俺を喚んだのは過去の俺 作:鬼柱
やべぇ、日柱様の気持ちがわかった気がする。ごめん炭治郎、お前に文句言って……これはやめられないわ。
楽しいという感情が心の内に渦巻く。逃げ回ったりかかって来たりする彼らを前に笑みを絶やすことなく追撃したり、カウンターを食らわせたりした。
思ったより彼らはやる。泣き喚きながらも、怒り散らしながらもしっかりと攻撃を避け、反撃して来たりするのだから面白い。それにゲームの趣旨をちゃんと覚えているようで、隙あらば竹筒を蹴りに行くのだから面白い。
「そんなんじゃ勝てないぞー!!」
そうして戯れること数時間。日が傾いてきたところで二日目の稽古は終了だ。まだ俺は続けても良いのだが彼らの体力がもたない。現にゼーハー言いながら、たまに咳き込んだり生唾を飲み込んだりしている。めちゃくちゃ疲れただろうな、そりゃずっと動きっぱなしだし頭も使っている。炭治郎のところで体力をあげて反射神経を鍛えて来たと言えど、ほぼ持久戦なこれとは疲れ方が違う。
倒れ込んでいる彼らに予め用意してあった水をそれぞれ手渡して、座り込む。口の端から水が滴り落ちるのも気にせずにがぶ飲みする彼らに、慌てんなよーなんて言ってやると案の定気管に水が入ったのか激しく咳き込む。それも二人同時にだから笑ってしまった。
「落ち着いたところで反省会な」
「反省会?」
「おう、反省会。毎日こうやって終わりに振り返って、自分達の動きを確認するんです。予習復習は大事、勉強の基本ですよ」
「勉強なんてしたことないし……」
「べんきょうってなんだ! 弁当か!?」
「あー……鍛錬の基本ですよ」
「言い直した!?」
うるせいやい。言い直したってわかりゃ良いんだよ。
さて、どちらから言おうか。とりあえずわかりやすい伊之助からにしよう。
「先に伊之助」
「おう!」
「身体能力もさることながら反射神経は獣並み、まぁこの点は言うことなしですね」
「ガハハ! 山の王だからな!」
「で、す、が! 長年その分考え無し。獣の感というのは時に侮れないので、そこは伊之助の強みとなりますが、一人で突っ走って負傷でもすれば他の隊士の足手纏いになる。それが今回も現れてる。まずはそこから直しましょうか」
「はぁ!? 俺が全部倒しゃぁ良いじゃねぇか!」
「倒せれば、良いですがね」
伊之助の強みはその獣並みの戦闘センス。だがずっと一人で戦って来たからか、他人と協力するという感性が備わっていない。今のところ此奴を活かせるのは炭治郎だけだが、いつも炭治郎と一緒に戦えるわけではない。伊之助の言うように全て倒せれば良いが、これから会う敵は格上ばかりだ。苦戦する未来が見える。
「あ゛ぁ!? 倒せるっつーの!!」
「……伊之助は親分だよな?」
「? お、おう! 当たり前だろ!」
「じゃぁ親分なら子分を守るのではなく、使ってみせるぐらいの気概……見せてくださいよ」
できるでしょう? 親分なんだから。
そう笑うと彼は暫く止まった後、猪頭の鼻から息を思いっきり吐いては当たり前だ! と叫んだ。山の王にできないことはないらしい。二振りの木刀を振り回しては笑っている。ちょろい。
「じゃぁ次に善逸」
「は、ハイ!」
「次から気絶するの禁止な、以上」
「はい!?」
気絶なんてしてる!? と叫んだ善逸に神妙に頷く俺と伊之助。俺はまだしも伊之助のそんな珍しい行動に驚いた彼は事実だと気づいたらしい、そんな馬鹿な! と声を荒げた。
ビシッと両手で人差し指を向ける。ゲッツ。
「俺が霹靂一閃した途端、気絶したじゃないですか」
覚えがあるのかゔっと言葉に詰まる善逸にほーらーとその頬を突く。おーぷにぷに。
「だ、だってセイバーの霹靂一閃怖すぎんだって! 俺のしょぼい霹靂一閃と違って、こう! これが霹靂一閃! みたいな感じで!!」
「いや語彙力」
しょぼい霹靂一閃ってなんだよ。霹靂一閃の時点でしょぼくないのに、矛盾し過ぎか。
でもまぁわからないでもない。雷の呼吸の中で最速の抜刀術である霹靂一閃は、花火の様に音が後に来るほど移動が早い。さっきまでそこにいたのにいつの間に移動したの? ってぐらいのスピードなので、それが迫って来るとなると怖さは異常だろう。俺もちょっとじぃちゃんにそれをやらされた事あるので、気持ちはわかる。でもやめない。
「正直に言いますと、これから気絶する余裕がないんですよ。起きるまでの時間が全くない、というのなら何も言わないけど……そうじゃないからなぁ」
「怖いんだから仕方ないだろ!? 色々と俺の心が耐えられないの!! 繊細なの!! 俺だって嫌だよ!? 気絶すんの!? 怖いし!! いつの間にか鬼倒れてたりするし!! 怖いし!!!」
「怖いなら気絶しなきゃ良いじゃねぇか」
それができたら苦労してないって、伊之助。
まぁ今日の気絶は本当に起きるまで時間が少なかったので善逸も気絶してないと思ってたらしいが……まぁそんなことはなかった。
とにかく俺は見てないが、上弦の鬼を倒したというときみたく気絶しないでいけたなら、気絶からの起き上がりまでのタイムラグがなくなり鬼に殺される可能性が少なくなる。というか善逸は強いがその強さを発揮するまでが遅いので危険なんだよなぁ。
だからそれを無くす……までは無理かもしれないが、彼の内にある恐怖への耐性を上げるのが一応の目的だ。
「ま、二人ともそれを守りつつどうするか考えてみてくれ」
よいしょと立ち上がる。端に寄せていた刀を二人に渡して、帰るぞと声をかけた。同じ様に立ち上がった彼らの頭を撫でてから踵を翻す。
「帰ったら夕餉だぁ。うぃひひ、たのしみだなー」
霹靂一閃を放つ。木刀を弾くために振るわれたそれは避けられ、もう一振りの木刀で俺の顔を狙って来た。咄嗟に防いでは弾き、その胴を狙って振るう。しかし身体の柔らかさを活かし仰け反った彼はそのまま足で顎を狙い蹴って来る。まぁ避けるけど。
そうして顔の位置をずらすのと同時に、木刀を振るい避けたのを確認してから腰に据える。息を吐いて地を蹴る。しなる竹を足場に六連を放った。けっして人に当たらないよう、しかし邪魔になるように横断しながら微かな気配を便りに最後の一連を置いてある竹筒の近くに向かって放つ。悲鳴が聞こえ、折り畳んでいた脚を開き俺は竹筒を守る様に蹴ろうとしていた彼の前に降り立った。砂埃が舞ったが、竹筒が倒れてないのを確認してふぅと息を吐いた。
「まだまだ甘いですね」
「怖すぎ!! 怖すぎ!!! 怖すぎィイイ!!! 何なの!!? なんなんだ!!? 俺の脚が焼けると思った!!! もう少し脚を突き出してたら絶対焼けてた!!!!」
わぁああ!! ギャァアア!! と叫びながら転がる善逸に苦笑いを零しながら手を差し出す。もうそろそろ日が沈むので今日は終了だ。
あれから数日。未だに竹筒を蹴られてはいないので稽古が長引いていた。時間の余裕があるのなら全然良いのだが、伊之助のこともありあまりない。つまりもうそろそろ終わらせなきゃいけないんだけど、今のルールのままでは彼らは負け続けてしまう。
どうしたもんかと思案しながら差し出した手を掴む善逸を見ていたのだが、急に繋いだ手を引っ張られてたたらを踏んでしまう。特に力を入れてなかったからか、膝を付いた俺は混乱しながらも善逸の方を見た。彼はニヤニヤと笑ってる。
え? 何?
「伊之助!!」
「任せろォ!!」
「ッ!?」
そんな! まさか!!
バッと振り返る。振り返った先では伊之助が脚を振りかぶって、まさに竹筒を蹴ろうとしていた。この距離はまだ届く!
簡単にやらせはしないと引っ張られた手を軸に身体を浮き上がらせて二日目の伊之助のように回し蹴りを伊之助の胴に向けて放つ。が、届く直前で善逸に引っ張られてまた体勢を崩した。地面に背中を打ち付けたがそこで諦める俺ではない。引っ張って来た善逸の手首を掴んで、地面につけた足と腹筋に力を入れて起き上がる。善逸が悲鳴をあげながら宙に浮き、そのまま伊之助へと投げつける。避けられた! 飛んでいく善逸を無視して、竹筒を蹴ろうとする伊之助の脚に素早く己の脚を添えて止める。チッ! と舌打ちをした彼は、二振りの刀を上段から振りかぶって来るが、同じように木刀でそれを止める。足下にある竹筒はまだ倒れてはいない。
「今のはちょっとヒヤッとしたわ」
「ハッ! 防いでおいて良く言うぜ!!」
「甘い、からな」
確かに俺は終わる気でいたけど、宣言はしてないのでこいつらが終わろうとしなければ終わらない。完全に意表を突いた形だった。けどもう少し二手三手考えて行動されていたのなら危なかったかもしれない。
「でも今日は終わりだから、お疲れ」
「終わってねぇ!!!」
「聞いて!?!?」
伊之助が勢い良く振ってくる剣撃の嵐に対応しながらもそう突っ込む。終わりって言ってんじゃん! 聞けよ!! 心の中で叫ぶが聞き届けられるはずもなく、縦横無尽に走る剣の軌跡にため息を吐きたくなった。
「オラァッ!!!」
「ッ!!」
手が震える。伊之助の二振りの木刀が俺の手首を襲った。魔力を乗せているわけではないので痛みはないが衝撃で持っていた木刀を取り落としてしまい動揺が走る。
驚いたけどそれだけだ。地面に落ちきってしまう前に木刀を取り戻そうと掴むが、その少しだけ屈んだ隙に伊之助が俺の上へと乗り上げ足場にして上空へ躍り出た。何を!? と彼を見ようとして突然出てきた金色に目を見開いた。
「ぜっ!? ぐっ!!」
魔力が乗っている。刀を振るう気はないらしいが俺が咄嗟に反応できない速度で胴体を掴まれてそのまま押し込まれる。しっかりと足を地面に付けてどうにか受け止めようとするけど、勢いが強過ぎて止まれない。そのまま数メートルは後退り、足を離してしまい倒れ込んでしまった。
再度打ち付ける背中と上からある重み、そしてコーンという軽い音が響き渡って俺の負けを周囲に知らせた。ははっと笑い声が零れる。
「あー」
夕焼け小焼け。逢魔時と言うんだっけ? そんな夜と昼のちょうど中間である空を見上げていれば、ぽーんと緑色の竹筒が視界に入りそのまま上空を過ぎ去っていった。竹藪の中に入る音を耳栓越しであっても確かに聞こえていて、身体に入れていた力を抜いた。だらりと大の字に転がる。
「俺の負け、ですね」
「う、うわぁああああああ!!! 伊之助ぇ!!!!」
「お、おぉおおおおおおお!!! 陣逸ぅっ!!!!」
そう呟いた途端、勢い良く起き上がった善逸と両手に持っていた木刀を放り投げた伊之助が大声をあげながら抱き合っていた。それからわっしょい! わっしょい! と互いの肩を持ちながら、ぴょんぴょん兎みたいに跳ねて喜びを示す彼らに笑ってしまう。というか喜びの掛け声が炎柱なんだが。
息を吐き起き上がる。それから立ち上がって砂埃を払う為に服をはたいて、耳栓を抜いてから彼らの方を向いた。流石に気がついたのか、此方に駆け寄ってきた善逸と伊之助におめでとうと言った。言われ慣れてないのか照れる二人に再び笑みを浮かべる。
「俺の敗因を聞いても?」
どこから負けていたのか知りたい。だって今までだったら今日の様に散々不意を突かれるなんてことないから……あー、待ってそういうことか。
コクリと頷いた善逸に作戦を考えたのは彼なんだな、と理解する。まぁ伊之助には無理だろうな。
「まずセイバーに勝つには不意を突かなきゃ無理だって思った。だからどうやって突こうかって考えて、今までの竹筒蹴りの事思い返してたんだ」
善逸曰く、今まででのを振り返るとあることに気が付いたらしい。それは俺が竹筒から離れていた事、決して近づかせないよう振る舞っていた事、そして稽古終わりのとき最後のときだけ竹筒へ近づくのを許してくれるということ。
違う? と聞かれて、そっと目を逸らしながら頷いた。良く分析してる、その通りだ。
「流石に全て防いでいては面白くないでしょう? ある程度許し、そして防ぐ。そうしたあと一歩を経験させる事で悔しさをバネに次も向かってくるだろうと思ってましたから」
全く勝てない試合ほど面白くないものはない。そこに意味を見出せたり学ぶものがあれば別だが、彼らはまだ子供だ。負けた理由よりも勝てなかったというストレスが溜まってはいけない、スレスレのところを行かせることによってもう少しあと一歩と進んでくれるよう調整する。
まぁやってる事は別だけど、生前の柱稽古で明らかにまだ伸び代あるのに怠惰な隊士達を完膚なきまでに叩いてたら辞められた経験あるので、そこは気をつけてた。
それに炭治郎はまだしも、善逸や伊之助はモチベーションを上げるものがないと続けられない方だからなぁ。いや上げるものが無くともモチベーションが続く炭治郎の方がやべぇのだが。
「今まで蹴りに行こうとしても途中で防がれる。距離が遠過ぎて速いセイバーにはすぐ追いつかれるから、思い付いたんだ。竹筒の近くでやれば、追いつかれる必要もないし、勝機もあるって」
ほう。
「だから近づくのを許してくれる最後の時を狙って、不意を突けるよう考えた。一人じゃ無理だし二人で行かなきゃだけど、伊之助に事前に説明しても理解してくれないから、こう言った。俺がセイバーに膝を突かせたら竹筒を狙ってって」
でもまぁそれだけじゃダメだったから、そこからは考えてなかったけど。
そういう善逸に驚く。つまり手を引っ張られるまでのは全て彼の計算通りだったというわけか。タイミングを測り、自分自身が蹴りに行くことによって俺を引き付けてわざと転がる事で終わろうと思っていた俺の意表を突いた。わかる、わかるけど。うわー、えー、まじかぁ。いやほんとあのときくっそ気を抜いてたから普通に倒れてしまったのが悔しい。
というかその後はアドリブ? まじで?? 良く伊之助と連携取れたな??
そう困惑しながら伊之助を見ると、彼は汗だくになっていたのか外した猪頭を抱えてその淡麗な顔を歪めた。
「ふん! 親分たる者、子分の考えが分からなくてどうすんだ! ビリビリ感じたぜ! 俺が押さえるからってな!」
「あーうん、思った。思ったしわかったような音立ててたからいけるかなって思ってたけど、上手くいって良かった」
「八逸と俺がやるんだからできて当然だろ!」
「アッハイ。こっ恥ずかしい台詞吐くのね、お前」
あれ? と思い、善逸達を見る。まだちゃんと耳栓と隊服を着ている。しかし流れ出た言葉は普段通りの聴覚と触覚を発揮したような感じ……カポッと己の耳に外した耳栓を嵌めて彼らの心音を聞く。いつもの様に感情の音までははっきりとは分からない、心臓の音はめっちゃ聞こえるけど。でも彼らの言葉を信じるのなら、感情の音が聞こえて触れて伝わってきたということになる。
あーと天を仰いだ。まさかの強化しちゃってる。強化魔術はしてない、伊之助に至っては魔術の魔の字も知らない。つまり純粋な五感である。
「(まさか念の為に頼り切らないようにって考えた事なのに全く別方向行くとは……)」
更に強化するのは真反対だよ。
耳栓をしていたり隊服を着ていることを忘れてるお二人さんに、それらを脱いだときが大変そうだなと一人ごちて、耳栓を外しながら声をかけた。ぽんぽんと両方の丸い頭を撫でる。お疲れ様と声をかけて、一歩下がる。
吸ぅ。
「これにて!! 鬼殺隊鳴柱の稽古を終了する!!!」
ばっと頭を下げた。
「ありがとうございましたッ!!!!」
「っ、ありがとうございました!!」
「した!!」
いや伊之助。
顔を上げて思わず笑い合う。困惑しながらも怒ってる伊之助に謝りながらも、俺たちは三人で仲良く帰路に着いた。
さぁて二人とも、次は獣柱ですよ。頑張れよな。
あいつの稽古、稽古じゃねぇから!
後日、聞こえてきた悲鳴と笑い声にあーやっぱりかぁと天を仰ぎながら、俺はよもぎ餅を頬張った。うん美味い。
あいつの稽古はただ遊ぶだけの俺とは違い、ただ戦うだけの稽古と称した戦闘。つまり真剣ありきの命懸けと言って良い柱稽古である。流石に命は取らないけど。
鍛錬の日柱。
遊戯の鳴柱。
演練の獣柱。
そう生前に言われていたものだ。
まぁ大体獣柱に行く前にリタイアする奴が殆どなこの稽古を、獣柱まで行ったんだ。どうせやるなら最後まで頑張れよー、二人とも。
俺は密かに応援しながら菓子を頬張り、もう一品を頼む為に店員さんを呼びつけた。
>>>しょぼい霹靂一閃<<<
少し休み貰います。二週間後の四月七日に更新予定!