俺を喚んだのは過去の俺   作:鬼柱

99 / 135
第二十一節 事実は小説より奇か否か。3/4

 

 

 

 とくり、とくり。

 少女の手に余るような大きな盃から日の光に照らされてキラキラと光る透明な酒が地面に注がれる。ぱっと見て日本酒だとわかるそれは、地面に注がれて染みることもなく水溜りとなって広がっていく。じわり、じわじわ。何かが溶けたような匂いがした。

 

「———ッ!! 逃げるぞ! 伊之助! 禰豆子!!」

 

 嫌な予感がする。そもそもあのフォームは見たことがある。堪らず炭治郎がそう叫ぶと伊之助ははぁ!? と声を荒げた。

 

「何でだよ! 今畳み掛けるべきだろ!!」

「違う! 畳み掛けても意味は無い!! 里中にいる人間を逃すぞ!! 行くぞ! 禰豆子!」

「むー!!」

「あっオイ!! っなんだってんだ!!」

 

 踵を翻して走り出した炭治郎に続き、禰豆子と伊之助も走り出した。途中ですれ違った鬼殺隊士達に里の外へ逃げるようお願いしてから、立香に念話をする為にパスを辿る。

 

「〝マスター! すまない!! バレた! 直ぐに逃げてくれ!! 多分だが酒呑童子が宝具を発動させて———〟」

 

「もう、遅いわ」

 

 ふふ、アハハハ。

 神秘の酒が、酒呑童子自身が死ぬきっかけとなった美酒が、毒酒が広がっていく。

 

 

 ———宝具解放

 

 

「死にはったらよろしおす」

 

 

 ———千紫万紅(せんしばんこう)神便鬼毒(しんぺんきどく)

 

 

 里中にあるありと凡ゆるものが。

 

 

「〝里を消滅させるつもりだ!!〟」

 

 

 蠱惑的な酒へと変わっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、こっちこっち」

「善逸!」

「偏逸!」

「善逸ね!!」

 

 よじよじと屋根の上に登ってきた炭治郎と伊之助を迎え入れる。すぐさま鬼の気配に気づいた炭治郎と伊之助が刀に手を添えて身構えるけど、まぁまぁまぁと宥める。大丈夫よだとも。

 

「セイバーのお陰で襲ってこないから」

「セイバーさんが? いや、でも」

「はぁん? 鬼だろ! あいつどう見ても!」

「そうだけど! 一応情報源扱いだから! 大丈夫! 襲わないって、藤丸さんが約束させてくれたから! ね! 藤丸さん!」

「はい!?」

 

 小声でそんなこと言ったかな? と首を傾げる藤丸さんに近づいて、まぁまぁまぁと笑顔を浮かべながら藤丸さんの肩を軽く叩く。

 

「殺さないよう見てないとセイバーが何言うかわかんないだろ! 任されたんだから、最後までやらないと。それに藤丸さんの言葉なら信じると思うし」

「善逸が言えばいいんじゃ?」

「俺は全然信用ないからね! 出会いからして最悪だったから!」

 

 自分で言うのもなんだけど、初対面の人間に別の生き物を見るような表情されたり、初対面の人間にボコスカ殴られて蹴られて剰え斬られそうになった奴なんて俺ぐらいだと思うし。なんでこいつらと仲良くなれたの? って未だでも不思議に思う。もう気にしてないけどさ、十中八九他の人に話したらドン引きされる出会いの仕方だ。

 そう小声で自分の言葉の軽さを藤丸さんに訴えて、何とか炭治郎達を説得してくれた。彼らは渋々ながらも構えを解いて此方にやって来る。ちらりと零余子さんを見ると、彼女は炭治郎達を一瞥してから興味を失くしたようにそっぽを向く。さらりと白い髪が舞った。

 

「それでどういうことなんですか? 鬼が出たって、禰豆子を狙ってるとか」

 

 炭治郎が背負った箱を見る。あの背負い箱の中には禰豆子ちゃんがいる。もう日が昇りかけな為に避難したんだろう、周りを囲む山で少し遮られているけれど里中を太陽が照らすのはもうすぐだ。

 初耳だったのか声を上げて驚く伊之助は炭治郎と藤丸さん、そして何故か俺の方を見るけど今はまだ黙っていて欲しい。必死にシーッと人差し指を口の下に持ってきて黙っているよう声を出さずお願いする。首を傾げてるから意味伝わってないんだろうけど!

 

「そのままの意味だよ。新しい鬼が来て、禰豆子ちゃんを狙ってる。名前は酒呑童子、聞いたことある?」

 

 二人が同時に首を振る。蝶屋敷で話したの覚えてないのかな。

 

「平安時代にいた鬼なんだ。いるはずのない鬼、つまりサーヴァント。鬼殺隊じゃ敵わない相手だ」

「だから皆さん撤退を」

「一応、柱の人達は残って貰ってるけど、恋柱は唯一残ってた里長の護衛の真っ最中。霞柱は」

 

 藤丸さんがこちらを見る。音で探れってことなんだろう、俺は耳に手を添えて目を閉じた。あの特徴的な掴み辛い音を探り当てて、一つ頷く。

 

「負傷中。音が最初より弱ってるし、動いてないから多分」

「っていう状態だから、俺たちで対処するしかないんだ」

 

 真剣な顔でそう告げた藤丸さんの言葉に炭治郎が同じように真剣な顔になって拳を握る。あれは何が何でも守るぞって決意した顔と音だ。嫌な予感がして、待て待てと制止する。

 

「万が一でも、万が! 一! でも戦おうとすんなよ!? 俺たちが敵う相手じゃないからね!?」

「わかってる。けど俺が禰豆子を背負ってる限り最後の砦だ。やれることはやらなきゃ」

 

 よ、よかった。わかってんだね。いや俺ん中の炭治郎ってちょっと頑固なイメージがあるから、守って貰ってばかりじゃ不甲斐ない! 俺も戦います! とか平気で言いそうだからひやりとしてしまった。思ってるより周りを見てるらしい……蝶屋敷でも病人なのに気配りしてたりするからまぁそうなんだろう。女の子とイチャイチャすんのは許さねぇけど! 蝶屋敷の子達の音が変わっていくのを側で聞かされてみろ! 悔しさしかねぇよ!

 

「なんで戦っちゃいけねぇんだよ。強いんだろ? その鬼。なら戦わせろよ」

「やめろ伊之助。やめろ、まじでやめろ、死ぬぞ」

「お、おう……」

 

 確実に死ぬとわかってる場所に一応友人と思ってる奴を行かせたくはない。戦わなくちゃいけないという状況なら仕方ないけど、これは避けるべき戦いだ。そもそもサーヴァント相手ってサーヴァントにしか務まらないって藤丸さんもセイバーだって言ってたからな。

 ってあれ?

 

「藤丸さん、サーヴァントってサーヴァントにしか倒せないんだよね? どうするんだよ」

「実はもう炭治郎達が向かってる」

「えっ俺ですか?」

 

 いやお前じゃねぇよ。

 

「デケェ方の権八郎か!」

「そうそう、そのデケェ方の炭治郎と伊之助が酒呑童子を相手してくれる」

 

 なんだと納得した。デケェ方の炭治郎とはサーヴァントである炭治郎達の方だ。サーヴァントならきっと相手にも攻撃が通じるし、俺から見れば今でも強い彼らが大きくなった姿だ、きっと大丈夫だろう。倒してくれるに違いな…………まさか。

 

「藤丸さん、それって」

 

 藤丸さんは相手をしてくれると言ってるだけで倒してくれるなんてことは一言も言ってない。嫌な予感がして言葉を濁しながらも藤丸さんの方を向くと、彼は俺の心情を察したのか大丈夫と言う。

 彼らのマスターである藤丸さんの言葉だ、信じなくちゃいけないけど。でも、酒呑童子を相手している炭治郎の背中には同じように禰豆子ちゃんが眠っているに違いない。

 

「彼らから言い出したんだ、止める権利はないよ」

 

 戦術に関しては俺より上手だしねと微笑んだ藤丸さんを見て、開けようとしていた口を閉じる。だよね、一番心配してるのは藤丸さんだ。過剰な心配は相手を信頼してないことになるけど、適度な心配はただの心配り。優しい音を出す彼がしないわけがなかった。なら同じマスターとして何も言わないよ。俺だってきっと同じ状況ならそうしただろうから。

 ……まぁ、セイバーの場合勝手に飛び出していくんだけど。

 

「(そういや彼奴遅いなぁ、こっちに来るって言ってたのに)」

 

 セイバーの脚ならすぐに来そうなものなのに。

 そう彼のことを考えているとゾクリと背筋に寒気が走る。同時に何かが溢れるような、とくりとくりと何かが注がれるような音が耳に届いた。

 なに、これ、と周りを見渡すけど目に入ったのは俺と同じように顔面蒼白になっている面々。特に藤丸さんが酷くて、驚いたように目を見開いて耳に手を添えていた。え、何? 藤丸さんも聞こえてんの?

 不思議に思って藤丸さんに声をかけようとすると、彼は徐に立ち上がった。その表情は音を聞かなくても焦っているとわかるほどだ。

 

「逃げるよ!! 誰か里の出入り口わかる!? 俺覚えてないから誘導してくれると助かる!!!」

「えっ!? 何々!? 急にどうしたの!? 確かに嫌な気配だったけど! 急に逃げるとかどういうこと!?!? 敵前逃亡!?」

 

 藤丸さんって急に逃げだすような人だっけ!?

 

「違うッ!!! ここにいたら死ぬから言ってるんだ! 死んだら元も子もないだろ!?」

 

 え。

 

「どう、いうこと……?」

 

 そのとき、耳に甘くて痺れるような可憐な少女の声が届いた。

 

 

 ———宝具解放

 

 

「酒呑童子が宝具でこの街ごと消し去るつもりなんだよ!!!!」

 

 

 ———千紫万紅・神便鬼毒

 

 

「うそ、でしょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャハハ!!」

 

 炎が舞う。幻覚でもない幻想でもない、茨木童子の身を焦がすはずの炎を操り骨の大剣を振り回す。鬼故かそこに綺麗な型はなく拙いけれど、それは彼女自身の膂力でカバーしているので決して隙があるというわけでもない。

 つまり何が言いたいかというと。

 

「(意外に強いな! こんちくしょう!!)」

 

 まぁ強くなきゃ大江山の首魁なんて務めてないか。自由奔放な自我が強い鬼達を纏めるような鬼だ、それなりに力とカリスマがあったのだろう。一筋縄ではいかない相手である。

 

「クハッ! 避けてばかりか! 黄色い人よ! 反撃してくれても良いのだそ!」

 

 じゃぁその大剣をぶんぶんと振り回すのやめてくれ! 適当に振り回しすぎだ! 予測しづらいんだよ!

 

「ムゥ、吾が話しかけてるのだから返事してくれても良いではないか。意外と意地悪なのだな、黄色い人は」

 

 意地悪!? 鬼がそれいう!?

 いや、それよりも。

 

「黄色い人ってのは、俺か?」

「! クハハ! やっと話したか! そうだ、黄色い人! (なれ)のことだ。酒呑が言うには人間ではないかも知れんからな、人間と呼ぶには些か違うだろう? だから黄色い人だ!」

 

 そんなことある?

 酒呑童子が俺のこと人間じゃないかもしれないとかいつ話したよ。というか俺はサーヴァントだから人間ではないと言うのはわかるが、茨木童子は例えサーヴァント相手でも人間と呼ぶのではないだろうか。だって元人間だし。

 いやいやと片手を振る。

 

「俺、人間だけど?」

 

 そう言うと茨木童子は一瞬だけ呆けた表情をしてから、いやいやいや! と首を振った。あり得ぬと叫ぶ。

 

「あり得ぬ! あり得ぬぞ! だってただの人間が神性なぞ持ってるはずがないではないか!」

 

 いやまぁそうなんだけどね? 神性持ちってなると神の系譜ということになる。つまり血筋に神の血が入っているか、神自身だったかになる。でも俺の場合後付けなわけでして、生まれた時から神性持ってたわけじゃないので、ただの人間です。

 そう弁明しようとして、ぞくりと背筋が凍った。感じる、はっきりと感じる。ある場所で魔力が高まっているのを感じた。

 

「(この魔力の多さは炭治郎達じゃないな。これじゃ立香がもたない……ってなると)」

 

 まさかと思い至ったところで、目の前にいた茨木童子が楽しそうにクハハと笑った。

 

「楽しそうなことをしようとしているな! 酒呑! 酒呑が楽しければそれで良いのだが……一言だけ言って欲しかったなー!?」

 

 逃げるぞ! 黄色い人!

 

「えっ」

 

 ガシリと何かに掴まれる。そのままぐりんと視界が回って見えたのは地面で、茨木童子の着物の袖が見えた。

 

「えっ、ちょ、え????」

「このまま汝が酒呑の宝具に呑まれても良いが、それはちょっと吾が面白くない。汝は吾が倒して喰らいたいのでな!」

 

 変にプライドがあるんですね!! そのまま放っておいてくれれば勝手に逃げるんですけどもー! 善逸達が心配だし! あっ、ちょっまって! この体勢での跳躍はッア゛ーーーーーッ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 




因果応報。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。