今回は五月メインのssです。
星型のヘアピンが特徴的な5つ子姉妹の末っ子。中野五月。
礼儀正しく清楚な彼女。末っ子ではあるが姉達の面倒をみてあげようと
日々奮闘中。だが、彼女たちの家庭教師である上杉風太郎からの評価は真面目バカ。
性格の問題かもしれないが少々固すぎるのだ。その事は彼女自身も受け入れており、
改善していくべきだと考えている。
五月「とはいえ……どのように改善していくのがいいんでしょうか」
1人呟く。他の姉妹達は仕事やバイトだ。五月はバイトこそまだしていないが
一花からは言及されてない。いつまでもそこに甘えるわけにもいかないが、自分の選択に後悔はしたくない。今だけは少し甘えている。
五月「上杉君のおかげで私達は変われました。本当に感謝しています。しかし私達から上杉君に……何もお返し出来てないんですよね……」
家庭教師なのだからもちろんお給金はしっかり出ている。
しかしそれだけでいいものか、と最近考えるようになった。
五月「家庭教師と生徒の関係以前に私達は同じクラスメイトであり友人です。お金で感謝を示すのは、なんだか嫌です……」
姉達が風太郎に好意を抱いているのは知っている。
そのやり取りを眺めていると自然と自分の気持ちにも気付いてきた。
感謝の気持ちは以前からあった。だがその気持ちはだんだん感謝以上の気持ちに変わっていった。
五月「……5つ子だからって、好みのタイプまで似なくてもいいじゃないですか」
いつからか姉達が風太郎に迫っているのを見ると胸が痛くなった。
学校の成績が悪くても自分のことはよくわかる。
自分は末っ子だとしても。いくら姉達でも。
彼を取られたくないと……。
五月「何か、私だけに出来ることはないでしょうか……」
風太郎「……なぜお前がいる?」
五月「お、お邪魔してます……」
風太郎「ふむ、じゃあ帰れ」
五月「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
風太郎「こちらには待つ通りはないからな。早く帰るんだな」
五月「今日はらいはちゃんに呼ばれて来たんです!」
風太郎「らいはが……くっ、なら仕方ない。あまり騒ぐなよ?」
五月「子供扱いしないでください!」
風太郎「あとうちの食費に負担をかけるなよ?」
五月「そ、それは……」
風太郎「なぜ否定しない……」
五月「らいはちゃんのご飯が美味しいのがいけないんです」
風太郎「それはわかる」
五月「おかわりの許しも貰ってます」
風太郎「……次からは回数制限も設けるべきだな」
五月「な!?そ、そんなの横暴です!!」
風太郎「お前はうちの家計を火の車にするつもりか!?」
五月「そ、そんなことしないですよ!ギリギリを見極めます……」
風太郎「お前にそんな技量があるとは思えないんだが……」
五月「っ……」
風太郎「目を逸らすな」
五月「う、上杉君!」
風太郎「なんだ」
五月「べ、勉強教えてください!ご飯までの時間がもったいないでしょう?」
風太郎「話を変えるな、と言いたいがそれも一理ある。いいだろう。せっかくのマンツーマンだ。キッチリ教えてやるよ」
五月(ふぅ、なんとか話を逸らせました……。勉強を教えてもらうまでは予定通り。次はどのタイミングで切り出しましょうか……)
らいはに呼ばれて彼の家に来た。それは嘘ではない。
しかしらいはにこの後姉達も来る予定と言い、らいはが多めに買い出しに行くであろうように嘘をついてしまった。
五月(らいはちゃん……今度一緒に遊びに行きましょう、ごめんなさい)
らいはにいつもより時間がかかるように買い出しをさせ、彼と2人になる時間を
作った。もう引き下がれない。自分の感謝の思いを伝えるために。
姉達に……負けないために……
風太郎「……いったん休憩するか。詰め込み過ぎても効率が悪いからな」
五月「賛成です」
風太郎「さすがにマンツーマンだ。進みが良いぞ。このペースを維持していけば赤点とはおさらばだ」
五月「私ももう赤点なんて取りたくないですからね。頼りにしてます。あ、休憩ならお茶でもいれましょうか?上杉君は座っててください」
風太郎「む、そうか。なら遠慮なく」
五月「少し待っててください」
台所に向かい、家から持ってきた水筒のお茶を2つのコップに注ぐ。
以前らいはに彼のコップを教えてもらっていた。自分のコップは家から持ってきた物だ。
五月「お待たせしました。どうぞ」
風太郎「あぁ、ありがとう」
五月「二乃がアイスティーを作っていたので少しだけ頂いたんです。美味しかったので上杉君にもどうかと思いまして」
風太郎「アイスティーなんて作ってるのか……やけに甘くないか?」
五月「甘くて美味しいじゃないですか」
風太郎「こういうもんなのか……」
五月「疲労には糖分が必要というじゃないですか。ちょうど良いと思いますよ」
風太郎「まぁ、頂けるものは頂くさ」
2人でアイスティーを飲みながら少しの間会話を続けた。
以前までは事あるごとに対立し言い争いになっていたのだが彼の人間性を理解していくにつれ、彼がとても自分達に親身になって付き合っているのかがわかった。一度は家庭教師の立場を捨ててまで自分達の事を考えてくれた。何も見返りが無いのに再び家庭教師に戻ってくれた。
感謝、という一言だけではとても返せない。何より五月自身がそれだけでは納得出来ない。
生徒として。友人として。恩人へ。
五月「あ、あの……上杉君」
風太郎「なんだ?」
五月「その……いつも本当に感謝してます」
風太郎「な、なんだ急に?」
五月「上杉君は私達がキツくあたっていたにもかかわらず勉強を教えてくれました。そして今でも私達のために時間を割いて教えてくれています」
風太郎「家庭教師だから当然だろ」
五月「それでも私達は……少なくとも私は、何か上杉君にお返しをしたいんです」
風太郎「いつも言っているだろ。お前達は自分の成績を上げることを1番に考えてだな……」
五月「成績が上がれば貴方へのお返しに確かになるかもしれませんが、それは生徒としてのお返しです。友人として、恩人へのお返しにはなりませんよ」
風太郎「……要は何かしたい、と」
五月「察しが良くて何よりです。貴方も変わってきましたね」
風太郎「貶したいのかお返ししたいのかどっちだよ……」
五月「お返しに決まってるじゃないですか」
クスッと笑い自分鞄を開いてあるものを掴む。
一瞬自分の動きが止まる。まだ躊躇いが自分の中にあるかもしれない。
そんな自分にもう引き下がれないことを再度言い聞かせる。
五月「耳かきを……させてください」
風太郎「待て、話が見えない」
五月「耳かきをさせてくださいと言ったのですが」
風太郎「そこだ。何故耳かきをさせなきゃならん」
五月「何故って……感謝を伝えるためですよ」
風太郎「他にも方法はいくらでもあるだろう。耳かきで感謝を伝えるなんて聞いたこともない」
五月「お母さんから聞いたことがあったんです。思いを伝えるのに1番良い方法だと」
風太郎「ほ、ほんとかよ……」
五月「私の思いをしっかりと伝えるには耳かきしかないと感じたのです。だから上杉君。こちらへ」
風太郎(やっぱりこいつらの常識はどこかズレている……っ!)
風太郎「はぁ、分かった」
五月「……何をしているのですか?」
風太郎「何って、耳かきしなきゃ気が済まないんだろ?早くしてくれよ」
五月「だから。耳かきするのでこちらに来てください」
五月は自身の膝を叩いて風太郎を招く。
風太郎「……?」
五月「……っもう!やっぱりまだまだ察しが悪いですね!膝枕ですよ!早く来てくださいっ!!」
風太郎の手を取り自分の膝の上に頭を乗せる。
五月「まったく、そんなことではこの先が思いやられますね……」
風太郎「それとこれとは関係ないだろ……」
五月「いくら頭が良くても女性の事をしっかり見てあげないとダメですよ?」
風太郎「それは……善処するさ」
五月「ではとにかく、耳かき致します。右耳が上になってるのでこのままこちらから始めますね」
風太郎「あぁ」
スッー、カリッ……
カリッカリッ……
五月の耳かき棒が風太郎の耳たぶに触れた。
風太郎「……そこもやるもんなのか?」
五月「耳掃除は耳の中だけではないんですよ。耳全体をしっかり掃除してこそです」
風太郎「そうなのか……」
五月「貴方はもっと自身の体を労わるべきです。確かに私達の事を考えてくれているのはよく分かります。とても感謝しています。ですがそれで貴方が倒れてしまっては本末転倒でしょう?」
風太郎「……」
五月「スキーのときも貴方は自分の体を酷使し過ぎなんです。倒れたのを忘れたわけではないでしょう」
風太郎「ぐ……」
五月「今はもう、貴方だけの体ではないんです」
風太郎「……肝に命じとく」
五月「素直でよろしい。さ、動かないでください。耳かき再開しますよ」
ザリッ……
スーッ……サリッサリッ……
耳の外側を耳かき棒が優しく撫でていく。
五月「耳の中だけではなく、外側にも汚れは付きますからね。もう少しご自分で清潔にするようにした方がいいですよ」
風太郎「そうか……」
五月「……まぁ、どうしてもと言うなら……私が、また……」
風太郎「ん?なんだ?」
五月「な、なんでもありません!」
五月(わ、私ってば何を口走って……っ!それはいくらなんでも早すぎますよ私!距離が近いからでしょうか。自分でも何を言ってしまうか分からないです)
サリッサリッ……
コリッ……コリコリッ
五月「で、では。耳の中の掃除を始めますね」
風太郎「分かった」
スーッ……カリッ……カリカリッ
パリ……カリッ……
五月「上杉君は乾燥耳なんですね」
風太郎「乾燥耳?」
五月「はい。なんでも大きく分けて二種類みたいですよ。上杉君のように耳垢が乾燥しているタイプと耳垢が湿っているタイプです」
風太郎「みんな同じじゃないのか……」
五月「上杉君のような乾燥タイプは耳かき棒が良いみたいなのでちょうどよかったです」
風太郎「そりゃどうも」
カリッカリッ……
パリ……パリ……
五月はゆっくりと耳の中を耳かき棒で掃除をしていく。
やると決めてから少しは自分で耳かきについて調べはしたが、実際にやるとなると話は別だ。少し手元が狂えば大怪我に繋がってしまう。慎重に手を動かす。
カリッ……コリコリッ……
カリカリッ……カツッ……
風太郎「ん……」
五月「これ……ちょっと硬いですね」
風太郎「そんなのがあったのか」
五月「少し力を強くします。動いてはダメですよ」
カリッ……ガッ……ガッ……
グッ……
なかなか頑固な耳垢のようだ。だが見つけてしまったからには取り出したい。
不完全燃焼になってしまってはモヤモヤして勉強に手がつかなくなりそうだ。
ガッ……ガリッ……
カリカリッ……ガリッ……
五月「上杉君。痛くはないですか?」
風太郎「特に感じない」
五月「分かりました」
その言葉を聞き終えたの同時に少し力を強めた。
ググッ……ガッガリッ……
ガリッガリッ……バリッ
五月「っ!もう少しです。我慢しててくださいね」
風太郎「分かってる」
ガリッ……ビリッ……
ゴゾッ……ズズッ……
ポトッ
五月「……っはぁ。なんとか取れましたよ」
風太郎「お、おつかれ……でいいのか?」
五月「結構神経使いますね、耳かきというのは……」
疲れたのは事実だが達成感にも似たような感覚もある。
頑固な耳垢を除去出来た喜びなのか。自分でもよくわかっていないが、結果としてしっかりと取れたのだから良しとしよう。
五月「上杉君。どうでしょうか?少しは感謝の気持ちは伝わりましたか?」
風太郎「ん?ん〜……耳かきされただけだからな……」
五月「なっ……!せっかく膝枕もしてあげたのですよ!?普通ならもっと喜ぶところなんじゃないですか!?」
風太郎「いや、お前が来いって言っただけで俺は求めて……」
「たっだいまー!!」
五月・風太郎「!?」
らいは「ごめんなさい!すっかり遅くなっちゃった!すぐにご飯作るね!!」
風太郎「あ、あぁ。らいは、お帰り」
五月「た、楽しみに待ってますね」
らいは「うん!」
五月(び、びっくりしました……らいはちゃんがこんなタイミングで帰って来るとは……さすがに今日はもうこれ以上は出来ませんね……さっきのあの様子では、まだまだ、といった感じですね……遅れを取らないように。私も頑張らなくてはいけません)
五月「上杉君」
風太郎「ん?」
五月「また……今度やりましょうね?」