俺を喚んだのは過去の俺   作:鬼柱

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第十九節 壺商人の天狗様。4/4

 

 

 

 

「答えられない?」

 

 青い顔をしながら必死に縦に頭を振る下弦の鬼がかわいそうになってくる。鬼に情けをかけるなとは鬼殺隊での教訓でもあるけどさ、これはかわいそ過ぎるでしょ。綺麗な鬼の涙に惑わされて殺されるんじゃない、こっちが残酷に殺そうとして流させてる涙に情けをかけるなという方が無理な話だ。鬼に強い恨みがあるならこういう場面にも心を痛ませないんだろうけど、俺は無理。

 

「せ、セイバー」

 

 何もその質問じゃなくて良くない? と言おうとすると彼は空いている方の手で人差し指を口に持ってきた。しーっと黙っていてと言われる。それから鬼の方へ向き、爽やかな笑みを浮かべる。わー俺の顔ってあんな爽やかに笑えるんだー、知らなかったなー。

 

「じゃぁ質問を変えようか」

 

 セイバーの言葉に下弦の鬼は明らかにほっとした様な表情を浮かべて。

 

「君の上司は今、どこにいるかわかる?」

 

 続く言葉にサッと血の気を無くした。

 歯を噛みしめながら必死に左右へと首を振る彼女にセイバーはそっかと呟いて、瓦屋根を滑り落ち雨樋に引っかかっていた鬼の両腕を持ってきてピタリと斬り落とした断面に引っ付けた。あの、方向が逆なんですけど? 人の腕って反対に引っ付いてるだけであんなに気持ち悪いんですね! 俺、ちょっと吐きそうなんだけども!

 

「別に言ったって死にやしないよ」

「え」

「なんで君の腕が再生しないかわかる? こうしてくっ付けても瞬時に付かないのはなんでだと思う?」

 

 そうしてセイバーは手を離した。普通の鬼ならば例え腕が斬られていたとしても、新たに生やすか断面を接合して治す事ができる。けど彼女はそのどちらでもなく、セイバーが持ってきた腕をボトリと落とした。今まであり得なかったんだろう現象に下弦の鬼はあり得ないものを見るかの様に落ちた両腕を見つめている。

 ズルズルとまた滑り落ちそうになるそれをセイバーは慌てて掴んでは鬼の腕へと今度は正しい方向で付けて、どこからか取り出した包帯でぐるりと巻いていった。

 

「治るかわかんないけど、やらないよりマシかな」

「な、なんで」

「なんでって俺にはわからんよ。でも本人に聞けば良いんじゃないか?」

 

 そうしてなんてことないように鬼の真後ろを指差しては。

 

「鬼舞辻無惨に」

「!? む、無惨様! こっこれはその!!」

 

 嘘を吐いた。

 あまりにも清々しく自然に口から零れ出た嘘に流石の鬼も騙されたらしく、慌てて振り返っては頭を下げている。屋根の上で器用なことするけど、でも今自分が言った言葉をわかってるんだろうか。彼女は確かに、鬼の首魁の名前を言った。

 

「嘘だよ。鬼にしてはとても素直だな」

 

 で、今鬼舞辻の名前言ったわけだけど。

 

「————ッ!! もッ申し訳ございません!! 申し訳ございません!! どうか! どうか!! 慈悲をッ!!」

 

 脇目も振らず一心不乱に頭を下げては謝り続けるその異様な光景に改めて鬼の首魁の恐ろしさが身に染みる。今まであまり実感は湧かなかったけど、下弦とはいえ十二鬼月には変わりない鬼があそこまで怯えた音をさせて必死に謝ってる。鬼にとって鬼舞辻無惨とは恐怖の象徴なのかも。

 いや怖すぎぃ!! 名前言っただけでそこまで怯えた音させるとか!! 命かかってるから当たり前だけどね!! 鬼の首魁もセイバーに負けず劣らず鬼畜かな!!!

 

「謝っても意味ないぞ、って言ってもどうせ聞こえてないか」

「え、それってどういうこと?」

 

 セイバーの言葉に藤丸さんがそう問うたけど、彼はこういうことだと言うだけでそれ以上答えることなく、謝り続ける下弦の鬼をどこからか取り出した縄で縛り付けた。正直そんなので縛ることはできなさそうだけど、セイバーは気にしていないようだ。

 というかさっきから微妙に人の質問に答えてないし、その包帯といい縄といい用意周到さはなんなのだろうか。セイバーがいつも持ってる小物入れに入りそうにない気がするのは気のせいだろうか。

 

「さて、確か霞柱がピンチとかなんとか」

「えっ、あっとそうだな、攻勢に出れてない感じかな?」

 

 当然の様に話を元に戻したセイバーに困惑しながらも此方を向いた藤丸さんにこくりと頷く。先程聞こえていた音はずっと同じ音を鳴らしている。移動もしてない、彼はその場所からあまり動いてはいない。

 なるほど、と納得した様に頷いたセイバーはニコリと微笑み藤丸さんの方を向いた。

 

「じゃぁこれ置いて行くので、後はよろしくお願いしますね」

「いやいやいやいや!?!?」

 

 あり得ないことを言い出すので声をあげて止めれば、セイバーは何か不都合なことでも? と首を傾げて此方を見てきた。不都合ありすぎだわ!! 何考えてんの!?

 

「置いて行くなよ!! 俺が十二鬼月に対抗できるって思ってんならその考えは間違ってる!! 炭治郎や伊之助ならともかく、俺一人で大丈夫じゃないやろがい!!!」

「何故関西弁……いやともかく、善逸は上弦の陸を片割れとはいえ倒したじゃないですか」

「あれは偶々!! 偶然!! 奇跡!!! 普段は二発で限界な神速を六回も放てたからいけたことで! 普通なら無理です!!」

「偶々で偶然で奇跡的に倒された上弦の陸って一体。というか、え? 神速を六回?」

 

 マジですか? と驚いた表情をしてくるセイバーにいつの間にか出ていた鼻水を啜っては頷いた。彼は信じられないものを見るかの様な表情をしてから、ハッと何かを思いついた様だ。途端に険しい表情になる。

 

「身体がまだ完全に成長しきってない状態での神速は負担が大きい……それを六連となると考えられるのは一つだけど…………マスター」

「は、はい」

「……まぁ貴方なら大丈夫でしょう。任せましたよ」

「いやどこが!?!?」

 

 大丈夫じゃねぇよ!? と叫んだけれど、答えることなく微笑んだ彼は消えてしまった。残ったのは俺と藤丸さんと……下弦の肆のみ。あの野郎マジで置いていきやがった!!

 

「申し訳ありません、申し訳っ」

 

 身体を縛ってる縄以外の拘束が解けたのにも関わらず、未だに涙を流しながら謝る下弦の肆にどうすればいいのかわからない。怖いから近づきたくないんだけども。

 にしても、さっきより音がさぁ弱々しいんだけども。

 

「なんかあの鬼、弱ってない? なんで?」

「さぁ?」

 

 藤丸さんと二人揃って首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足元を照らす月光を頼りに、聞こえてくる音を選び取ってはその方向へと進んだ。途中で出会った鬼の眷属達を斬り捨て、ピンチな感じに襲われそうになってる鬼殺隊士を救っては動かしている脚を止めずに向かって行く。

 下弦の肆を善逸達のところへ置いてきてしまったのが気がかりだが、両腕を斬り落としたことによる出血と藤の花の毒を練り込んだ縄による捕縛で多少は弱ってるはずなので大丈夫大丈夫。精神攻撃も相まって満足に動けずにいる下弦の肆相手に遅れを取るほど善逸は弱くない。俺たちの柱稽古をやり遂げだのだから、下弦程度相手するのにわけないはずだ。

 

「(だから、今はこっち)」

 

 自分のマスターを信頼しないでどうする。サーヴァントは任されたことをすれば良いのだから、集中しろ。

 竹林の中に突っ込んでいき、道になっていない様な場所を通り抜ける。俺一人ぐらいが通れる隙間を瞬時に選びながら進むのは中々に骨が折れるが、まぁできないことはない。そうして数秒経つと見えてきた光景に息を吸っては大きく音を立てて吐いた。

 

 ———霹靂一閃!

 

 ドォン! と小規模な雷鳴が轟く。小さな手応えを感じて、体が崩れ落ちる音を聴いて間に合ったのだと安心する。竹林を抜けて最初に目に入ったのが上弦の鬼の眷属に喰われそうになってる小鉄君だったのだから、心臓が止まるかと思ったよね。

 またやってきた小さな眷属の魚達を斬り伏せながら、大丈夫? と小鉄君に声をかけると呆然とした様子で此方を見ていた。

 

「あなた、は?」

「初めまして、かな? 俺は聖刃。炭治郎がお世話になったね」

「あっ、あなたがセイバーさん」

 

 あれ? 知ってんの?

 

「炭治郎さんから聞いてました。とても強い人なのだとか」

「いや、弱ぇよ? 俺」

「えっ!?」

 

 炭治郎も何言ってんの。そりゃ炭治郎からしたら強いかもしれないけど、それは年季の差というか経験の差であって才能とかそういうのだけを比べたら炭治郎に劣る可能性あるね。そもそもの話、俺がここまでやってこれたのは単に“我妻善逸”というお手本がいたからで……やめよ、この話。自分から振っといてなんだが、このまま話しても良いことないからな。

 しかし助太刀に来たのに弱いと言うのは駄目だろうと弁解するように、でもと続きを話す。

 

「これでも元柱だから、それなりの実力はあるよ」

 

 任せてよ。

 そう自信満々に鼻息を吹きながら小鉄君へと振り返ると、それこそ表情はひょっとこお面でわからないが雰囲気が俺から一歩引いているように感じた。

 流石にそれ以上下がられると守れない気がする所まで彼が離れると、スッと息を吸っては吐く。

 

「柱はそれなりの実力でなれるもんじゃないですよ、何言ってんですか。頭湧いてるんですか? 初対面の人間に元柱とか言われても疑うしかないのでやめといた方が良いですよ?」

「辛辣!!」

 

 急に冷めた視線を投げかけてきた小鉄君に口角が引き攣る。君と俺って会って数分も経ってないよね? なんでそんなに辛辣に物が言えるの? 全て正論過ぎて心に突き刺さるんだが??

 

「まぁでも、その“悪鬼滅殺”を彫り込んだ刀鍛冶の方の心と炭治郎さんの言葉を信じて、あなたが元柱ということは置いておいて実力は認めます」

 

 認められちゃった。

 ありがとう、俺担当の刀鍛冶さん。貴方のお陰で小鉄君に認められました。人生で二回ぐらいしか会ったことないけどな!!!

 小鉄君の厳しすぎる言い分に涙目になりながらもありがとうと呟き、鬼を斬り続ける。さっきからずっと手を休めてない事から、鬼の多さが分かるだろう。態々全集中の呼吸を使わなくとも斬り殺せるところから強さはそんなにはないけど、数が数だけに一歩も動けない。視界を遮るように飛ぶ魚群は一体全体、どこから来ているというのだろうか。

 立ち上がった小鉄君の手を引いて、もう片方の手で刀を持ち退路を作り出す。少し先に見えた剣を振るう霞柱の後ろ側に滑り込み、鋼鐵塚さんがいるのであろう小屋の前へと小鉄君を座らせた。流石に気づいたのか、ゆるりと霞柱が此方を向いた。

 

「……誰?」

「初めまして、聖刃です」

「そう……忘れちゃうかもしれないけどよろしくね」

 

 初対面の人間にそんなとこ言うかなぁ! いや事情は知ってるけどね! あと名前言ってくんないのね!

 霞柱の言葉によろしくと返せば、足手纏いにならないでねと言われてしまった。なるものか! と三匹の魚を同時に斬ってみせれば感心する様な音が聞こえた。最高位である柱である事だからこそ、今の柱以外は確かに実力は下なんだろうけど、霞柱の場合見下してる感が半端無い。小鉄君に正論を言われたときのように口の端が引き攣るのを感じながらも、霞柱の攻撃の合間を縫って眷属達を斬り伏せる。

 

「やれやれー! やってしまえー! 霞柱がなんぼのもんじゃーい!」

「その応援の仕方はなんか違うよな!?」

 

 小屋の前に立って、ふんふんと応援をしてくれる小鉄君にそんなツッコミを入れながらもキリの無い魚群達を一網打尽にすべく、刃に魔力を纏わせた。バチバチ、バリバリ。空気を裂く音を聞きながら、それを一気に振り下ろすッ!

 

「「「ギャァアアッ!!!」」」

 

 魚達が悲鳴を上げながら焦げていく。飛んでいた魚が水揚げされたように地面に落ちていく様を見ていれば、開けた視界の中に一つの大きな壺を見つけた。そこから見目の悪い魚達が量産されてる風景を見てしまい、脚に力が入る。霹靂一閃の要領で瞬時に移動し、左下から刀を振り上げて壺の破壊を試みる。

 

 が。

 

「んー、これは私の作品の中でも傑作と感じているもの。破壊しないで頂けると幸いなのですがァ、見たところ芸術を見る目が無さそうですし無理な話ですかな」

 

 突然、ツボの中から現れた鬼に防がれてしまった。目と口の位置が逆、下半身のない身体に小さな手がうにょりと生えている白い鬼。上弦、伍と刻まれたそれは確かに上弦の鬼だと示していた。

 後ろから迫ってくる魚を避けては流石に分が悪いと後退する。霞柱の隣まで下がって、上弦の鬼を改めて観察する。う、うーん、初めて生で見たけどこれはめちゃくちゃ気持ち悪いな。ニョロニョロかな……いやあいつらの方が可愛いから失礼だな、すみません。

 

「上弦の、伍」

 

 そう呟いては肩に力が入った霞柱を軽く叩きながら、サムズアップする。大丈夫、相手は眷属を召喚するとはいえ一人で俺らは二人。やれないことはないって、とそういう意味を込めては口を開いた。

 

「正直、こっち来てくれるとは好都合。あんな壺魔人、二人で倒してしまおうぜ! 霞柱!」

 

 そう言えば途端に近づけていた手をパシンッと叩き落とされた。

 

「馴々しくしないで」

 

 え、えぇ……。

 

 

 

 

 

 




辛辣ゥ。

因みに“やろがい”は播州弁(兵庫)だそうで、“やろ”が付いてたら関西弁に見えてしまう現象……いやでも兵庫も関西だから、間違っては、ない、のか?
“なんぼなもんじゃい”は正しく関西弁。放送コーdゲフンゲフン。

今度も二週間休ませてくだされー!新型さんの影響で暇が増えたので、これを機に書き溜めたい(願望)
では!二十四日に!

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