を吐いて、心臓部分に刀を突き刺し魔力を流す。バチィッと電気マッサージにしては強すぎる電力を受けて、内側から壊れていき崩れていく身体を見つめる。
そのままにしてもきっとこの鬼は消えていくだろうけど、もし鈴鹿御前が言っていたように泥もあるのならば念入りに殺さないとまた動き出すかもしれないからだ。
「(不憫だな……)」
あぁ不憫だ。
俺の知ってる限り下弦は鬼舞辻無惨に殺されていた。ただ同じ下弦が殺されただけで、柱に瞬殺されただけで連帯責任とばかりに殺された。協力させないように設定したのは何処のどいつなのか忘れているように、無慚に、その名の通りに惨たらしく殺された。鬼殺隊からしたら倒す相手が減ったのだから良い事なんだろうけど……でも、不憫だと思わざるを得ない。鬼にされて利用されて、こうして死ななくてはいけないのだから。
……もう一度息を吐いて、振り返る。倒れている女の子達の前に二人の女性が苦無を構えながら此方を見ていた。音柱の嫁達、須磨さんとまきをさんだ。
「……その刀、鬼殺隊?」
「男の人ですよね? 援軍? 援軍??」
あれ? なんで刀で判断してんの? と首を傾げてから自分がまだ着物姿のままだと気付いた。忘れてたと頭を抱えてから、いつもの隊服と羽織を出現させる。女に見えるようにと下ろしていた髪の毛が結ばれて多少はスッキリして、ゆらりと頭を振るった。望んだら刀が出現するから、無意識に隊服になってるのだと思ってたわ。なんで忘れてたんだろ、慣れ過ぎでは?
「鬼殺隊、音柱の宇髄天元の命によりこの花街で調査を任されてた聖刃です。元・鬼殺隊、現・協力者なんで……まあ援軍かな?」
そうなんですか、とまきをさんが頷く。ん? この人敬語を使うような人じゃなかった筈だけども? ……まぁ良いかと出しっぱだった刀を納めた。
「貴方達には一般人の守護をお願いします」
こくりと頷いた須磨さん達を見届けてから、鈴鹿御前! と元の位置にいたまま髪の毛を弄ってた鈴鹿御前を呼ぶ。彼女はつまらなさそうな表情から一変して、にこりと笑いながら此方を見た。ぶんぶんと手を振っている。
「はいはーい、何々?」
「協力してくれるんだよな!?」
「するよー、するする! 元からそういうつもりだったし?」
「良し、こっから脱出するぞ!」
「オーケー! かしこまりぃ! 狐の嫁入り、行ってみよー!」
快くオーケーしてくれた鈴鹿御前は楽しそうに笑って、刀を並行に構えて内包している魔力を急激に上げた。宝具を放つ気だ。いやこれ瓦礫とか降ってきたりするんじゃないだろうか。
「何するつもり! アンタ達全員、逃すはずがないでしょ!!」
大量に浮遊する帯達が鎌首もたげて此方へと標的をロックオンさせた。まるで蛇のような蚯蚓のようなそれに顔を顰めながら、刀に魔力を纏わせて一気に斬り裂く。なるべく後ろにいる彼女らの負担を減らすように、行かないように足腰をどっしりと構えてただ無我夢中で刀を振り続ける。
剣術も何もない帯達相手だから拙い剣術でも通用しているらしい。有難いことだと思う。
———草紙 枕を紐解けば 音に聞こえし大通連
詠唱が始まった。次々と鈴鹿御前の周りに刀剣達が現れる。その数、数十。数えるのもバカになるぐらいのそれが、上空の壁に向かって向いている方向を変えた。
「いつもならテキトーに放つけど、今回だけ特別っしょ!!」
———いらかの如く八雲立ち 群がる悪鬼を雀刺し
大量の刀剣達が光を放ち、串刺しにせんとばかりに天井へと突き刺さる、その刹那。
「あーーーーっ!! やっぱナシナシ! 中止! ちゅーーだーーん!!」
慌てたような鈴鹿御前の声と共に刀剣達は消えた。俺は驚いて思わず彼女の方を見やる。
「なんで止めた!?」
あれだけ膨れ上がってた魔力もその小さな身体の中に収まったのか感知できなくなり、本当にもう宝具を放つ気は無いのだと察する。ともすれば余計に止めた理由がわからなくて鈴鹿御前に問い詰める為に、此方を嘲笑う鬼の攻撃を去なしながら声を荒げた。
「どうもなにもわかんない!? サーヴァントが迫ってる! このままだと激突するからやめたんだし!!」
「はぁ!? サーヴァント!?」
このままだと激突するってどういう、と続けようとしたその直後に地響きが鳴った。ぐらぐらと揺れるそれは小さなものだが、俺は嫌な予感がして魔力を刀剣へと這わす。
———雷の呼吸 捌ノ型・改!
「旋風迅雷・波ッ!!!」
———ッドォオオオン!
前は地面に打ち付けてたのを天井に向けて放つ。それと同時に一際大きな音が鳴り、天井から瓦礫が落ちてきた。このままではみんなが瓦礫の下敷きになって死んでしまう、そんなことは許されないから俺が先に旋風迅雷を放った。
竜巻と雷が大きな瓦礫達を砕いていく。それでも捌き切れなかった分は、霹靂一閃して真っ二つにしていく。後はきっと音柱の嫁達と鈴鹿御前がどうにかしてくれるだろうから心配ない。どうして鈴鹿御前が味方してくれるのかは考えるのをやめた。
「む、なんかいるな。食っちゃえ」
「エッ」
生前含めて聞いたことのない声が聞こえたと思えば、目の前に迫る大きな口。シュルルッと動く気持ち悪い細長いスプリットタンに、尖った牙。あーんと開かれた顎は二つに分かれてた。
アッ、イヤアノッ! 食べっ!? エッ!? 敵意の音がしないからコレ蹴って良いのかわかんないんだけどアッ、やめ!! 閉じッ!
「待————ッ!!」
俺の声も届かずパタリと閉じる口。真っ暗な中で、ヌメっとした唾液と思われるそれに小さな悲鳴を上げて俺は気絶した。
「お竜さん、何食べたの?」
「ん? 形的に人間だ、ちょっと不味い」
「エッ!? 人間!? 人間食べちゃったの!? やばくない!? ちょ! お姉さん吐き出して!! 吐き出して!!!」
「人間食べる……鬼?」
「鬼だったのかよ! こいつ!! んな気配じゃねぇぞ!?」
「お竜さんは鬼じゃないからね。ほら、お竜さん善逸君の言う通りに吐き出そう」
「わかった、カエル程美味くないからな。ペッ!」
「あれ? この音、この姿……ってセイバー!?!?!? なんでお竜さんに食べられてんの!? どういう経緯でそうなってんの!?」
「気絶してる、セイバーさんでもよっぽど嫌だったんだな……」
「強ぇ奴がこうなるってことは……俺様もこいつの口ん中入って気絶しなかったらこいつよりも強いって事になるか!?」
「ならないから! ならないからぁ!!」
「リョーマぁ、口直しにカエルくれ」
「はいはい」
どうやら俺はお竜さんに食べられてたらしい。
リョーマ単体ならそんなにぐだらないけど、かまぼこ隊がいるとぐだみが増してしまうのであった。かまぼこ隊自体がギャグみたいなところもあるので是非もないよネ!
次は4日ですかね。