俺を喚んだのは過去の俺 作:鬼柱
7.兄弟子
「よぉ」
月を見上げているとふと声をかけられた。じぃちゃんの家の屋根上に登って月を見るのが最近の日課なのだが、いつのまにかバレてしまってこうして声をかけられる様になってしまった。善逸以外には話すつもりは無かったためにこれは誤算だ。鬼以外警戒するものがないからと、耳も澄まさず、気配を探ってなかった俺の落ち度だけどさぁ。
「今日も月見てんのか、暇な奴だな」
「……何の用です、獪岳」
生前、全然話す事もなく殺してしまった相手から話しかけられるなんて思いもしないだろう。
「壱ノ型を教えろって言うのならばお断りしますよ」
そう言えば隣に座った彼は、ハッ! と鼻で笑い不敵な笑みを作り出した。めっちゃ悪そうな顔だな、おい。
「当たり前だろ。お前に教えられるべくもない」
「それにしてはまだ習得してない様ですけど」
「ぐ……!」
うぐぐと唸り声を上げるその表情は悔しさに満ちていた。悔しいだろうなぁ、基礎とも言われる型だけが習得できないのだから。応用はできて基礎ができないなど本当はあり得ない事だが……基礎しかできない者にとっては少し羨ましい事でもある。
獪岳は実力相応の自尊心もあるし、弱みも持っている。口は悪いしクズだが、修行に勤しむ姿勢は見習いたいものだった。
音を聞く。トクトクと心音がする中で、不満の音がした。こんな時にまで響かせるなんて少し器用だな、なんて思いながら月を見上げる。
「焦る必要なんてありませんよ、人それぞれ。貴方はただ、壱ノ型が苦手だっただけ」
「……んなこたぁ、わかってんだよ」
「あぁ、弟弟子に習得されたのがそんなに悔しいんですか」
「ッ!」
あ、悔しいのね。それはちょっと嬉しいな。生前怒ってくるばかりでそう言った感情は持ち合わせて無かったから。例え壱ノ型を使えずとも、他の型を全て習得した腕前やじぃちゃんを慕うこころは本物だったから、あまり気は良く無かったけれど、慕っていたのは本当。
だってあのじぃちゃんが、獪岳が! 獪岳は! と何かとつけて話してくるんだから、その凄さはわかるだろう。じぃちゃんは褒めれない奴には褒めないし。
そんな彼に悔しがられてるなんて言われて嬉しくないわけがない。意地が悪い? 何とでも言え。相手はクズだ。
「人には誰しも得意不得意がある。貴方は壱ノ型が不得意で、善逸は得意だった話なだけ。何をそんなに悩みます?」
「俺が出来なかったことを成し遂げたのが。確かに俺は彼奴と違って壱ノ型以外はできるが、それじゃぁダメだ。これじゃ、先生の跡を継げない……先生の期待に応えられない……」
おぉっとそうきたか。と言うかそんなことを考えてたのか。
「…………兄貴は充分応えてるよ……」
「は? なんか言ったか?」
小さく呟いた自分の独り言に反応した彼にクスリと笑ってやる。いーや何も言ってない、ってな。
「そういえば明日から最終戦別に向けて旅立つんですよね。貴方なら抜けられますよ、頑張ってください」
「ハッ! テメェに言われなくても余裕で抜けてやるわ!」
元気があってよろしい。でもボリュームは下げてよ、今は真夜中なのだから。
「帰って来たらお祝いとしましょう」
俺が死にそうになってた最終選別でも獪岳は余裕のよっちゃんで抜けるだろう。何せ壱ノ型は使えないといえど、此奴は剣の天才である。壱ノ型という居合しかできない俺と違って、バリエーション豊富な方が対応策も取りやすいし、取りにくいものだ。早々死ぬことはないと思われる。
「先生にならまだしも、テメェに祝われたくねぇよ」
ふん、とそっぽを向く獪岳にそうですか、と呟く。残念だなぁ。
「桃のケーキでも焼こうかと思ってたのですが」
「っ!!!」
バッと勢い良く此方を見る。本当に桃が好きなんだなぁとその様子を笑ってやると、彼は苦虫を噛み潰したよう表情を浮かべてまたあらぬ方向を見た。聞こえてくる音からして葛藤しているらしい。自分の欲望に素直になるか、自身のプライドを保つのか。
やがて彼は、ぐぅと悔しいです! と顔にありありと浮かべながら、口を開いた。
「つ、作らせてやっても良い……」
眉間に皺を寄せ、目は泳いでいる。余程悔しいのだろう、精一杯の虚勢にふふと笑う。
「えぇ、私が作りたいだけですから」
存分に食えよ、獪岳。
これは俺の罪滅ぼしみたいなものだから。
その数週間後。無事に最終選別から帰ってきた獪岳を迎えた善逸とじぃちゃんは精一杯祝おうとして、てんやわんやの大騒ぎ。山の中に家があるものの、市街地にあったら近隣から苦情が来ていたものだ。
わちゃわちゃと二人にもみくちゃにされる獪岳を霊体化している俺は側で見守る。姿を現して祝ってやれないのが少し悔しいけれど、じぃちゃんにはあまり姿を見られたくないのだ。彼は聡いから俺が未来の善逸だとわかってしまう。現地人には未来を話さない方が良いのは何処も同じ事である。本当の未来を塗り替えないように。
だがまぁ。
「(俺がいる時点でそれも意味はない)」
だから好きにさせてもらおう。
「よぉ」
いつも通りに月を眺めていたら、案の定獪岳が登ってきて隣に座った。最初は離れた位置に座っていたのに、いつのまにかこんなに距離が近くなったことに苦笑してしまう。ツンしか見せないデレなんだろうか。男のツンデレは別に嬉しくともなんともないけれど。
「こんばんわ、獪岳」
「おう。例のモンちゃんとあるんだろうな?」
闇取引かな?????
その見た目と相まってあんまり違和感のないセリフにまた笑いながら、俺は用意していたものを取り出す。そう言っていた桃のケーキである。
オーブンがないから少し作るのに苦労したが、まぁ概ね成功と言えるだろう。試食しても美味しいと思えるほどのものだったし。この前奢って貰ったお礼として善逸へ、勝手ながらに住まわせてもらっている礼として善逸経由でじぃちゃんへご馳走した。二人とも美味しいと言ってくれたから、大丈夫だろう。
「ありますよ、ほら」
お皿に盛り付けたそれを取り出す。この時代にラップなんてものはないために、お盆の上に置いて傘みたいなものを被せていたのだが、腐ってないと良いな。だって冷蔵庫ないんだよ? ここ。いや時を考えれば冷蔵庫なんてものはないし、電気なんてものも通っていない。本格的に家電が普及し始めたのは第二次世界大戦後だ。今はいつ? 大正だよ!! 因みに第一次世界大戦が始まるのは一九一四年。一二年が大正元年。この時すでに東京市内には電気は普及している。東京市内には、な!
「フォークもちゃんと準備してありますよ」
そう言ってそわそわする獪岳に渡してやる。素早く受け取った彼は被せ物を勢い良く取って桃のケーキを見ると、分かりやすく目を輝かせていた。その様子に獪岳も子供なんだなぁと思っていると、彼は窺うようにこちらを見る。
え? 何? なんかあった? やっぱ腐らせてた!? ごめんね!
なんて心の中で謝りながらも口元には笑みを貼り付けていると、彼は何か納得したのかフォークでケーキを突き刺した。そして咥えると、パァア! と花が咲くような音がする。気に入ってくれたようだ。彼の中でどういう心境の変化があったのかは聞いていてもわからなかったが、まぁ満足してくれてるなら良いか。
「それと、これを」
一つの箱を俺は取り出す。ケーキを食べていた獪岳は此方が差し出したものを見て首を傾げている。獪岳のくせに仕草が可愛いな、おい。仕草だけだけどな!
「なんだ、これ」
「ブレスレットですよ」
「ぶれ……?」
おぅ! ブレスレットっていう単語もしらねぇのか! 疎そうだもんな! そういうの!! いや普通にこういう英語が浸透してるのは多分身分が良い人か流行に聡い人だけだろうから仕方ないのかも知れないけれど。
「腕輪ですよ」
「腕輪ぁ?」
怪訝そうな表情で此方を見る獪岳。多分彼には、なんでそんなものを送ってくるんだ? という単純な疑問が浮かんでいるのだろう。確かにそうだ。獪岳との仲はそんなに良くはない。ただ単にこうして夜にたまに会ったりする程度だ。新月の日とかは俺はここにいないしな。
それにしても女の子じゃねぇのにこんな物を用意したんだ、ちゃんと受け取ってくれなきゃ困る。誰か女の子に送ると言っても、こういうのには勘がいい彼女らだ。即座に自分に用意したものじゃないとわかる。……貢いでた頃の俺は一筋なのでそんな事はなかったけれど。
「入隊祝いです。鬼殺隊は人々を脅かす鬼を全て滅する事を目的とする組織。常に命を賭けあう場所です……ですので御守りを、と」
「要らねぇよ」
ふい、と横を向く獪岳。そのまま桃のケーキを食べる彼にひくり、と口が引き攣った気がした。
「俺は死なねぇ、何が何でも生き残る。だから要らねぇよ」
それが問題なのだと気づかないものか。死にたくない、生きたい。その気持ちはわかる。途轍もなくわかる。めっちゃくちゃわかるけれど、鬼を滅する為になら死ぬのも厭わないと思っている鬼殺隊においては異端になってしまう。じぃちゃん達だってそうだ、すぐってほどじゃないけれど命を賭ける。それぐらい信用してくれてて、それぐらいお館様に忠義を尽くしいるのだろうけど……でもね、事故死とか寿命とかじゃなくて自死は駄目だ。
……………………駄目なんだよ。
「良いから受け取ってください。獪岳の為に買ったのですから」
ほんと困る。受け取ってくれなきゃ困る。だって俺が、この俺が野郎にプレゼントだ。ちょっと今でも鳥肌立ちそうなんだから、受け取ってくれよ。
「は、気持ち悪りぃ」
……………………………………ブチッ。
「良いから受け取れって言ってんだろ!!!! こんのックソ兄貴ッ!!!!!!!」
バスッ! と獪岳の胸にプレゼントの箱を放り投げて屋根から飛び上がる。
「食器ちゃんと片付けろよ!!!! このバーーーーカ!!!!!!」
悪態を吐きながら地面に着地して、霹靂一閃を使って移動してから霊体化した。これなら周りを探されても見つからないだろう。
〝人が折角用意したプレゼントを気持ち悪りぃとかはねぇだろ!! あのクズ!〟
霊体化したまま、先程獪岳が取った態度に対して愚痴を言いながら街の方へと俺は歩き出す。
〝…………チッ!〟
ちゃんと付けてくれると良いな、と心の隅で思いながら夜の街を眺めた。そんなこと思った俺に対して思わず舌打ちが出たけどな!
「気をつけて行ってこい!」
「じゃぁな、獪岳ー!」
そんな獪岳が隊服を着て鬼殺隊士として旅立つ日。屋根の上から見守っていたら、じぃちゃんと善逸に掌を振ったその腕が太陽に反射して光った。
なんだ、と目を凝らして見たら俺があげたブレスレットがあるもんだから、俺は目を見張ってしまう。受け取ってくれたんだな。その事実に笑みが浮かぶ。
それにしても何というか。
「やっぱり素直じゃねぇなぁ、獪岳は」
くすくす、と俺は笑った。
まぁその人、鬼に身内を売った疑惑があるんですが、それはさておき。鯖善逸と話してるからかマイルドな檜岳でした…………誰だテメェ!?
獪岳っていつ鬼殺隊に入っていつになったんだ……正確な時間をプリーズミー!