”人殺し”は罪だろうか(終わる世界の戦闘少女企画参加作品)   作:あるばさむ

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色々な方がこの企画に参加されています。小説だけでなく、イラストやマンガを描いている方も多数。アマチュアならではのフリーなお祭りですな。
詳しくは「終わる世界の戦闘少女」で検索!


1.ある一日

 あなたのことを否定はしない。

 むしろ私は、あなたのような人に救われてもいる。

 だけど私は、絶対に間違ってなんかない。

 

 

    ●

 

 

 広い、広い敷地の上を、いくつかの影が(うごめ)いていた。

 金網のフェンスに四方を囲んだそこは、アスファルトの道に途切れ途切れの白線を引いた滑走路だった。立入禁止の看板もあり、見渡せばとても大きな基地の建物が鎮座している。しかしそれらは、見るからに人的運用のために作られたものであるにもかかわらず、随分(ずいぶん)と――ひなびていた。

 滑走路にはところどころに雑草が生え。

 基地は窓ガラスが割れている箇所(かしょ)さえある。

 そして不自然なまでに(へこ)み割られた、唐突な穴。

 間隔などの法則性は無く、ただただ無造作にコンクリートがぽっかりと穴を空けている。それは爆発の形跡のようでもあり、誰かが殴り付けた(あと)のようでもあった。そんなものが、地面どころか基地の外壁の三階に至るまで転々と穿(うが)たれている。

 仮にもここは軍事基地だ。だから何らかの戦闘が起こっていたとしても、それによって敷地内に損傷が出ることは充分に考え得る。そもそも軍とは本来的に『そのため』の組織なのだ。

 大砲が暴発したか、榴弾(りゅうだん)が命中でもしたのか。はたまた演習中の誤射か、敵軍に攻めれられたのだとしたら基地は陥落(かんらく)したのか。理由はいくらでも考えられる。しかし、それにしても建物のボロさが際立っている。

 補修のための手がまるで加えられていないのだ。

 制圧された敗軍の基地であったとしても、基地を利用するためにはある程度の修理が必要だ。そうでなくとも軍組織の整備は毎日欠かせないものである。それがどうだろう、滑走路のど真ん中に大穴がぽっかり空いたままだ。これでは満足に戦闘機を飛ばすこともままならない。

 誰も直そうとしていない。と言うより――――人間の気配が無い。

 しかし生物の気配はある。金網に開いた穴を潜って侵入している影の本体がそれだ。

 だが、それは人間の姿にあらず、ましてや、世界中のどんな生物図鑑にも登録されていない、『異形(いぎょう)』としか表現しようのないモノ達の群れだった。

 ひょろりと細長い手足と尻尾、目鼻の無い(なまず)のような胴、開閉する内側からは人間と同じ平たく太い歯の(のぞ)口腔(こうこう)。全長二メートル前後の爬虫類(はちゅうるい)的な群れが、九体。

 ずんぐりむっくりというにはあまりに粗雑(そざつ)な、三メートルほどの巨体。一頭二手足の形状はかろうじて人型とも言えるが、如何(いかん)せんバランスが悪い。筋骨隆々の両腕は背筋を伸ばした状態で既に地面に触れ、代わりと言うように野太い脚は非常に短い。性具の無い全身は素っ裸で、気味の悪い薄紫色の肌を空気に(さら)しているのが、二体。

 ――生物図鑑どころか、いわゆる神話に登場する生物事典にも載っていない。悪趣味な落書きがそのまま具現化したような、実に凶悪なフォルムの生き物達だった。

 しゅうしゅうと(よだれ)混じりの呼吸を吐く前者と、黙々と歩を進めるたびにアスファルトが(きし)む後者と。

 そんな悪夢的な生物が、ゆっくりと基地の中へ侵入し、広範囲へと進み出ようとしている。荒れた土地に野生の動物が()み付くのと同じように、これらの異形もまた自分の棲家(すみか)を探しているようだった。否、棲家と言うよりは――餌場(えさば)、か。

 基地の中に気配は無い。影も無く、屋内には風の動きすら無い。誰もこの事態に危機感を持たないどころか、人っ子一人いない。だから何の動きも無い。

 いや、違う。

 殺しているのだ(・・・・・・・)

 自分という邪魔者の存在感を。

 

 

 三階の窓ガラスが割れると同時に紫の巨人の頭部が霧散(むさん)した。

 

 

 音が遅れてやってくる。ガラスが割れる音と火薬が爆発する音と肉が弾ける音が、ほぼ同じタイミングで重なり鳴った。

 結果、防弾仕様の窓ガラスが一枚丸ごと粉々になり、巨体がゆっくりと仰向(あおむ)けに(たお)れた。跡形も無く頭蓋(ずがい)を失ったその異形は、もう流石に生命体としての機能を終え、毒々しい真っ赤な血を()()無く流し続けた。

 その巨体が斃れる延長線上の地面に、血液に濡れる黄金色(こがねいろ)の円錐が深々とめり込んでいた。十センチほどの小さな、しかし破格に大きく凶悪な(なまり)の槍。

 立て続けに爆発音が響き、もう一方の巨体も同じように首から上を切り取られて斃れた。同じ円錐が、同じように地面に突き刺さっていた。

 それらの異常に(わず)か反応が遅れて、九体ものエセ爬虫類が一斉に怒号を上げた。ぎゃあぎゃあと喉の潰れた蛙のように(わめ)き散らし、細い脚を躍動(やくどう)させて基地へと走る。ほんの数秒で百メートルを走破し、先の円錐が放たれた場所、窓が一枚無くなっている場所を見上げ、そこへ殺到(さっとう)しようとし、

 その手前で乾いた破裂音が幾度も()え、小さな鉛の横断幕が異形の群れを突き刺した。

 気付けば一階の窓が全て開け放たれ、そこから複数の人影が何かを構えて異形に向けている。その本体はいかにも標準的な身体つきばかりであり、普遍的な人間に間違いなかった。黒ずくめの覆面装備に身を包み、薄暗い基地屋内の影に溶け込んでいたのだ。

 人間の集団一人(ひとり)ひとりが構えていたのは、銃だ。

 全体的に黒く、細長い鉄の塊。突撃銃(アサルトライフル)と呼ばれるタイプだ。人間達はその引き金に指を掛け、狙いを定めては短い間隔で撃ち続けた。

 銃弾の出る頻度(ひんど)は二発、三発ずつ。取り付けられた小さな望遠鏡(スコープ)を覗き込みつつ、狙いを絞って細かく撃つ。闇雲に連射するよりも、銃弾を外すことなく確実に叩き込むやり方だ。

 そんな一連の動きを、横列した人間七人がそれぞれ()()無く行なった。

 銃口を飛び出した四センチ大の鋭い銃弾は致命の傷を与える嵐となって横殴りに吹き、迫る異形をことごとく貫いた。

 逃れる暇など無い。一切の前触れも事前動作も無く、音を置き去りにして銃弾は飛翔する。おまけに爬虫類体の外皮は非常に(やわ)らかく、銃弾が着弾する(はし)からその肉を抉られていった。脚を撃ち抜かれて立てなくなり、胴に複数被弾して絶命したモノもいる。あっと言う間に異形の群れは討伐(とうばつ)されていった。

 それでも根性というものを持ち合わせているのか、銃弾の雨の中にあってもまだ叫びを上げ、一体の爬虫類体が怪我(けが)(いと)わず突っ込んだ。力ずくで無理にでも突破しようとしているのだ。

 鋭い爪を()()しに、グロテスクなまでの大きな口腔から咆哮(ほうこう)を放ち、銃撃していた人間の隊列の中間辺りへ果敢(かかん)に切り込んでいく。周囲の人間もそれを妨害しようとするが、突然のイレギュラーに対応しきれずなかなか弾が当たらない。

 窓の奥、幾つもの同輩(どうはい)を殺された恨みを持ってか、そこにいる人間にせめてもの復讐とばかりに、食い殺さん勢いで突っ込む。

「……ルーカス隊長!」

 誰かが叫んだ。それが異形の矛先にいる人間の名なのだろう。

 僅か三秒。異形とルーカスの距離はたった四メートル。手を伸ばせば届く、そしてルーカスもまた、この突進を()け切るには難しい間合い。

 しかしルーカスは、まったく慌てた様子も無く動作した。

 ライフルの銃身に当てて反動を抑えていた左手を僅かにズラし、オプションパーツとして備えられていた擲弾筒(グレネードランチャー)に移す。瞬時の手探りでもう一つの引き金を探し当て、迷わずに指を掛けて、引く。

 ポン、とシャンパンのコルクを抜くような音とともに、太い銃口から黒の球体が発射される。弾丸に比べれば目視も可能な速度だったが、勢いづいた異形とルーカスの間では一瞬の交錯(こうさく)だった。擲弾(てきだん)の進行方向に異形が自ら突っ込んでいく形になり、小さな塊はすっぽりとその喉奥に()み込まれた。

 直後、起爆。

 着弾のショックで榴弾が本分を発揮し、火薬による発破(はっぱ)と、それによって鋭利な破片となった弾殻(だんかく)などが異形の全身を内側を食い破る。

 バジュッ!! という音とともに、異形の上半身が血煙(ちけむり)となって飛散した。それだけで脅威(きょうい)は失われた。

 それでも残った下半身の勢いは止まらないが、ルーカスは流れるような動きでそれを避けた。もはや微動だにしない肉塊がべしゃっと床に叩きつけられ、真っ赤な血が花のように散り広がった。

 返り血を思うさま浴びたルーカスは、窮屈(きゅうくつ)な防毒マスクを取り外し、念のために再び持ち直したライフルを異形に向けて連射した。その後で、不機嫌そうな眼差しで先ほど名前を読んだ人間を(にら)んだ。

 舞う金の長髪の奥で、釣り上がった眼光が視線の先を射抜く。

「アルファ1と呼べと言ったはずだ、新入り」

 彼女は、そう言った。

 

 

    ●

 

 

「こちらアルファ1、応答せよアルファ2」

『……――こちらアルファ2、全敵勢力の排除を確認。総数十一。周囲十キロ圏内を確認したが、動体(どうたい)は捕捉されなかった。第二波の予兆は無し。どうぞ』

「了解、見事な狙撃だった。引き続き監視を継続せよ。通信終わり(オーバー)。……アルファ3、そっちはどうだ」

『こちらアルファ3、掃討(クリアリング)完了を確認。撃ち漏らしも無い。全員、腕が上がってきたね』

「了解、基地側へ引き返せ。御苦労だった」

『あ、あとね』

「なんだ」

『クロエが何かすごい落ち込んでたわ。あんたに(しか)られたからでしょうね。ちょっとは(なぐさ)めてあげなよ、ルーカスたいちょー』

「まだ作戦中だ、私のことはアルファ1と呼べ。切るぞ。……コールHQ(本部)、こちらアルファチーム」

『こちらHQ。状況の報告を』

「了解。――状況終了。北側側面の『オス』をすべて排除した。掃討も済んでいる。種別は”ホエール”が十一体、”ファットマン”が二体。こちら側の損害は無し。第二波の予兆も無い。これより帰投(きとう)準備に入る」

『HQ了解。――レーダー上にも生命反応は見られない。諸君の働きに感謝する。よくやってくれた、アルファ。北側三番ゲートを開放、三〇〇秒後に閉鎖する。それまでに人員の収容を』

「アルファ了解。これより帰投する。……アルファ2、降りて来い。全員集合だ、帰って祝杯といこう。熱いシャワーと白いベッドが待ってるぞ」

 

 

    ●

 

 

 今から数えて十五年前。年号など失われて久しいが、どれほど時間が経ったのかを思い出すことはできる。

 世界中に、とある寄生型のウイルスが流行した。

 それはインフルエンザよりも急速に拡大しては人々のみを蝕み、インフルエンザよりも手酷い効果を拡げ、世界中の命をごっそりと奪っていった。

 ウイルスは、『人体の構造を丸ごと変質させる』という、前代未聞の怪異を発生させた。

 大昔のゲームにもあったような、ゾンビ化するウイルスがさらに進化すると異形の怪物に変異してしまうというあれだ。

 フィクションの中でしか存在しなかったはずの冗談が、現実にも起こった。

 発症者はその初期段階の時点で既に身体的変異をきたし、恐ろしい悲鳴を上げながら肉体の形を(ゆが)めていった。筋肉が異常に盛り上がった者、顔が潰れた者、尻尾が生えた者、身体が捻じ切れてしまった者――街中でいきなりそんなものが現われたものだから、当然パニックになった。

 世界中の大都市、あるいはひなびた市街、畑ばかりの田舎と、ウイルスは地形の差別無く、全世界に蔓延(まんえん)し、人という人をありったけその毒牙に掛けていった。感染者は老いも若いも例外なく肉体に変異を起こし、元の理性を失い、この世の物とは思えない咆哮を叫ぶ化け物になった。

 ワクチンを作る暇も無い。というより、――作るための技術者までもが、全員ウイルスに感染してしまった。

 このウイルスには質量保存の法則を無視して肉体変異をもたらす以外にも、もう一つの特徴があった。

 ウイルスは、人間の男性(・・)にしか感染しない。

 空気中に漂っているウイルスを呼吸によって体内に取り込んでいるのは同じなのに、何故か発症するのは男性だけだった。ただ、男性であれば例え生後間もない赤ん坊でも寿命間近の老人でも発症した。世界中で男性が化け物に成り下がり、そして化け物は化け物らしく、――手当たり次第に人間を、発症を免れた女性を、食い殺していった。最悪なことに食欲だけは旺盛(おうせい)のようだった。

 誰にも止められなかった。抵抗すらままならなかった。

 これだけの異常事態であるにもかかわらず、公式記録を見る限りでは各国の軍隊は出動しなかった。唯一と言ってもいい武装組織が、何もしなかった。何故か?

 答えは簡単。

 その軍人もまた、ウイルスに感染したから。それだけだ。 

 男女平等参画基本法だの何だのが成立して、女性が職場で働く環境が整ってきたとは言っても、社会全体を見るとやはり男性中心の企業の方が圧倒的に多いのが現実だった。まして軍隊や警察、自衛隊などは必然的に男所帯である。つまり、――ウイルスにとっては、格好の温床(おんしょう)となる。

 出動命令が掛かるより早く、管制官が発症して室内の人間全員を皆殺しにした基地もあるそうだ。

 それはまさに、地獄の光景だった。

 

 世界総人口が約七十億人だとして、その五割が男性であると仮定したなら、凶悪な化け物――後に付けられた総称『オス』の数はおよそ四十億以上。

 武器も何も、自衛の手段をほとんど知らない女性に勝ち目があるはずも無かった。

 理不尽な現実。圧倒的な繁殖力。抵抗もできず、次々と減っていく人口。

 一年も経たずにほとんどの男性が発症し、女性はただただ餌として食い殺され続け。

 人類が今まで積み上げてきた何もかもが崩壊するのに、半年も掛からなかった。

 世界は限りなく終焉へと近付いていった。

 

 

 ――――そんなことが起こってから、十五年。

 

 

 

 





さあ、君も今すぐ参加しよう!(宣伝)





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