俺を喚んだのは過去の俺 作:鬼柱
刀鍛冶の里。
そこは鬼殺隊の隊士達が持つ日輪刀を作る職人達が住う里の事だ。その場所は秘境とされ、隊士達皆が皆ある場所を知らず、案内係である隠ですら詳しくはわからないのだそうだ。その機密性の高さは単に鬼殺隊の生命線ともいえる鬼に対応できる手段の一つ、日輪刀を絶やしては悪鬼滅殺の目標が潰えてしまうからだろう。例え鬼殺隊の一員と言えど、鬼に命欲しさに情報を渡してしまえば此方としてはなす術はない。もし襲撃され刀鍛冶師達が全員死んでしまえば、日輪刀を作れなくなり新しい隊士に役目も与えることができず、折れてしまえばそれで終わりになってしまう。
刀鍛冶師達は職人とは言え、身体能力は一般人のそれだ。人よりもあるかもしれないが鬼殺隊士には敵わない。万が一に備え、何人かの鬼殺隊員が警護に当たっている。階級は甲や乙だろうな。
そんな彼らにお疲れ様ですと頭を下げながら、里の中に入った俺は背伸びをしながら精一杯息を吸った。生前全くと言って良いほど来なかった刀鍛冶の里。鼻腔を温泉の匂いが擽った。
「いやぁ良い匂い! これ温泉あるぜ! 秘境の地の秘境の温泉! 後でいこうっと。ウェヒヒ、楽しみ〜!」
努めて明るく独り言を零すけれど、俺の後ろを付いてくる彼は一言も話そうとしない。むすっとした態度で黒いオーラが彼から漂っている気がした。聞こえてくる音もめちゃくちゃ怒ってる低音だし、アハハーと空笑いするけど和む空気はない。相当怒ってる、冷や汗が流れた。
ある程度歩いたところでくるりと踵を翻す。相手は驚いたように目を見開いたがそれだけだった。また頬を膨らましそっぽを向く。
「折角刀鍛冶の里に着いたんだから機嫌直しておくれよぉ、怖いんだよぉ〜! お前の音! そりゃ勝手に刀を折ったのは悪かったと思ってるよ! めちゃくちゃ思ってる! この通り! ごめん! 炭治郎!!」
パァン! と手を合わせて幼いこの時代の炭治郎に向かって頭を下げる俺。合わせた手は上に置いたままで、暫く無言が続くけれど、決して頭を上げない俺に炭治郎の気配が揺らいだ。はぁとため息を吐いて顔を上げてくださいと言われる。その言葉通りに頭を上げて、申し訳なくなりながら炭治郎を見る。彼はまだ怒ったままだ。
「そう思うなら最初からしないでください」
「ごめんなさい、それは無理です」
「なんでですか! セイバーさん!」
炭治郎の言葉に直様否を言えば、俺怒ってます! と言う様に詰め寄ってくる。怒り方がアオイちゃんと似てるからちょっと怖いんだが! いや激おこな炭治郎に比べればマシ過ぎるけどな!
「セイバーさんの所為で俺が怒られるんですよ!? 俺が任務で折ったならまだしも、友人に折られたとかどう説明すれば良いんですか!? いや刀から目を離した俺も悪いんですけども!!」
「えっ、友人?(トゥンク」
「そこ反応しないでください!!!」
「お前が言ったのに!?」
また
刀鍛冶の里にはよっぽどの理由がなければ来られない場所だ。決してというわけではないが機密を守る為にここに来るまでに目隠しをされ隠に背負って貰い、また交代しつつ運ばれる。隠も決して暇というわけではないし、そもそも訪れたいとお館様に許可を取らないといけないので色々と面倒なのだ。だから任務や刀についての相談とか色々理由がなければ誰も来ようとは思わない。俺も生前は秘湯に行くぐらいなら鬼を斬ろうと思ってたぐらいだから、全く行かなかった。因みに刀は一回も折れたことはない。
俺と違って炭治郎は刀鍛冶の里にわりと訪れていた。きっかけは刀を二回も折り、一回は失くした炭治郎にもう刀を打たないと拗ねた担当鍛治師、鋼鐵塚蛍を説得する為。そこから里に友人ができたらしい、良く文通してたのを見かけたのを覚えている。
だがこの世界の炭治郎は刀を折った回数は一回だけ。それも那田蜘蛛山での事であり何ヶ月も前だ。理由は逃げる上弦の参に投げる事で失くすはずだった無限列車では肝心の上弦の参は死亡、もう一度折るはずだった上弦の陸戦では参加したのが後半戦ということもあり刀にあまり負荷がかからなかった。
つまり彼が刀鍛冶の里に訪れる理由はなかった……なかったけど、蝶屋敷で休んでる炭治郎の目を盗んで刀を折ったんだなー、俺が。だからこんなにも怒られてる。折るアイスを食べるときみたいに足を使って勢い良く折ったのがそんなにいけなかったのだろうか。ノリは軽かったがちゃんと話し合って決めた事なので許してほしい。刀と鋼鐵塚さんには悪いけれど。
「(それに必要な処置だ)」
本当に、本当に申し訳ないけど、鋼鐵塚さんが打った刀ではこれから戦う上弦の鬼やサーヴァントに対して心許ない。鋼鐵塚さんの刀を否定しているわけではないが彼自身が打つ刀とそれを扱う炭治郎の呼吸が噛み合ってない為、折れる。
多分水の呼吸の使い手に対しては良い刀なんだろうけど、炭治郎が扱うのは何も水の呼吸だけじゃなくヒノカミ神楽もある。柔軟な水の呼吸とは違い、力強い舞がヒノカミ神楽な為に刀にかかる負荷も大きいはずだ。炭治郎もまだ未熟な身、神楽を繰り出そうともその衝撃で刀が折れる、なんて事あるかもしれない。だから、それに合った刀を手に入れなきゃならない。
「とりあえず他の奴は多分後で来ると思うから、先に鋼鐵塚さんのところ行きましょう。ね?」
渋々と言った風に頷いた炭治郎を連れて、近くを通ったまたもや刀鍛冶の人だと思われる人に鋼鐵塚さんの家の場所を聞く。結構有名なのか直様教えてくれた。良い人ー、ひょっとこのお面は怖いけど。
本当はこの里の代表である里長のところへ挨拶に行かないといけないのだろうけど、面会の時間は決まっている。諸々の面々が集まったら一緒に行くつもりだし、事情を説明しなければならないから俺一人で行っても意味ないからな。だから先にまだ刀を折ったと知らない鋼鐵塚さんのところへ行って謝った方が良いという判断だ。追いかけられることになろうとも里長に呼ばれてるとなれば、引いてくれるだろうから。
「すいませーん、鋼鐵塚さんいらっしゃいますかー?」
呼び鈴はないので戸を叩いて返事を待つ。俺の優秀なる耳によって誰かいる事はわかっているし、その音の主が少し不機嫌になったのも聞き逃さなかった。このままだと居留守を使われてしまうので、更に戸を叩く。
「す・み・ま・せ・ん! 鋼鐵塚さん、鋼鐵塚蛍さんいらっしゃいますかー? いらっしゃいますよねー? 居留守を使っても無駄でーす、わかってますからー!」
……返事はない。
「…………炭治郎の刀が折れ「なんだとこの野郎!! 俺の刀が折れたとか吐かすんじゃねぇだろな!!!」
スパーン!! と勢い良く開かれ現れたのはひょっとこお面の男。それなりにガタイが良い男からの鬼気迫る様子に若干笑顔を引き攣りながらも頷いた。鋼鐵塚さんは俺の頷きにそうか、と一言だけ呟き家の中に入っていくのを見て、炭治郎と二人で首を傾げた。
てっきりそのまま襲い掛かってくるかと思いきや、あっさり引いて行ったので予想外だ。炭治郎と顔を合わせてからもう一度鋼鐵塚さんが去った後を見ると、暗い家の中からキラリと何かが光った気がして本能的に刀を抜きそれを弾いた。甲高い音を立てながら回ったそれは、スゥッと地面に突き刺さる。
「ひ」
全くの抵抗なく地面に刺さった包丁を見てしまって思わず悲鳴が漏れた。炭治郎も見てしまったのだろう、俺の横で震えていた。
「あの包丁、鋼鐵塚さんが追いかけてきたときに持っていたっ」
「え゛」
あんな物騒なものを人に向けて振り回してたの!? 万が一手が滑って誰かに刺さってたらどうしてんだよ!? 怖!? 怖すぎ!! なにがってそんなものを躊躇いなく投げつけてくる鋼鐵塚さんが!!!!
「誰が、誰の、刀を、折ったって? えぇ!? 竈門炭治郎!!!!」
ぬぅっと暗闇から出てきた鋼鐵塚さんはゆらゆらと長い黒髪を揺らしながら包丁を手に凄んできた。ひょっとこのお面なのにその下はきっと怒りで目が釣り上がってるんだろうとわかるぐらいに音がヤバイ。
名指しされた炭治郎はその雰囲気にシャキッと背筋を伸ばし、ハイ!! と良く通る声で返事をした。あら良い返事。怖いだけだろうが。
「俺の不注意で!! 鋼鐵塚さんが打ってくれた刀は!! 折られました!!!」
「ぇっ」
ちょ、待て、えっ? 炭治郎さんや?? 何を言うつもりでございますでしょうか??
「折られたァ?」
「ハイ!! そこにいるセイバーさんにいきなり折られたのでこうして謝りに来た次第です!!! すみませんでしたッ!!!!」
冷や汗が止まる事なく流れる。炭治郎がとんでもないことを言ってくれてしまった。ぐりんと此方を見たひょっとこお面から目を逸らしたくなりながらも、誤魔化すようにハハッと苦笑いを零して踵を翻す。
逃げなきゃ。
その一心だけが俺の中に渦巻いていた。
「待てやゴラァアアアアアッ!!!! 俺の刀を折ったってのはどォオオオいうゥゥウウ了見なんだ貴様ァアアアアアア!!!!!」
「い゛ぃいいいいやぁあああああああああ!!!!!!!! ごめんなさぁああああいぃいいいいい!!!!!」
ひ、酷い目にあった。里中の誰かに助けを求めようとも誰も目を合わせてはくれないし助けてもくれない。ただひたすら汚い高音を撒き散らしながら里中をうろうろと逃げ回っていただけだ。きっと途中で立香が気付いてくれなかったら一生追いかけられてたかもしれない。
「ひっぐ、怖、怖すぎっ、ひっく。マジ無理、うぇぇ」
「善逸さんがガチ泣きしてる……!」
俺より身長の低い立香にみっともなく縋り付きながら俺は流れ出る涙を止めもせずに泣いていた。いやほんとあれは夢に出る。ひょっとこお面が包丁持ちながら追いかけてくるんだぞ? 怖すぎだわ! どこのホラーゲームだよ!! ゲームの方がまだ優しいけどな!!!
こんなのに炭治郎追いかけられてたとなると本当に尊敬する。俺の中であいつの株が三段階ぐらい上がったわ。凄すぎ。
「泣いたら許されると思ってんのか!! テメェ!! 呪うぞ!! 殺すぞ!!」
結局呪い殺される奴!!!
縄で全身を縛られて芋虫みたいになった鋼鐵塚さんは畳の上でジッタンバッタンしながら此方に怒声を浴びせてくる。絵面がヤバすぎてまた泣きそうになってくる。ズビビと鼻水を啜った。
「善逸、幼い俺が嘘を吐けないのは知っていたことだろう? 何故いけると思ったんだ」
「紋逸は馬鹿だな。馬鹿逸だ」
「馬鹿馬鹿うるせぇよ! 伊之助だけには言われたくねぇ!!」
いや確かに馬鹿ですよ!? 後のことを考えない場限りの奴ですよ!? でもそこまで言わなくて良くない!? それに何回も言うけど伊之助にだけは言われたくないわ!!
「まさか炭治郎があそこまで直球に言うとは思わなかったんだよ。ほらお前、わりと性格捻くれてるし」
「誰が捻くれてるんだ! 誰が!!」
「失礼ですよ! セイバーさん!!」
いや炭治郎ってば結構良い性格してるよ? 自覚ないだけかもしれないけどさ。
二人して同じ顔で怒る炭治郎から距離を取りながらも畳の上へと座り直す。いつまでも立香に引っ付いているわけにもいかない。マスターながらに抱擁力がありそうな彼を独り占めしていたらサーヴァント達から恨みを買いそうだ。
すまん立香、盾になってくれて助かった、お陰で心の準備はバッチリだ。もうあのひょっとこお面を見ても大丈「ア゛ぁ゛ん!?」夫じゃないですねごめんなさい!!
「おまた〜。ちょっと用事があったんや、許してなぁ」
ちょこちょこととても小さい何かが襖の奥から歩いてきた。護衛役と思われるひょっとこお面を着けた男性二人を引き連れて来たそのひょっとこはあらよっとと座布団のど真ん中に軽々と正座した。
背丈は十も行かない幼子ぐらいで、じぃちゃんもわりと背が小さかったがあの人はそれ以上だ。ひょっとこお面も相まって妖怪のようにも思えてしまう。そんなこと本人には言えないけれど。
「ワシ、里長務めてます。
時代を先取りし過ぎてる挨拶だな、オイ。
一番偉くて一番小さい彼は頭を下げてよろしくお願いしますと挨拶した俺たちに対してカラカラと笑った。ひょっとこお面の所為でちょっと怖いけど。
「話はちゃんと聞いとるよ、蛍が迷惑かけたな。人の手によって簡単に折れる様な
ちょっとどころじゃないんですけどね。それと刀については過失0:10なんで、ほぼ百パーこっちが悪いです、ハイ。
あとさっきまで打ち上げられた魚みたいにビッタンバッタンしてた鋼鐵塚さんが急に静かになったのも怖い。里長の前だからか? それにしてはずっと睨んで来てるから冷や汗が止まらんのだが?
「で、こんな大勢でどうしたん? まさか一本の刀打ってもらう為だけに大所帯で来たわけやないやろ? 蛍の事は聞いたけど、君らの事は聞いとらんのや」
そうして里長はどこからか取り出した菓子入れを持ち上げながら首を傾げた。
「ま、話が長くなるんやったら、かりんとうでも食べながら話そや。ワシのお気に入りなんや、美味しいで?」
キャラが濃いわ。