”人殺し”は罪だろうか(終わる世界の戦闘少女企画参加作品) 作:あるばさむ
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あなたのことを否定はしない。
むしろ私は、あなたのような人に救われてもいる。
だけど私は、絶対に間違ってなんかない。
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広い、広い敷地の上を、いくつかの影が
金網のフェンスに四方を囲んだそこは、アスファルトの道に途切れ途切れの白線を引いた滑走路だった。立入禁止の看板もあり、見渡せばとても大きな基地の建物が鎮座している。しかしそれらは、見るからに人的運用のために作られたものであるにもかかわらず、
滑走路にはところどころに雑草が生え。
基地は窓ガラスが割れている
そして不自然なまでに
間隔などの法則性は無く、ただただ無造作にコンクリートがぽっかりと穴を空けている。それは爆発の形跡のようでもあり、誰かが殴り付けた
仮にもここは軍事基地だ。だから何らかの戦闘が起こっていたとしても、それによって敷地内に損傷が出ることは充分に考え得る。そもそも軍とは本来的に『そのため』の組織なのだ。
大砲が暴発したか、
補修のための手がまるで加えられていないのだ。
制圧された敗軍の基地であったとしても、基地を利用するためにはある程度の修理が必要だ。そうでなくとも軍組織の整備は毎日欠かせないものである。それがどうだろう、滑走路のど真ん中に大穴がぽっかり空いたままだ。これでは満足に戦闘機を飛ばすこともままならない。
誰も直そうとしていない。と言うより――――人間の気配が無い。
しかし生物の気配はある。金網に開いた穴を潜って侵入している影の本体がそれだ。
だが、それは人間の姿にあらず、ましてや、世界中のどんな生物図鑑にも登録されていない、『
ひょろりと細長い手足と尻尾、目鼻の無い
ずんぐりむっくりというにはあまりに
――生物図鑑どころか、いわゆる神話に登場する生物事典にも載っていない。悪趣味な落書きがそのまま具現化したような、実に凶悪なフォルムの生き物達だった。
しゅうしゅうと
そんな悪夢的な生物が、ゆっくりと基地の中へ侵入し、広範囲へと進み出ようとしている。荒れた土地に野生の動物が
基地の中に気配は無い。影も無く、屋内には風の動きすら無い。誰もこの事態に危機感を持たないどころか、人っ子一人いない。だから何の動きも無い。
いや、違う。
自分という邪魔者の存在感を。
三階の窓ガラスが割れると同時に紫の巨人の頭部が
音が遅れてやってくる。ガラスが割れる音と火薬が爆発する音と肉が弾ける音が、ほぼ同じタイミングで重なり鳴った。
結果、防弾仕様の窓ガラスが一枚丸ごと粉々になり、巨体がゆっくりと
その巨体が斃れる延長線上の地面に、血液に濡れる
立て続けに爆発音が響き、もう一方の巨体も同じように首から上を切り取られて斃れた。同じ円錐が、同じように地面に突き刺さっていた。
それらの異常に
その手前で乾いた破裂音が幾度も
気付けば一階の窓が全て開け放たれ、そこから複数の人影が何かを構えて異形に向けている。その本体はいかにも標準的な身体つきばかりであり、普遍的な人間に間違いなかった。黒ずくめの覆面装備に身を包み、薄暗い基地屋内の影に溶け込んでいたのだ。
人間の集団
全体的に黒く、細長い鉄の塊。
銃弾の出る
そんな一連の動きを、横列した人間七人がそれぞれ
銃口を飛び出した四センチ大の鋭い銃弾は致命の傷を与える嵐となって横殴りに吹き、迫る異形をことごとく貫いた。
逃れる暇など無い。一切の前触れも事前動作も無く、音を置き去りにして銃弾は飛翔する。おまけに爬虫類体の外皮は非常に
それでも根性というものを持ち合わせているのか、銃弾の雨の中にあってもまだ叫びを上げ、一体の爬虫類体が
鋭い爪を
窓の奥、幾つもの
「……ルーカス隊長!」
誰かが叫んだ。それが異形の矛先にいる人間の名なのだろう。
僅か三秒。異形とルーカスの距離はたった四メートル。手を伸ばせば届く、そしてルーカスもまた、この突進を
しかしルーカスは、まったく慌てた様子も無く動作した。
ライフルの銃身に当てて反動を抑えていた左手を僅かにズラし、オプションパーツとして備えられていた
ポン、とシャンパンのコルクを抜くような音とともに、太い銃口から黒の球体が発射される。弾丸に比べれば目視も可能な速度だったが、勢いづいた異形とルーカスの間では一瞬の
直後、起爆。
着弾のショックで榴弾が本分を発揮し、火薬による
バジュッ!! という音とともに、異形の上半身が
それでも残った下半身の勢いは止まらないが、ルーカスは流れるような動きでそれを避けた。もはや微動だにしない肉塊がべしゃっと床に叩きつけられ、真っ赤な血が花のように散り広がった。
返り血を思うさま浴びたルーカスは、
舞う金の長髪の奥で、釣り上がった眼光が視線の先を射抜く。
「アルファ1と呼べと言ったはずだ、新入り」
彼女は、そう言った。
●
「こちらアルファ1、応答せよアルファ2」
『……――こちらアルファ2、全敵勢力の排除を確認。総数十一。周囲十キロ圏内を確認したが、
「了解、見事な狙撃だった。引き続き監視を継続せよ。
『こちらアルファ3、
「了解、基地側へ引き返せ。御苦労だった」
『あ、あとね』
「なんだ」
『クロエが何かすごい落ち込んでたわ。あんたに
「まだ作戦中だ、私のことはアルファ1と呼べ。切るぞ。……コール
『こちらHQ。状況の報告を』
「了解。――状況終了。北側側面の『オス』をすべて排除した。掃討も済んでいる。種別は”ホエール”が十一体、”ファットマン”が二体。こちら側の損害は無し。第二波の予兆も無い。これより
『HQ了解。――レーダー上にも生命反応は見られない。諸君の働きに感謝する。よくやってくれた、アルファ。北側三番ゲートを開放、三〇〇秒後に閉鎖する。それまでに人員の収容を』
「アルファ了解。これより帰投する。……アルファ2、降りて来い。全員集合だ、帰って祝杯といこう。熱いシャワーと白いベッドが待ってるぞ」
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今から数えて十五年前。年号など失われて久しいが、どれほど時間が経ったのかを思い出すことはできる。
世界中に、とある寄生型のウイルスが流行した。
それはインフルエンザよりも急速に拡大しては人々のみを蝕み、インフルエンザよりも手酷い効果を拡げ、世界中の命をごっそりと奪っていった。
ウイルスは、『人体の構造を丸ごと変質させる』という、前代未聞の怪異を発生させた。
大昔のゲームにもあったような、ゾンビ化するウイルスがさらに進化すると異形の怪物に変異してしまうというあれだ。
フィクションの中でしか存在しなかったはずの冗談が、現実にも起こった。
発症者はその初期段階の時点で既に身体的変異をきたし、恐ろしい悲鳴を上げながら肉体の形を
世界中の大都市、あるいはひなびた市街、畑ばかりの田舎と、ウイルスは地形の差別無く、全世界に
ワクチンを作る暇も無い。というより、――作るための技術者までもが、全員ウイルスに感染してしまった。
このウイルスには質量保存の法則を無視して肉体変異をもたらす以外にも、もう一つの特徴があった。
ウイルスは、人間の
空気中に漂っているウイルスを呼吸によって体内に取り込んでいるのは同じなのに、何故か発症するのは男性だけだった。ただ、男性であれば例え生後間もない赤ん坊でも寿命間近の老人でも発症した。世界中で男性が化け物に成り下がり、そして化け物は化け物らしく、――手当たり次第に人間を、発症を免れた女性を、食い殺していった。最悪なことに食欲だけは
誰にも止められなかった。抵抗すらままならなかった。
これだけの異常事態であるにもかかわらず、公式記録を見る限りでは各国の軍隊は出動しなかった。唯一と言ってもいい武装組織が、何もしなかった。何故か?
答えは簡単。
その軍人もまた、ウイルスに感染したから。それだけだ。
男女平等参画基本法だの何だのが成立して、女性が職場で働く環境が整ってきたとは言っても、社会全体を見るとやはり男性中心の企業の方が圧倒的に多いのが現実だった。まして軍隊や警察、自衛隊などは必然的に男所帯である。つまり、――ウイルスにとっては、格好の
出動命令が掛かるより早く、管制官が発症して室内の人間全員を皆殺しにした基地もあるそうだ。
それはまさに、地獄の光景だった。
世界総人口が約七十億人だとして、その五割が男性であると仮定したなら、凶悪な化け物――後に付けられた総称『オス』の数はおよそ四十億以上。
武器も何も、自衛の手段をほとんど知らない女性に勝ち目があるはずも無かった。
理不尽な現実。圧倒的な繁殖力。抵抗もできず、次々と減っていく人口。
一年も経たずにほとんどの男性が発症し、女性はただただ餌として食い殺され続け。
人類が今まで積み上げてきた何もかもが崩壊するのに、半年も掛からなかった。
世界は限りなく終焉へと近付いていった。
――――そんなことが起こってから、十五年。
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