俺を喚んだのは過去の俺 作:鬼柱
さらり、さらり。
静かな空間に響く一つの音。時折聞こえる墨を磨る音によって何かの書き物をしているのだと推測できる。紙を捲る、文鎮の位置を調整する、書いている途中でズレた体勢をもう一度整えた。
手慣れた手つきで文字を書き綴っていき、やがてひと段落したのだろう。筆を置き息を吐いた。
「……ふぅ」
誤字脱字がないかをもう一度冒頭から読み直して確認しながらも、気に入った表現方法を心の内に留めながらにこりと笑った。
何度やっても楽しいものだ。己がそうあれと定義付けられたのもあるけれど、それよりも生前からずっとこの身は書き手としてでしか生きていけなくなっている。
何故この地に呼ばれたのかはわからない。数年前から呼び出されておきながら、今まで出番もなし。何をすれば良いのかも聖杯からの知識は無い。確かに聖杯との繋がりは感じるけれど、現界以上の支援がない状態だ。
しかし、こうして自身の創作に専念できるのも良いのかも知れない。自分自身、役に立てるのかもわからないのだから。
「ふふっ、こういう穏やかな現界も良いものですね」
そう緩やかな幸せを享受していたときだった。
「たのもぉお!!!!」
「はわわっ!?」
突然の大声と衝撃音に驚き、独特な悲鳴をあげながら肩をびくりと揺らしてしまった。その際持っていた原稿用紙を落としてしまったが、幸い机の上に置いていた墨汁に当たることなく床に散らばった。とりあえず最悪の事態は免れたようなので、小さく息を吐き紙を回収していく。順番がバラバラになってしまったが、後で整えておこう。
しっかりと椅子に座り直して、原稿用紙を安全な場所に置き、置いていた墨達もまた違う場所へと移動させた。
「あっ、いた! いたぞ! 伊之助!」
「んな声出さなくとも聞こえてるっつーの! 権八郎!」
「炭治郎だ! だがこれで帰れるぞ! 多分だが!」
随分と騒がしい客人だ。
緑色の市松模様の羽織を羽織った花札のような耳飾りをした青年に、藍色の着物を着たまるで女性のような顔立ちをした青年。個性溢れる彼らに目を白黒させながらも、一応注意しなくてはと彼らの姿を見て湧いてくる創作意欲をかき消しながら、こほんと小さく咳き込んだ。二対の瞳が此方を向く。
「ここは本を扱う場所です。館内ではお静かにお願いします」
そう注意すると花札の青年は素直に謝り、もう片方の青年は罰が悪そうに顔を逸らした。一応悪かったとは思っているらしい。誠実な態度ではないけれど、そこがどこか彼らしいと初対面ながらに思ってしまった。
「すみません、疲れていたみたいでどうも」
疲れているならば逆に静かになるのでは?
こてりと首を傾げるが、青年は此方の様子を気にする事なく近づいてくる。何処か迫力のあるそれにはわっと一歩後退ろうとして椅子に座っていたことを思い出した。そもそもこの店内に逃げ回るようなスペースはない。
慌てながらもどうにも逃げる事が叶わず、ぐぐっと青年の瞳がすぐそこまで迫ってきてしまいギュッと目を瞑る。涙が溢れた気がした。
「うん、やっぱり貴女だ」
「はい……?」
くん、彼は鼻を動かしたと思えば少し離れてニカリと笑う。眩しい笑顔に溢した涙が蒸発していくような気がして、この店の店主である彼女はどういう事だと呟く。
「
「えっ、あ、はい。初めまして?」
突然挨拶をした青年に驚きながらも、律儀に挨拶を返す彼女に何を気に入ったのかニコニコと笑顔を絶やさない。どう見ても成人している見た目だというのに、その笑顔のお陰で幼さが目立つ。素直そうではあるけれど、何処か油断できないその雰囲気に彼女は眉を顰めた。
まどろっこしいのは苦手なんで、単刀直入に言いますねと彼は言う。
「貴女を勧誘しにきました、藤原香子さん」
いや。
「紫式部さん」
ニコッと笑みを深めた竈門炭治郎に、数年前に人知れず召喚されていたサーヴァント・紫式部はごくりと唾を飲み込んだ。
「情報が正しければ、ここなんだけど」
「もう少し休んでいけば良かったんじゃないか? リョーマ」
「比較的、軽傷の僕がずっと休んでのも如何なものかと。それに彼には小太郎君や我妻君がいるから大丈夫だよ」
「あの雑魚のマスターは違う奴だぞ?」
「彼は優しいから一緒に守ってくれるさ」
他にも坂田金時、鈴鹿御前と名高いサーヴァントばかりだ。万が一鬼の首魁が攻め込んできても無傷とはいかないかもしれないが平気だろう。
そう自身の相棒に説明しながら坂本龍馬は“楽市楽座”と書かれた看板を見上げ、ニコリと微笑んだ。
「相変わらずわかりやすいよね、彼女は。でもこんな店を経営するなんてらしくないというか」
「そうか? ギター振り回してる方ならやりそうだ」
「そうかもしれないけど、その彼女じゃない事を願うよ」
お竜さんの言葉に苦笑いを浮かべた彼は、その引き戸を開けた。防音の役目を果たしていたのか開けた瞬間に聞こえてくる轟音を少しだけ煩わしく思いながら歩みを進める。
老若男女とまではいかないが、凡ゆる歳の凡ゆる人々が様々な場所に集まっては声を張り上げている。聞こえてくる単語は専門用語と思われるモノや数字、いけ! やらそこだ! やらの怒号。きっと後がないのだろう、嘆きの泣き声まで聞こえる。
「やっぱり賭博屋は慣れないねぇ」
「あいつら五月蝿いな、食べたら静かになるか?」
「静かになるどころか阿鼻叫喚だから止めてね?」
こんなところでお竜さんが本来の姿になってしまえば騒動になる事間違いなし。この賭博屋に来ている客人達は逃げ出し、店は崩壊し、やってきた警備員に刀やら銃やらを向けられる始末だろう。ここは町外れにあるわけだし、町の町長にお金を納めているやら何やらしているのか憲兵達から見逃されていたりするので厄介だ。一度追い出されたらおいそれと戻れないだろう。
「それより先に合流だ。彼らはいたかい? お竜さん」
「ばっちりいるぞ? あそこだ」
お竜さんが指差した先、他の賭け事よりも盛り上がっている塊の中心部にそれはいた。
ひょっこりと揺れる白いアホ毛に、対照的な黒い毛の二人組。先に調査を行なっていた二人を見つけて龍馬はお竜さんに礼を言う。するすると人の垣根を超え、彼らの下へ歩み寄った。
ひょっこりと覗き込むと半! 丁! と叫ぶ声が聞こえ、中央の奥にいる人物が畳の上に押し付けていたツボ皿と呼ばれるものをゆっくりと上げた。中にあった二つのサイコロの出目が晒される。
出は三と六。
「半!」
途端に聞こえる喜ぶ声や悔しがる声。後者の方が多いのはきっと大半が丁だと思っていたのであろう。賭けられていたチップ達が勝者の下へと集って行った。
「丁半なんて懐かしいねぇ、以蔵さんがずっと負けてたのを思い出すよ」
「あのクソ雑魚ナメクジ、戦ってなくても雑魚だからな」
「以蔵さんが賭け事に弱いのは事実だけど、こと対人戦においては強いさ」
「戦ったらの話だろ?」
「そうだけどね」
それよりもどうだい? 儲かってる? と目的の人物の手元を覗き込むと大量のチップが、その手の内に囲い込まれている。わぁ、感嘆の声を上げながら悪い顔をする鬼殺隊士の方を向いた。
「龍馬か」
「坂本さん、来てたのか」
「ついさっきね。それより景気いいね、まだ続けるかい?」
「いや、もう充分だ」
よっこらせと敷かれた座布団から立ち上がった彼は儲けたそれらを換金するための場所へと歩き出す。帯刀しているからか、形相が悪いからかわからないが鬼殺隊士である獪岳をモーゼの如く避けていく客人達を見て、龍馬は苦笑いを零しながら肩を竦めた。
「目……というか人を観察するのが得意なのかな」
「そういやマスターはずっと周りを見てたな」
獪岳のサーヴァントである沖田総司オルタは先ほどまでの彼の行動を振り返りながら、そう言った。
丁半という賭事は二つのサイコロをツボ皿と呼ばれる物の中に入れて振り、そのまま畳の上などに置き中の二つのサイコロの出目の和を予想する昔からある賭博だ。ここは小規模なので鉄火場なんて呼んだりもするけれど、今はどうでも良い。
至ってシンプルなルールだが、二分の一であるはずのそれは外れやすい。大体がツボ振りと呼ばれる者が操作しているからである。本当に運任せであるならば、経営者の方が破綻する可能性があるからこそ結果的に向こうに利があるようにならなければならない。つまりどう足掻いても負けてしまうのだ。
しかし獪岳は勝っている。龍馬曰く、ツボ振りの顔色を窺ってたんじゃないかと。満足そうに帰ってきた獪岳に本当の事を聞くと彼は呆気なく是と答えた。
「あのツボ振り、わかりやすい奴で助かった。表情は変わらなかったが癖があったからな、周りの客の声に対する反応見ておけば簡単だ」
他の客が言う言葉を参考に推測をして最後の最後に当たりを言えば、獪岳が勝てるという寸法だ。言っていることはわかるが、やっている事が半端ない。
ははっと笑う龍馬に対して獪岳は何事もなかったかのように換金したものを懐へと仕舞った。鬼殺隊からの支給もあるが思わぬ臨時収入に笑顔になりそうだ。獪岳の場合、それはどう見ても犯罪者の笑みになるので周りの人間が引いていたりするのだが。
途端にパチパチと拍手が彼らのもとに届く。この騒然たる賭博屋の中でやけに澄み渡って聞こえるその音に警戒を示す。隠してある刀を抜けるように、何にでも対応できるように半歩引いたところで拍手の元凶が姿を現した。
客人達が驚きながらその者の行手を避けていく。ハハ! と男か女かわからない中性的な声が響いた。
「見事! そこまで稼いだのはお前が初めてよ。何、別にとって食おうとは思ってねぇ。ちと気になっただけでな、こうして俺が態々出向いただけだ」
うむ、中々愛い見た目をしておるな。
なんて宣うその人物を目にした獪岳は怪訝そうな表情をし、坂本龍馬は大きく目を見開いては驚いたと呟く。
「まさか、君だったなんてね。てっきりアーチャーの方かと思ってたんだが」
「ん? 会った事があったか? 俺は知らんが……まぁ影法師である身、そんなこともあるだろうな」
では自己紹介といこうか。
「俺こそが第六天魔王波旬!! ……と言いたいところだが、敢えてこう名乗らせて貰おう」
長い髪をポニーテールにして独特な格好をしたその男と思われるサーヴァントはカカ! と笑い声を零して、家紋の一つでおる木瓜紋があしらわれた軍帽を親指で押し上げた。
「俺の名は吉法師、織田吉法師だ。尾張のうつけとは俺のことよ!」
足りない、足りない。全然足りない。
まだ三つ。まだ三つしか集まっていない。半数もなかった。何日、何ヶ月経った? それなのにこの量は少なすぎる。
「一気に二つ入って、ウハウハだったのになぁ」
奴らが来ているのだ。早く、早く。
「あーあー、はいはい。ったく、いつの間にそんな主張するようになったんだ? 一つ目の時は全然だったのにさぁ」
ニンマリと細められた白くくり抜かれた目が星が瞬く夜空を見上げた。その目がなければ、そこに誰かがいるのかわからないほどの黒く塗り潰された“それ”はよいしょと立ち上がった。
「焚き付けに行きますか。俺も食べ足りないからなぁ」
そこらにいた闇夜に紛れた異形の鬼を踏み潰しながら、イヒヒと笑う。
「襲ってくるなら頭から食べちゃうぞー?」
って聞いてねぇか。
「いひひ。アハハッ!」
獪岳って賭け事強そう(偏見)
次はー、11っすよね!マイフレンド!