俺を喚んだのは過去の俺 作:鬼柱
陽が昇る。
鬼殺隊が鬼と戦う上での目安でもある日の出。鬼は日が当たる場所では生きられない為に、一つのタイムリミットとして存在していた。今日も生き残れた、真っ暗な中で神経を擦り減らし戦う最中、陽がもたらす温もりは隊士たちの心を癒していく。
そう本来なら安堵の息を吐き、戦いが終わったのだと仲間と抱き合い涙する時間のはずなのだが。
「こっちだ! 伊之助!」
「おう!」
こと何人かの鬼殺隊士やサーヴァントにとっては例外であった。
それなりに大きい里の中を駆け巡る。時折匂いを嗅いでは脚を早めた。炭治郎が先導しその後を伊之助が追従する。退却する鬼殺隊士達の反対の方向へ進んでいく彼らに皆が皆注目しては、振り返った。
「近い!」
匂いが強くなった。思わず鼻を押さえたくなる程の悪臭に眉を顰めながら刀に手を添えて抜き放った。禰豆子! と自身の妹の名前を呼びながら、スゥウウウと息を吸う。
———水の呼吸 壱ノ型
思いっきり地面を蹴り上げて上空にいる何かに向けて刃を振るった。
———水面斬り!!
「アハハハ!」
しかしそれは安易に防がれてしまい、代わりに蹴りを喰らって地面に逆戻りしてしまう。砂埃と地響きを立てながら地面に衝突した彼は苦しそうに息を吐き、咄嗟にその場から立ち退く。砂埃で見えないが何かがそこに突き刺さった。
「むー?」
「大丈夫だよ禰豆子」
とてとてと心配そうに駆け寄ってきた禰豆子に笑みを浮かべながら返事をする。跳ぶ直前に背負い箱の中から出てくるよう頼んでおいて良かったと息を吐いた。でないと今頃禰豆子は地面との衝突で霊基を損傷していただろう。そうなれば一定時間は戦闘不能になっていたかもしれない。
「んふふ、今のを避けるんやねぇ。凄いわぁ」
楽しそうな声が聞こえてくる。晴れつつある砂埃の中で地面に突き刺さっていたのであろう瓢箪付きの大剣を難無く引き抜き、砂埃を払う。剣風によって視界がクリアになった中、漸く敵の姿がはっきりと見えた。
相変わらず破廉恥な姿をしているな、と心の中で独りごちながらも炭治郎は刀を持つ力を強めた。
「こいつか! 万次郎!」
「あぁ! 間違いない!! 酒呑童子だ!」
追いついた伊之助が炭治郎の隣に並び確認を取る。伊之助には目の前の鬼がどういった手合いなのかはわからない、しかしその敏感な肌で禍々しい気配だけは感じ取っていた。
一対の刀を抜き笑う。どこまで強くたって伊之助のすることには変わりない、刀を抜き全力を以ってして鬼を滅す。自分が上だと証明する為に。
「うち、
はて? と可愛らしく小首を傾げる酒呑童子の言葉に応えることなく伊之助は突撃していき、炭治郎もそれに続く。
キィンという刃同士がぶつかる音がした。
「んふふ、えらい情熱的やねぇ? 滾るわぁ」
伊之助の二振りの刃を片手に持った大剣を振り回し軽くいなしながら、んくといつの間にか手に持っていた盃の中に入った酒を一つ口に含んでは、伊之助を陰にして酒呑童子に迫っていた炭治郎に吹き掛けた。
透明な酒が鮮やかな紫色の霧となって襲い掛かる。モロに食らってしまった炭治郎は思わず目を閉じ鼻を摘んだ。咄嗟に後退すると、焼けるような痛みがかかった部分から滲み出てくる。
「ぁ゛っアア゛!!」
「権八郎!!」
「アハハ! 痛いやろ? 熱いやろ? 何せうちを殺した酒にうちが手ぇ加えた奴やさかい。うちとしてはただの美味い酒、なんやけどねぇ」
ケラケラ、けらけら。
人が苦しんでいるというのにその反応すら面白そうに楽しそうに笑う酒呑童子。生粋の鬼が故の感性は、人には奇妙なものに見える。それもそうだ、
しかし、それでも妹と仲良くしてくれた事実は変わらない。
「(この酒呑さんと俺が知ってる酒呑さんは違う……違うって、わかってるのに……!)」
油断していた。思いっきり。長男なのに情けない!
いつまでも油断しているわけにもいかないと顔を上げて刀に手を添える。幸い手や腕には酒はかかっていないので動ける。一番心配なのは目と鼻だが、この感触だと大丈夫だらう。スゥウウと息を吸い、変幻自在が売りである呼吸を繰り出す。
———水の呼吸 肆ノ型 打ち潮!!
顔に来る風で皮膚が痛い。胴体と隊服が引っ付いてとても痛い。けれどそれを顔に出すことなく、炭治郎は剣を振るう。
水の様な剣戟が酒呑童子を捉えるが、彼女は涼しげな顔でましてやニヤニヤと笑いながら避けてしまう。しかし後退した先で炎に焼かれた。
「ヴゥ、ヴゥァ゛ァアアア!!」
焼け爛れた兄の顔を見て禰豆子が吼えながら血鬼術を放ったのだ。
自身の家族を傷付けられて黙っていられるほどできた鬼ではない禰豆子は、普段は仕舞われている鬼特有の爪や角を剥き出しにしながら、酒呑童子へと迫る。アハハハと炎の中で鬼は笑った。
「嫌やわぁ、怖い顔。あんたはん、見たところ鬼やろ? 鬼なら楽しゅうしなあかんよ? 楽しくない、楽しそうにしない鬼なんて鬼やない」
「ァ———ッヴ!!」
「禰豆子ッ!?」
「ねず公!!!」
大きく胴体が斬り裂かれる。なんとか寸前で腕を滑り込ませたお陰か胴体切断まではいかなかったが、内臓にまで剣が届いてしまった。大きな怪我ほど痛みはないものだが、こればっかりは痛みに叫ぶどころではなかった。呻いた隙を突き、酒呑童子が回し蹴りを食らわした。ぼとりとその場に禰豆子の両腕が残り、本人は側にあった家屋へと衝撃音を鳴らして突っ込んでいった。
大きく霊基を損傷してしまったのがわかる。炭治郎と禰豆子は二人で一人が故に、見えなくても互いの状況は分かっていた。助けに行きたい、だがこの場を離れると背中を狙ってくるのは確実。炭治郎は妹を信じ、刀身を目の前の鬼へと滑らせる。
「あらまぁ、助けに行かへんの? 痛いいたぁいって可愛らしい声で泣いとるよ? 良いの?」
助けに行きたい。それは確かに炭治郎の中にある感情だ、だが酒呑童子の言うように禰豆子は子供の様に泣いたりはしない。一度は人間に戻りまた鬼になってしまったが、人間であっても鬼であっても彼女は強い意志を持った人であるから。
だから。
「禰豆子はそんな風には泣いたりしない!!」
———漆ノ型 雫波紋突き!
「そうやろねぇ。そうやないと鬼やと言えないさかい」
キィイン! と炭治郎の突きは酒呑童子が持つ大剣で防がれる。刀と大剣、強度は比べるべくもないが何方もサーヴァントの武器である故、何方も欠ける事なく甲高い音を立てるだけに済んだ。
身体を捻り薙ぎ払いを仕掛け、そのまま何度も斬りつける。大きな剣と打刀では間合いが必然的に違う為、懐に入り込んだ炭治郎が有利なはずなのだが、酒呑童子は遣り難そうにもせず淡々とただただ笑みを浮かべながら対応していた。
「(強い!)」
単純にそう思う。酒呑童子は鬼だ、鬼である以上剣士ではない。時には足を、時には腕を、時には毒を持って相手を殺す。なのに明らかに戦いを目的としていないふざけた取っ手をした大剣を悠々と振り回し、十三から剣を振り続けている炭治郎の剣戟を押し留めている。未だ彼女には傷一つ付いてはいない。
「(何故か禰豆子の炎も効いてないみたいだ。サーヴァント同士だから傷は付くはず、なのに火傷の一つもない。酒呑さんに弱体無効系のスキルなんてなかったはずだけど)」
いつも酒呑童子と一緒にいる茨木童子は“仕切り直し”というスキルで自身へのデバフを無かったことにし更には回復までしてみせるが、酒呑童子はそんなもの一切なかったはずだ。防御系スキルはガッツぐらいだったはず。
カルデアにいる酒呑童子のデータを必死に思い出しては思考する。しかしどれだけ考えてもピースが見つからなければわかるはずもなく、答えの見つからない疑問に炭治郎はモヤモヤとした。
「なんや、考え事? えらい余裕やね」
「ッ!?」
目の前に大剣が迫る。もう防げない位置、刀を持ってきたとしてもその時には眉間に届いているだろう。
殺られる! そう炭治郎が思った時。
「俺様をわすれんじゃねぇえ!!!」
猪突猛進! という声と共に視界がブレた。衝撃が身体に伝わる。突き飛ばされたと気づいたのは砂埃を上げて、家屋に背中をぶつけた時だ。
「ガハハハ!! 弁次郎にだけ任せてられるか! 猪突猛進!!」
「えらい騒がしいお人やなぁ。折角の綺麗な顔が台無しやないの」
「俺は綺麗じゃねぇ! カッコいいだろ!!」
「ん、んー? 何言うてはるん?」
余裕綽々だった鬼すらも困惑する俺様っぷりを発揮する友人に炭治郎は突き飛ばされたらしい。加減はできなかったみたいだが、助かったのは事実。詰まった息を吐き出して立ち上がる。
「伊之助……」
「おうよ! 伊之助様だ! テメェが行ってやれねぇから俺様が代わりにねず公を助けてやった! 感謝しろよ!!」
どやさと鼻息をする伊之助の言葉に炭治郎はハッとする。禰豆子がいるであろう場所を見ると、彼女は立ち上がり此方を向いている。竹筒の口枷が外れ、着ている着物もボロボロだが確かにそこに存在していた。少なからず霊基は修復されているらしい。伊之助のスキルかと炭治郎は呟いた。
伊之助は“仕切り直し”と同じ効果のスキルを他人に施すことができる。そのおかげで禰豆子は立ち上がることができたらしい。
「ヴ、ガァアッ!」
ただ回復量は少しだけなので完全には治っていないようだ。しかし充分。禰豆子は唸りスキルを発動させる。炭治郎は身体が少し怠くなりながらも溢れる力を感じ、仕掛ける気である禰豆子に無理はするなと声をかけてから自身も刀を構え直した。
「ガァアァアアア!!」
禰豆子は吼え、無くなっていた両腕を生やす。そしてそのまま酒呑童子へと肉薄した。伊之助と後退するように攻撃を仕掛ける。
「なんや、もう帰って来はったん? いつの間にやら腕も生やして……あの小僧みたいやなぁ、んふふ、もしかして親戚なん?」
「ヴゥゥウ!!」
「不服そうやねぇ。あぁ、もしかしてあんたはんが小僧の呪いを解いた鬼?」
食いついた!
このままミスリードを誘う。勘違いしてくれれば幼い方の炭治郎の禰豆子は狙われなくなる。生きている彼らの方がもし万が一にでも連れ去られたら此方には為す術もないのだから、ここは己らが囮になり酒呑童子から禰豆子を狙う意味を探らないと。
「あぁ、けど」
そう炭治郎が考えつつ、禰豆子や伊之助と入れ替わりながら酒呑童子に攻撃を仕掛けるが、三人一緒に攻勢に出たところで一斉に吹き飛ばされた。家屋にある柱に背中を打ち付ける。ごほごほとそれぞれ息を吐いた。
それらを見届けた酒呑童子はんふふと笑っては、にんまりと三日月型に目を細める。
「あんたはんらはサーヴァントなんやから、うちが探しとるのとちゃうんや。小僧の鬼なんやから生きとらなあかん。すこぉし考えれば誰でもわかることやさかい」
わかりやすい反応、可愛いらしかったわぁ。
「んふふ、アハハ! 楽しゅう時間おおきに」
くすくす。
大江山の食客は笑う、嘲笑う。
「ほんなら、殺してまうけど」
よろしおすなぁ?
酒呑ちゃん、使ってると攻撃受ける度に「んっ」て喘ぐので心臓に悪いです。